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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 フィアンセのいろいろな顔
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~その7~ 一臣様と食事

 一臣様は、外に女は作らない。愛人は作らないって言っていた。だけど、一臣様に好きな人がいるのかとか、今まで本気で付き合った人がいたのかとか、そういうことを聞いたことはない。


 聞く勇気もない。

 でも、もしかしたらいたかもしれない。それどころか、いまだに思い続けているかもしれない。

 私がいるから、叶わぬ恋になっているのかもしれないし、別れなくちゃならなくなったのかもしれない。


 それは、もしかしたら、上野さんかもしれないし、葛西さんかもしれないし、高校の頃付き合っていたモデルさんかもしれない。


 私という存在がその人と一臣様の仲を、引き離すことになったのかもしれない。私さえいなかったら、もしかしたら、一臣様はその人とお付き合いすることもできるのかもしれない。


 そんな考えがふっと浮かんでは、必死で消した。


 一臣様に、

「そのファイルは今日中に見終わらなくてもいいだろ?葛西から全部見るようにと言われたのか?」

と聞かれ、「いいえ」と答えると、さっさとファイルを片づけろと言われた。


 片づけると、一臣様は、

「じゃ、弥生と飯食いに行くから、またな。今度、仕事のことがいろいろと決まったら、連絡する」

と豊洲さんにそう言って、私の腕を引っ張り秘書課の部屋を出た。


「腹減らないか」

「減りました。あ、空きました」

「よし。なんか食いながら、今日の会議のことを聞かせろ。う~~ん。個室がいいな。何が食いたいか?」

「………。一臣様が食べたいものでいいです。よく行くお店とかあるんですか?」


「俺か?そうだなあ…」

 たとえば、上野さんを連れて行った美味しいお店とか、葛西さんと行ったお店とか。

 とはさすがに言えない。でも、そんな考えが浮かんできて、自分がすごく性格の悪い女に思えた。


「腹が減りすぎて、元気がないのか?」

「え?」

「食事に連れて行くぞって言えば、元気になると思ったんだがな。それとも、なんか嫌なことでもあったか?」

「いえ!大丈夫です」


「……そうか?」

 私が元気がないから、一臣様、心配してくれたの?

「あ、じゃあ、和食がいいです。あ、でも、懐石は苦手ですけど」

「和食の店か。天ぷらとか好きか?」

「はい!」


「よし。老舗の店があって、たまに行くんだ。個室もあるし、そこにするか」

 一臣様はそう言うと、携帯を取り出して、樋口さんに連絡をした。あ、そうか。そういう手配は全部樋口さんがするのか。


 じゃあ、樋口さんは、一臣様がどの女の人と、どこのお店に行ったかとかも知っているのかな。

 ああ!また、そんなこと考えてる。私、なんか変だ。


 もし、あったとしても、過去だよね。一臣様は、私だけで十分だって言ってくれたし、一生飽きないって言ってくれたんだもん。


 それから、一臣様と天ぷら屋さんに行った。明治のころからあると言われるお店で、その2階に通され、一臣様と一緒に美味しい天ぷらを満喫した。そして、食後のデザートを食べながら、一臣様が今日の会議のことを聞いてきた。


 私は感じたことや、疑問に思ったことなど、事細かく伝えた。一臣様はすごく真剣な顔をして、静かに聞いていた。

「なるほどなあ」

 話し終えると、一臣様は一言言って、どこか宙を見た。


「あの…」

 なんか、変なことを言ったのだろうか。

「お前の発想、面白いよな」

「え?」


「でも、お前が指摘しているところは、俺も感じていたことだ。他の奴は、その辺になかなか注目しない。いや、疑問に思っても、言えないでいたのかもしれないけどな。いつでも、当たりさわりのないことを言い、適当に誤魔化す」

「…」


「若い連中は、それでも、画期的なことをたまに言う。だけど、上司に駄目だしをくらうと、すぐに意見を引っ込める。まあ、親父みたいに、否定してばかりいたら、せっかくのアイデアも封じ込められるだけだよな。今日の会議でもそうだったろ?部長クラスは、新しいことに目を向けて、発表してくれたのにさ、親父が全部、その問題点を指摘して、それ以上話が広がらない」


「そうでしたよね…。あれでは、せっかく勢いがあった人も、その勢いを消してしまうだけだなあって、そう感じました」

「だろ?」

 一臣様はそう言って、う~~んと唸った。


「最後に、世代交代だって親父は言っていたけど、そう言っておきながら、いつまでも口を挟み、自分の意見を通そうとするし、昔からの考えを、そうそう変えようとしないんだ。ただ…」

「ただ?」


「親父は、上条グループとのプロジェクトでは、なかなか意見を通せないでいるようなんだ」

「どうしてですか?」

「弥生の親父さん、すごいだろ?アイデアも斬新だし、親父もたじたじだ。親父が、上条氏が意見したことに対して、何を言っても、ちゃんと解決策や、対策をしっかりと返答するんだ。先の先まで見通せていて、それでいて、斬新で、画期的で…」


「そうなんですか?」

「ああ。それに、目をつけるところも変わっている。ああ、お前、そういうところが父親似なんだな」

「そんなふうに、一臣様に父を褒めてもらえると嬉しいです」


「親父は、上条氏をかってるよ」

「……」

「お前のこともだ」

「はい。それも嬉しいです」


 でも、一臣様は?


「なあ、弥生」

「はい?」

「あいつはどうだった?豊洲浩介」

「仲がいいんですね、一臣様と」


「仲?別にいいわけじゃないぞ。まあ、年も一緒だし、秘書課にいて顔を合わせることも多かったから、話す機会もあったってだけで」

「大学の時は?」

「一つ先輩だったからな。そんなに話はしなかったな」


「え?そうなんですか?でも、同じ緒方一族だから、子供の頃からよく会っていたとか」

「まさか。大学で初めて会った。それまでは、会ったこともないぞ」

「でも、同じ緒方家の…」


「緒方家じゃない。あいつは豊洲家の人間だ」

「あ、そういえば、名字違ってますもんね。あれ?親戚ってわけではないんですか?」

「ああ」

 そうなんだ。


「緒方自動車は、豊洲モーターっていう会社を緒方財閥が買い取ってできた会社なんだ」

「え?そうだったんですか?」

「豊洲モーターは、オートバイやモーターボートなんかを作っていた会社だ。かなりの業績もあって、そのジャンルじゃ、1、2位を争うくらいの会社だった。だが、自動車が出始めてから、他の自動車会社から遅れを取って、ぽしゃった会社なんだ」

「かなり前の話ですか?」


「そうだ。昭和40年代くらいだ。そして緒方財閥が丸ごと買い取って、緒方自動車になった。で、その頃の豊洲モーターの社長の息子が、当時の緒方商事の社長の娘と結婚して、次期社長に任命された」

「だから、名字が違っているんですね」

「ああ。婿養子になるはずだったんだが、豊洲モーターの社長が頑固で、豊洲の名前を残したかったんだろうな。でも、そのせいでいまだにしこりが残っている」


「しこり?」

「緒方財閥の一族ってのは、やたら、血縁関係や名前にこだわっていて、外の人間や、名前の違う人間は、一族において立場が弱いんだ」

「じゃあ、豊洲家の人も?」


「一応、緒方財閥の血は、浩介も引いているんだけど、名字が違うってだけで、一族から外されてる。緒方財閥全体の会議なんかには、緒方自動車の人間も出席するが、一族の集まりには呼ばれない。緒方家本家の屋敷でやるパーティにも、呼ばれたためしがない。だから、俺はあいつに会ったのが大学の時が初めてだったんだ」

「は~~~、なるほど、そういうわけなんですね」


 あれ?緒方家本家の屋敷?

「緒方家本家以外のお屋敷もあるんですか?」

「あるさ。分家がたくさん。緒方財閥一族は、でかいからな」

「な、なるほど…」

 どんだけでかいんだろう。想像つかないな。


「俺の誕生日パーティも、一族が勢ぞろいするぞ」

「そ、そうなんですね」

 ひょえ~~。そこで、琴の演奏をするのか。これは、もっと頑張って練習しないと。でも、それであの大広間、やたらとでかいのか。大きくないと一族が勢ぞろいできないんだろうな。


「おふくろも外の人間だし、特におふくろは、緒方財閥に吸収合併されて、助けられた会社の娘だからな。緒方一族では肩身の狭い思いをしているんだ。屋敷じゃデカい顔をしているけどな」

「へえ…」

 あの怖いお母様が、肩身の狭い思いをしているだなんて、考えられないけど。


「だから、一族の前で、お前を婚約者として選んだら、それも親父が選んだら、おふくろも何も言えないんだよ」

「あ、そういうことなんですね。理解できました。やっとこ」

「……お前も、外の人間って言ったら、外の人間だけどな。だけど、おふくろとは立場が違うからな」


「え?」

「今、緒方財閥がやばい状態だろ?それを救ってくれる上条グループのご令嬢だからな。そりゃ、対応も違って来るだろうな」

「違うって?」


「俺もわからないけどな。ただ、親父が、緒方財閥の中には、今の状態を把握できていないものもいるから、はっきりとさせるって言っていたけどな」

「?」

「俺の誕生日パーティで、はっきりさせるんだろ」


「………」

「ああ、お前は特に心配なんかしないでもいいから。それより、アイス、溶けてるぞ」

「え?うわ~~~!」

 柚子のシャーベット!美味しかったのに、半分溶けた!


「ショック」

「おかわりもらうか?」

「い、いいです。申し訳ないので」

「おいしかったんだろ?食べたかったんだろ?」


「はい」

「じゃ、遠慮はしないでいいぞ」

「すみません」

「俺もコーヒーをもらうから、店員を呼ぶぞ」

「すみません」


 一臣様がシャーベットのおかわりをもらってくれて、それを溶けないうちに、しっかりと食べた。


「うまかったか?」

「はい!大満足です」

「はは。元気になったもんなあ」

 う…。お腹空いていたから、元気がなかったわけじゃないんだけど。だって原因は、葛西さん…。


「葛西さんって」

 うわ?私、いったい何を言いだそうとしたんだ。いきなり口から出てた。

「葛西が何だ」

「いえ」


「なんだ?」

 ああ。一臣様、怪訝そうな顔をしている。

「えっと。しっかりとした秘書ですよねって思って」

 あ~~。変なこと言ったかも。そんなの当たり前だって怒られるかも。


「そうか?」

 え?そうか?なんで、疑問文?

「俺はそう思えないけどな」

「……しっかりとしていないんですか?」

「俺は信頼していない」


「葛西さんをですか?」

「ああ」

「でも、葛西さんと樋口さんだけが、15階に行けるんですよね?一臣様の部屋にも入れるんですよね?」

「……ああ」


 それなのに、信頼していないの?

「樋口のことはどう思う?」

「樋口さんですか?素晴らしい方ですよね。私、尊敬しています。気配りが素晴らしいですし、まず、相手の方のことを必ず考える方ですよね。それに、一臣様に対しての信頼も、半端ないっていうか、なんていうか」


「うん」

「それに、周りの方からの信頼もすごいですよね!屋敷内でも、樋口さんが私のそばにいて、いろいろと助けてくれるから心配ないですって、そう言ったら、みんなすぐに納得しちゃって」

「なんだ?みんながお前のことでも心配していたのか?」


「あ。…はい。亜美ちゃんたちが、屋敷内なら自分たちが、弥生様をお守りできるけど、会社ではできないからって、心配してくれて」

 ほんと言うと、一臣様から私が怒られないかどうかを心配してくれたんだけど、さすがにそれは言えない。


「はははは!」

 あれ?また笑われた。

「お前って、本当に…」

「え?」


「いや…。あいつらは、見る目あるな。確かに樋口がいたら安心だ。俺は樋口のことは信頼しているし、お前のことも安心して任せられる。ああ、立川たちもだ。それに、喜多見さんも」

「はい。あ、等々力さんもです!」

「そうだったな」

「はい!」


「だけど、葛西は違うだろ」

「え?」

「お前が俺のフィアンセだって知って、あいつ、態度変わった?」

「…微妙に」


「どう変わった?」

「え?どうって…。あ、やっぱり、変わっていないかな?しっかりとしていますよね」

「お前のしっかりとしているってのは、どういうのを言うんだ」


「怖いっていうか、クールっていうか、冷静っていうか」

「あいつ、怖かったか?」

「…ちょっと」

「仕事の説明は、ちゃんとしていたか?」


「え?いえ。でも、ファイルに目を通すようにと言われました。きっとあのファイルを見たら、一目瞭然というか、皆さん、最初に見るファイルなんですよね?」

「……そうか」

 一臣様は深くため息をついた。


「やっぱり、駄目か」

「え?駄目って?」

 私のこと?かな?まさか。


「葛西…。俺の秘書には向いていないな」

「え?!」

「なんとなく、それは感じていたが…」

「………」


 なんか、付き合っているとか、そういう雰囲気でもなさそうな?

「お前が気にすることじゃない。ちゃんと、お前のことまでしっかりと守れるようなやつをつけるから、安心しろ」

「え?」


「俺の秘書だ。樋口に匹敵するくらいの、信頼できる秘書。俺の秘書ってなると、お前のことも面倒をみることになるんだから、ちゃんとお前のことまで守れるやつじゃないと駄目だろう?」

「はあ…」


「第2秘書に葛西をって、そう思っていたが、やっぱり、駄目だな」

 また、一臣様はため息をつき、私を見た。そしていきなり、ふっと笑い、

「庶務課はどうだった?」

と聞いてきた。


「庶務課の人たちはみなさん、すごくいい人でした」

「臼井課長も、細川女史も、日陰氏もか?」

「はい」

「だろうな。3人とも親父の側近だった人たちだし」


「……え、そうなんですか?」

「細川女史は、親父の秘書もしていた人間だしな」

「社長の秘書を?」

「日陰氏は忍者の出で…って話は聞いたか」


「はい。もう、庶務課にはいないって、細川女史に聞きました」

「ああ。日陰氏の本来の仕事に戻っただけだ」

「そうなんですか。あれ?でも、産業スパイを探し当てるのが仕事だって」


「ああ。もうそれは解決したしな」

「見つかったんですか?」

「ああ。ただし、これからも、怪しい動きをしているものがいないかどうかは、あの庶務課の倉庫の奥で、見張ってるぞ。臼井課長は引き続き、その仕事をしていくしな」


「じゃあ、日陰さんは?」

「日陰氏はもともと、俺や社長のことを守るボディガードだったが、今はお前のことを守っている」

「え?私?!」

「そうだ」


 そういえば、それ、樋口さんから聞いたことがある。すっかり忘れてた。じゃ、あの頃からずっと?

「それって、いつでも見守っているってことですか?」


「そうだ。外にいる間はお前のことを守ってるぞ」

「どこで?!見かけたことないんですけど」

「そりゃそうだろ。ボディガードって言っても、姿は見せない。まあ、昔で言えば、忍びだな。水戸黄門で言えば、弥七だ」


「……ってことは、姿を隠して守ってくれているってことですか?」

「そういうことだ。それに、お前のことは、親父に報告しているようだぞ」

「ええ?!」

 じゃあ、変な行動できないよ。みんな、見られているってこと?!


「だから、まあ、安心しろ。正式な婚約発表をしたら、ちゃんと目に見てわかるボディガードがつくしな」

「は?」

「あれ?お前に言ってなかったか。俺にもついてるぞ」


「見かけたことないですけど」

「ははは。いつも見えてるだろ。樋口も等々力もそうだぞ」

「え?!」

「あいつら、ボディガードの訓練も受けている。柔道、空手、合気道。武術の達人だぞ」


「等々力さんも?!」

「お前、目、輝いたな」

「はい。だって…。うわ~~~」

「ははは。もっと、驚くことを教えようか」

「はい」


「細川女史もだ。だから、俺の第2秘書には、細川女史がいいんじゃないかと、今、候補に挙がっている」

「え?細川女史も武術の達人?」

「ああ。そう見えないだろ?でも、かなりの腕らしいぞ」

「すご~~~~い!」


「ははは。やっぱり、目が輝いた」

「はい。ぜひ、ぜひ、一戦、交えたいです。それに、いろいろと叩き込んでほしいし」

「………え?」


「私、合気道と空手と、剣道は段を取得してあるんですけど、他にも少林寺とか、カンフーとか、そういうのも習いたかったんですよね。でも、うちの父も祖父も、日本にこだわってて、中国拳法ってなかなか習わせてもらえなくて。きっと、武術の達人なら、そういうのもできますよね!!!」

「………今度、本人に会ったら聞け。ただし、一戦を交えるのは、婚約発表のあとだ。それまでに怪我されられたら、かなわんからな」


「はい~~!」

 うっわ~~。すっごくワクワクしてきちゃった。

「はは…」

 あれ?また、一臣様、笑い出した?


「ははは。はははははは!」

 うそ。なんか、涙流して笑ってるけど。そんなに面白いこと、私って言ったのかな。

「あははははは!お前、面白すぎる。っていうか、超えてる。俺の常識とか、考えとか、全部超えてる!」


「そ、そうですか?」

 そんなに笑うことでしたか?

「あははは。腹、よじれる!なんだよ、こいつ!」

 う~~~~~ん。これは喜んでいいものかどうか…。でも、一応一臣様が大うけして笑っているんだから、いいことにしておこうかな。


 それからも、しばらく一臣様は笑っていて、笑い終わると私を見て、

「強くなって、俺のことも守るか?」

と冗談めいた目でそう言った。


「はい!守ります!!私がボディガードします!」

 元気に、そして本気でそう言うと、また一臣様は大笑いをした。




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