~その7~ 気に入った人?
京子さんを気に入った?
予想外のことをトモちゃんに言われ、目眩がしてきた。
「弥生様?お部屋に戻られないんですか?」
亜美ちゃんがそっと後ろから声をかけてきた。
「あ。戻ります」
そう言って席を立つと、亜美ちゃんも一緒に来てくれた。
「亜美ちゃん。さきほど大広間で、一臣様は京子さんと仲良くお話していたんでしょうか」
私は思わずそう聞いてしまった。
「え?京子さんとですか?」
亜美ちゃんは一瞬、言葉に詰まった。それから、顔を引きつらせて笑い、
「皆さんと一臣様は、お話していました。相当一臣様、気を使われているんですね」
と、話を誤魔化した。
誤魔化し方が、私でもわかるくらいだよ、亜美ちゃん。
「そうですか。あ、私一人で部屋に戻れます」
「大丈夫ですか?また、龍二さんが何か言って来るかも」
「大丈夫です」
暗い顔をあんまり、亜美ちゃんに見られたくなくて、私はさっさと階段を上った。本当はショックで足が重くなっていたんだけれども。
そして2階に上がったところに、龍二さんがいた。
ああ。いたよ…。待ち伏せかなあ、これ。
「あんたさあ。あんまり役に立っていないってわかってる?」
「へ?」
「大広間にも来なかったし」
「あれは、一臣様に来るなと言われて」
ハッ。つい、本当のことを言ってしまった。
「へ~~~。ずいぶんと嫌われてるんだね。それじゃ、あんたと手を組んでもバカみたいかな」
「…。そうですね。他の候補者の方と手を組んだ方がいいと思います」
「う~~ん。でもさあ、どうやら、俺の見た感じでは、兄貴は麗子より京子に気があるみたいなんだよね」
龍二さんが声を潜めてそう言った。
うわ。聞きたくないよ。今、そのことで落ち込んでいたのに。
「まあ、あんたには無理かもしれないけど、兄貴のことを今夜も誘えよ」
「は?」
「俺さあ、兄貴が気に入った女性とくっつくのが嫌なんだよね。麗子でも、京子でも、どっちとくっついても頭に来るんだ」
はあ?
「兄貴が嫌がってた女とくっついたりしたら、笑えるし、面白いんだけどなあ」
何よ、それ。なんかムカムカしてきた。
「どうして、龍二さんは一臣様が気に入っている女性と結婚するのが嫌なんですか?」
「あんた、声でかい。兄貴に聞かれるだろ?」
龍二さんはそう言うと、私のすぐ横に来て、
「そんなのわかりきってることじゃん。俺は一臣が気に入らないんだよ。昔から嫌いなんだ」
と、私に小声で囁くように言うと、
「あんたと無理やり結婚させられるのが、一番面白いんだけどな」
と、そう言って憎らしそうに笑うと、自分の部屋に入って行った。
ふんだ。頼まれないだって、一臣様と結婚するもん。でも、無理やりじゃないも~~~~ん。
ムカムカしながら、私の部屋に入った。あれ?一臣様、いると思ったのにいない。
ハッ。まさか、一臣様の部屋に、誰かいたりして?京子さんが来ていて、私のことは部屋に入れないようにしていたり。
ドキドキドキ。ものすごい心拍数。ものすごい不安に襲われながら、私は一臣様の部屋に通じるドアをガチャリと開けてみた。もし、鍵がかかっていたらどうしようと、怖がりながら。
でも、鍵はかかっていなかった。
入っていいのかな。怒られるかな。
そうっと、ドアを開けた。すると、
「弥生、今、戻ったのか」
と、一臣様が私に気が付き、ドアのほうに歩いてきた。
「はい」
私は一臣様の部屋に入って、ほんの少し部屋を見回した。良かった。誰もいないみたいだ。
「お前、龍二と話していただろ。ドアの外から聞こえて来たぞ」
「え?あ…。はい」
「龍二のやつ、なんて言ってたんだ」
言っていいのかな。怖いけど、言っちゃったら、一臣様の反応が怖いけど、でも、思い切って言ってみる?
「一臣様が麗子さんじゃなく、京子さんに気があるみたいだって、そう言ってました」
「……?それで?」
「え?それでって」
「あいつにとっちゃ、どっちでもいいんだろ。結局俺が、気がある方を邪魔したいだけなんだから。それで、お前にはなんて言ったんだ?」
「……役立たずだなって。私が一臣様に思い切り嫌われてると思ってるみたいです」
「そうか。そう思っているのか。そりゃ、良かった」
「それで、龍二さんが一番望んでいるのは、一臣様が一番嫌がっている私と、無理やり結婚させられることみたいで」
「へえ。そりゃ願ったり叶ったりだな。じゃあ、お前のことを親父が選んだら、あいつ大喜びだな」
「……」
なんか、複雑な気持ちがするのはなんでかな。
「じゃあ、お前のことを俺が本気で嫌がっているって、そういう演技をし続けないとな」
「はあ…」
それで?一臣様は麗子さんと仲良くするの?それとも京子さん?実は本気で京子さんが気に入ってるわけじゃないよね?でも、これ以上は聞く勇気がないな。
「ハープを演奏するって、すごいですね」
いきなり私の口から、そんな言葉が出ていた。
「なんだよ、唐突に」
「え?いえ」
「まあ、そうだな。ちょっと俺もびっくりしたが、そういうのを趣味にしているお嬢様だって、この世にはいるだろ。案外他にもいるかもな。珍しい楽器を趣味にしているお嬢様」
「……。似合いそうですね。京子さんに。京子さんって、ザ、お嬢様って感じだし」
「お前が言うお嬢様ってのは、どんなのだ?大金麗子もザ、お嬢様って感じじゃないのか?」
「そうです。でも、京子さんのほうがより、おしとやかで、大和撫子っていう雰囲気があります」
「ああ。おしとやかで、つつましくて、っていう感じか?」
「はい」
「まあ、麗子にはないよな。典型的なわがまま娘。自分の思い通りに行かないとすまないような、そんなお嬢様だよな」
「……京子さんはきっと、お育ちがいいんですね」
「お育ち?」
「コック長にも、お料理の味のことをちゃんと伝えていました。私だったら、ソースの味のことまで、細かく言えません」
「ああ。グルメなのかもな」
「あんなふうに言ってもらえて、コック長も嬉しいですよね」
「そうだな。褒められたらそりゃ嬉しいだろ。麗子とハゼは、印象悪かったな。おふくろもカチンときていたようだし」
あ。一臣様にもわかったんだ。って、ハゼじゃなくて、長谷さんなのになあ。
「お母様も、コック長も、きっと京子さんにお料理を褒められて、嬉しかったですよね」
「まあ、そうだろうけど、喜多見コック長はお前の食べっぷりや、美味しかったですって、元気に言う声に、一番喜んでいたんじゃないのか」
「え?」
「お前、ステーキうまそうに食っていたもんな」
「見ていたんですか?」
「ああ。ステーキを切って、口に運んだ瞬間、天国にでもいっちゃったんじゃないかっていう顔をしたぞ」
きゃわ~~~~~~~~。恥ずかしい!
「あれ、モニターでキッチンでも見ているんだ」
「うそ。モニター?え?どこに?」
「そりゃ、お客が来てわからないようなところに、隠してあるさ。それで見て、次の料理の準備をしたり、お客様の様子を確認したりしているんだ」
きゃ~~。恥ずかしい。私、どんな顔して食べていたのかな。きっと、フォークやナイフの使い方、下手くそだったんだろうな。
「おふくろも、ちょっと嬉しそうだったぞ」
「え?」
「お前がステーキをうまそうに食っていたところとか、美味しかったですと元気に言っているのを見て、口がほころんでた」
「うそ!」
「嘘じゃない。あんな顔を見るのは珍しいことだ。おふくろも、お前のことを、だんだんと気に入ってきているのかもな」
「そうだったら、めちゃくちゃ嬉しいです!」
「ははは」
一臣様は笑って、私を抱き寄せた。
「ただ、一人だけ気に入られては困る人物がいる」
「龍二さんですか?」
「そうだ。絶対にあいつには、近づくな」
「でも、もう近寄られてます」
「それ以上は近寄らせるな。いいか?」
「はい」
「うん。やっぱりお前は落ち着くな。抱き心地いいし、あったかいし」
「……」
ドキドキ。胸が高鳴る。一臣様の胸もあったかい。
京子さんのこととか、どうでもよくなってきちゃった。
チュ。一臣様が私の髪にキスをした。
ドキン。
それから、ほんのちょっと抱きしめていた腕を緩め、おでこにもキスをしてきた。
ドキン。
「あ、あの、あの。敏子さんは、どうなんでしょう。あの方も、ぽっちゃりしてて、抱き心地いいかと」
うわ!あんまりにも、ドキドキしてきていて、変なことを口走ってしまった。ああ、私って、なんでこういう時、わけわかんなくなっちゃうんだろう。
「ハゼのことか?」
「ハゼじゃなくって、長谷さんです」
「あれは…。う~~~ん。やっぱり、お前がちょうどいいな」
答えになっていないような。
「じゃあ、京子さんは?」
ハッ。聞いちゃったよ~~。聞きたくなかったのに。
「サギの方か。痩せてるな。やっぱりお前のほうが抱き心地いいだろうな」
そういうことじゃなくて。
「でも、素敵な女性って感じがしました。同じ女性から見ても」
「誰が?」
「京子さんです」
「ああ。そうなのか?」
あれ?興味ない感じなのかな。
「お綺麗ですし」
「そうか?」
「足も綺麗でした」
「見てないからわからん」
「…清楚な感じでした」
「どうでもいい。それより、お前から風呂に入るか?」
「あ、はい」
「今日は俺が選んでおくぞ」
「何をですか?」
「下着だ」
うっぎゃ~~!またスケベになってる。
「いいです。私が持ってきますから」
「じゃあ、レースか紐にしろ」
「しません!」
「ああ。そうか。明日は仕事じゃないしな。いいぞ。赤でも紫でも派手なやつを履いても」
「履きません!見せる相手もいないし、履いたりしません」
「はあ?俺がいるだろ?」
「一臣様にも見せません」
私はきっぱりと言い切って、一臣様の腕から無理やり抜け出し、自分の部屋に戻った。
ああ。なんだって、突然スケベなおっさんに変化しちゃうんだろうか。
でも…。
私は自分のベッドにドスンと座った。ベッドは思い切り沈みこんだ。
京子さんのことはどうでもいいって言ってたよね。良かった。
かなりほっとした。
それから、しばらくぼけっとしてしまい、
「おい。弥生。何を悩んでいるんだ」
と、突然、一臣様が私の部屋に入ってきた。
「は?」
「何してるんだ。下着で悩んでいたんじゃないのか?」
ベッドに座り込んでいる私を見て、一臣様がそう聞いた。
「あ、いいえ。ぼーっとしていただけです」
「どうかしたのか?」
「いえ。ほっとしたって言うか」
「俺から逃げられてほっとしたのか?」
「違います!一臣様が京子さんのことを、気に留めていないようでほっとしたんです」
「…」
あ。ばらしちゃった。一臣様の片眉があがった。
「そんなことを気にしていたのか?」
「……はい」
私は俯いた。すると、一臣様が私の隣に座ってきた。またベッドが、一回沈み込んだ。
「ここのベッド、やたらとフカフカしているな」
「はい…。フカフカしています」
ドスン。
あれ?押し倒された!?
なんで?なな、なんで?
「今日はこっちのベッドで寝るか」
「え?」
「天蓋付きのフカフカベッド。いつもとまた違って、ムードが出るかもしれないぞ?」
どひゃあ。なんてことを言って来たの?一臣様は!
「ちょっと、動いただけで、このベッドは揺れるんだな」
「え?はい」
「………それも面白そうだな」
何が?!
「いいです。一臣様のベッドに行きます。あんまりフワフワだと、私眠れないんです」
「そうか?」
一臣様は起き上がった。良かった。鼓動が思い切り早くなっちゃってたよ。
そして、一臣様は自分の部屋に行くかと思ったら、なぜか私のクローゼットに入って行った。
あ!下着!下着を選びに行ったんだ!ぎゃあ。阻止しないと。
「自分で選びます!」
そう言って、ベッドから飛びあがり、私もクローゼットの中に入った。でも、もう遅かりし。
「行くぞ」
とだけ言って、一臣様に腕を引っ張られ、一臣様の部屋に連れて行かれた。
一臣様を見ると、しっかりとパジャマも下着も持っている。
ど、どんな下着?パジャマに隠れてよく見えない。
「ほら。これだ」
一臣様はバスルームの前まで私を連れて行くと、私に着替えを渡してバスルームのドアを開けた。
「なるべく、早くに出てこいよ」
と言いながら。
なんで?
な、なんで?!
下着をそっと見てみると、うわ~~~~。赤い下着だ~~~~~。
クラッ。そのまま倒れそうになった。
ど、どうにか、阻止しないと。
毎晩、こうやって私は、ドギマギしないとならないんだろうか。
心臓が持たないよ、こんなじゃ…。
バスタブに入ると、力が一気に抜け、脱力した。
「は~~~~~~~~~」
ぶくぶくぶく。
こんな思いをずっとするくらいなら、いっそ、抱かれちゃう?
という考えが一瞬頭をかすめ、
「うわあ。何考えてんの、私!」
と、慌ててバスタブから飛び出た。
危ない。危ない。