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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 フィアンセのいろいろな顔
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~その5~ 重役会議

 樋口さんがお昼を買ってきてくれた。どこかのお弁当らしいが、なんだか豪華だ。とても高そうだ。コーヒーまで樋口さんは淹れてくれて、私と一臣様は、ソファに座りそこで食べた。


 真ん前に座った一臣様は、お弁当を食べ終えると、

「ああ、そういえば…」

と、思い出したかのように私の顔を見て、

「お前の弁当も、食ったっけな」

とそう言った。


「はい。このお弁当に比べたら、すっごく庶民的なお弁当でしたよね?」

「そうだな。あんまり食べたことないものばっかり入っていたぞ」

 そうなんだ。ごくごく普通の食材だと思ったんだけどなあ。


「だけど、この弁当よりうまかったぞ」

「え?わ、私のお弁当のほうがですか?!」

「ああ」

 う、嬉しい~~~~!!


「ははは」

 あれ?笑われた。

「お前、本当にわかりやすいよな。全身で今、喜んでいたぞ」

 あ、思い切り喜んだから、笑われたのか。ちょっと恥ずかしいかも。


「あれ?お前もコーヒーか?」

「はい」

「これは俺に合わせてあるから、苦いぞ」

「そうなんですか?」


「樋口に淹れなおさせるか。お前、甘党だもんな。苦いコーヒーダメだろ?」

「大丈夫です。飲めます」

「無理するな。砂糖入れる前にそのコーヒーを貸せ」

「…」


 一臣様はデスクの上にあるインターホンで樋口さんを呼んだ。

「弥生は苦いコーヒーが飲めないんだ。紅茶を淹れてくれるか?それで、これは樋口が飲まないか?」

「はい。申し訳ありませんでした」


 樋口さんはそう言って、ポットに水を入れに行った。

「自分でします。だから、樋口さんはそこに座って、コーヒーが冷めないうちにどうぞ召し上がってください」

「は?」

「まだ、ミルクもお砂糖も入れていないんです。樋口さんはいつも、ブラックですか?」

「はい。ですが…」


「どうぞ!座ってください」

 私は樋口さんの背中を押して、ソファに座らせた。そして、ポットに水を入れた。


「すごいですね。この水って、天然水ですか?」

 冷蔵庫の隣には、天然水を入れるウォーターサーバーがあった。

「ああ。それでコーヒーを飲むとうまいんだ。水だけで飲んでもうまいけどな」

「へ~~」

「紅茶もきっと美味しいぞ。コーヒーの隣に紅茶もあるだろう?あまり飲まないから、ティ―パックしかないけどな」


「あ、これですか?アッサムがある!これにします」

「アッサム、気に入ったのか?樋口、今度アッサムの茶葉、買っておいてくれるか?」

「はい、かしこまりました」


 え?嘘。まさか、私のために?

「私、自分で探して買ってきます」

「はははは」

 あれ?また、一臣様に笑われたよ~~。どうして?


「あまり、樋口の仕事を取るなよ」

「でも、そ、そんな雑用は…」

「雑用とは思っておりません。紅茶の美味しいお店を存じておりますので、そこで揃えますよ、弥生様」

「紅茶の美味しいお店?」


「くす。嬉しそうだな、弥生」

「え?」

 また、ばれた?顏に出てた?

「目、輝いたもんな。そういうのは、樋口は得意だ。コーヒーのうまい店も、紅茶のうまい店も、樋口に任せておけばいい」


「はい。わかりました。お願いします」

 私はそう言って、樋口さんにぺこりとお辞儀をして、それから紅茶を入れ、どこに座ろうかキョロキョロしてしまった。


「ははは。挙動不審になってるぞ。俺の隣に座ったらいいだろう?」

「あ、はい」

 また、一臣様に笑われた。


「あ、申し訳ありません。さきほど、弥生様が座られていたところに、わたくしが座ってしまったから、困られていたんですね」

 樋口さんが申し訳なさそうに私に言うので、私も焦ってしまった。

「いえ。いいんです。全然、私は大丈夫です。それに…」

「はい」


 私はちょこっと隣に座っている一臣様を見て、

「隣も、いいなあって今、ちょっと喜んでいますし」

と、樋口さんに小声で言った。


「ああ、さようで…」

 樋口さんはそこまで言うと、くすくすと笑いだした。

「飽きないよな、こいつといると。そう思わないか?樋口」

「そうですね。楽しいですね、とても」


 私のことだよね。また、「飽きない」って言われた。でも、それは褒め言葉として受け止めておこう。


 紅茶を飲んだ。あ、本当に美味しい。水が違うとこんなに違うんだな。

 ふと、視線を感じて隣に座っている一臣様を見た。すると、なんだか優しい目で私のことを見つめていた。


「あの?」

「…いや」

 一臣様は、ゆっくりと視線を外し、それからソファから立ち上がった。


「仕事を再開するか。弥生、あんまり時間がないから、さっさと書類に目を通せよ」

「はい!」

 私も、テーブルの上を樋口さんと一緒に片づけ、また書類を黙々と読みだした。



 重役会議での資料は、やたらと小難しかった。簡単に要約すると、この前一臣様が言っていた、緒方財閥で問題になっている赤字の子会社のことと、優秀な技術者をどう育てるかってことのようだ。


 子会社だけでなく、経営不振の会社は他にもあった。驚いたことに、この緒方商事の経営も伸び悩んでいるし、緒方電気や、緒方自動車も、伸び悩んでいるといった感じだった。


「IT関係のほうに、もっと力を入れたいと思っているんだがなあ」

 一臣様がぽつりとそう言った。

「どう思う?弥生」

「ITですか?それでしたら、ソフトにもですけど、コンピューターのハードや、他にもいろんな細かい機械の技術に力を入れてみてはどうですか?」


「弥生。この資料をちゃんと読んだか?優秀な技術者を根こそぎ持って行かれたんだ。その後、ヘッドハンティングしたりしながら、どうにかまた集めたが、まだまだ足りていないし、今いる連中も、今までいたやつらに比べたら、優秀とは呼べないような連中なんだ。そいつらをどう育てていくかが、これからの課題なんだが、育つのを待っているだけじゃ、どうしようもないだろう?だから、他の事業を展開していくってことを今、俺は考えていて…」


「優秀な技術者だったら、たくさんいるじゃないですか」

 私はつい、一臣様の話の腰を折って、そう言ってしまった。すると一臣様は片眉をあげ、

「どこにだ」

と呆れた声で聞いてきた。


「工場です。緒方財閥には、たくさんの子会社や、工場がありますよね?」

「そこに、優秀な人材がいるっていうのか?」

 あ、まだ一臣様、呆れてる。


「一臣様!私がいた鉄工所、行ったことありますか?」

「いや。ない」

 私が思い切り、一臣様に顔を近づけ大きな声を出したからか、一臣様は少しのけぞり、声も小さくなった。


「みんな、すごいんです!特に工場長の腕は生半可なものじゃない。もう、神って呼んでもいいくらい!なんで、こんなに素晴らしい腕をしているのに、それをいかせないんだろうって、私、ずうっともどかしい思いもしていました」

「神?」


「それに、工場長の息子さん。設計とかがめちゃくちゃ得意で!こ~~んな小さなものまで設計できちゃうし、正確だし、緻密な計算から何から何まで、とにかく彼も神です」

「……そうそう、神、神って大げさだろ?」


「いいえ!それは、一臣様が見ていないから知らないだけです。見たら、「神技だ!」って、きっと叫んじゃいますよ!」

「……まあ、それは見てみないとわからないんだから、鵜呑みにするのはやめておくが…。だが、そうか。町工場や、子会社に、すごい人材が埋もれている可能性はあるよな」


「はい!製品開発だって、できるかもしれません。鉄工所にオーダーしてくる緒方機械。あそこにもいましたよ。時々、うちの会社に来て、羊羹食べながら話したんです。今度はこんなものを作ってみたらいいのにとか。その人、なぜか営業の人なんですけど、設計図書けるんです。それを鉄工所の工場長や息子さんが見て絶賛していました。なんで、営業なんかやっているんだ。今すぐ企画開発部に行けって」


「へ~~~。なんて名前の奴だ?」

「緒方機械の、営業2課の千川さんです」

「聞いたことのない名前だな。でも、珍しい名前だし、すぐにわかるだろう」

 一臣様は、手帳を出すと、そこに千川さんの名前を記した。


「他には?」

「え?」

「他にも優秀な人間をお前は知っているか?」

「はい」


「誰だ?」

「緒方製鉄ってありますよね。あそこの鶴見工場の工場長です」

「工場長?」

「それから、工場長の部下の方も」


「なんで知っているんだ」

「そことも取引があって、私、よくお使いで行っていたんです。集金にも行っていたし」

「それで?どんなすごい奴らなんだ」

「えっとですね。彼らの腕も素晴らしいんですよ。それに、人材を育てるのが、一流なんです。もう、神です」


「またか…。神はわかったから、どうすごいんだ」

「あそこの社員、みんなすごいんですよね。でも、初めからすごかったわけじゃなくって、研修とか、先輩たちの教え方が一味違ってて。私も一回、その研修を見せてもらったんです。これは、勉強になると思って」

「へえ。弥生が?」


「女性もいたので、一緒に受けられるものは受けました」

「研修を?工場の?」

「はいっ。面白かったです」

「なんとなく、お前が喜びそうなのはわかる。それで、一味違っていると思ったのか」


「他の研修を受けたこともないし、だから私は比べられなかったんですが、卯月お兄様や、葉月に聞いたら、相当変わっているねって。でも、素晴らしい研修だから、うちでもそれをやってみるって言ってました」

「へえ。それはかなり、興味があるなあ」

「技術者を育てるのに、役立つかもしれません」


「そうだな…」

「はい!」

「………」

 一臣様は、なぜか私を凝視した。


「お前、今日の会議、しっかりと聞いていろ」

「はい」

「それで、何か感じたことがあったら、メモっておけ。それで、俺に報告しろ」

「はい」


「それから、今言っていたこと、全部すぐに調べさせる。今後、もしかすると、お前にかなり協力してもらうかもしれない。その時は頼んだぞ」

「はい?」

「お前、その辺の役員や、重役より、ずっと役に立つ。あいつらは、無駄に給料もらってるだけで、頭固いし、考え方が古いし、保守的だし…」


「えっと…?」

「ははは」

 また、笑われた。

「樋口、誰か、優秀な若手のアドバイザー用意してくれ。こいつと気が合いそうな、頭が柔軟で、フットワークが軽い奴だ」

「はい、かしこまりました」


「えっと?」

「お前、秘書だけやってたらもったいないな」

「え?」

「秘書の仕事、とっとと覚えたら、俺の補佐だ」


「補佐というと?」

「俺が副社長になったら、お前は副社長補佐だ。いいな?」

「………え?」

 いえ。よくわかっていません。なんで?


 一臣様はにこにこしながら、書類を片づけ、

「会議に行くぞ」

とそう言って、スーツの上着を着た。そして颯爽と、ドアを開け行ってしまった。


 あわわ。私も慌てて追いかけた。樋口さんがドアを開け、私を待っていてくれた。

「さすがです、弥生様」

 樋口さんは廊下を歩きながら、そう言った。


「何がですか?」

「くす」

 あ、樋口さんにまで笑われた。


 とにかく、重役会議、しっかりと聞いておけってことだよね。うん。

 私が何か役に立てるなら、もう、頑張って聞いちゃう!

 そう意気込みながら、14階の会議室に入った。


 が、そこで、思い切り私を睨む葛西さんがいて、気持ちは一気に沈んだ。

 なんか、怖い。親の仇ぐらいの目で見られた気がする。あんなに、怖い人だったっけ?


 それも、葛西さんは一臣様にべったりとまた寄り添い、耳元で何か話して、そして会議室を出て行った。

 あれも、もしかすると、私に対しての当てつけなのかな。それとも、いつものことなのかな。

 一臣様は、特に葛西さんがべったりくっつこうが、気にする様子はない。耳元で話をされても、表情も変えず聞いている。


 だったら、私もあんなことしてもいいの?

 と、一瞬考えたけど、「近い!」と怒られるだけのような気がして、その考えは自分の中で却下した。


 もしかすると、一臣様と葛西さんの間にも信頼関係があるのかもしれない。だから、あんなふうにされても、一臣様は怒りもせず、気にも留めないのかもしれない。


 会議が始まった。私は一番後ろの壁際に椅子を置いて、目立たないようにして会議の内容を聞いた。そりゃもう、一言一句聞き逃さないように。


 一臣様は、特に何かを提案することもなく、ただただ、会議を聞いているだけだ。

 一臣様の横にいらっしゃるのは、多分、社長だ。初めて見たかもしれないのに、どこかで見たことがあるような、そんな変な感じがした。


 一見、怖そうだ。でも、一臣様に似ていて、ハンサムだ。きっと、一臣様も年と共に、あんな感じのダンティさを醸し出すようになるんだろうな。


 役員、各部署の重役たちは、特に意見を言うわけでもなく、寝てるんじゃないの?って言う人もいた。

 部長クラスの人は、40代前半。かなり勢いよく、熱く語っている人もいたが、その人に対して、社長が一言二言、質問をするだけで、その部長は勢いをなくし、一気に自信まで無くしていくように見えた。


 それだけ、社長の質問は手厳しく、そして威圧的だ。あれじゃ、熱くなっている人も、すぐに熱を冷まされてしまう。

 最後の最後に、社長は一臣様に、

「お前の意見を聞こう」

と、静かにそう言った。


 一臣様は席を立った。そして、静かに会場全体を見回した後、話しだした。

「もう、今までの古い考えも、保守的な考えも、どんどん変えて行かないと、緒方財閥は変わらない。いや、衰退するばかりだと思います」

 一臣様の口調ははゆっくりだが、とても重々しかった。


「関西と海外に進出するプロジェクトは、確実に進んでいます。上条グループと言う、今一番勢いのある会社が、我が社と提携を結ぶので、これを機に、緒方財閥も一新しようと思っています。これからは新しいことにどんどん挑戦して、取り入れていきますので、皆さん、そのおつもりで…」

 一臣様がそう言うと、少し年配の役員たちはざわついた。だが、若手の部長クラスの人たちから、なぜか拍手が起こった。


 一臣様が椅子に腰掛けると、今度は社長が話し出した。

「世代交代だな。我々のような古い考え方は、もう緒方財閥にはいらないようだ。それは、役員の皆さんにも、ご理解いただきたい。これからは、私ではなく、息子の一臣が先頭に立ち、この緒方財閥を変えていく。いいな?一臣。責任は重大だ。だが、任せたぞ」

「………はい、社長」


 一臣様は、はいと答えるまで間を開けた。きっと、相当なプレッシャーを感じたんだろう。一瞬だけだけど、眉間にしわが寄った。


 だけど、今はとてもクールな顔つきで、平然として見える。

 それから、一臣様は私を見た。目が合った!


 一臣様、ファイトです!私がいます!そんなことを思いながら私は一臣様を見た。すると、一臣様の顔が一瞬にして和らいだ。


 そして和らいだ声で、一臣様は、

「今日の会議は、これで終わります」

とそう言った。





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