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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 フィアンセのいろいろな顔
33/195

~その4~ 一臣様のお城

 父が帰って行ってから、私はお茶を片づけに行こうと応接室を出ようとした。だが、一臣様に呼び止められた。

「弥生」

「はい…?」

 

 ちょっと怖い顔している。あ、もしかして、あれかな。私が一目ぼれなんてしたから、婚約する羽目になっちゃって、怒っているのかな。


「あの…?」

「まあ、また今度ちゃんと話す」

「えっと?何か怒っていますか?もしかして、私が一臣様に一目ぼれしたことを怒っていますか?」

 恐る恐る聞いてみた。


 すると一臣様は、こっちをぎらっと睨み、

「ああ、そうだな。お前が俺に一目ぼれなんかしなかったら、お前と婚約する羽目にはならなかったからな」

といつもの俺様口調でそう言い放った。


「すみません」

 深く頭を下げると、

「まあ、いい。上条氏は俺とお前の婚約をどうするかはわからなかったが、親父はお前と婚約させたがったと思うしな」

と、優しい声になった。


「え?」

「緒方財閥のためにな。念のため他の婚約者の候補を、今日調べてみたんだ。そうしたら、上条グル―プが一番、緒方財閥に利益を盛たらす会社だったってことがわかったからな」

 念のためって、なんの「念のため」?


「だから、お前が俺に惚れていようがいなかろうが、婚約することになっていた、どの道な」

「………じゃあ、あの」

「なんだ」

「私って、ものすごく幸せなんじゃ」


「なんでだ」

「だって…。どっち道、一臣様と婚約することになっていたなら、その婚約者を好きになれたってことは、すごく幸せ者なんじゃないかって、ふと、今思って」


「…そうだろうな。ものすごく幸せでめでたい人間だよな」

 めでたい?

「良かったな。お前にとっては俺が相手で」

「はい。一臣様で本当に良かったって思います」


「……本当にそうだな」

 一臣様は独り言のようにぼそっとそう言ってから、どこか遠くを見た。


「あの?」

「あ、ああ。なんでもない。もう、下がっていいぞ」

「はい。失礼します」

 私はお茶碗を乗せたお盆を持ち、応接室を出た。それらを洗って片づけてから、秘書課に戻ると、秘書課の人たちがいっせいにこっちを睨んだ。


「遅いわね。お茶を出すのに何時間かかっているの?」

 大塚さん、特に目つきが怖い。

「すみませんでした。あの…」

 まさか、父が来てて、なんて言えないし、ここはどうしたら。


 ガチャリ。その時、秘書課のドアが開き、樋口さんが入ってきた。

 樋口さんだ。う。思わず、助けを求めるところだった。いけない。自分でここは、なんとか切り抜けないと。


「上条さん。先ほどは、こちらの仕事をいろいろとサポートしていただき、ありがとうございました」

 突然樋口さんが私にそう言って来た。

「え?はい」

 サポート?あ、父のことかなあ、もしかして。


「樋口さんから仕事を何か、頼まれていたんですか?」

 大塚さんがそう私に聞いた。

「そうです。上条さんが秘書課に戻るのが遅くなったのは、私の仕事を手伝ってもらっていたからですが、何かその間に問題でもありましたか」

 私の代わりに樋口さんが答えてくれた。


「いえ。何もないです。すみません」

 大塚さんは可愛い笑みを浮かべてそう言うと、自分の席にと戻って行った。

 ああ、さすがだ、樋口さん。ちゃんとフォローしてくれたんだ!


「上条さん」

「はい?」

 樋口さんがまた、私を呼んだ。

「何か仕事は、葛西さんから指示されていますか?」


「いえ…。あ、大塚さんから聞くようにと」

「そうですか。では、大塚さんは葛西さんから何か指示を受けていますか?」

「それが、特には。樋口さん、上条さんはまったくの秘書の仕事は新人ですよね。何からしてもらったらいいでしょうか。さきほども、上条さんは失敗をしてしまって、一臣様にお叱りを受けたばかりで」


「…では、午後から会議がありますから、その手伝いをしていただきましょう。上条さん、午後の会議は重役会議なので、資料も厳重に扱わないとならないものです。ですからこれから、15階に移って仕事をしていただきます」

「はい、わかりました!」


 私は、樋口さんのあとを意気揚々とついて行った。15階に樋口さんと行くと、樋口さんはフカフカの絨毯の廊下を進み、

「ここです」

と言って、ドアに自分のIDカードをかざした。


 ドアから中に入ると、そこは受付のようになっていた。デスクには葛西さんが座っていて、その横には、黒い布張りのソファと、ピカピカに磨かれた黒光りしているテーブルが置いてあり、デスクの後ろには、大きな棚があり、たくさんのファイルや本が並んでいる。


 そして、その部屋の奥に、もう一部屋。見るからにお偉いさんが中にいるんだろうなって言う感じの、重厚そうな扉。こちらの部屋と向こうの部屋の間にある壁は、かなり厚そうだし、もしかすると、その部屋は防音の部屋かもしれないっていうのがわかるくらい、重々しそうな雰囲気が漂っている。


「上条さん、何か用事ですか?」

 怪訝そうな顔で葛西さんが言った。

「え、あの…」

「樋口さん、なぜ上条さんのような秘書課の新人を、15階に連れて来たんですか?」


「午後の会議の資料は、こちらにありますか?」

「いいえ。ちゃんと一臣様のお部屋に入れてあります」

「一臣様は、お部屋にいらっしゃいますか?」

「はい、お戻りになられました」


 え?っていうことは、あの、重厚そうな作りのドアの向こうに、一臣様のお部屋があるってこと?!


 樋口さんは、デスクの上にあったスピーカーのようなものに向かって、

「樋口です」

とそう告げた。


「入れ」

 一臣様のこもった声が、そのスピーカーから聞こえた。あ、これって、インターホーンかな。


「失礼します」

 ドアを開け、樋口さんが中に入った。私もそのあとに続こうとしたら、思い切り腕を葛西さんに引っ張られた。


「痛い…」

「あなた、何しているの」

「え?」


「一臣様のお部屋には、私と樋口さん以外の秘書は入れないのよ。そもそも、この階に来れるのも、私と樋口さんだけ」

 ものすごい怖い顔で睨みながら、そう葛西さんは言った。


「あ、そうなんですか?すみません。知らなかったもので」

 ドアは私の前でパタンと閉まった。私はそのドアの前で、どうしたらいいかわからず、呆然としてしまった。


「なんで樋口さんは、あなたなんかを15階に連れて来たの。あ、何かしでかして、あなた、一臣様に怒られたわよね?まだ、許してもらえていないの?あ、まさか、樋口さんまで巻き込んでいるんじゃないでしょうね」

「いえ。あれはもう、解決しているっていうか、終わっています。ちゃんと」

「じゃあ、なぜ」


「仕事を樋口さんが、私に…」

「え?」

「午後の会議の資料の手伝いをしてほしいと言っていたので…」

「午後の会議は、重役会議なの。その資料をまったくの新人に任せるわけないじゃないのよ」

 葛西さんの顔、もっと怖くなった。


 その時、ガチャリとドアが開き、

「上条さん、これが会議の資料です。これは、15階からはもう、会議まで持ち出せませんので、ここで目を通していただけますか」

と樋口さんが私に言った。


「樋口さん?なぜ、上条さんがその資料を?」

「重役会議には、上条さんも出席していただくので」

「なぜですか?わたくしですらその会議には、中に入ることは許させていません。樋口さんだけではないですか、許されているのは」


 ガチャリ。

「あ、一臣様」

 葛西さんが一臣様を見た。

「樋口さんが、わかのわからないことを申しております」


「ああ、上条には午後の会議に出てもらう。そのために、資料に目を通してもらうが…」

 一臣様は、クールな口調でそう言うと、

「中に入れ」

と私のほうに向かってそう言った。


「は?一臣様?なぜ、上条さんを?」

「説明は後だ。俺もまだ、目を通さないとならない資料がたくさんある。葛西は、14階の会議室にプロジェクターを用意しておけ」


「ですが」

 葛西さんが何か言おうとしたが、一臣様は無視して樋口さんに向かって話しかけた。

「樋口、上条氏をちゃんと、送って行ったか?」

「はい。エントランスまでお送りました」


「車は?ちゃんと呼んだんだろうな」

「それが、寄るところがあるので、結構ですと断られまして」

「……そうか。まさかと思うが、電車で帰ったりしないよな?弥生」

「え。えっと、父はたまに、電車を使うことも…」


「そうか。上条グループの社長の行動はお前と同じくらい計り知れないな。まあ、いい。樋口、昼飯もここで食うことになりそうだ。何か用意してくれ。あ、弥生は弁当でも持って来てあるのか」

「いえ。今日は何も…」


「じゃあ、樋口、弥生の分も頼む」

「かしこまりました」

 樋口さんはそう言うと、さっさと受付を出て行った。


 でも、葛西さんはまだ、目を見開いたまま、立ちすくんでいる。

「葛西、14階の会議室に行けと言ったはずだが?」

「か、上条さんって言うのは、まさか、上条グループの」


「え?」

「樋口さんが送られたのは、上条グループの社長ですよね?」

「そうだ。午前中にお見えになっていた。お前がアポを受けたんだから、そんなことはわかっていただろう?」


「その…。そちらの上条さんは、まさか、上条グループの?」

「ああ、そうだ。ご令嬢だ。俺の婚約者だ」

「………」

 う…。葛西さんの目が、スローモーションのように徐々に見開いていった。そして、怖いくらい、大きな目をして、私を見ている。


「葛西。早く会議室だ。それが終わったら、休憩にしていいから」

「……はい」

「弥生、お前はここで会議まで缶詰だ。あと、2時間しかない」

「え?」


「資料、全部に目を通せ。かなりあるぞ」

「は、はい」

 私は慌てて一臣様と一緒に部屋に入った。


「うわ」

 一臣様のお部屋は、やっぱり、一臣様のコロンがした。

「あ!まずい。言い忘れた」

 突然、一臣様はそう言うと、部屋を一目散に出て行ってしまった。


「何かな?」

 わからないけど、どれが会議の資料かもわからず、勝手に触っても怒られるだろうから、一臣様が戻られるのを待つことにした。


 その間に、私は部屋を見回した。部屋は予想を超えるくらい広かった。大きな窓、その前には大きなデスク。その前には応接セット。大きな3人掛けくらいのソファと、長細い低めのテーブルが置いてある。そのテーブルの手前には、一人がけのソファが二つ。


 壁際にはずらりと棚が並び、本、ファイル、そしてお酒の瓶も並んでいる。

 それに、大きめのスピーカーやテレビも棚に置いてある。


 そして、反対側の壁には、大きな絵が飾ってあり、低めのチェストの上には、コーヒーメーカーとポットが置いてある。その奥にあるのは、小さめの冷蔵庫。黒くてモダンなデザインだ。

 どことなく、色合いや雰囲気は、お屋敷の一臣様の部屋に似ている。


 もう一つ奥に部屋があるようで、ドアが開いていたので覗いてみた。あ。洗面台だ。

 それに、シャワールームだよね、あれ。シャワーもここで浴びれるのか。ガラス張りのシャワールームなんて、外から丸見え。っていっても、こっちの部屋には窓がないから、誰にも見られることはないんだな。

 バスローブやバスタオルがかかっていて、その横に小さめの個室。あ、多分、トイレ。


 それに、クローゼットもかなり大きめ。中に何が入っているかわからないけれど、もう、ここに住めちゃうかもっていう雰囲気だ。


 そうか。この部屋に来たら、なんでも揃っちゃっていて、朝、ここでくつろいで、コーヒーを飲むことも、朝食をのんびりと食べることもできるんだなあ。だから、お屋敷でわざわざ、コーヒー飲んだり、朝ご飯を食べたりしないのかもしれない。


 自分のオフィスで仮眠することもあるって、前に言っていたっけ。この、大きなソファで寝ているのかな。


 ガチャリ。

「弥生?」

 一臣様の声がして、私はシャワールームのある部屋から、隣の部屋に顔を出した。

「あ、なんだ。部屋を勝手に覗いていたのか」


「すみません。ドアが開いていたから」

「まあ、いい。で、どうだ?俺のオフィスは」

「すごいですね。あのガラス張りのシャワールームとか、すごくかっこいい」


「俺がシャワー浴びている時、覗くなよ」

「覗きません!」

「それから、お前もそこは使っていいぞ。トイレもあるし、ここは便利だぞ」

「ですよね。すごいですね…」


「ああ、俺の城みたいなもんだ」

「……」

 私は黙って部屋をもう一回見まわした。


「一臣様のお部屋よりも、ちゃんと整頓されていますね」

「一応職場だからな」

「お客さんが来られることもあるんですか?」

「まだないな」


「整頓は一臣様が?几帳面なんですね」

「いや。樋口と葛西に任せてある」

「葛西さん?」

 ああ、思い出した。この部屋は葛西さんと樋口さんしか入れないって。


「秘書課では葛西さんと樋口さんしか、ここには入れないんですか?」

「そうだ。あの二人しか15階に来るカードキーは持っていない」

「……」

 なんか、今、すごく複雑な気持ちになった。


 葛西さんはこの部屋に自由に出入りできて、一臣様の身の回りの世話をしたり、この部屋を綺麗にしたりしているんだ。

 ううん。もしかすると、もっと、いろいろと…。


 ……。駄目だ!今、思い切り変な想像をするところだった。

 まさか、葛西さんもあのシャワールーム使ったのかなとか、一臣様がシャワールームを使っている時に、覗いたりしたのかなとか。

 まさか、一緒にシャワー浴びるようなことが…。


 だ、だ、駄目だ。なんつう妄想をしているんだ。なんか、血の気が下がってきた。なんか、くらくらする。貧血?


「葛西にはちゃんと秘密にするように言ってあるから安心しろ」

 突然、私がくらくらしていると、一臣様が話しかけてきた。

「え?!なな、何をですか?!何を秘密?!」

 やっぱり、秘密にするようなことをお二人はしていたってこと?!


「お前が上条グループの令嬢で、俺の婚約者だってことをだ。他の連中が知ったら、ややこしいだろ」

「あ、はい」

 そ、そのことか。ああ、びっくりした。


「あ、でも、葛西さんにはなんで、ばらしちゃったんですか?」

「そっちのほうが、あれこれ詮索されずに済んで、面倒くさくないだろ?」

「……はあ」

 詮索?


「さて。昼飯が来るまで、仕事に専念するぞ」

「あ、はい」

 私はソファに腰かけ、一臣様から渡された資料を読みだした。一臣様は自分のデスクの椅子に座り、他の書類に目を通しだした。


 ふと、一臣様を見た。

 あ、なんか、本当にお屋敷の一臣様のお部屋にいるみたいだ。


「なんだ?」

 いつもながら、すごいなあ。なんだって、私が一臣様を見ていると、わかっちゃうんだろう。

「すみません。なんだか、お屋敷の一臣様の部屋にいるような、そんな気になって」

「ああ、そういえばそうだな」


「……ちょっと、嬉しかったっていうか」

「屋敷の俺の部屋が好きなのか?」

「はい。好きです。なんだか、落ち着くっていうか、安心するっていうか」

「そうか…」


 一臣様は静かにそう答えると、また書類に目をやった。そしてこっちを見ないで、

「お前は不思議だな」

とぽつりと言った。


「え?」

「そこにいるのに、あまり存在を感じさせない」

「えっと。存在感が薄いとか?」

「いや。ある。存在感はある。だが…」


 また、一臣様は顔をこちらに向けた。

「ああ、そうか。違和感っていうか、威圧感がないんだな」

「威圧感?」

「すっと、溶け込むように自然になじんでいる。俺の空間に」


「一臣様の空間?」

「俺の部屋だ。今も、屋敷でも…。お前がそばにいても、空気が和んでいて、居心地がいい。だから、お前がいてもまったく気を使わないで済む」


「……」

「ふ…」

 一臣様は静かに笑うと、また書類のほうに目をやり、

「そのへんで、寝ていたりする猫みたいな感じだよな」

とそう言った。


 猫…。

 やっぱり、ペット止まりなのね、私って。


 でも、そう言ってくれるのは嬉しかった。



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