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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第4章 ロマンもムードもない
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~その6~ 秘書課の三田さん

 髪を整え、5時半の終業時間が過ぎてから、私は慌てて秘書課に戻った。

 ドアを開けると、まだみんな席についていて、すごく静かに仕事をしている。でも、もう葛西さんと大塚さんの姿はなかった。きっと5時半になると、とっとと帰って行ったんだろうな。


「あ、すみません、遅くなりまして」

 いったい、どう言い訳をしていいかもわからず、私はそそくさと席に着いた。


「あなたの分の仕事、分けてあるから」

 三田さんが突然自分のデスクから立ち上がり、ファイルを持ってきた。

「え?」

「このファイルにある書類、エクセルで表にしておいて」


「…あ、はい」

 このファイル一冊まるまるかな。だよね。

「いつまでにですか?」

「明日までよ」


「…え?」

「え?じゃないわよ。今までどこでなんの仕事をしていたか知らないけど、あなたが今日振り分けられていた仕事なの。ちゃんとやってよね。何時までかかっても、明日の朝までには終わらせて!」


 ひょえ~。何時までかかるんだ、これ。もしや徹夜?


 青ざめていると、三田さんがなぜか私に顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。

「あなた、一臣様と同じ香水つけてるの?」

「え?いいえ。まさか」


「じゃ、なんであなたから、一臣様の香水の匂いがするの?今までどこにいたの?」

 ひょえ~~~~~~~~~。この人、怖いよ!

 もっと青ざめた。


「か、一臣様の依頼の仕事をしていたんですよね?」

 隣の江古田さんが、助け船を出してくれた。

「それでどうして、一臣様の香水の匂いがつくわけ?」

 まだ言うか!三田さん、しつこいよ~。


「三田さん。仕事を終えたの?」

 細川女史がそう三田さんに聞いた。

「あ、まだです。でももうすぐ終わります」

「じゃあ、席に戻って自分の仕事をして」

「はい」


 細川女史も助けてくれた~~。

「他の人は、今日の仕事を終えましたか?」

「まだです」


「では、終わるまで私もここにいますから、続けてください」

 細川女史はそう言うと、パソコンの画面を見ながら何かデータを入れ始めた。


「あ、あの…」

 私は細川女史のデスクの前まで進み出て、

「私の仕事、まだまだかかりますから、細川さんは先にどうぞ、帰ってください」

と、小声でそう言った。


「まだまだかかるって、何時間くらい?」

「えっと。見当もつかないくらい。もしかすると、夜中…。明け方…」

「今日はそんな時間まで、パソコン使えないわよ。夜11時から、明日の朝の5時まで、全フロアのパソコンのメンテナンスをするから」


「え?そうなんですか?」

 11時に終わるとは思えないよ。

「ああ、そう言えば、15階の一臣様の部屋に、ノートパソコンがあるわ」


「え?それって、一臣様使わせてくれますか?」

「そうねえ…。一臣様に頼んでみる?」

「え?い、いいんですか?」

 いいって言うとは思うけど。いや、仕事は持ち込むなって怒られるかな。


「まさか、上条さん、15階の一臣様のお部屋で仕事されるんですか?」

 今の話を、どうやら細川女史の真ん前の席にいた三田さんが聞いたみたいだ。顔を引きつらせ、そう聞いてきた。


「そうね。一臣様がいいって言ったらね」

 私ではなく、細川女子がそう答えてくれた。

「ま、まさか、了解するわけないじゃないですか」

「どうかしら。明日の朝までに仕上げないとならない仕事なんでしょ?三田さんもそう言っていたわよね」

「は、はい。そうですけど」


「ここのパソコン、そんな時間まで使えないし、15階しか使えないんだから、一臣様も了解するしかないんじゃないかしらねえ」

 そう言いながら、細川女史はインターホンで一臣様を呼んだ。


「細川女史か?」

「はい。ちょっとご相談がありまして」

 一臣様がインターホンに出ると、秘書課にいるみんなが耳を澄まして、会話を聞こうとしているのがわかった。


「相談?」

「秘書課の上条さんなんですが」

「……上条がどうかしたか」

「今日、ほとんど自分に与えられた仕事を終わらせることができず、残業になると思うのですが」


「そ、そうか」

 あ、一臣様、ちょっと声が小さくなった。

「明日までには終わらせないとならない仕事で。ですが、今日は、11時までしかパソコンが使えないので」

「ああ、メンテナンスがあるのは、今夜だったっけな」


「それで、一臣様の部屋のノートパソコンを使うわけにはいきませんか」

「ああ、いいぞ」

「え?!」

と、びっくりした声をあげたのは、三田さんだ。


 いや、他の人も、あまりにも一臣様が簡単に了解したのでびっくりしているようだ。湯島さんなんか、目を丸くさせ、私のほうをじいっと見ている。


「ではのちほど、上条さんを15階に行かせますが」

「……わかった」

 そう言うと一臣様はインターホンを切ってしまった。


「ですが、細川さん。15階で一人きりで残って仕事をさせるなんて、ちょっと行き過ぎかと」

 湯島さんがそう言った。

「それに、お一人で一臣様のお部屋にいるなんて、そんなこと許されるんですか?15階って、樋口さんと葛西さんしか行けない階ですよね」

 三田さんまでがそう言いだした。


「じゃ、どこで上条さんは仕事をするの?一臣様のノートパソコンを、持って来てもらうわけにもいかないし。それとも、あなたたちが仕事を手伝う?そうしたら、11時までには終わるかもしれないわね」

「私、手伝います!」


 江古田さんが張り切って手を挙げた。でも、他の人は誰も何も言わなくなった。湯島さんや、三田さんもいきなり黙り込んでしまった。


「一臣氏がOK出したんだから、いいんじゃないの?」

 いつの間にか、どこかに行っていた豊洲さんが部屋に戻って来ていて、そう言いながらスーツの上着を脱いだ。


「豊洲さんは確か今日、パソコンでの入力を頼んだはずですが、どちらに行かれていたんですか?」

「トイレ」

 うそだ。…と思う。わざわざトイレに上着着て行かないと思うし。っていうか、細川女史に対して口のきき方がなってない!


 バタン!

 とその時、いきなりドアが開き、一臣様が現れた。


 うわ。なんでかな。何で来ちゃったんだろう。なんか、顔怖いけど。

 まさか、私が仕事を山ほど抱えているから、怒りに来たとか?


 しん。一気に秘書課に凍り付いた空気が流れた。


「ああ。細川女史、申し訳ない」

 え?一臣様が謝った?

 びっくりしてみんな、一臣様のことを見て、そのあと、細川女史のことも見た。


「何がですか?」

「上条だ。今日1日、借り出しちゃって。仕事、終わらなくなっちゃったんだな?」

「はい。そうですね」

 細川女史は淡々とそう答えた。うっわ~~。さすが細川女史。一臣様に対しての態度がでかい。葛西さんとはまったく違う。


「そうか。明日からは気を付ける。で、今日中に終わらせないとならない仕事なのか?や…。上条弥生」

 一臣様が今度は私に聞いてきた。

「はい。このファイルの中の資料、全部エクセルで表にするんです」

「結構な量だな」


 一臣様はそのファイルの中を見た。

「あの、それは明日の、資材部の会議で使う資料なんですが、資材部の本部長からの依頼で、今日中にと言われていたものです」

 三田さんが、ちょっとびくつきながら、一臣様にそう言った。


「明日の会議か。何時からかわかるか?三田」

「え、はい。確か10時からだと」

「わかった。それまでに、終わらせたらいいんだな」

 一臣様はそう言うと、私のほうを向き、

「行くぞ」

と一言そう言った。


「え?」

「15階。もたもたしていられないだろ。夕飯はまた、弁当でも買ってきてもらうか…。いや、何かデリバリーでも頼むか」

 え?


「では、一臣様、上条さんのことは一臣様に任せてよろしいんですね?」

 細川女史がそう言うと、一臣様はくるっと細川女史のほうを見て、

「ああ、面倒見る。だから、細川女史は仕事が終わったら帰っていいぞ」

とそう言って、私の腕を掴み、歩き出した。


「あ、あ、荷物。ロッカーに入ったまま」

「早く取って来い」

「はいっ」

 慌てて荷物を取りに行った。一臣様は手に私のファイルを持ったまま、14階のエレベーターの前で待っていてくれた。


「すみません」

「荷物全部持ったか?もう14階には来ないぞ」

「大丈夫です」

 そして、一臣様とエレベーターに乗ろうとすると、秘書課の入り口から三田さんがこっちを見ているのが見えた。


「一臣様!」

 三田さんは走ってこっちまで来ると、エレベーターに乗ろうとしていた私たちを引き留め、

「わたくしも、15階に行って上条さんの手伝いをします」

と言い出した。


「え?」

 なんで?さっきまで、そんなこと一言も言わなかったよね。

「上条さん一人では大変ですから。それに、上条さんお一人で残るなんて、心細いと思うし」


 三田さんがそこまで言うと、一臣様は私の腕を掴みエレベーターに乗り込み、

「大丈夫だ。上条の仕事なんだし、上条が何とかする。それと、上条一人で残るわけじゃない。俺も残るから心配はいらない」

とそう言って、エレベーターのドアを閉めてしまった。


 あ。

 今のって、言ってよかったのかな。なんか、ドアが閉まる瞬間に、三田さんが思い切り驚いていたけど。

「一臣様」

「なんだ」


「一臣様が一緒に残るっていうことになるとですね」

「ああ」

「2人きりで一臣様の部屋にいるってことが、ばれるってことですよね」

「別にいいだろ」

「いいんですか?」


「何がダメなんだ。まあ、俺とお前が婚約しているのは伏せてあるが、そのうち発表されるんだ。だから、なんの問題もない」

 え?


「でも、でもですね。発表までまだ日にちがだいぶあって」

「ああ。そうだな」

「あの三田さんって、なんか鋭いって言うか」

「何がだ」


「私から一臣様の香水の匂いがするって。なんか、勘違いしているかも」

「何の勘違いだ」

「だから、私と一臣様が」

「ああ。付き合ってるとか、恋人だとか、そういう関係だと勘違いしているってことか?」

「はい」


「いいだろ?恋人どころか、婚約者だ。2人でいちゃつこうが何しようが、かまわないだろ?」

「い、いちゃついてなんていません!」

 いちゃつきたいけど。そんなムードじゃないし、いつも。


「そう思われるかもしれないって、それを心配しているんだろ?お前は」

「はい」

「いいだろ。別に。今日だって、仕事が終わったら、2人きりで部屋で抱き合うのかしら、とか思われていようが、勝手に妄想膨らまされようが、どうでもいいだろ?」

「よくないです」


「なんでだよ。いいだろ?別に」

 なんで、「いいだろ?」って簡単に言うの?

「まあ、実際には抱き合うなんてありえないけどな。あ、残念だったか?期待させたか?」

「いいえ!」


 なんか、だんだんと不安な気持ちが増してきた。

 一臣様、言ったよね。葛西さんもアイロンかけたって。葛西さんの服がくちゃくちゃになるようなことをしたの?


 2人が付き合っているようなこと、豊洲さんが言ってたよね。もしかして、堂々と付き合っていたの?部屋に葛西さんを呼んで、2人きりでいること、しょっちゅうあったんだよね。


 周りで噂になっても、まあ、いいかって済ませていたの?

 そういえば、上野さんとも堂々と腰に手を回して、どこかに行っちゃったっけ。

 周りにいた人も、2人が付き合っていることを黙って見ていた。特に何も言わず。


 今までも、そうやって、噂になろうがかまわず、仲良く付き合っていたってこと?

 だから、そんなに気にしないでいるの?


 駄目だ。また、悶々としてきちゃった。過去だよ、過去。もう終わったこと。

 一臣様は、だって、外に女は作らないって言ってたもん。

 スキャンダルになるようなことはしないって、はっきりと断言していたもん。


 15階の一臣様の部屋に2人で入った。一臣様は、

「俺も、目を通す資料がたくさんあるし、お前はそこに座って、仕事していいぞ」

と、デスクを指差した。

「え?一臣様のデスク?」


「ああ。ソファだとパソコンしにくいだろ?俺がソファで書類を見るから」

 そう言うと一臣様は、ネクタイを外し、

「お前も、窮屈だったら、パンプスも脱いでいいからな」

と言って、隣の部屋からスリッパを二つ持ってきた。


「それ…」

「ああ、俺のとお前のだ」

 なんで二つあるんだろう。誰かが使ってた?葛西さん?


 あ~~~~~~~~~~~~。もう!考えたくないよ~~!

 どうにか葛西さんのことは頭から追いだし、私は仕事に集中することにした。


 

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