表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第4章 ロマンもムードもない
47/195

~その7~ ムードのムの字もない

 私は仕事に集中しだした。一臣様は静かにソファで書類を読んでいた。そして、しばらくすると、樋口さんが来て、

「夕飯、お持ちしました」

と、まるでホテルのルームサービスのようなワゴンを押して現れた。


「ああ。悪い」

 一臣様は、平然とした顔でそれを受け取り、ソファの隣にワゴンを止めた。

「弥生、冷めないうちに食うぞ」


 ワゴンの上段には、ハンバーグステーキ。サラダ。それから、テリーヌやサーモンなどのオードブルとパンが乗っていて、下段には飲み物が、ポットやピッチャーのまま乗っている。


「これ、どこから?」

「6階のカフェだ。夜に行ったことはないのか?ちょっとした酒もあって、カフェバーみたいになっているぞ」

「そうなんですか?昼間しか開いていないのかと思っていました」


「いや。夜の9時までやっている。俺は行ったことはないが、こうやってたまに、樋口に頼んで持って来てもらう」

「ルームサービスみたい。そんなサービスもしているなんてすごいカフェですね」


「あ、言っておくが、15階にしか持ってこない。役員たちしか頼めない代物だ。普通の社員が頼んだって、そんなサービスあるわけないと、失笑されておしまいだ」

 そうなんだ。15階って、ほんと、特別扱いなのね。


「では、わたくしはこれで」

「ああ。樋口、仕事終わったなら帰っていいぞ。等々力はもう帰らせた。そうだ。樋口から上条家に電話を入れてくれないか。弥生は会社に泊まらせるって」

「はい、かしこまりました。では、失礼します」


 そう言うと、樋口さんは部屋を出て行った。

「会社に泊まるなんて言って、お父様びっくりするかなあ」

「そうだな。樋口から上手く言ってくれると思うがな。さ、弥生、食うぞ」


 一臣様と、ジュースで乾杯した。なんの乾杯なのかわからないが、一臣様が私とグラスを合わせ、乾杯と言って来たので、私も乾杯と言ってみた。

「……なんの乾杯ですか?」

 ジュースを一口飲んでから、私は聞いてみた。


「ああ。そうだな。お前が初めて会社に泊まりこんで、仕事をすることになった夜に乾杯かな」

「……」

 嬉しくないなあ。もっと、他に言いようはないのかな。たとえば、2人きりでオフィスに泊まる初めての夜に乾杯…とか。


 そういえば、そういう洒落たことを一臣様が言ったのを聞いたことがない。普段から言わない人なのか、相手が私だから言わないだけなのか。

 ロマンチックな雰囲気にもならないし、甘い言葉をささやくような事にもなったためしがない。


 なんでかなあ。私だから?一臣様がそういうキャラ?わかんないけど、寂しいよなあ。


「弥生?どっか具合でも悪いのか?」

「いえ」

 あ、暗くなっていたのがわかっちゃったかな。


「だったら食えよ。冷めるとまずくなるぞ」

「あ、はい」

 私はオードプルから、サラダ、パン、ハンバーグと順にたいらげ、

「お腹いっぱいです」

と言って、お水を飲んだ。


「ははは!やっぱりよく食うな」

 う。また笑われた~~。

「デザートは用意してもらってないぞ。それ以上太ったら困るからな」

 グッサリ。


 なんだかなあ。絶対に一臣様とはムードが出ないんだよなあ。どこをどう見ても恋人じゃないし、婚約しているとも思えないよ。


「さて。仕事にかかるか」

 一臣様はワゴンを部屋の外にだし、また部屋に戻ってきた。

「お腹いっぱいになったからって、寝るなよ、弥生」

「寝ません!」


「寝そうになったら、シャワーでも浴びてこい。タオルでもバスローブでも揃っているからな」

「はい」

「ただし…」

「?」


 なんか、真剣な目で私を見たぞ。

「俺を襲うなよ」

 ガク。なんだって、そうなる。襲うわけないじゃん!

「襲いませんから、安心してください」

 そう言うと、一臣様は、

「そうか、それで一安心だな」

と言って、また笑った。


 仕事を再開した。終わるかどうかもわからないけど、今はやるしかない。

 あっという間に12時をまわり、目が疲れて来て、私は水を汲みにデスクを離れた。


 あ、うそ。ソファで一臣様が寝てる?!

 く~って可愛い寝息を立てて寝ちゃってる。なんで?


「一臣様」

 呼んでも起きそうにない。私はタオルケットをクローゼットから持って来て、一臣様にかけた。

 私が添い寝をしなくても、寝ちゃったなあ。寝れるようになったのかな。それとも、この部屋だったら、仮眠も簡単に取れちゃうのかしら。


「ん…」

 あれ?一臣様の顔をじっくりと見ていると、一臣様は目を開けた。

「弥生?」

「はい」


「仕事は?」

「まだ。もうちょっとかかります」

「ふあ~~~。俺、寝てたのか」

「はい」


「そうか。弥生。もう俺はしっかりと寝る体制になるから、お前も仕事終わったら横に来いよ」

「え?」

「いいな」

「はい」


 一臣様は突然Yシャツを脱ぎだした。

 うわ。なんで目の前でいきなり?びっくりして一臣様の上半身を凝視してしまうと、

「見るなよ」

と言って、一臣様は立ち上がり、隣の部屋に行ってしまった。


 なんかずるい。私がスカート履く時にはじっと見ていたくせに。

 なんて思いつつ、しっかりと私の目には、一臣様の上半身裸の素肌が焼きついてしまっていた。


 やばいやばい。仕事に集中。

 

 一臣様はどうやら、顔を洗ったり歯を磨いたりしていたようで、服を脱いでバスローブになり、隣の部屋から戻ってきた。

「寝るか~~。お前も寝る時は服脱げよ。また、皺になるからな」

 そう言うと、一臣様はソファベッドに寝そべり、タオルケットを肩までひきあげ、目を閉じた。


 寝るんだ。添い寝なくても…。

 寝れないって言っていたのになあ。あれ、嘘だったのかなあ。


 私は椅子に座り、またパソコンに向かった。カチカチとパソコンをうっていると、何やら視線を感じ、一臣様の方を見てみた。すると、一臣様がじっと私を見ていた。


「寝れないんですか?」

「ああ」

「明るいから?電気暗くしますか?」

「いや、いい。そんなことしても寝れないから」


「……さっきは寝てましたよね」

「うん。たまに、ああやって書類を見ているうちに寝ることがある。まあ、長くて1時間くらいだけどな」

 ああ、そういえば、車や会社の部屋で仮眠は取っているって言ってたっけ。それがこのことか。


「だけど、いざ寝ようとすると、目が冴える」

「あ、そういうことってありますよね」

「お前もあるのか」

「たま~~に」


「……仕事に戻っていいぞ。俺のことは気にするな」

「はい」

 私はまたパソコンの画面に目を向けた。


 カチカチ。私がパソコンをうっている音だけが部屋に鳴り響いた。

「弥生」

「…はい?」

 一臣様に呼ばれて顔をあげると、

「ああ、そのまま仕事を続けてていいぞ」

と言われた。


「はい」

 私はまたパソコンのほうを向いた。

「お前もずっと一人暮らしだったんだよな。寂しくはなかったのか」

「いいえ。特には。大学の時には必ず、住人や大家さんといたし、アパート暮らしの時には、隣との壁が薄くって、いろんな生活音が聞こえていたから、寂しいとは思いませんでした」


「そうか」

「一臣様はあのお屋敷の部屋、寂しいですよね。広いし…」

「もう慣れた」

「え?」


「一人も慣れてた。でも、こうやって誰かがそばにいるのを体験すると、一人は寂しくなるな」

「……今、お屋敷で寂しいんですか?」

「そうだな。お前いないと、つまらないな」


 寂しいかって聞いたのに。

「だけど、お屋敷に帰らない日もあったんじゃないですか?誰かと、どこかに泊まる日も」

 …って、口から出てて、びっくりした。わあ、なんつう質問を私はしちゃったんだ。すっごくすっごく気になっていたこととは言え、聞きたくなんてなかったのに!


「あった」

 え?

 ズキ――――ン。

 なんか、胸の奥が痛い。


「それこそ、何日も帰らない日もあった。誰かがいないと駄目で、ぬくもりを求めていた時もな…」

 ズキッ。

 誰か、一臣様をあっためていた人がいたんだ。


「でも、どうしてだか、心までは満たされなかった。いっつも…」

 え?

「どっかで、ぽっかりと空いたままで、寒かったな」

 一臣様?


「埋めようとすればするほど、その穴はでかくなっていったのかもな」

「今でも…ですか?」

「………今は、穴より、プレッシャーのほうがでかい」

「背負ってるものですか?」


「ああ」

 一臣様はそうぽつりと言うと、黙り込んだ。


「でも、たまに一人きりの夜は、また虚無感に襲われる」

「え?」

「ぽっかりと空いてて…。空しくて…」

「い、今もですか?」


「今?」

「はい」

 私は一臣様の顔は見ることができなかった。今も空しいと言われるのが怖くて。

「今…か~」


 一臣様はしばらく黙ってしまった。


 なんで黙っているのかな。まさか寝てる?なわけないよね、とか思いつつ、気になり一臣様を見た。すると、一臣様はじいっと私のことを見ていた。


「あ、あの?」

「早く仕事終わらせろよ」

「え?」

「それで、添い寝しろ。でないと俺が寝れない」


「……はい」

 でも話しかけてきたのは、一臣様なんだけどな。それに、返事だって聞かせてもらっていない。


 カチカチと表を作り、ようやく全部完成して、印字をしてから、私はパソコンの電源を切った。

「終わりました」

 時計を見ると、1時を過ぎていた。


「ああ。顔洗っておいで」

 一臣様はまだ、起きていた。

「はい」

 私は隣の部屋に行き、顔を洗ったり、歯を磨いてトイレも済ませ、バスローブに着替えて、一臣様のところに行った。


「ほら。早くベッドに横になれよ」

 う…。それ。なんだか、セリフだけ聞くと、ドキッてしちゃうよね。


 私はほんのちょっと恥ずかしがりながら、一臣様の横に寝そべった。一臣様は私にもタオルケットを掛け、

「ああ、これでようやく寝れる」

と安心しきった声でそう言った。


 だよね。寝るだけなんだよね。でも…。一臣様はなぜか、べったりと私を抱き寄せ、私の胸はものすごい勢いで早く鳴りだした。


「弥生」

 ドッキ―ン!

「お前の体温ってやっぱり、ランに近い」

「……へ?」


「柔らかいし、犬みたいだ」

 う~~~~、わん。ってか?やっぱり、ペットどまりなのね、私は。


 一臣様のコロンの匂いに、思い切りドキドキしながらも、心の奥底ではがっかりしつつ、私は目を閉じた。

 そして、一臣様から聞こえてきたスースーという寝息を聞き、一気に安心に包まれ、私も眠りに落ちて行った。


 プルルル。プルルル。プルルル。

 何の音かな。あ、一臣様の携帯のアラーム音だ。

 目が覚めた。一臣様はまだ、私を抱きしめたままだった。


 ブルルル。ブルルル。

 音がだんだんと大きくなり、一臣様はようやく目を覚まし、アラームを止めた。

「は~~~。7時か。まだ寝ていられるな」

 え?2度寝?


「何時に起きたらいいんですか?」

「う~~~ん。会議もないし、俺は別に何時でも。確か、アポが10時に入っていたっけなあ」

 え?そうなの?羨ましい。


「お前はいつも、何時に出社してるんだ」

「8時半には秘書課にいます」

「そうか。じゃあ、朝ご飯も食うし、そろそろ起きるか」

「朝ご飯…。って、どこで?」


「ああ。8時から、前のビルのカフェがあいてるぞ。たまにそこで、パンとコーヒーを買って、ここで食うんだ。あとで、買いに行くか」

「はい」

 なんか、そんなのも嬉しいかも。


 ルン。ああ、朝から私ってばハイテンションかも。

「ふわ~~~~~~あ。よく寝た。ほんと、お前がいると、良く寝れるんだよなあ」

 そう言いながら、一臣様は隣の部屋に行った。


 ガチャ…。ジャ―――。って、シャワーの音。

 あれ?シャワー浴びてるの?あのガラス張りのシャワールームで?

 きゃあ。じゃあ今覗いたら、一臣様はオールヌード!?


 い、いけない。そんなの、見てしまってはいけない!いくらフィアンセとはいえ、そんな破廉恥なことしちゃダメたってば、私!

 見に行きたい気持ちを必死に抑え、私はまず、水を飲んだ。でも、どうしてもトイレに行きたくなり、隣の部屋のドアの前まで行ってみた。


 さすがに誰もいないかもしれないけど、廊下にあるトイレには行けないよね。こんな格好で。やっぱり、ガラス張りのシャワールームの中は見ないようにして、トイレに行くしかないよね。


 ドキ。ドキ。ドアを開けた。シャーっという、シャワーの音はまだ聞こえていた。

 トイレは、シャワールームの隣にある。なるべくシャワールームは見ないようにして、トイレに行かないと。


 そう思いつつ、シャワールームに背中を向けながら、トイレのすぐ近くまで行った。でも、いきなりシャワーの音が消え、ドン!っとシャワールームのドアが、私の背中に思い切り当たってきた。


「いった~~~!!!」

 痛がって、しゃがみこむと、

「弥生?お前、シャワー浴びてるところを見に来たのか?それとも、一緒に浴びようとしに来たのか?!」

と、一臣様の怒鳴り声が頭の上から聞こえてきた。


「と、とんでもないですっ!トイレに来ただけですっ!」

 そう言って、背中を痛がりながら、一臣様のほうを見ようと振り返ると、目の前に一臣様の…。

 か…。一臣様の…!


「ウ…。ぎゃ~~~~~~!!!!!エッチ~~~~!!!」

 慌てふためき、私はトイレに飛び込んだ。ああ、びっくりしすぎて、尿意もひっこんじゃったよ~~~!!!!!


「弥生!お前、大概にしろよな!お前のほうが勝手に見に来たんだからな!なんなんだ、そのエッチ!って言うのは!」

 一臣様の怒鳴り声が、トイレのドアの前から聞こえてきた。


「あ、あわわわ。み、見ちゃった。もろに目の前で」

「見られて騒ぎたいのはこっちなんだからな!」

 え?


「くっそ~~~~。エッチなのはどっちだよっ。この変態!」

「変態じゃないです。見たかったわけじゃないんです~~~!!!!」

「ふん!どうだか!」

 ああ、一臣様が思い切り誤解している~~。


 ドッスン。ルンルン気分もどこへやら。なんだって、こう、一臣様と一緒にいると、変なことばっかり起きるのかなあ。


 やっぱり、ムードのムの字もないよね。


 落ち込んじゃって、しばらく私はトイレに入り浸っていた。そして、ものすごく恥ずかしがりながら、でも、勇気を持ってトイレを出て、隣の部屋に行くと、

「長かったな。便秘か?」

と、一臣様に言われた。


 だ~~か~~ら~~~!!!!

 ムードのムの字もないけど、デリカシーのデの字もないよね!!!!!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ