~その9~ 一臣様の本音
翌朝、アラームを一臣様はバチッと止め、また私を後ろから抱きしめ、す~~っと寝てしまった。
私は、うっすらとした意識の中で、アラームの音も、それを止めた音も聞いたが、一臣様の寝息と共に寝てしまったらしい。なにしろまた、鳩の鳴き声がするまで眠れなかったから。
すやすやと2人で寝てしまい、
「うわ。寝坊した」
という声で目が覚めた。
「え?」
「あ~~。そうか、今日は土曜か。じゃ、ゆっくりしていていいな」
「……」
私の意識はまだ、朦朧としている。でも、一臣様が後ろから私を抱きしめ、私の頭に頬ずりをしてきて、ドキッとして目が覚めた。
「え?外、やけに明るいですけど何時ですか?」
「ん~。何時かな。予定もないし、ほっとけよ」
「……でも、候補者の人、一臣様と一緒に朝ご飯、食べたいんじゃないでしょうか」
「…ああ。そうだった。お嬢様方がいるんだったっけ」
そう言ってから、一臣様は伸びをして、
「面倒くさい。ほっておこう。夕飯を一緒に食べりゃ、それでいいだろ」
と言ってから、また私を抱きしめた。
意外と面倒くさがりだよね。一臣様って。
「いつもは休日、何時に起きているんですか?」
「何時かな。ほとんど眠れないから、5時くらいから庭園を散歩している時もあるし、6時くらいに屋敷の敷地内を走る時もあれば、朝早くからやってるジムに泳ぎに行く時もあれば…」
「え?そうなんですか?健康的なんですね」
「どこが?ほとんど寝ていないって言っただろ?」
あ。そうか。それでよく、体が持ったよなあ。
「今、何時だ?」
一臣様は時計を見た。
「あ。8時か。じゃあ、どうせ食堂行ったって、もう誰もいないだろ」
そう言って、私のことをくるっと一臣様のほうに向け、おでこにキスをしてきた。
「おはよう」
「……お、おはようございます」
今の、おはようのキスだ。嬉しい。
「俺はいったい、何時間寝たんだ?お前もちゃんと眠れたのか?」
「はい。多分」
「多分?」
「昨日よりは…」
「…また、俺に襲われるかもしれないと思って、寝れなかったのか?」
「いえ。そういうわけじゃ…」
「こうなったら、するか」
「え?」
「いつ襲われるかドキドキしているより、とっととしちゃったほうが、楽になるぞ」
「へ?」
「そうしたら、お前もぐっすりと寝れるだろ?ほどよく疲れて、きっとぐっすりと眠れるぞ?」
それって、それって、え?
「い、いいえ!結構です」
「遠慮はするな」
「でも、段階を踏むって言っていたじゃないですか?」
「そんな段階踏んでいる間に、お前のほうが不眠でぶっ倒れるぞ?いいのか?」
「………、あ。いいこと考えた。別々に寝るっていうのはどうでしょう」
「あほ!全然いいことじゃない!俺が寝れなくなるだろうが!そんな考え却下だ!」
やっぱり…。
「そんなこと言うくらいなら、いい加減、覚悟決めろ。俺に抱かれろ」
ひょえ~~~っ!?いきなり、キャラが変わった?
「む、無理です」
「努力するんだろ?無理って言わずに」
「でも、まだ、準備が」
「なんのだ?」
「心の」
「それはいつ、できるものなんだ。え?」
そう言って一臣様は、いきなり私の上にまたがってきた。
ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!
今?今すぐにってこと?
一臣様が耳にキスをしてきた。
うわっ!やめて!
それから首筋にも。
ぎゃひ~~!やめて!
心臓が口から飛び出る。ドックン、ドックンいってる。
「む、無理です」
そう言っても一臣様は起き上がってくれない。
う。うわ!首にキスをしながら、胸、触ってきた?!
もう、限界だ~~~~~~~~~~~~~!!!
ジタバタジタバタ。思い切り両足を動かした。それから、両手で私の胸の上にある一臣様の手をどかそうとした。でも、まったく動かない。
一臣様って、全然私より力があるんだ。びくともしない。それに、体重全部を私にかけてきていて、とっても重い。
どうしよう。このままだと、私、一臣様に……。
「無理です!!やっぱり、無理ですっ!!!」
私は必死になって、そう叫んだ。
「………」
あ。一臣様、顔あげた。
「ハ~~~…」
それから、とっても重い溜息をした。
「ごめんなさい」
泣きそう。なんだって、私はいつまでたっても、進歩できないんだ…。
「ごめんなさい」
もう一回謝った。
一臣様は体を起こして、私に背を向けベッドに座り込んだ。怒ったのかな、まさか。
「か、一臣様?」
こわごわ名前を呼んでみた。でも、返事もないし、こっちも見てくれない。
怒った?本気で?
ぼりぼりと頭を掻いて、一臣様はまた溜息をした。
「は~~~~~~あ」
ドキン。その溜息は何?呆れたっていう溜息?
「俺は何をしているんだろうな」
え?
「無理はしないって言ったそばから、もう無理やり抱こうとしている」
ドキン。
「情けないな…」
うそ。そういう溜息?
「正直に言うぞ、弥生」
「は、はい」
一臣様がこっちを向いた。
「お前のことが大事だ。泣かせたくないし、傷つけたくもない」
ドキッ!
一臣様の目、真剣だ。
「そう思っているのに、たまに思い切り抱きたくなる」
ドッキ―ン!
「そういう感情、今まではなかった。抱きたいって思う女も…」
え?
「男だから、そりゃ、欲情したことはあったけど…。お前の場合は違う。うまく言えないけど…。可愛いし、誰にも触らせたくない。俺のものにしたいとか、お前の全部が欲しいとか、そういうことばっかり思っちまう」
うっわ~~~~~~!うっわ~~~~~~~~~!
駄目だ。だんだんと思考回路が壊れていく。こんな言葉、今まで言われたことないから、脳みそが対処できないよ。
「はあ…。前に覚悟しろって言っただろ?本気で誰かを好きになったこともないから、俺がどうなるかわからないって」
「は、はい」
「あれ、冗談じゃないからな。俺は今でも、自分の気持ちや感情に、俺自身が驚いているし、コントロールもきかなくなってるし」
ええ?
「ものすごく戸惑っている。こんなこと、初めてだからな」
「………」
一臣様が私のすぐ隣に座ってきた。そして、私の腕を掴んで、一臣様の胸に当てた。
ドク、ドク、ドク。一臣様の鼓動が伝わってきた。なんだか、すごく早い。
「な?わかるだろ?お前も心臓、ドキドキしているのかもしれないけど、俺もだよ」
う、うそ!
「全然、余裕なんてないんだ。そう見せてはいるけど…」
うそ~~!!
「バスタオル1枚で風呂から出て来たり、酒飲んで色っぽい目で抱きついて来たり。あれも、いっぱいいっぱいだった。抱きたいって衝動抑えるのに、こっちだって必死なんだ」
「え?」
「余裕こいて、段階踏んでいくだの、ゆっくりと落としていくだの言ったけど、もうギリギリだ」
え?え?
「そろそろ、限界だ」
え?え?え?え?
「お前を抱きしめて寝るの、満たされるし、安心できるし…。でも、いつ、理性吹っ飛んで、お前のこと襲うかもわからない」
え~~~~~~~~~~?!
「お前が言うように、別々に寝ている方がいいのかもな?」
「……それ、いつまで?」
「さあ?お前の覚悟が決まるまで…かな?」
そんなの、いつ決まるかすらわからないのに?
「起きるぞ。お前、腹減ってるんじゃないのか?俺も、珍しく腹が減っているから、一緒に朝飯食うか」
「……」
「弥生?」
「はい」
私は俯いたまま、返事をした。一臣様はベッドから降りて、バスルームに入って行った。
別々に寝れるなら、ちゃんと夜、眠れるようになるよ。
でも。
ものすごく、寂しさがこみ上げたのはなんでかな。
それも、いつまで別々で寝ないとならないのかなって、そう思ったら、果てしなく寂しくなった。
私が覚悟できる時って、いつ?
見えない未来だ。まったく予想もつかない。
これだけの準備をしたら、きっと覚悟が決まるとか、これだけのことをしたら十分だって、そういうのがまったく見えないし、予想もつかない。
それに、一臣様は余裕があって、私ばっかりドキドキしてて、寝れなくって、ずるいって思っていたけど、そうじゃないんだ。
一臣様も、必死にこらえたりしていたんだ。
でも、無理強いしないようにって、私のことを大事に思っててくれて…。大事に…。
キュン!
胸の奥が、甘酸っぱい何かでいっぱいになった。
なんだろ、これ。体中が、キュン!ってした。
ドキドキと一緒に、キュンキュンする。何かが疼いてくる。体の奥から。
一臣様がバスルームから出る前に、私は自分の部屋に戻った。まだ、胸がドキドキしたままだった。
着替えをして、ちゃんと化粧をして髪をとかした。
ダイニングには他にも誰かいるのかなあ。一臣様と一緒に行ったら駄目かしら。一人で行くべきかなあ。
なるべく一緒にいたい。一臣様がたとえ演技でも、他の人と仲よさそうに話しているのを見ると、胸がチクンとする。
「弥生。お前は紅茶でいいよな?」
一臣様がドアを開けて、顔を覗かせてそう聞いてきた。
「え?はい」
「コック長がパンケーキ焼いてくれるって。バターとメープルシロップでいいか?」
「パンケーキ?」
「ああ。コック長が焼いたパンケーキはうまいぞ」
わあ!嬉しい。
「あはは。やっと笑顔になったな。あと、何か欲しいものはあるか?果物とか、ジュースとか」
「いえ。パンケーキと紅茶だけで」
「じゃあ、頼んでおくぞ」
「はい」
一臣様はまた、自分の部屋に戻って行った。
頼んでおく…っていうのは、ダイニングに用意してもらう…ってことかな?
それとも、こっちまで運んでくれるのかな。
し~~~ん。しばらく、一臣様の部屋が静かになった。まさか、ダイニングに行っちゃったのかな。でも、ついさっき、まだパジャマを着ていたよね。
トントン。一臣様の部屋に通じているドアをノックしてみた。すると、
「入っていいぞ」
という声がした。
あ、いた。良かった。なぜかホッとして、私はドアを開けた。
「あ!」
一臣様は思い切り、着替えの途中だった。パジャマの上を脱いで、シャツを羽織ろうとしていた。
「ごめんなさい」
私は真っ赤になって俯いた。
「こっちに来てていいぞ。ソファに座ってろよ。そこのテーブルに朝飯、置いてもらうから」
「一臣様の部屋で食べられるんですか?」
「ああ。食堂で食べると思ったのか?他のお嬢様がいたら、面倒だろ?」
「はい」
あ。はいって言っちゃった。
「俺も、弥生と二人のほうがずっといいからな」
「でも…」
「いいんだよ。俺がいいって言ってるんだから」
「はい」
「それとも、俺と二人は嫌か?」
「まさか!二人の方が私も全然いいです。嬉しいですっ!」
ハッ。思い切り、力入れて言ってしまった。
「ははは」
一臣様はシャツのボタンを閉めないまま、私のところに笑いながら来ると、おでこにキスをしてきた。
うわ。はだけてるから、もろ、一臣様の素肌が見えちゃう。やっぱり、お腹、筋肉ついててかっこいい。駄目だ。釘付けになってるかも。
「見るなよ。エッチ」
「え?!」
「俺の裸見たいなら、見せるけど。だけど、ベッドの上でだぞ?いいのか?」
ブンブン!思わず首を横に振った。
「俺のパンツ姿もしっかりと見そうで怖いから、バスルームで着替えて来るぞ」
そう言って一臣様は、笑いながらバスルームに入って行った。
み、見ないもん。
………。いや、目の前で着替えたら、見ちゃうかも…。見惚れちゃうかも…。
エッチって言われた。一臣様の素肌や筋肉質な体を見てうっとりしているのって、やっぱり、エッチなのかなあ。
思わず、首を横に振ってしまったけど、ドキドキしながらも、心のどこかで首を縦に振りたいって、そんな気持ちもあった。
なんでかな。
一臣様の胸やお腹を見て、やたらとドキドキしたり、キュンってしたり、胸の奥が疼いたのは。
自分でも、なんとなく気が付いていた。
私の中で、何かが変わってきている。
一臣様のコロンの香りがする部屋の中で、私はずっとドキドキと、胸を高鳴らせていた。