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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 フィアンセのいろいろな顔
40/195

~その11~ 静かな一臣様

「待たせたな」

 5分後、一臣様がロビーに来た。


 1階は、仕事を終えて帰る社員が大勢行きかっている。ロビーで話をしていたOLも数人いて、

「あ、一臣様だ」

という声が聞こえてきた。


「一緒にいるのは誰?」

「多分、秘書課の人」

「秘書課なら、一臣様とも直接関わりがあるのね。いいな、羨ましい」

 そう言っているのが聞こえてきて、その女性社員を見ると、目をハートにして一臣様を見ていた。


 他にも、一臣様を遠巻きにして、うっとりと見ている女性社員の姿が…。

 一臣様って、やっぱり、モテるんだ。


「お疲れ様でした」

 受付の前を通り、正面玄関に向かおうとすると、受付嬢の二人が立ち上がり、一臣様にお辞儀をした。

「ああ」

 一臣様はただ一言、そう返しただけだったが、受付嬢の二人は頬を染め、嬉しそうにしている。


 エントランスを出ると、等々力さんの車が待っていた。

「お前は、前だ」

 そう言われ、助手席のドアを開けようとすると、

「弥生じゃない。浩介が前だ」

と、一臣様に腕を掴まれた。


「なんだ、俺が助手席?」

「当たり前だろ。なんだって、お前の隣に座らなくちゃならないんだ」

「……まあ、そうだろうね。でも、俺も弥生ちゃんの隣が良かったなあ」

「ぶつくさ言ってないで早く乗れ」

 

 そう言うと一臣様は後部座席の奥に入り、私はその隣に座った。

「樋口さんは?」

「まだ仕事だ。帰る時に迎えに来させる」

 一臣様はそう言うと、豊洲さんが乗ったのを確認して、

「等々力、出してくれ。店は、いつも飲むところでいい」

と背もたれに深くもたれたまま、等々力さんに言った。


「はい。かしこまりました」

 等々力さんは車を発進させた。

「お前さあ、社長みたいにリムジンに乗ったらどうだ?」

 突然助手席に座った豊洲さんが、バックミラー越しに一臣様を見てそう言って来た。


「リムジン?」

「そうだよ。あるんじゃないのか?屋敷に。でかいリムジンなら、俺も後部座席に乗れたよな?」

「リムジンなんてないぞ。親父が持っているだけだ」

「社長になれないと乗れないのか」


「…いや。そんなでかい車、必要ないからだ」

「そうか?けっこう便利だろ。運転席と後部座席の間には、仕切りもあるんだろ?そうしたら、運転席からは見れなくなるんだから、女を横に乗っけた時には好都合じゃん」


「女?弥生か?だったら、もっと必要ないな」

「いや。弥生ちゃん以外のだよ。もちろん、そうに決まってるじゃんか」

 そう豊洲さんは言うと、はははと笑った。


 なんなんだ、この人は!私がいるっていうのに、なんでそういうことを言うのかなあ。

「弥生以外は乗らないだろ」

 一臣様は眉を片方あげて、クールにそう言ってのけた。

 さすが。一臣様、ちゃんと言ってくれた!


「へ~~。でも、一臣、モテてるからさ」

「え?」

「さっきも、何人の女子社員が、一臣に熱い視線を投げていたことやら。あの受付嬢も、一臣に一声かけてもらっただけで、満足していたみたいだしなあ」


「……何が言いたいんだ」

「一臣がその気になりゃ、いくらでも女は言い寄って来るだろ?一臣が一声かけたら、車に乗ってくる女、いくらでもいるんじゃないのか?」

「くだらない」

 うわ。一臣様にとっては、くだらないことなんだ。ちょっとびっくり。でも、そう言ってくれて、かなりすっきり。


 車は繁華街を抜け、静かな道を進み、見た目かなり洒落た感じのビルの駐車場に入って行った。

 そして、私と一臣様、豊洲さんは車から下りて、エレベーターに乗り込んだ。


 いつも飲みに行くところって、言ってたよね。ここにいつも、一臣様は飲みに来るんだ。

 どんなお店かな。と、ドキドキワクワクしていると、エレベーターが止まりドアが開いた。


 わ。なんか、暗い。照明が暗いし、壁や床も暗い色で、ちょっと怪しい感じもする。

「緒方様、いらっしゃいませ」

 お店の中からすぐに、スーツを着た男の人が現れた。


「ああ」

 一臣様は一言そう言うだけで、どんどんお店の中に入って行った。


 あれ?お店の中はずいぶんと、シックな作りで、静かなジャズも流れいて雰囲気がいい。


 案内されたところは、外が見える席で、今はまだ外が明るいが、暗くなったらきっと夜景が綺麗なんだろうなっていう、そんなところだった。

 ソファも座り心地が良くて、とても落ち着く。


「ここでいつも、飲んでいるんですか?一臣様は」

「そうだ。たいていがここだ。人と来る時も、一人で来る時も。一人だったら、カウンターで飲む」

 へ~~。そうなんだ。


「会員制のバーだから、そんじょそこらの人間が入ってこないしね。俺だって、一臣とじゃなきゃ来れない店だからなあ」

「会員制?」

 うわ!そうだったんだ。


 私なんて、飲みに行くっていったら常に居酒屋。たまに、焼き鳥屋。飲むと寝ちゃうから、お酒は飲まないけど、そういうところのお料理が美味しかったし、雰囲気も好きだったし。


「弥生は飲むなよ」

 まだ何も頼む前から、そう一臣様に言われてしまった。

「なんで?弥生ちゃん、お酒弱いの?」

「ああ。こいつは飲むと、すぐに寝るからな」


「いいじゃん。それ。そのまんま、一臣、お前の屋敷に連れ込んじゃえば」

「俺は酒飲んで酔っ払って寝るような女、迷惑なだけだ」

「へえ!なんだよ、チャンスだって思わないの?」


「…浩介。お前って、そういうやつか?」

「え?」

「お前だったらチャンスだって思って、連れて帰るのか?」

「当たり前だ。そんなチャンス、逃すわけないだろ?」


「婚約者がいても、そんなことをしているのか」

「はあ?笑わせるなよな。お前だって、婚約者がいても、女と遊ぶんだろ?」

「ふん。そんなスキャンダルになるようなことはしないぞ」

「ああ。一応気を付けているのか」


「そりゃそうだ。ゴシップネタになったら、緒方財閥が危ういからな」

「へえ!でも、結局はばれないようにうまくやってるんじゃないの?お前」

「何が言いたい」

「……別に」


 そうだよ。何が言いたいのかわからない、この豊洲さんって人。なんだか、いっつも私に、一臣様が遊んでいるってことをアピールしているみたいだけど、なんで?


 私の顔が暗くなっているからか、その表情を見て一臣様は片眉をあげ、豊洲さんに向かってまた話をし出した。

「浩介。お前、なんでそういうことをここで、わざわざ言うんだ」

「いいじゃん。弥生ちゃんに隠しておかなくてもさ。どうせ、結婚したらわかることだ。お前だって、社長みたいに愛人外で作るんだろ?」


「……作らない」

「なんだよ。はっきりと言っちゃえば?弥生ちゃんも知っておいた方がいいよな?」

「浩介、お前どういうつもりだ。何が言いたいんだ。それに、弥生に2人だけで食事に行こうと誘ったらしいな。いったい、どういうつもりなんだ」


「どういうって?俺はこれから、弥生ちゃんの補佐をしていくんだろ?だったら、もっと仲良くなった方がいいし、課だって同じなんだから、親睦を深めてもいいだろ?」

「裏で何を考えているんだ」

「裏?一臣、何を言ってるんだ」


 少し、豊洲さんの顔が引きつった。

「俺と弥生の婚約をつぶしたいのか?」

「まさか。なんでまた、俺がそんなことを?」

「そうだよな。そんなことをしたら、緒方財閥と上条グループのつながりも危うくなるもんな?お前の親父の会社も、危なくなるしな」


「……緒方自動車のことか」

「ああ。そうだ」

「別に。親父の会社がどうなったって、俺には関係ない」


「…どういうことだ?」

「緒方商事がつぶれたら、俺も失業して困るけどな」

 豊洲さんはおどけた顔をした。そして、

「だから、ちゃんと弥生ちゃんの補佐をするさ。で?今日はそのことで俺を呼んだんだろ?一臣」

と、いきなり愛想のいい声で話しだした。


「いいや」

 一臣様は静かに運ばれてきたお酒を一口飲んで、

「お前に頼もうと思っていたが、弥生の補佐の話はなかったことにしてくれ」

と、とてもクールにそう言った。


「え?」

 豊洲さんがびっくりしている。

「お前のことを信用しようとしたが、弥生に変に近づこうとした以上、もう信用できない」

「どういうことだよ」


「どういうも何も…。俺は信用できるやつしか、そばには置かない。弥生のそばにもだ」

「…弥生ちゃんがそんなに、大事なわけ?」

「そうだ」

「ああ。上条グループがそんなに大事なんだ」


「そうだ!今の緒方財閥には、必要なんだよ」

「………俺は信用がおけないやつなのか」

「そうだ」


「……だったら、クビにでもしたらどうだ?」

「…そうだな。これ以上弥生に何かするようなら、いつでもお前のクビを切る」

「脅しか?」

「脅しじゃない」


「そんなことできないだろ?お前だって結局は、親父のすねかじって生きてて、親父の力がなかったら、何もできないボンボンのくせにさ」

「何が言いたい?」


「親父さんの言いなりなんだろ?結婚だって親父の言いなり、なんでもそうだろ?俺のことも親父さんが信用したから信用した。でも、信用できなくなった。だから、クビにするって言ったって、結局一臣の親父が俺をクビにしなかったら、お前には俺のクビを切ることもできないんだ。お前にはどうせ、そんな権限ないんだよ」

「権限?」


「ああ、そうだ。お前も俺と変わらない。偉そうな顔してるけど、親の力がなかったら、なんにもできないくず野郎だ」

「………」


 ひどい。なんで、そんなことを言うの?この人。

 ああ。腹が立つ。

 拳が震えてきた。あと何か一言でも言ったら、私の右ストレートが豊洲さんの顔めがけて飛ぶ…。


 なんて意気込んでいると、一臣様が私の震える拳を見て、すっと私の手を握ってきた。


「俺は帰る。もう、用はないだろ」

 そう言って、豊洲さんはお店を出て行った。


「なんで、怒らないんですか?あんな、酷いことを言われたのに」

「お前は怒っていたのか?手が震えていたな。拳握りしめたりして。ぶん殴るつもりだったのか?」

「あれ以上、一臣様のことを侮辱していたら、殴っていました」


「はは…。お前も怖い奴だな」

「一臣様は、なんで怒らないんですか?」

 いつもだったら、あんなこと言われたら、怒り飛ばしそうなのに。


「わかるからだ」

「え?」

「あいつ、言ってただろ?お前も俺と変わらない、くずだって」

「……あ」


「あいつは自分でそう自分のことを思っているんだろ。親がいなきゃ、何もできないくずだってな」

「……」

「俺もそうだ。親がいなきゃ、緒方商事で働いていないし、金も家もすべてが、親が揃えてくれているもんだ」

 でも、一臣様はくずなんかじゃないよ。絶対に。そう思いながら一臣様の横顔を見ていた。


 一臣様は私のほうを見て、また静かに話し出した。

「ただ、俺と違うところが一つある」

「違うところ?」

「あいつは、緒方自動車っていう会社を背負わなくてもいい。背負うのはあいつの兄、長男だからな」

「そうですよね…」


「あいつの兄貴に会ったことはある。いや、ちょくちょく会議や、緒方財閥の集まりで会うが、あいつとは全く違う」

「どう違うんですか?」

「俺と同じだ。会社を背負わされた人間にしかわからない、そんな重圧と戦っている。そんな顔をしていた」


「……それは、豊洲さんには絶対にわからない重圧ですよね」

「…そうだ。あいつは、親父の力がないと何もできないと嘆いていたらそれだけでいいが、俺も、あいつの兄貴も、そんなことを言って嘆いてなんかいられないんだ」


「…」

 一臣様にも、とってもとっても大きな重圧があるんだ。

「龍二を見ているみたいだったな」

「え?」

「いや、なんでもない」


 そこに、オーダーしたものが運ばれてきた。

「弥生、たくさん食べていいぞ。俺は飲むから、あまり食べないしな」

「はい」

 一臣様は、おつまみになるようなものを、少し食べた。でも、そのあとはほとんど、飲んでいた。


「それ、強いお酒ですか?」

「ああ。あ、お前は飲むなよ、絶対に」

「はい。飲みません。一臣様はお酒強いんですね。酔わないんですね」


「酔うさ。ただ、あまり酔っても変わらないんだ。それだけだ」

「……そうなんですか」

 私の周りは、かなり陽気になる人が多いから、こんなに静かにお酒を飲む人は見たことがない。


 兄たちも、飲むと陽気だ。下宿していた先の住人達も、陽気だった。まあ、途中までしか寝ちゃうから覚えていないんだけど、大家さんの話だと、みんなでどんちゃん騒ぎもして、近所からクレームもしょっちゅうあったということだったし。


 一臣様は、そのあともあまり話をせず、静かに飲んでいる。その姿は麗しくって、ドキドキしたけど、でも、ちょっと寂しげで、切なくもなった。


 一臣様って、心の奥底ではいったいどんなことを思っているんだろうか。

 重くのしかかっている重圧は、私ごとき人間には軽くしてあげることなんてできないんだろうか。


「弥生」

 一臣様は、何杯か飲んでから、突然私に寄りかかってきた。

 あ、あれ?


「お前って、けっこう頑丈そうだよなあ」

「はい。頑丈です」

「俺が寄りかかっても、大丈夫なくらい頑丈そうだよなあ」

「はい。大丈夫ですっ!」


「はは。頼もしいな」

 あ、笑った!ずっと、一臣様の笑顔も消えていたから、ちょっと気になっていた。

「じゃあ、しばらく寄りかかっていていいか?」

「はい、もちろんです」


「……弥生」

「はい?」

「早く帰って来いよな」

「え?」


「屋敷に、早く戻れ」

「……はい」

 嬉しい。もう、今日から戻りますって言いたいくらいに。


「どうやったら、如月氏は俺を認めるんだ」

「え?」

「俺が認めるまで、弥生を帰らせないって、そう言って来た」

「兄がですか?」


「ああ。どうしたら、認めるようになるんだ?」

「それは…」

 私にもわからない。


「どうやったら、俺がお前を大事にするってことを証明できるようになるんだ」

「…それは」

 えっと。えっと?


 一臣様はしばらく私に寄りかかったまま、黙っていた。一臣様の向こう側の窓からは、すっかり日が落ちて、綺麗な夜景が見えていた。そして、店内は静かなジャズの音色が流れ、ほんのちょっと大人のムードが漂っていた。


 なんか、いい雰囲気?なのかな、これって。でも、こういうのって全く慣れていなくって、どうしていいかわからない。


 すると、そこに樋口さんが現れて、ようやく一臣様は体をおこし、

「樋口、帰るぞ」

と一言言って、ソファから立ち上がった。


 あれ?一臣様、酔っているのかと思ったけど、意外としゃんとしている。


 そのあとは、もう一臣様は私に何も言うこともなく、お店を出て駐車場に行き、

「また、明日な」

と一言だけ私に言って、樋口さんの車に乗り込んだ。


「はい。おやすみなさい」

 私がそう言っても、一臣様は何も答えず、車はすぐに発進してしまった。


 私も等々力さんの車に乗り込み、家まで送ってもらった。

「弥生様」

「え?」

「大丈夫ですか?お元気ないようですが」

「大丈夫です」


「…弥生様も、一臣様も、どうして離れているんですか?」

「は?」

「一緒にいられたほうが、お二人とも元気でいらっしゃるのに」

「そ、そう見えますか?」


「もちろんですよ。お二人で一緒にいる時の車内はいつも、明るく笑い声が絶えなかったじゃないですか。特に一臣様の…」

「………」

「弥生様も、一臣様がそばにいられないと、元気がなくなるようですし、早くに屋敷に戻られてはいかがですか?」


「はい。私も、戻りたいです」

 でも、如月お兄様が、認めない限り私を戻さないと言っていたようだから。

 ああ、なんだってまた、私は如月お兄様の言いなりになっているんだろう。

 もう、兄の言うことなんか無視して、一臣様のお屋敷に戻ろうかな。


 なんて、そんなことまで私は思っていた。そして、その時の私は、いつか一臣様のお屋敷に戻れるって、信じて疑っていなかった。




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