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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 フィアンセのいろいろな顔
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~その2~ いざ、秘書課へ!

 今日から、秘書課での勤務だ。かなりの緊張だ。


 す~~、は~~~。

 深呼吸をして気を引き締め、秘書課のドアの前まで来た。


 すると、葛西さんが大きくて分厚いスケジュール帳や、ファイルを持って秘書課の部屋から出てきた。

「あ!おはようございます」

「上条さん。おはようございます」


 葛西さんは笑うこともなくそう言うと、

「秘書課では、朝早くから仕事がありますから、もっと早めに来ていただけませんか?」

と、クールにそう言った。

「すみません」


 私が頭を下げると、葛西さんはまたクールに話しだした。

「今から一臣様と、今日1日のスケジュールや仕事のことで打ち合わせがありますから、私は15階に行ってきます。上条さんは中に入って、大塚さんからの指示に従ってください」

「はい」


 大塚さんって、あの、大塚さんかあ。それにしても、葛西さんはいいなあ。いつも一臣様のお部屋に行って、仕事しているんだ。

 私はいったいいつ、15階の一臣様の部屋に行けるんだろう。

 っていうか、私、いつ一臣様に会えるのかなあ。


 ドアの前で、もう一回深呼吸した。そして、気合を入れ直し、

「おはようございます」

と元気に言いながらドアを開けた。


 だが、誰も挨拶を返さず、それどころかちらっとこっちを見ただけで、またデスクに向かって仕事を始めてしまった。


「あの…」

 大塚さんのデスクの前に行き、

「葛西さんから、大塚さんの指示に従ってくださいと言われたのですが」

と、小声でそう言った。


「ちょっと待っててもらえます?忙しいんです。そこの開いている席が上条さんの席。デスクの上にある郵便物、封を開けておいてください」

「はい」

 私は空いているデスクに座った。デスクの上には、山盛りの郵便物が置いてあった。


 私のデスクは、部屋の片隅。一番端で、ドアのすぐ横にある。後ろには棚やホワイトボード。

 私はしばらくの間、ひたすら封を開け続けた。すると、

「ちょっと!何を勝手に開けてるの!それは、個人名が書いてある封筒だから、勝手に開けちゃ駄目じゃない!」

と、隣にいる人にいきなり怒鳴られた。


「え?でも今、大塚さんから開けておいてって…」

「上条さん。そのくらいわかるでしょう?あなた、庶務課で何をしていたの。まさか、毎日トイレのつまりを直していたわけ?」 

 大塚さんがそう言って、意地悪そうな笑みを浮かべた。すると、周りにいる人たちも、くすくすと笑った。


 こ、怖いかも。なんか今、ものすごい嫌味も言われた気がする。

 こういう人たちって、どんな対応をしていいかわからないから困る。


「すみませんでした。えっと、ダイレクトメールは開けちゃ駄目なんですね?」

「そうよ。秘書課宛のだけにしてくれる?」

「はい」


 ああ。そういうものなのか。封を開けておいたら、みんな見やすいから開けたほうがいいのかと思っちゃった。それが秘書の仕事かと思ったけれど、個人宛のものはやっぱり、勝手に開けちゃいけないんだなあ。

 私、今、誰宛のを開けたのかな。

 ああ…一臣様のだ。ちょっと、ホッとした。社長とか副社長じゃなくて良かった。


「これ、誰宛のだったの?」

 大塚さんが私の席にまで来て聞いてきた。

「え?あ…。一臣様のですけど」

「ええ?!」


 大塚さんが目が飛び出るくらいに大きく目を見開いた。周りの人も、

「嘘!」

とびっくりしている。


「どうするの?大塚さん」

 大塚さんに、誰だかわからないけど、一人の人が聞いた。その人も、綺麗でひらひらのブラウスを着て、短めのスカートのスーツを着ている。

「どうするって言われても。私の失敗じゃないし」

「だけど、葛西さんに、大塚さんの指示に従うようにって言われたんでしょ?それ、大塚さんの責任になるんじゃないの?」


「だったら、葛西さんのほうが…」

 責任のなすり合いかなあ。こういうのも苦手。

「あの、私が謝ります」

 私はそう大塚さんに言った。

「誰に?葛西さんに?だけど、葛西さんは一臣様に叱られることには変わらないのよ。あなたの失敗のせいで!」

 大塚さんが睨むような目でそう言って来た。


「いえ。私が直接、一臣様に謝ります。開けてしまったけど、中までは見ていないし」

「え~~~!!」

 秘書課にいる人全員が声をあげた。


「か、上条さん。君、まだこの会社に来て日が浅いんだよね」

 秘書課にいる数少ない男性社員が、こわごわ声をかけてきた。

「だから、わかっていないんだろうけど、一臣様に直接謝るなんて、僕たちには考えられないことだよ」

 何歳くらいかな?七三に分けて、メガネをかけていて、年齢不詳な人だ。


「怒られるからですか?」

「そ、そうだよ。一臣様を怒らせたら、本当に怖いんだよ?即、クビかも」

 秘書課でも怖がられているんだなあ。


「いいじゃないですか?責任を取って、ちゃんと上条さんに謝ってもらいましょうよ」

 さっきまで怖い顔をしていた大塚さんが、また笑みを浮かべながらそう言った。

「だけど、上条さんが一臣様に会うことすらできないと思うけどなあ」


「あら。今日は午前中、14階の応接室で、一臣様はお得意様とお会いすることになっていますよ。湯島さん、ちゃんと一臣様のスケジュール、把握しておかないと駄目じゃないですか」

 ますます、大塚さんの微笑は増した。それも、意地悪っぽい微笑だ。


「そこで、上条さんに謝らせるのかい?」

「ええ。この手紙を持って行って、謝ってもらいましょうよ。だって、本人がそう言いだしたことですから。ねえ?上条さん」

 悪魔の微笑だ。いや、小悪魔なのかな?こういうのがもしや、男性は小悪魔って言って、好きだったりするのかな。


「わかしました。責任もって謝りに行きます。えっと。でも、いつ頃行ったらいいですか?」

「アポイントは、10時。あと30分後です。いつも一臣様は時間よりも10分前にはいらっしゃいますから、もう少ししたら、この秘書課の部屋の隣にある応接室に行ってみたらどうですか?」

 大塚さんではなく、隣の席の人がそう言って来た。


 さっき、思い切り怒鳴ってきた人だ。見た目も綺麗だけど、怖そうな人だ。話し方も、早口でちょっと怖い。

「はい。わかりました」

「大塚さんか、湯島さん、一緒に行った方がいいんじゃないですか?さすがに今日来たばかりの上条さんが誰なのかも、一臣様はお分かりにならないかもしれませんし」


 隣の席の人がまたそう言った。

「そういう江古田さんがついて行ったら?一臣様にお会いになれるチャンスよ」

 大塚さんはまだ笑みを絶やさない。

「いえ。わたくしはまだ、秘書課に来て2年目ですし、出過ぎた真似だと怒られるだけですので」

 

 え?2年目?!すごく貫録あるのに。この秘書課で誰よりも怖そうな雰囲気あるし。

「仕方ないわね。じゃ、私が一緒に行くわ。でも、指示はちゃんとされたって、あなた言ってよね?その指示にきちんと従わなかったって」

 え?そんな嘘を?

 いやいや。やっぱり、私の不注意だったんだから、ちゃんと謝らないと!


 一臣様、怒るかな。また、雷落とされちゃうかしら。でも、会えるのは嬉しい。

 あ、ダメダメ。仕事と私用をごっちゃにしたら。

 でも、嬉しいものは嬉しい。


 大塚さんと秘書課の部屋を出た。そして、応接室のドアを大塚さんがノックした。

「誰だ?」

「大塚です。一臣様、今、よろしいですか?」

「急用か?」

 一臣様の声!なんだか、久々に聞いたような気になって来ちゃう。


「秘書課の新人が、謝りに来ました…」

 新人、私のことか!

「新人?」

 一臣様も、私だってぴんと来たのかな?


 ガチャ…。ドアが開いた。ああ。一臣様だ。今日は明るめのグレイのスーツだ。そのスーツも似合っていて、麗しい。

「謝りに?」

 一臣様は大塚さんではなく、私のほうをぎろっと見ると、

「もう、なんかへましたのか」

と聞いてきた。


 う…。もう声が呆れてる。お前、何したんだよっていう顔もしている。

「申し訳ありません。新人の上条が、謝りたいと申しておりまして…」

 大塚さんは頭を下げてそう言うと、私の背中を押した。


「あ。あの…。申し訳ありませんでした。一臣様へのダイレクトメール、封を開けてしまいました」

「……」

 私は頭を下げたままそう言った。でも、一臣様がまったく声を発していないので、不思議に思い顔をあげた。


「どこからの手紙だ?」

「え?えっと…」

 私は慌ててひっくり返した。すると、一臣様は私の手から封筒を取り、

「中までは見ていないのか」

と、とても冷静に聞いてきた。


 あれ?怒ってないのかな。もしや…。

「はい。見ていません」

 そう言うと、隣で大塚さんが私の腕をつっつきながら、

「上条さん、ちゃんと謝らないと」

と言ってきた。


「え?」

「私の指示に従わず、勝手に開けたって…」

 う…。勝手に開けたことは開けたけど…。


「あの、申し訳ありませんでした。私、個人宛の封書を開けてはいけないと知らなかったので、開けてしまって」

「……」

 う。一臣様、無言だ~~~。

「えっと…」


「俺のだとわかっていて、開けたんじゃないのか?」

「違います」

「あほ!!」

 うわ。怒られた!すると隣で大塚さんが、俯きながらにやっと笑った。


「これが俺以外のだったらどうするんだ。たとえば、社長のだったりしたら…。まあ、親父宛の郵便物は、15階の親父の秘書のもとに届くようにはなっているけれど」

 そうなんだ。ちょっとホッとした。


「大塚。こいつは庶務課にいたし、何も秘書の仕事を知らないんだ。一から教えてやってくれ」

「え?はい」

 俯いていた大塚さんは顔をあげ、びっくりしながらそう答えた。


「そうだ。ちょうどいい。葛西が午後の会議の資料を作るのを一人でしているから、大塚はそれを手伝いに行ってくれ。今、コピーを取りに行っている」

「はい、かしこまりました」


「それから、や…。新人。お前はもう少ししたら得意先が来るから、お茶を出してくれないか」

「え?わ、私がですか?」

「ああ。上条グループの社長が来るから」

「え?!」

 父が?!そんなこと、今朝言っていなかったのに。


「わたくしがお茶を出す方をいたしましょうか、一臣様」

 大塚さんがそう申し出た。

「いい。大塚は早くコピー室に行ってくれ」

「はい」


 大塚さんはそう言うと、クルリと後ろを向き、コピー室に向かって行ってしまった。

「弥生…」

 一臣様は、私の腕を掴み、応接室に私を入れた。


「はい?」

「どんなへまをしたかと、ヒヤヒヤしたぞ」

「すみません」

「まあ、このくらいで良かったけどな」


「怒っていないんですか?」

「え?そうだな。他の奴が同じことしたら、雷落としていたけどな」

「え?なぜですか?私だとなんで怒らないんですか?」

「お前、俺の秘書だし」


「?」

「婚約者だし」

「?」

「次期社長夫人なんだから、仕事の文書なら、特に見ても差し支えはないぞ」

 え?


「とはいえ、他の秘書の手前、ちゃんと怒ったほうが良かったか」

「あほって怒りました」

「ああ。いつもなら、あの10倍は怒りまくる」

 10倍?!そりゃ、みんな怖がるわけだ。


「あの、お茶の用意をしますね」

「ああ。お前の父親だ。お茶でもコーヒーでも、上条氏が喜ぶものを入れてあげてくれ」

「はい。じゃあ、しぶ~~いお茶を」

「渋いお茶が好きなのか?」

「はい。あ、一臣様はコーヒーがよろしいですか?」


「俺も渋いお茶でいいぞ。どんなに渋いのか飲んでみたいしな」

「はい!」

 私はお茶の準備を始めた。すると、一臣様は私の隣に来て、

「実家はどうだ?」

と聞いてきた。


「如月お兄様と、卯月お兄様もいました。それで、父と如月お兄様が揉めていました」

「ふん…。それで、急にお前のお父さんが、会いたいって言って来たのか」

「そうなんですか?え?昨日ですか?」


「そうだ。だから、スケジュールを変更して、会うことにしたんだ」

「すみませんでした。父のために…」

「いや。わざわざ、上条グループの社長にご足労かけてしまうんだから、こっちこそ申し訳ない」


「あの。父はなんでまた、一臣様に会いに?」

「さあな。やっぱりいきなり実家に帰ってきたりしたから、心配になったんじゃないのか」

「すみません。兄が言いだしたことなのに。一臣様のせいでもなんでもなくって、一臣様には迷惑ばかりかけてしまってて」


「……あほ」

 あれ?また「あほ」って言われた。

「えっと?」

「お前が謝ることじゃない。とりあえずお前は、秘書課でへましないよう、頑張って仕事をしていたらいい」

「はい」


 一臣様の口調、さっきから優しい。

 私はほんのちょっとだけ、一臣様に近づいた。あ、一臣様のコロン…。キュン!これを嗅ぐと胸がキュンってなる。


「おい。もう俺が恋しくなったわけじゃないだろうな」

「え?!」

 うっとりとしていたら、一臣様に呆れた声でそう言われた。


「なんでわかったんですか?」

「あはは。本当に恋しくなっていたのか?」

 笑われた…。


「おかしいですよね?一昨日だって会ったのに、もう会いたくなっちゃうなんて」

「………そうだな。相当なストーカーだな」

 え~~~?!

「そんなで、ちゃんと琴の練習はできていたのか?」


「しました。めいっぱいしました。それに着付けの練習もしました」

「じゃあ、パーティでは、ばっちりだな?」

「はい!ばっちりです!もちのロンです!」

「ははは」

 また、笑った。


 嬉しい!一臣様が笑うたび、私の心は躍り出す。嬉しくて、パワーがドンドン湧いてくる。

「また、家に帰ったら猛特訓します」

「そうか」

「はい!」


「良かった。お前のへんてこりんでみょうちくりんなパワーは衰えていないな?」

「はいっ!パワー全開です。こうやって、一臣様に会えただけでも、充電できちゃいます」

「じゃあ、たまには14階に顔を出しに来ないとな」

「はい!」


「でも、俺に会うために、わざと仕事を間違えたり、へましたりするんじゃないぞ」

「は、はい」

 やばい~~。へまして怒られてもいいから、会えるのが嬉しいって思っていたの、ばれてるかも。


 でも、でもでも。なんだか、一臣様が優しくて嬉しい!


 やっぱり、私は一臣様と会うと元気になるようだ。それも、すごくパワーが出るようだ。どんなことにでも、負けないくらいの、そんなパワーが…。


 ただ、一臣様がそばにいる。それが嬉しい。と、その時にはそう思っていた。

 そして、ただただ単純に一臣様に会えることを喜んでいた。


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