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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第5章 急接近の2人?
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~その4~ 優しいキス

 必死に抑えていた涙は、頬をつたって私の手の上に落ちた。

「それでか…」

 一臣様はその涙を見て、また小さく溜息をした。

「そうか。そうだよな。お前、あのあと泣きながら、ビルを飛び出していったんだもんな」

「え?」


「……俺は知らなかった。日陰がお前を追いかけた。久世がお前を姉の美容院に連れて行ったと、そう日陰は樋口に報告をした。樋口は俺に、弥生様が久世将嗣と会っているようですとだけ報告して、お前を迎えに行った」

 え?


「樋口も、真相を知らなかったんだ。お前を迎えに行って、お前がボロボロに泣いた顔をしていて、驚いたようだ」

「……」

「俺も、まさか、そんなにお前が泣いていたって知らなかった。日陰からあとで報告を受けて驚いた。だけど、お前の実家に電話をするのも気が引けたし、お前の携帯は、樋口が持っていたし。いや、お前が持っていたとしても、もう機能もしない携帯になっていたしな。連絡が取れなかった」


 気にかけてはくれていたんだ。

「日曜になって、夜遅くに親父が出て来いと電話をよこした。親父がいるホテルに行って、そこでお前が婚約破棄をしたいと申し出てきたと聞いたんだ」

「……」


「そんな馬鹿な話があるかって、親父の言うことを真に受けなかった。もしかしたら、おふくろがまた、裏で手でも回したか何かしたかとも思ったしな」

「え?」

「お前から、婚約破棄をしてほしいなんて、そんなことを言って来るとは、思ってもみなかったことだからな」


「……なぜ、ですか?」

「お前、俺から離れたら、何も残らないだろ?単なる腑抜けになるだけで、俺がいなきゃ幸せになれないって言っていただろ?だから、離れて行くわけはないと思っていたんだ」

「……」


「樋口に、調べさせようと思ってそのままにしておいた。どうせ次の日になったら、お前にも会社で会えると思っていたしな。だけど、お前は会社に来ないし、上条氏が、お前が緒方商事を辞めたいと言っていると、そんな電話をしてくるし。それで、月曜、お前のところに行った」

「………」


「だけど、まったく訳がわからないだけだった。俺はずっと考えた。お前が俺との婚約を解消したいわけを。ずっと…」

 一臣様はそう言ってから、しばらく黙り込んだ。そして、私の顔を見て、

「葛西とキスをしていたのを、お前が見て、それが原因としか考えられなかった」

とそう言った。


「……」

 私は何も答えなかった。

「だけど、それでなんで、ごめんなさいと謝ってくるんだ。俺を責めたらいいだろ?お前が謝ることじゃない」

「……」


「弥生。さっきから黙ってないで、何か言えよ」

「私…」

 一臣様のほうを見た。一臣様の目は真剣だ。


 パッと目をそらして、私はまた下を向き、自分の手を見て話しだした。

「私、一臣様と葛西さんがキスをしているのを見て、ものすごく辛くなって」

「……ああ」

「胸が張り裂けそうなくらい、苦しくなって」

「……」


 私が黙り込むと、

「それで、俺が嫌になった?」

と聞いてきた。

 私は首を横に振った。


「それで…。一臣様がそのあと、わ、私にキスをして」

「…ああ」

「わかったんです」

「…何がだ?」


「一臣様の気持ち」

「……俺の?」

「はい。ずっと、私はまた、勘違いをしていたんだっていうことに気が付きました」

「勘違い?」


「……」

 泣きそう。でも、ちゃんと話さないと。

「私、一臣様の隣にいられるのが幸せでした。一臣様の役に立てることとか、一臣様が私の隣だと眠れることとか、仕事の補佐を頼まれたこととか、全部嬉しかったんです」


「……ああ」

「ずっと、こんな幸せを感じていられるんだって、浮かれていました。一臣様が私のフィアンセで良かったって、そんなこと思って、浮かれてたんです」

「………それで?」


「そ、それで、キスされて、一臣様の気持ちが全然私にないことが、わかって…」

「え?」

 一臣様が、一瞬、隣でかたまったのがわかった。


 なんで、かたまったの?私がそのことに気が付いたからなの?

「一臣様のキス、冷たかったんです。私、それで、この先もずっと一臣様に冷たいキスをされるのかとか、思いも何もないままに一臣様に抱かれるのかって、そう思ったら、もっと胸が苦しくなって…」


「……」

 一臣様は黙り込んだ。

「幸せを履き違えていたって、気が付いたんです」

「……それで、なんでごめんなさいってお前が言うんだ」


「…わ、私の幸せって、一臣様が幸せになることなんです」

「え?」

 一臣様が、あまりにも私のことをじっと見るので、私も一臣様の顔を見てしまった。

 

 ボロ。駄目だ。顔を見ただけで涙が出てくる。

「好きでもない私と結婚したって、一臣様が幸せになるわけない。ずっと、あんな冷たいキスをさせたり、義務で私のことを抱いたり、そんなことさせられないって、そう思って」


「……義務?」

「一臣様は、今までずっと、会社の犠牲になっていたんですよね。結婚だって、自分の意思と関係なく、私と結婚しなくちゃならなくって、跡継ぎを産ませるためだけに、私を抱かないとならないんですよね」


「……ああ。そう思ってた。ずっとな」

「…そんなの、一臣様にさせられない。もう犠牲になってほしくない。一臣様には、心から好きな人と結婚してほしいし、幸せになってほしいんです」


「……」

「私が、好きになったから、私と婚約することになって、何年も、一臣様はそれに縛られてきて、辛い思いをしたんですよね」

「それで、ごめんなさいって言ったのか?」


「はい」

「…………そうか。お前は、やっぱり、俺から離れると、訳のわかんないことを考えだし、勝手に妄想して、勝手に落ち込み、勝手に俺から離れていこうなんてアホなこと考えだすんだな」

「え?」


「阿呆!」

「………え?」

「俺のキスが冷たかったのか?」

「は、はい」


「そりゃそうだろ。わざとそうしたからな。でも、あの時は頭に来ていたんだ!」

「え?」

 なんで?

 キスを見られたからとか?


「お前、浩介の言うことのほうを信じただろ?俺と葛西はなんでもない。付き合ってもいなけりゃ、これからも付き合うこともない。なのに、勝手にあれこれ吹きこまれて、そっちのほうを信じ込んでいるから、頭に来たんだ」

「え?」

 付き合っていない?


「キスだって、俺にとっちゃあんなのキスに入らない」

「私とのですか?」

「葛西とのだ。勝手にあっちからしてきた。口と口が触れていただけで、キスじゃない。あんなのは」

「え?え?」


「それでも、お前にとっては胸が張り裂けそうになるくらい、嫌なことだったんだな?」

「……」

 私は黙ってコクンと頷いた。


「それは、悪かったって思ってる。そこまで傷つくとは思わなかった。だから、もうしない。相手が勝手にキスしようとしてきても、ちゃんと避けることにする」

「え?」


「お前にしたキスも、わざとだからな。わざと冷たくした。頭に来たから、ちょっと意地悪をしただけだ。それを、勝手にあれこれあれこれ、膨らませやがって」

「で、でも」

「でも、なんだ!」


「つ、冷たかった。目も怖かったし、声も…」

「だから!わざとそうしたって言ってるだろ?!」

「私のこと、嫌がってるんじゃないんですか?だって、いつも気持ち悪いとか、怖いとか」


「それも、からかっていただけだ」

「だけど、嫌いですよね?嫌っていましたよね?」

「………確かに。大学の頃は、嫌がっていた」


「それ、今もですよね?」

「………」

 一臣様は黙り込み、俯いてから、また私のほうを見た。


「嫌っているやつを、隣に寝かしたりはしない」

「え?」

「嫌がっていたら、多分俺はとことん嫌がって、俺の部屋にだって絶対に入れさせない」

「………」


「嫌ってなんていない。そんなやつを、俺の秘書にしようとしたり、俺の仕事手伝わせたりもしない。お前は仕事も早いし、パワーもある。発想も豊かだし、俺はちゃんとお前のことは認めている」

「……仕事を?」


「そうだ。緒方商事にはお前は必要だ。お前が俺と一緒に、改革していくんだ。それに、お前は、俺が背負っていた重い荷物、半分背負ってくれるんだろ?」

「は、はい」

「じゃあ、逃げ出したりするなよ」


「………」

 一臣様を見た。まだ、真剣な目で私を見ている。

 私はまた視線を自分の手に移した。


「………でも、私がいたら、一臣様は、好きな人と結婚できません」

「は?」

「会社のために、私を認めてくれるのはすごく嬉しいです。でも、一臣様の幸せじゃないですよね」

「俺の幸せっていうのは、じゃあ、なんなんだ」


「…それは、愛する人と結婚して、愛する人が一臣様の子供を産んで、一緒に育てて…」

「ああ!くそ!」

 え?なんで、怒りだしたの?


「面倒くさい奴だな。いったい、なんて言ったら婚約破棄をするっていうのを、取りやめるんだ」

「え?」

「お前が言いたいことはわかった。俺が幸せになることが、お前の幸せなんだな?」

「はい」


「じゃあ、お前が俺を幸せにしたらいいだろ!」

「……え?でも、そんなこと」

「できないのか?」

「で、できません」


「なんでだ」

「だって…」

 好きになってもらうなんて無理。愛される自信もない。


「お前と一緒にいる時の俺は、そんなに不幸に見えたか?」

「………え?」

「そんなに苦しんでいるように見えたのか?」

「い、いいえ」

 どっちかって言ったら、からかって楽しんでいるように見えた…けど。


「…………」

 また、黙って私のこと、じっと見てる。

 あまりにも、じっと見られていて、私は思い切り俯いた。


「おい」

「……」

「弥生」

「は、はい」


 呼ばれて、私は顔をあげて一臣様を見た。すると、一臣様が思い切り私に顔を近づけていた。

 え?!


 フワ…。

 

 唇に、触れた?!

 ひゃあ!

 

 あまりにもびっくりして、私の体がのけぞった。そして、思い切り一臣様から逃げようとした。

 でも、一臣様が私の背中に両腕を回し、思い切り抱き寄せられてしまった。


 ぎゃあ。顏、近い。近すぎる!

 アタ、フタ。アタ、フタ。思い切り私は動揺した。両手が勝手に一臣様の胸を押していた。


「そんなに暴れるなよ。キスできないだろ」

 ぎゃあ!なんでキス?!

 嫌だよ。また、あんな冷たいキス。


 私は、ジタバタと抵抗した。

「だから、暴れるな!」

「い、嫌です。もうあんな思いしたくないんです」

「あんなって?」


「冷たいキス。あれは、苦しいんです」

「だから!さっきから何度も言ってるだろ。あれはわざと、冷たくしたんだ。もう、冷たいキスなんかしない」

「え?」

 ハッ。しまった。驚いた拍子に、私の動きが止まってしまった。


 一臣様の右手が私の左の頬をかすめ、私の髪を撫でた。その次の瞬間、唇に唇を重ねられた。


 う。

 うっわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!


 目をギュっとつむった。唇も固く結んだ。

 両手は一臣様の胸をまだ押していた。体はがちがちにかたまり、息をしていいのかどうかもわからなくなった。


 長い…。まだ、唇を離してくれない。

 一臣様のコロンの匂い。

 それに、唇の感触。それから、一臣様がまた、私の髪を優しく撫でた。


 唇を離すと、一臣様はギュウっと私を抱きしめてきた。

 う、うわ。ドキドキドキドキドキ。

 心臓が、破裂しそうだ。


 一臣様の腕の力とか、ぬくもりとか、コロンの香りとか、全部に胸が破裂しそうになってる。

 ど、ど、どうしよう。どうしたらいいの?


 カチンコチン。体を硬直したまま、ずっと一臣様の腕の中にいた。全然、離してくれない。

 息、できない。苦しい。


 この前は冷たいキスだった。冷たいキスで胸が張り裂けそうなくらい苦しくなった。


 でも今は、違う意味で胸が苦しい。心臓がバクバクで、息ができないくらいになってて、それに、一臣様のキスの感触が、まだ唇に残っていて…。


 う、うわ~~~~~~~~~~~~~。やばいです。思いっきり泣きそう。

 なんか、ものすごく一臣様のキスは、優しかったよ~~~~~~~~!


「弥生?」

 ドッキ―――――ン!耳元で囁かれた。

「冷たいキスだったか?」

「い、いいえ」

 そう答えるだけで精一杯。


 私はそのあと、泣き出してしまった。

「なんだよ。なんで泣くんだよ」

 ちょっと呆れたように、一臣様は私から体を離し、そう聞いてきた。


「だ、だって」

「ん?」

「だって…」


 思い切り泣いていると、一臣様が頭を撫でた。それから、私の顔を覗きこみ、

「なんで、泣いてるんだ?」

と優しく聞いてきた。


「一臣様のキスが、優しすぎて」

「は?」

「う、う~~~~。優しすぎたんです~~~~~~」

「……。優しすぎても駄目なのか?」


「違います」

「じゃあ、なんだ」

「う、嬉しくって」

「ああ、嬉し泣きか。お前、大変だな。嬉しくてもそんなにビービ―泣くんだな」


「はい」

 そう言って、ひっくひっくと涙を手で拭いながら泣いていると、また一臣様が私を抱きしめてきた。

 うわ!!!


「お前、やっぱり…」

 何?変わってる?へんてこりん?怖い?気持ち悪い?犬みたい?何?

「可愛いな」

 え?!


 一臣様の「可愛い」発言に、一瞬耳を疑い、涙は瞬間にして引っ込んだ。

「あれ?泣き止んだ?」

「い、今、なんて?」

「何が?」


「今、何か言いましたよね?」

「俺が?泣き止んだ?って聞いたんだ」

「違います。その前、お前、やっぱり…のあと」


「なんか言ったっけ?」

「はい」

「空耳だろ」

 え~~~~~!!!!


 一臣様はそう言うと、あははと笑い、また、ギュッて両腕で私を抱きしめた。

 

 

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