表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第1章 フィアンセは俺様?!
5/195

~その5~ 婚約破棄!?

 翌日、早めに起きてお弁当を二つ作り、昨日教えてもらったようにメイクをしてみた。でも、アイラインがうまくできず、アイラインだけ諦めた。


「薄すぎないかな、この化粧。それにこの口紅だと、なんだか子供っぽくならないかな」

 鏡を見ながらしばらく考え込んだ。だが、出社時間が迫って来て、慌てて昨日もらった服に着替え、昨日もらったベージュのパンプスも履き、家を飛び出した。


 こんなフワフワした生地のブラウスは初めて着るから、変な感じだ。オレンジ色のブラウスに白のカーディガンを羽織り、ベージュのパンツ。それに、高いシャンプーのおかげなのか、髪もサラサラになっている。

 こんな女の子女の子した格好は初めてしたから、歩いていてもとっても変な感じだ。本当に似合っているんだろうか。


「おはようございます」

 総務部のドアを入って挨拶をした。それから総務部の横を通り過ぎると、みんなが、

「誰?」

と言いながら私を見ていた。


 変なのかな?


「おはようございます!」

 庶務課に行き、もうすでにデスクについていた臼井課長と細川女史に挨拶をした。

「おはよう。上条さん、イメージ変わったねえ」

「あら。髪もバッサリと切っちゃったのね。ボブ、似合ってるわよ」


「ありがとうございます。あ、細川さん、この服、変じゃないですか?」

「ううん。すっごくまとも。昨日買ったの?」

「いいえ。頂きました。でも、頂いちゃったりして申し訳ないので、改めて何着か、買いに行こうかと思っていまして」


「その服、新しいGeorge・kuzeのブランドじゃないの?」

「そうなんです。細川さんもご存知ですか?ジョリ・クゼっていうお店の…」

「昨年オープンした、ここからすぐのところにあるブティックでしょう?久世君のお母様のお店」

「はい。今度一緒に行ってみませんか?」


「私が?!」

「はい」

「…そ、そうね。可愛らしい服は着れないけど、パンツくらいなら、履けそうなのもあるかもしれないしね。いいわよ。付き合っても」


「ありがとうございます。じゃ、早速今日にでも!」

「そうね」

「あ、それから、久世君は、毎日オフィスにやってきますか?」

「ここに?さあ。大学もあるんだし、毎日バイトのシフト、入れていないんじゃない?」

「ですよね…」


 お弁当、作ってきたんだけどな。渡せないかな…。


「あれ?!」

「え?!」

 日陰さんがいつの間にか席にいて、私を見て大声を出したのでびっくりした。こんな大きな声を出した日陰さん、初めてかも。


「上条さん、別の誰かがいるのかと思った。ああ、びっくりしたよ」

「そうですか?変ですか?」

「いや。変ではないけど…」

 そう言うと、日陰さんはすぐにパソコンを開き、こそこそと何かし始めた。


「何しているんですか?」

「メールのチェック。仕事の依頼があるかどうか」

「あ、じゃあ、私も調べないと」

 私もデスクのパソコンを起動させ、メールのチェックをした。


「あ、最上階の役員用のトイレが、詰まってしまっていて使用できないようですよ、課長」

 日陰さんが、臼井課長にそう報告すると、

「じゃあ、すぐに業者を呼んで、直してもらって」

と、臼井課長が答えた。


「はい」

「あ、日陰さん。トイレ、朝から使用できないってことは、困っている人がたくさんいるのでは」

「最上階だから、役員の人たちだけだ」

「でも、役員の方々が、お困りですよね」


「…そうだろうけど、何か?」

「じゃ、すぐに行って直してきましょうよ」

「は?僕が?」

「…トイレの詰まっているのって、あの、スッポンっていうので、簡単に直せますよね。あれ、ないんですか?」


「掃除用具入れにあるだろうけど…」

「それさえあれば、すぐに直せます。わざわざ業者さん呼ぶ必要はないですよ。お金だってかかっちゃうじゃないですか。勿体無い」

「は?僕がそれをするの?悪いけど、そんな仕事はさすがに…」


「私がしてきます!」

「え?ちょっと、上条さん、本気?」

 細川女史が目を丸くした。臼井課長も驚いて立ち上がり、バーコードの髪がハラリと前にたれた。


「はい。本気です。今すぐ行って、直してきます!」

「ちょっと待って。え~~~?!」

 私は席を立ち、後ろから細川女史の止める声がしたが、一目散にエレベーターに乗りに行った。


「最上階は…、15階」

 エレベーターのボタンを押しても、何も反応しない。

「あなた、最上階に何の用事ですか?キーがないと行けませんけど。それか、役員専用のエレベーターでしか行かれませんよ」

 一緒に乗っていた女性社員が、そう教えてくれた。


「あ、そうか。そうだった!」

 慌ててエレベーターを降り、総務部に引き返そうとすると、前から一臣様の第一秘書の樋口さんがやってきた。

「あ!樋口さん」

「…庶務課の上条さんでしたね。おはようございます」


「おはようございます!あ、これからもしや、最上階に行かれますか?」

「はい」

「じゃあ、ご一緒してよろしいですか?」

「は?何か最上階に用事ですか?」


「役員用のトイレが詰まっているということで、今から直しに行くんです」

「…どこに業者の方が?」

「え?私が一人で直しに行くんですが…」

「は?!」


 樋口さんは、あまり表情を変えず、淡々とお話をされる方だが、珍しく目を見開き、口を大きく開けた。

「上条さんが、直される?」

「はい!」

「出来るんですか?」


「はい。勿論です。簡単に直ると思います。こういうの、慣れているので」

「慣れているというと、今までにこういうお仕事をされていたとか?」

「いえ。大学時代の下宿先で、よくトイレが詰まっちゃって、直していたんです」

「はあ、なるほど…」


 エレベーターが来て、一緒にエレベーターに乗り込んだ。

「おはようございます」

 数人、同じエレベーターに乗ってきた。樋口さんは14階のボタンを押し、黙ってエレベーターの奥まで入っていった。


「あの、14階ではないんですが…」

「14階について、エレベーターに乗っている人が全員降りてから、キーを差し込みます。でないと、誰でも最上階に私と一緒に行けちゃいますからね」

「あ、なるほど」


 エレベーターは12階の時点で、私と樋口さんだけになった。

「役員専用のエレベーターもあるんですか?」

「あります。そちらには、通常、一般社員は入れないようになっています。役員のIDカードがないと乗ることができません。私も、役員のどなたかのお供をする場合のみ、そちらのエレベーターを使用しますが、私一人だと、乗ることは不可能です」


「え?そうなんですか?厳重なんですね」

「当然です。最上階には社長も、副社長もいらっしゃいますからね」

 14階に着くと、樋口さんはカードキーを差し込み、15階のボタンを押した。扉が閉じられ、エレベーターは最上階に向かった。


「役員用トイレですが、エレベーターホールを出て、右側にあります。本当にお一人で大丈夫ですか?」

「はい。お茶の子さいさいの朝飯前です」

「そうですか。頼もしいですね。それでは」


 15階に着くと、樋口さんは、反対側に颯爽と歩いて行ってしまった。

「ありがとうございました」

 私は樋口さんの背中に丁寧にお辞儀をして、役員用トイレに向かって歩き出した。


「なんか、すごいな。このフロアー。床の絨毯はふかふかだし、エレベーターホールにはすごい絵や、ソファがあったし」

 会社というより、高級ホテルに近いかもしれない。


「あ、ここかな。トイレ…」

 他の階とは明らかに違うトイレのドアだ。

「失礼します。庶務課のものです。トイレの修繕に参りました」

 そう言ってトイレを開けた。中には誰もいなかった。


「トイレも豪華だ。トイレの中にまで調度品があるし、鏡もなんだかすごい豪華…」

 ちょっとびっくりしながら、トイレの奥に進むと、「使用不可」と書かれた紙が貼ってあった。

「あ。ここね」

 中を開けると、確かに、水かさが増し、今にも溢れかえりそう。


「用具入れは、一番奥のドアかなあ」

 開けてみると、ビンゴ。

「スッポン、ちゃんとあった~~!」


 と、そこに役員の人らしき人が入ってきた。

「うわ!君は誰だ?」

「あ、庶務課のものです!トイレの詰まりを直しに来ました。すぐに直りますので、お待ちください!」

「…庶務課?君が直す?」


「はい。すぐに済みますので」

 私はスッポンを持って、

「よっしゃ。スッポン!」

と何度か試みた。


「何をしているのかね?」

 そこに他の役員もやってきた。

「今、直しています。少々お待ちを!」

 トイレの中からそう言って、また「スッポン!」と力いっぱいやってみると、

「ジャー」

と勢いよく水が流れ出した。


「あ!流れた!」

「ああ、直せたかい?」

「はい。直せました~~。もう大丈夫…」

 トイレから顔を出してそう言うと、ふたりの役員の後ろから、一臣様と樋口さんが私をじっと見ている姿があった。


「あ!」

「庶務課の新人。こんなところで、何をしている」

 一臣様、仁王立ちで、顔が引きつっている。

「トイレの詰まりを直しに来ました。あ、もう直りました」


「だから、なんでお前がここにいる?業者の人間は?」

「いません。私一人で十分でしたので」

「なんなんだ!髪型や化粧、服装はまともになった。でも、そんなものを持って、お前はいったい、何がしたいんだ!」


「まあ、まあ、一臣君」

 役員の一人がなだめようとしたが、一臣様のおでこには青筋が立ち、顔色はどんどん赤くなっていった。

「申し訳ないですが、他のトイレをご使用ください。ちゃんと直ったかどうか、業者を呼んで確認させますので」

 その人に樋口さんがそう言って、役員のふたりをトイレから追い出してしまった。


「お前は馬鹿か?!蛍光灯は自分で交換してもいいが、こんなことまで自分でやろうとするな」

「でも、慣れていましたから」

「慣れていた?ここに来る前はどんな仕事をしていたんだ!」


 一臣様は、フルフルと拳を震わせながらそう言った。

「緒方商事の子会社、緒方鉄工所の経理をしていました…けど?」

「そこでもトイレのつまりを直していたのか?」


「いえ!学生の時住んでいた下宿先で、よくトイレが詰まっていたんです。それを直していました」

「いったい、どんなにボロいところに住んでいたんだ!ああ、いい。そんなことはどうでも。それよりも先に、さっさとそのスッポンを片付けろ」


「はい」

「それから、お前の手、思い切り消毒しろよな!その手でこの辺のドア、つかんだりするなよな」

「一臣様、意外と綺麗好きなんですね」

「意外とは余計だ!早くしろ。樋口、業者に連絡を入れろ」

「はい。もう連絡入れたので、そろそろ到着する頃かと」


「え?樋口さん、連絡したんですか?」

「万が一、使用してまた詰まっても、困りますので」

「……そ、そうですか」

 私じゃ、役に立てなかったってことかな。


「お前はいいから、早く手を洗え!」

 一臣様はまだおでこに青筋を立てたまま、私にそう怒鳴った。

 私は慌てて、洗面台で手を洗った。


「そういえば、どうやってこの階に来れたんだ?カードキーがないと来れないはずだが」

 横でまた、拳をふるふると震わせながら、一臣様が聞いてきた。

「あ、それでしたら、私がお連れしました」

「樋口が!?」


「はい」

「お前、なんだって、そんなこと」

「上条様が、とても張り切っていたので、断るわけには…」

「上条?」

「はい。上条弥生様です」

 樋口さんはそう言うと、私の方を向いて会釈をした。


「上条…弥生?」

「一臣様に調べるようにと言われましたので、昨日すぐに上条弥生様のことは、調べさせていただいたんですが…」

 樋口さんは会釈した体勢を保ちながら、そう言った。


「いい。調べなくても名前だけでわかる。つまり、この変な奴が、俺のフィアンセだってことだな?樋口」

「はい」

「………。この、トイレのスッポンを持って自分で直してみたり、脚立を持って来て蛍光灯の交換をしてみたり…。いや、それ以前に、びんぞこメガネのストーカーが、俺のフィアンセだったって事だな?」

「びんぞこストーカー?」


 樋口さんは顔を上げ、不思議そうな顔をして私を見た。

「大学時代、俺のことをいつも物陰から見ていた気持ち悪い女だ。吸殻も持って帰ってみたり、帰りにつけてきたり」


「そんなこと、ありましたか?」

「とぼけるな!あの頃もお前に、変な奴がいるから調べろ。あのストーカー女をどうにかしろと言っておいた。ずっと、そんな女性、いらっしゃいませんって、すっとぼけていたが」


「はい。ストーカーはいませんでしたから。ただ、遠くから一臣様の様子を見ている一臣様のフィアンセでしたら、いらっしゃいましたが…」

「知っていたのか。知っていてわざと、すっとぼけていたんだな!」

「……なんのことでしょうか?」


「樋口~~~!!!!!お前は…。はっ!お前、まさかこのストーカー…、いや、婚約者がうちの会社に入ったことも知っていて、俺に黙っていたのか!」

「いえ。わたくしも存じておりませんでした。社長が弥生様を庶務課に配属されたのではないかと思われます」

「親父が?!」

「はい」


「裏で手を回したのか…。コネっていうのは親父のことか?上条弥生!」

「はい、そうです。すみません!」

 私は深々と頭を下げた。


 ああ、名乗り上げる前に知られてしまった。まだ、一臣様にふさわしいレディにもなっていないというのに!


「嘘だろ。上条グループのご令嬢っていうから、どんなにおしとやかで、清楚な女性かと。あ!それに確か、前に写真で見た時には、こんな変な奴じゃ…」

「それは、弥生様の成人式のお写真では?」


「そうだ!もっと清楚なイメージのする写真だったぞ!騙したのか?」

「いえ。騙していません!多分、撮った写真家の腕がいいんじゃないかと」

 私は焦ってそう言い訳をした。

「合成写真か、CGじゃないのか?」


「……う。もしかすると、ほんのちょっと、どこかを直したかも」

「それでは、やはり騙したのか?!」

「そそそ、そんなつもりはないです!ごめんなさい!でも、ほんの少しでも、綺麗に写ったらいいなって思って、いろいろとカメラマンに注文はしたんですが」


「…こ、こいつ」

 わ!一臣様の顔、さらに怖くなった。それに今にも、私のことを殴りにきそうな気迫すら感じる…。

「一臣様、気を確かに。これから会議が始まります」

「その前に、親父、社長室にいるんだろ?文句言ってきてやる!俺は、こんな結婚認めないってな!」


 え?!

「まだ正式に発表もされていないんだ。だいたい、上条グループと結婚するのは、関西でのプロジェクトを成功させるためだろう?!だったら、俺には関係ない。大阪支社をのちに背負って立つのは、弟の龍二だ。あいつとこいつが結婚すれば済むことだろ?!」


「いえ、これにはきっと社長の色々な考えが」

「それを今、聞いてきてやる。いや、聞くつもりも無い。絶対に俺はこいつと結婚する気はないからな!破談にしてやる!」

 一臣様はそう言い放ち、トイレを出て行った。


「お待ちください…」

 その後ろから樋口さんも出ていこうとしたが、

「大丈夫ですか?弥生様」

と私の顔を覗き込んできた。


「…だ、大丈夫です。でも…」

「はい?」

「わ、私は、一臣様にとって、迷惑なだけでしょうか」

「え?」

「い、今の今まで、ずっと一臣様のお役に立てるようにと頑張ってきたのですが、迷惑なだけだったのでしょうか」


「……そんなことはないです。一臣様も、突然のことで驚かれただけだと思いますよ?さあ、もう庶務課にお戻りください」

「……はい」

 樋口さんに付き添われ、エレベーターホールまで行った。私の頭の中は、真っ白だった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ