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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第4章 ロマンもムードもない
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~その9~ セクハラ専務

 朝ご飯も終え、着替えも化粧も済ますと、ちょうど8時半になった。

「行ってきます」

と言って、一臣様の部屋を出ようとすると、

「おいおい、待てよ。これ持って行かないでどうするんだよ」

と、パソコンから印字した用紙とファイルを一臣様から渡された。


「あ!そうだった」

「大丈夫か?お前、昨日ちゃんと寝れたのか?」

「寝れました…」

 でも、朝の出来事が衝撃的すぎて、仕事のことをド忘れしちゃっただけで。


「一臣様は、ちゃんと眠れましたか?」

「眠ってないように見えるか?」

「いいえ。顔色もいいし、元気そう」

「だろ?しっかり眠れたぞ」


 一臣様はそう言ってにっこりと笑った。

 うっひゃ~~~。その笑顔は不意打ちだ。目が釘付けになった。こんな笑顔、初めて見るかも!


「怖いな。うっとりとした目で見るなよ。ほら、早く秘書課に行け。遅いと怒られるぞ」

「細川女史にですか?」

 大変。

「いや、細川女史はお前には怒らないな。でも、なんかうるさそうなのがいたろ?三田だっけ?」


 ああ…。三田さん。

「あいつ、俺に気があるかもしれないから、お前にきつく当たったり、いじめたりするかもしれないな。注意しておけよ。何かあったら俺でもいいし、細川女史に言えよ」

「…はい」


 一臣様に15階のエレベーターまで見送られ、エレベーターに乗り込んだ。8時半にはまだ、役員たちは出社していないようで、15階のフロアは静まり返っていたし、廊下に電気すらついていなかった。


 14階にエレベーターが止まり、ドアが開くと、ちょうど、江古田さんが隣のエレベーターから降りてきたところだった。

「あ、おはようございます。上条さん。仕事終わりましたか?」

「はい。1時に終わりました」


「ええ?夜中のですか?そんな時間まで、残っていたんですか?まさか、一臣様も?」

 最後の方は思い切り江古田さんは、声を潜めて聞いてきた。エレベーターの前で立ち止り、私はどう答えていいか悩んでしまった。

「えっと」

 言ってもいいのかな。江古田さんは私たちが婚約していることも知っているんだし。

「はい。一緒でした」


「じゃあ、それから家に帰ったりして、大変だったんじゃないですか?」

「え?」 

「あれ?でも、このスーツ、昨日と同じ…」


 やばい。会社に泊まったってことは、知られないほうがいいのか。そうだよね。泊まりでってなると、一臣様と泊まったわけ?ってことになるよね。いくら婚約者でも、結婚前なんだし。

 ああ!大失敗だ。スーツの着替えを持って来てもらうんだった。


 と、その時、エレベーターがチン!と音を立てて14階に止まり、ドアが開くと、

「あ、弥生。つかまってよかった。携帯忘れてるぞ。あと、脱いだブラウスも15階に置きっぱなしだから、ちゃんと取りに来いよ、わかったな」

と、一臣様がエレベーターから顔を出してそう言うと、私に携帯を手渡し、またそのエレベーターにカードキーをさして、扉を閉めた。


「え?」

 それを隣で見ていた江古田さんが、カチンとかたまってしまった。

「泊まったんですか?一臣様のお部屋に」

「……はい」

 うわ~~。もう嘘つけないから、正直に答えちゃったよ。それも、脱いだブラウス取りに来いだなんて、絶対になんか、江古田さんは誤解をしている。


 ほら。赤くなってるし。


 と、その時、江古田さんの後ろに置いてある、観葉植物の影から、ものすごく怖い目が光っているのが見えた。

 怖い!お化け?ゾクゾク~~~!!!


 顔を引きつらせ、動けないで私もかたまっていると、観葉植物の後ろから葛西さんが顔を出した。


「おはよう。上条さん」

「………おはようございます」

 怖い。ものすごく怖かった。声が震えちゃった。


 葛西さんは、ものすごく冷めた表情をして、エレベーターホールからロッカー室に向かって、歩いて行った。

「今の、葛西さんも聞いていたんですよね。でも、いつからそこにいたんだろう」

 私がそう言うと、

「ああ、そういえば、私と同じエレベーターに乗ってました」

と、江古田さんは普通に答えた。


 そうか。江古田さんは葛西さんの、あのめちゃくちゃ怖い目を見なかったのか。あれって、一臣様の部屋に私が泊まったことを知って、あんな目で私を睨んだんだよね。


 秘書課に行くと、すでに三田さんがいて、

「上条さん、間に合ったの?」

と聞いてきた。


「はい。間に合いました。一応、資材部にデータを送信しましたが、プリントアウトもしておきました」

 そう言って私は、三田さんに用紙とファイルを渡した。


「…そ、そう。間に合ったんだったらいいけど。何時までかかったの?それに、一臣様、ずっと付き添うって言っていたけど」

「…え。えっと。1時には終わりましたので」

 あ。なんか変な言い方しちゃったかも。


「1時?夜中の?そんな時間まで、一臣様を付き添わせたの?!」

 三田さんが、そう叫んだ。それも怖い声で怖い顔をして。

「どうかした?三田さん」

 いつの間にか細川女史が部屋に来ていて、三田さんに近づきながらそう聞いた。


「え?あの。上条さんが昨日は1時までかかったって」

「あら。1時で終わった?徹夜にならなくて良かったわね」

「はい」

「でも、一臣様も付き添われたみたいで。そんな迷惑をかけたんですよ」


「それは迷惑じゃないでしょ?一臣様が上条さんに仕事を言いつけて、それで上条さんのするべき仕事が溜まってしまったんだから。期限のあった仕事なんだから、それまでに終わらせるのを一臣様が責任もって付き添われるのは、当然と言えば当然のことよ」

 細川女史はビシッとそう言いきった。もう三田さんは何も言えなくなってしまっていた。


「細川さん。一臣様はお忙しいのに、上条さんの仕事の付き添いまでしていたら、一臣様のお体が持ちません。秘書だったら、そういうことまで気を使うべきです」

 そう強気の発言をしたのは、葛西さんだ。


「今日の一臣様のスケジュールは、10時からアポが入っているけど、それまでは特に何もないし、今朝はゆっくりと出社できると思うけど」

 細川さんは、特にスケジュール帳を見ないでもそう言ってのけた。きっと、一臣様の1日のスケジュールが頭に入っているんだ。


「……ですが、一臣様はお泊りになられたみたいで。ご自宅まで帰られなかったなんて、疲れがきっと取れずじまいです。最近、顔色も悪かったし、細川さんも上条さんも、もっと気を使うべきです。特に、上条さん!あなた、あまりにも一臣様に迷惑をかけすぎです!」

 う…わ…。葛西さんが、また親の仇みたいな目で私を睨んだ。怖い。


「すみません」

 私が謝ると、私の隣で三田さんが、

「まさか、上条さんまでが会社に泊まられたわけじゃないわよね?!」

と、これまた鬼のような形相で聞いてきた。


 う~~~ん。本当にこの秘書課って怖い女の人だらけだ。


「とにかく、頼まれていた資料は作成できたし、今日の仕事にみなさん、取りかかってください。今日の皆さんの仕事の振り分けですが」

 細川さんは手をぱんぱんと叩いてから、そう話し出した。そしてそれからは、テキパキとみんなに指示を与えだした。


 みんなに指示を出すと、なぜか私にだけは細川女史は仕事の指示をくれなかった。

「あの、細川さん、私は」

 もしかして、昨日仕事を終わらせなかったから、なんか、処罰でもある…とか?


「上条さんは、一臣様の方で仕事があるかもしれないので、確認してから指示を出します。それまでに資材部にデータがちゃんと送れたかの確認をしておいて」

「はい」


「一臣様の仕事?」

「何で上条さんが?」

「なんか、上条さんって、特別扱いされてない?」

 そんなことを、細川女史が部屋を出て行ってからみんなで、話しだした。


 三田さんも後ろを振り向き、私をぎとっと見ている。でも、大塚さんと葛西さんは、話にも参加せず、黙々と仕事に取り組んでいた。


 細川女史が15階から戻ってきた。ちょうど9時の始業のベルが鳴った時だった。

「上条さん、一臣様に確認したら、午前中は特に仕事はないようよ」

「はい」


「それで、上条さんには午前中、専務の要請があるから、それに行ってもらおうかしら」

「専務?」

「お得意さんが来るらしいの。お茶出ししてくれる?」

「あ、はい」


「午後はまた、一臣様が仕事を頼みたいらしいから、お昼終ったら15階に行ってね」

「はい、わかりました」

 私は席を立ち、隣の応接室に向かった。たいてい、15階の役員たちは、14階の秘書課の隣にある応接室を使う。他の階よりも豪華で、ソファもテーブルも、置いてある調度品も立派だ。


 トントン。一応ノックをしてドアを開けた。あ、まだ誰も来ていなかった。

 私はテーブルの上を拭いたり、お茶のセッティングをした。日本茶でいいよね。専務ってきっとおじいちゃんだよね。あの相談役みたいな。


 そこに、ドアが開き、

「ああ、秘書課の新人さんかな?」

と50代前半の男の人が入ってきた。


 この人が専務かな。わりかし、若そう。もっと、年配の人かと思ったのに。

「はい。上条です。よろしくお願いします」


 そう言ってぺこっとお辞儀をすると、その人は、

「ああ、丁寧にどうもね。今日のお客さんは、僕がまだ部長をしていた頃からの付き合いで、大事な取引先の社長だから、粗相のないようによろしく頼むよ」

とそう言って、私の肩をぽんぽんと叩いた。


「はい」

 社長が来るのか。それは気合を入れないとなあ。

「あれ?日本茶を淹れようとしてた?」

「はい」


「駄目駄目。社長はコーヒーが好きなんだ。それ、大塚さんから聞いてない?」

「すみません。聞いていませんでした」

「しょうがないなあ。いつもは大塚さんが来てくれるのに。彼女、忙しいの?」

「え…はい」


 そうか。この専務はまだ、大塚さんが移動になることを知らないんだな。

「上条さんだっけ?コーヒーはちゃんと、ドリップのを淹れてくれよ。くれぐれも、インスタントなんか出すんじゃないよ。味にうるさい社長だからね」

 専務は私に思い切り近づき、私の背中に手を置いたまま、そう言った。


 なんか、やたらとこの人、スキンシップをしてくる人だなあ。

 それに、今、私に近づいたとき、胸に目線いってたよね。まさか、大塚さんより小さいって思っていたりしないよね。


 あ!今、私のお尻とか、太ももに目がいっていたよね。

 って、気のせいかな。一臣様がやたらと、昨日の相談役のことをエロ爺って言っていたから、この人まで疑いの目で見ちゃったよ。


 それから5分後、お客様がやってきた。

「あ~、目黒君。久しぶりだね」

「社長、お待ちしていましたよ」

 この専務は目黒さんっていう名前なのね。一応、役員の顔と名前を前に庶務課にいる時に、パソコンで確認したんだけど、全員は覚えられなかったな。


 私はコーヒーを淹れ、まずはお客様の前にカップを置き、目黒専務の前にも置いた。すると、

「ああ、君、君。社長にはミルクとお砂糖も用意してあげてくれ」

と、私のお尻を専務がぽんぽんと軽く掌で叩いてきた。


「え?!やめてください!」

 私は思い切り専務の手を払いのけ、その拍子に手にしていたトレイがテーブルの上にあったコーヒーカップに当たり、バシャっとカップを倒してしまった。


「あ!」

 大変。お客さんのほうに向かって、こぼれたコーヒーが流れて行く。

「何してるんだ!君は!」

「すみません」


 私は慌てて、自分のハンカチをポケットから出したが、間に合わない。すでにお客さんのスーツのズボンにコーヒーがこぼれてしまった。


「ああ!大丈夫ですか?やけどしませんでしたか?」

「うん、大丈夫だよ」

 お客様は穏やかにそう言ってくれた。


「い、今、拭く物を持ってきます!」

 私は慌てて、応接室から飛び出した。部屋の中からは、専務の謝る声と、応接室の電話で専務が秘書課に怒鳴っている声が聞こえてきた。


 ああ。失敗だ!でも、お尻に触るなんて、あの専務、セクハラだよ~~!!!


 廊下に出て、雑巾か何かがないか、給湯室に探しに行こうとしていると、秘書課の部屋から江古田さんと三田さんが、飛び出してきた。

「何したの?上条さん!」

 三田さんが思い切り怒っている。


「お客様にコーヒーをこぼしてしまって」

「なんですって?」

 江古田さんが給湯室に入っていき、すぐに布巾を持って来てくれた。三田さんはなぜか、くるっと後ろを向き、

「細川さんに連絡します」

と言って、また秘書課の部屋に入って行ってしまった。


 あ~~~~~。どうしよう。どこかの社長さんなんだよね。

 私は胸をドキドキさせながら、応接室に江古田さんと戻り、

「申し訳ありませんでした」

と言って、布巾をお客様に渡した。


「そんなもので、拭かせるのか!もっとまともなものはないのか?え?」

 専務がカンカンに怒っている。それとは対照的に社長は、

「ああ、大丈夫。これでささっと拭いて、あとはクリーニング出しちゃうから」

と、優しくそう言ってくれた。


 なんか、この人、寛大だ。っていうか、見覚えがある。この優しい声、優しい雰囲気。どこでだったかなあ。

「クリーニング代はこちらが払います」

 専務はそう社長に言った。


「ああ、大丈夫。長年の付き合いじゃないかい、目黒君。そんなに秘書のことも怒らないであげてよ。今のは君にも非があるわけだし」

「え?わ、私にですか?」

 あ、専務、顔が青くなった。


 バタン!

 と、そこに思い切りドアを開け、一臣様が先頭に、その後ろには細川女史も応接室に入ってきた。


 うっわ~。一臣様にきっと怒られるんだ!雷落とされる~~!!!



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