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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第5章 急接近の2人?
69/195

~その16~ 「幸せにします」

 5時半を過ぎて秘書課にいったん戻り、それからまた一臣様の部屋に戻ると、

「弥生。お前のお父さんとお兄さんが、今から来るそうだぞ」

と、一臣様に言われた。


「え?父と兄ですか?」

「ああ。兄といっても、卯月氏らしいがな。如月氏はアメリカに戻ってるんだってな?」

「はい。先週にはもう、アメリカに帰りました」

「……。俺のことを見張っているんじゃなかったのか」

 

 あ。そうか。そういうことを如月お兄様は言っていたっけ。

「アメリカからも、一臣様の動きは手に取るようにわかるとかなんとか言って、帰って行ったんです」

「ムカつくなあ。あ。もしかして、俺に電話してきた後に帰ったのか」


「電話?」

「そうだ。俺が認めるまでは、弥生を屋敷には行かせないって、わざわざ会社までご丁寧に電話して来たんだ」

「……すみません。如月お兄様は、本当に一回言い出したらきかないっていうか、かなり頑固で」

「みたいだな」


「お父様と卯月お兄様は、やっぱり私のことで来るんですよね?」

「だろうな。一応昨日、お前のことは屋敷に連れ戻すと、樋口から連絡は入れたんだが、それじゃ納得いかなかったのかもしれないな」


 う、うん。勝手に連れ戻されちゃったんだから、今頃怒っているかもしれない。

「ごめんなさい。私がちゃんと父と兄には話します」

「…。弥生はいい。俺がちゃんと話す」

「でも…」


「大丈夫だから、心配するな」

 そう言って、一臣様は私の頭を優しく撫でた。

 うわ。ドキンってした。なんだかずうっと、優しい一臣様だ。


「6時には来るって言っていたから、もうそろそろだな。14階の応接室に行くか」

「はい」

 私と一臣様は14階に行った。応接室には細川女史がいて、お茶の準備をしていた。


「あ、私がします。もう終業の時間ですし、細川さんはどうぞお帰り下さい」

「そういうわけにはいきません。わたくしも秘書ですから」

「で、でも…」


「弥生。お茶の用意は細川女史に任せろ。お前は、俺の隣に静かに座っていろ」

「はい」

 私は、ちょこんと一臣様の隣に座った。それから5分もたたないうちに、ドアをノックする音と、

「上条様がお見えです」

という樋口さんの声が聞こえた。


 一臣様は席を立ち、ドアを開けに行った。私も慌てて席を立って、一臣様の後ろに立った。

「やあ。一臣君」

 父が静かにそう言いながら、入ってきた。


「ああ。弥生もいるな」

「はい…」

 父の後ろからは、卯月お兄様も続いて応接室に入ってきた。ああ。結婚式前で忙しいのに、申し訳ない。


「一臣君。うちのせがれの卯月だ。2人は初対面だったね」

「はい。はじめまして、一臣です」

「卯月です。妹がいつもお世話になっています」


 ドキドキ。なんだか、初顔合わせって、私のほうが緊張する。


「どうぞ、お掛け下さい」

 そう言って、一臣様は2人をソファに座らせた。それから、私と一臣様もソファに腰かけた。


 細川女史が、4人分のお茶をテーブルに置き、

「失礼します」

と、応接室から出て行った。


 すると父は、

「今日伺ったのは、わかっていると思うが、弥生と一臣君の婚約のことだ」

と、唐突にそう話し出した。


「ごめんなさいっ!お父様!」

 いてもたってもいられず、私は思い切り謝った。すると、

「弥生、俺が話すから」

と一臣様に言われてしまった。


「アメリカに留学するために、弥生は昨日パスポートを申請しに行ったんだが…。それなのになんで、君の屋敷にいるのかな」

「僕が勝手に連れ戻しました。申し訳ありません」


「勝手すぎじゃないか?一臣君」

「はい。ですが、僕は弥生さんと婚約破棄するつもりはまったくなかったので、屋敷に来てもらいました」

「弥生の意思も無視して?」


 いつもの父より怖い。こんな父は初めて見る。

 それに比べて、卯月お兄様は、とても穏やかな顔をして私を見ている。


「無視はしていません」

「弥生は君との婚約を解消することを決意していたんだ。弥生の意思を君は、まったく無視したんじゃないのかい?」

「お父様。違うんです。それは…」

「弥生」


 また、一臣様に止められてしまった。でも、これじゃ、一臣様が悪者だ。私が勝手にいろいろと落ち込んで、勝手にいろいろと悩みこんで、勝手に婚約解消をしようとしただけなのに。


「弥生はずいぶんと苦しんでいたようだが…。さすがに、自分の娘があんなに苦しんでいるのに、放ってはおけないよ。如月じゃないが、この婚約も一回、白紙に戻したいと私も考えたんだがね」

「白紙!?」

 その言葉で、私はびっくりしてしまった。


 白紙って何?白紙って?呆然としていると、

「それは困ります」

と、一臣様が一言そう言った。


「だが、親として、娘の幸せを願うのは当然だろう?君と結婚しても、弥生は幸せになれるかどうか、このままだとわからないしな」

「幸せにします」

 え?


 か、一臣様、今、なんて言った?

 私はびっくりして、一臣様を凝視してしまった。一臣様は私のほうを見ないで、ずっと父を真剣な顔で見ている。


「一臣君。そういう言葉を君が言うとは思わなかったが…。でも、言うのは簡単だ。嘘でも言える。君は一番心配なのは、うちと緒方商事のプロジェクトのことじゃないのかい?それが白紙になるのが怖いんだろう?」

「……」

 一臣様は黙り込んだ。


「それで、さっき、困ると言ったんだろう?」

「……正直、プロジェクトが白紙になるのは怖いですよ。緒方財閥の未来がかかっていますから」

 一臣様は静かにそう答えた。


「…じゃあ、緒方商事と上条グループのプロジェクトは、弥生との婚約を解消してくれたら、白紙にはしない…と言ったらどうするかい?」

 え?


 なに、それ。その条件…。なんだって、そんなことをお父様は言うの?!

 そんなの嫌だよ。絶対にそんなの…。


 ボロ。涙が出てきた。でも、ここで泣くわけには…。


「困ります。それは、受け入れられません。弥生さんとも結婚しますし、プロジェクトも成功させます」

 一臣様は、父の目を見てはっきりとそう言ってくれた。

 良かった。また泣きそうになった。でも、どうにかこらえた。


「なぜだ?もともと、弥生が君を勝手に好きになって、私が緒方氏に君と弥生の婚約を申し出たんだ。君が弥生を選んだわけじゃないし、婚約を解消してもいいと言っているんだから、それで十分じゃないのかい?君は君で、ちゃんと自分の選んだ人と結婚したらどうだい?」


「……じゃあ、僕が結婚したい相手と、結婚していいということですよね」

 一臣様がそう言った。すると、さっきまで穏やかな顔をしていた兄の顔も、真面目な顔つきになった。

 父も、真剣な目で一臣様を見ている。


 ドキン。ドキン。一臣様のその先の言葉を聞くのが怖い。でも、もしかして、もしかすると、その相手っていうのは、私かもしれない。そうであってほしいと、心の中で願った。


「そうだ」

 父が、重みのある声でそう返事をした。

「そうですか。わかりました。じゃあ、そうさせてもらいます」

 一臣様はそう言うと、ふっと息を吐いた。


 ドキドキ。バクバク。ドキドキ。バクバク。それって誰?誰?


「弥生さんと結婚します。僕には弥生さんが必要ですから」

 え?


「一臣君。それは…」

 父が何かを言いかけた。でも、また一臣様が、

「本心です。冗談でもなければ、緒方財閥のためでもありません。僕のためです。他の女性は考えられません」

と、父に静かにそう言った。


 ボロボロボロボロッ。

 いけない。必死で抑えていたのに、涙が一気にこぼれてしまった。


 一臣様はそれに気が付き、私を見て優しく微笑んだ。それからまた父と兄を見て、

「弥生さんと結婚させてください。幸せにします。約束します。泣かすようなことはしません」

と、そう真面目な顔になってはっきりと言った。


 うっわ~~~~~~~~~~~~~!

 駄目だ。堰を切ったように、私は思い切り、ひっくひっくと泣きだしてしまった。


「でも、もう泣かせてるよ、一臣君」

 卯月お兄様が、そう冗談めいた声で言った。


「これは、う、嬉し泣きで」

 私が、必死にそう言おうとすると、一臣様は私を見て、

「弥生さんは、嬉しくてもビービ―泣くんです。あ。嬉し泣きだったら、これからも、泣かせちゃうかもしれないですけど」

と、そう優しく言った。


「それを聞いて、安心した」

 そう言ったのは、父ではなく兄だった。

「弥生の思いがちゃんと通じたんだね?弥生。良かったな」

 兄は優しくそう言うと、私の頭を優しく撫でた。


「ひっく」

 私はまだ、泣き止んでいなかった。そして、無意識で一臣様の腕に顔をうずめ、一臣様のYシャツを涙で濡らしていた。 


「もしかすると、一臣君は、弥生が婚約を破棄したいと言って、君から離れようとして、何かに気が付いたのかな?」

 そう父が聞いた。父の顔も優しい顔になっていた。


「はい。気づかされました。というより、思い知らされました」

「思い知らされたというと?」

 父がまた一臣様に聞いた。


「弥生さんの存在のでかさにです。いなくなって愕然としました。絶対に失ってはいけないものなんだって、そう思い知らされました」

 う、うそ。


「そうか、そんなに弥生の存在は君にとって大きいのか」

「はい」

 一臣様はそう静かに父の質問に答えた。


 私は、びっくりしずぎて、言葉も失ったし、涙も引っ込んだ。

 ただただ、呆然と一臣様を見つめた。


「さて。ちゃんと一臣君の真意も聞けたことだし、卯月、帰るとするか」

「そうですね」

 父と兄は、立ち上がり、それから私のほうを見て、

「弥生。もう一臣君から離れようなんて、考えるんじゃないぞ」

「実家にももう帰ってくるなよ」

と、優しい目で言ってきた。


「はい。いろいろと心配かけてごめんなさい」

「まあ、いいさ。弥生が幸せになってくれたら、俺らはそれだけでいいんだからさ」

「卯月お兄様…」

 ボロ。また涙が出た。


「ああ。なんか、これ以上俺らがいると、泣かせるばかりだな。さ、帰ろう、父さん。じゃあ、一臣君。弥生を頼んだよ」

 兄はそう言って、にこやかに部屋を出て行った。父も私と一臣様を見て、うんうんと頷いて、部屋を出て行った。


 樋口さんが、2人を案内してエレベーターホールまで連れて行った。私と一臣様はまだ、応接室の中にいた。

「ひっく」

「まだ泣いているのか?」

「ひっく」


 一臣様が優しく私を抱きしめた。私は一臣様の胸に顔をうずめて泣いた。

「また、目が腫れて、ブス顏になるな」

「はい」

「卯月氏は優しい人だな」


「はい」

「上条氏も本当にお前のことを、思ってくれてるんだな」

「はい」

「いい家族だな」


「……私も」

「ん?」

「一臣様を幸せにします」

「そうか?でも、もう十分に幸せだけどな」


「え?!そうなんですか?」

「お前は?」

「幸せです!世界一幸せです!」

「はははは。そうか。でも困ったな。世界一は俺なんだけどな」


 ふえ~~~ん。嬉しい。

 嬉しすぎて、一臣様のYシャツにしがみついた。


「なんだよ、突然」

「一臣様が世界一幸せって言ってくれて、嬉しいんです」

「アホだな。それで泣いたのか?まったく…」

 ギュウ。思い切り抱きしめられた。


「可愛いよなあ。お前」

 うわ!また言われた!今日何度目だろう。

「一臣様」

「ん?」


「結婚して子供産まれて、そうしたら、あったかい家庭を築きましょう」

「なんだ?プロポーズしてくれてるのか?」

「…違います。一臣様が叶えられなかったことを、いっぱい叶えたいんです」


「ああ。なんだったっけ?キャンプに、山登りに、海水浴に、肝試しだったっけ?」

「え?なんで、それ」

「喜多見さんに聞いた。お前が俺と婚約破棄するって言い出して、俺が頭に来て屋敷の部屋で暴れたあとに」

 ……。暴れてたんだ。本当に。


「弥生様を離しちゃ駄目だって。弥生様と結婚したら、こんな特典がついてくると教えてくれたぞ」

「特典?」

「ああ。お前が喜多見さんに、そう言ったんだろ?」

「はい。言いました」


「ははは。喜多見さんが、あんな素敵なお嬢様はどこ探してもいないから、手放しちゃ駄目ですって言ってたぞ」

 え~~~~!!!そんなことを喜多見さんが?

「俺も、そう思った。お前みたいな、変わったやつ、他にどこにもいないよな?」

「……」

 微妙。


 でも、嬉しい!

 私は一臣様に抱きついた。一臣様もギュッて抱きしめてくれた。


 お屋敷に帰ったら、龍二さんもお母様も、そして婚約者候補の大金麗子さんもいて、また、いろいろと大変な目に合うことになるんだけど、そんなこともしばし忘れて、私は一臣様の胸に顔をうずめて、幸せに浸っていた。



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