~その9~ 「可愛いな、お前」
「離してくださいっ!」
思い切り、抱きとめられちゃったよ。どうしよう!
それも、ベッドの真横で。
「なんで?お前、その恰好でバスルームから出てきて、離してくださいはないだろ?」
「ご、誤解です」
うわ~~~!!肩にキスしてきた!やめて!心臓停止しちゃう。
「パジャマも、下着も、バスローブも持って入るの忘れたんです!」
「アホだな」
そう言って、一臣様はいきなり私のバスタオルをするりと取ってしまった。
「うわあ!」
中、素っ裸なのに。
「見ないでください~~!!!」
そう叫びながら、私はしゃがみこんだ。
「今さら遅い」
「遅くないです!」
「だから、前にもう、お前の全裸見てるから、今さら照れても遅い」
「…う」
そうか。前のことか。って、納得してどうする。今見られるのだって、恥ずかしいんだから。
私はまだ、しゃがみこんだままでいた。
「そんな素っ裸で、丸まっているなよ。それもそれで、けっこうそそられるんだけどな」
え?!
「じゃあ、バスタオル返してください」
バスタオルは一臣様がぽいと、その辺にほおってしまって、私の手の届かないところにあった。
グイッ。一臣様は私の両腕を持って、いきなり私を立たせたかと思ったら、そのまま、ドスンと私をベッドに押し倒してしまった。
ど、どひゃあ。これって、これって、これって、もう、観念しないとならないってこと?!
いや。駄目!無理。絶対に無理!
ひ~~~~~~っ!
声にならない声をあげ、涙目になって一臣様の顔を見ていると、一臣様は一瞬目を細め、
「今、着替え持って来てやるから」
と、私の体にばさっと掛け布団をかけて、隣りの部屋に行ってしまった。
う…。襲われるかと思った。もう、おしまいかと思った。絶対に抵抗できないかと思った。
布団を頭の上まで引き上げ、私は思わず泣いてしまった。
怖かった。
でも…。胸の高鳴りが半端なかった。
もし、あのまま、一臣様に抱かれていたら…。
駄目だ。全く未知の世界だ。想像もつかない。知っているのは、先輩が言ってた、
「痛くて、もうしたくない」
っていう言葉だけ。
そんなに痛いのかな。ものすごく怖い。
一臣様は男なんだよね。力、私よりもずっとある。
でも、怖いくせに思い切りときめいている自分もいて、自分が自分でわからなくなっている。
「ほら」
一臣様の声がして、ばさっと私の上に何かが乗っかった。ああ、着替えだ。
「俺は、髪をバスルームで乾かしているから、その間に着替えろ。俺が終わったら、お前が髪乾かせよな。まだ、思い切り髪、濡れてるぞ」
「はい」
一臣様はバスルームに入ったらしい。ドアが閉まる音がした。私はゆっくりと顔をあげ、布団の上にあった私の下着とパジャマを手に取り、布団の中でもそもそとそれを着た。
下着まで持って来てもらって、申し訳ないような、恥ずかしいような気もしたけど、裸を見られるよりはいい。
「はあ」
本当にこんなで、私これから、一臣様のフィアンセつとまるのかな。一臣様、呆れていたよな。
覚悟しろって言われたけど、覚悟できないよ。
ああ。もう!どうやったら、男の人が平気になれるんだろう。今から、男慣れするために、誰かとお付き合いでもする?
なんて、バカな考えが浮かんできて、慌てて消した。
私が一臣様以外の人と、付き合えるわけがないし、一臣様以外の人に触れられるのも、キスされるのも、無理に決まっているのに。
でも、その一臣様ですら無理なんて!
あれ?それって、もしかして、一臣様にすごく申し訳ないことをしているの?
好きだ好きだって、ずうっと言ってきて、いざとなったら、こんなに拒んだりして。
そうだよね。無理!って拒否していないで、もっと大丈夫にならなきゃ。
いつまでも逃げていたら駄目だよね。本当に覚悟決めないと駄目だよね。
だって、結婚するんだもんね。私、一臣様の奥さんになるんだから。
奥さんに。
そう思ったら、今度は一気に顔が火照ってきた。
「おい」
ハッ!いつの間にか、一臣様、バスルームから出て来ていた。
「髪、乾かして来いよ。風邪ひくぞ」
「は、はい」
慌ててバスルームに駆けこんで、髪を乾かした。バスルームからは、一臣様のシャンプーの香りがして、それだけでまたドキドキした。
やっぱり、私はものすごく贅沢なんだ。大好きな人と、ずっと一緒にいられて、隣で眠ることができて、こんな幸せなことってないんだよね。なのに、嫌がったり、拒んだり。
それに、大好きな人に、好きだって言ってもらえたんだ。惚れてるって言ってくれたんだよ?
それって、それって、それって、ものすんごく嬉しいことだよね?!
うっきゃ~~~~~~~~~!
今頃、実感。嬉しさがこみ上げてきた!
一臣様に「惚れている」って言ってもらったんだ。
信じられない!!!嬉しい~~~~~~~~!!!
きゃ~~~。きゃ~~~~~。きゃ~~~~~。
「おい」
ドキ!
うわ!バスルームのドア開いてた?一臣様が呆れた顔で、こっちをバスルームの入り口から見てる。
「なんで、浮かれてるんだ?」
「え?」
「きゃーきゃーはしゃいでいる声がして、気になって来てみたんだが…。何を踊っているんだ?」
は!私、踊ってた?
「なんなんだ。さっきまで、真っ青な顔して涙ぐんでいたやつが」
「ごめんなさい」
「なんだよ。何を浮かれてたんだ?」
「……か、一臣様に、惚れたって言われたことが嬉しくって」
「はあ?抱かれるのは泣いて拒んだくせに?」
「う…」
やっぱり、言われた。
「ごめんなさいっ!!!それは、本当にごめんなさいっ!!!」
「なんだよ。いきなり、平謝りして」
「悪いと思っているんです。大好きなのに、そんな一臣様を拒んだりして。でも、本当に大好きなんです。でも、怖いんです」
「ああ。わかったから。大好きをそう何度も言うな」
「あ!怖かったですか?」
「いや。嬉しいけどな」
ええ?!ええええっ?!嬉しい?!
「だから。そんなに目を潤ませるなよ。ほんと、お前、わかりやすいな。たまに理解できない反応するけどな」
「………。あの…」
「なんだ?」
「その…」
「だから、なんだ?」
「変な質問していいですか?」
「嫌だ」
う。また断られた。
「変じゃなくて、素朴な疑問です」
「なんだ?」
「その…。すっごく聞きにくいんです。でも、それが一番怖いから、聞いてもいいですか?」
「ああ。あれか。初めてだと痛いかどうかか?」
ギック~~~~。なんで、わかったの?!
「そういうのは、どっかから仕入れるのか?情報として。お前、未体験だから、まったく知らないよな」
「高校の頃、先輩が言っていたんです。初体験の夜に、すごく痛かったって。それで、もうしたくないって」
「お前の高校って、お嬢様学校だろ?私立の…。その先輩、高校生だよな?」
「はい。大学生の彼氏がいたんです」
「ああ。そうか…」
一臣様は黙り込んだ。それから、
「まあ、痛いかもな。でも、俺は男だからわからないし、それに、処女と経験したこともないから、わからないな」
と、真面目な顔をして答えた。
うわ。なんか、今、生々しいことを聞いてしまった。聞かなかったらよかった。いや、経験あるって言われても嫌だけど。
「それが怖いのか?」
コクン。と頷くと、一臣様は近づいてきた。
うわ~。なんで、近づいてきたのかな?
フワ…。そして優しく私を抱きしめてきた。
「痛いかもしれないけど、優しくするぞ」
うっぎゃ~~~~~~~~~~!また、そういうことを耳元で囁かれた。
ドン!私は一臣様を突き飛ばして、バスルームから逃げ出した。
「いってえなあ」
一臣様は背中を洗面台に打ったらしい。背中をさすりながら、バスルームを出てきた。
「ごめんなさい。でも、無理です。やっぱり無理です」
「はあ?」
「一臣様の言うことに、いちいち反応しちゃうんです。勝手に、うぎゃあってなっちゃうんです」
「なんだよ、それは…」
あ。今度は本当に呆れた顔だ。
「ごめんなさい。無理ですってさっき言ったけど、慣れるように努力します」
「……努力?」
「か、覚悟もなるべく早くに決めます」
「いつ?」
「わ、わかりませんが、早め早めに対処したいと思います」
「ブッ。あはははは!」
笑われた。真剣に言ったのに。
「そうか。わかった。早めに頼むぞ」
「はい」
「でも俺が思うに、慣れるには何度も、繰り返してすることだと思うぞ」
「え?」
「キスも、何度もしていたら、絶対に慣れてくると思うんだがな」
何度も?!
ボボッ!!!
「あ、ゆでだこになったな」
「だ、だって」
何度もって…。
「はあ。わかったよ。やっぱり、徐々にだよな?焦らず、ゆっくりとだな?」
「………」
かあ。ますます顔が火照っていく。
「男に全く免疫ないやつと付き合ったことないから、俺も戸惑ってるぞ」
「え?」
「こんなに本気でキスしたいとか、抱きたいとか思ったのも初めてだしな」
うぎゃあ。また、すっごいこと言った!!!
ボワッ!!!
「あ。なんか、俺、またお前の顔が赤面するようなこと言ったのか?」
「はいっ!」
私は恥ずかしくなって、顔を伏せた。すると、そんな私を一臣様がギュッて抱きしめてきた。
「可愛すぎだよ。お前。反則」
え~~~~~~~~~~!そんなこと言う一臣様が反則!
恥ずかしくて、恥ずかしくて、なかなか顔をあげられなかった。
なんだって、こんなに、可愛い、可愛いを連発するんだ。そのたびに、心臓が飛び出そうになっているのに。
「寝るか」
「え?!」
ドキン!
「手は出さないから、安心しろ」
「うわ。はいっ」
私は、真っ赤になりながら、ベッドに横になり、布団を頭までかけた。
「おい。もう少しこっちに来いよ」
ベッドの端までいき、丸まっていると、一臣様にそう言われた。
「う…。でも」
「手は出さないって言っただろ?」
「でも…」
心臓がきっとまた、バクバクしちゃう。
「俺が寂しいんだよ」
うわあ。その言葉も、嬉しすぎて、顔が火照りまくる。
私は背中を向けたまま、すすすと一臣様の隣まで移動した。
「こっちは向かないのか?」
「はい。恥ずかしいから」
「なんだよ」
ギュウ!うわ。また思い切り背中を抱きしめられた。なんだって、こうも、今日は何度も抱きしめるの?
「可愛すぎるだろ」
また、言われた~~~~~~~~~。
何回言われても、何回抱きしめられても、やっぱり、慣れないかもしれない。