~その3~ ビン底眼鏡のストーカー?
「遅い!」
ドアの向こうには、睨みつけるような目で私を見ている一臣様が立っていた。
うわ~~~~!会えた!やっとご対面だ!
嬉しい!!
一臣様は、ダークグレーのスーツに紺地のネクタイ。大学生の時よりもずっと大人びて見えた。
髪型も、学生の時は前髪をおろしていたのに、今は横になびかせている。もともと癖っ毛なのか、ウェーブがかかっていたが、短くなったウェーブの髪は、一臣様をさらにセクシーにさせた気がする。
ああ。相変わらずの麗しさ。いや、前よりももっと麗しさが倍増したかも…。
なんてうっとりと見ていると、
「遅い!庶務課から来るだけなのに、何分かかっているんだ!」
と、また一臣様が眉間にしわを寄せ、私を怒鳴った。
「すみません。いろいろとまだわからないことだらけで。今すぐに交換します。どこの蛍光灯ですか?」
「新人か?日陰さんは?」
「昼の休憩から戻られていなかったので、私が来ました」
「そこの蛍光灯だ。早くしろ。会議が始まる」
「はい」
脚立を持って移動して、私は脚立の上に乗った。そして天井にくっついている蛍光灯を外そうとすると、脚立がぐらついた。
「すみません!脚立を支えていてください」
「え?俺がか?!」
「はい。お願いします」
「…ったく。なんだって、背の低い女なんかがやってくるんだ」
ぶつくさ言いながら、一臣様は脚立をおさえた。
「今度はすみません。新しい蛍光灯を取ってください」
そう言って、私は古い蛍光灯を一臣様に手渡した。
一臣様は無言で古い蛍光灯を受け取り、それをテーブルに乗せると、新しい蛍光灯を私に手渡した。
「また、脚立、支えていてください」
私がそう言って、蛍光灯をつけようと背伸びをすると、グラッと脚立が揺れ、
「うわ!危ない!」
と慌てて一臣様が、脚立を支えた。
「あ、ありがとうございます!」
私はさっさと、蛍光灯をつけ、脚立から降りた。
「仕事が早いな」
「はい。慣れていますから」
「…慣れている?」
「はい。大学生の時に下宿していた先でも、よく交換していたんです」
「…お前、なんか見覚えがある」
うそ!覚えていてくれた?!
「はい!大学が同じです。私、大学の時はメガネをかけてて、髪もひとつにまとめていて」
そう言いながら、髪を手で後ろにひとつにまとめると、
「あ!思い出した!びんぞこメガネのストーカーだ!」
と、一臣様が青い顔をして叫んだ。
「ス、ストーカー?」
「いつも影から俺を見ていたよな!それに、お前、俺の吸ったタバコ、こっそり盗んだりしていたよな?!」
「あれは!」
バレてた?!
「後をつけてきたこともあったよな?!」
「な、なんでそれ、知っているんですか?」
「やっぱり!!!ストーカーがいるって言っているのに、周りの連中、お前のことずっとほっておいたけど、ここまで追ってきたのかよ?!」
え?
「気持ち悪い!」
う、うそ。ストーカー?
き、気持ち悪い?!
そ、そうじゃなくって。
そうじゃなくって。
そうじゃなくって、私は、あなたのフィアンセなんです!!!!
「お前、中途採用?どうやって入ってきたんだ。この会社に」
「コ、コネで」
「コネ?ストーカーにコネなんてあったのか?!」
するとその時、会議室のドアが開き、
「一臣様。今日の会議の資料、持ってまいりました」
と秘書らしき女性が入ってきた。
「ああ、プロジェクターも用意してくれ。それから、第一秘書の樋口を呼べ」
「はい」
秘書の女性はちらっと私を見た。
「庶務課の新人だそうだ。もう下がっていいぞ」
一臣様にそう言われ、私は脚立と古い蛍光灯を持って、
「失礼します」
と大会議室を出た。
「あの方、自分で蛍光灯を交換しに来たんですか?」
会議室の中から、秘書の声が聞こえた。
「そうだ。なんだか、変な奴が庶務課に入ってきた」
へ、変な奴?
グッサ~~~~~!
変な奴じゃないです。私は、フィアンセです!
一臣様のフィアンセなんです!
「それも、あの服装、化粧…。何から何まで変わっていましたね。大丈夫なんですか?あんな人雇って」
「いや。心配だ。ぜひ素性が知りたい。ああ、いい。それは樋口に任せる。君は早く会議の準備をしろ」
「はい」
しばらくドアの前で耳をそばだて聞いていた。すると、音もなく背後から誰かが近づき、
「失礼…」
と小声で後ろから声をかけてきた。
「う!」
うわ!びっくりした。でも、声を出したら中にいる一臣様に気づかれる!声を必死に抑えた。
「大会議室に用事ですか?」
声をかけてきた男性は、背がすらっと高くがっちりした体格をしていた。年の頃は、40…。いや、50代?表情を変えず、とても小さな声で話しかけてくる。
「あ、蛍光灯の交換に来ました」
「庶務課の方ですか?」
「はい。新しく入った上条です」
「上条…下のお名前は」
「上条弥生です」
「そうですか。自ら脚立を持って蛍光灯の交換ですか?」
「はい」
「では速やかに庶務課にお戻りください。あ、申し遅れましたが、私は秘書課の樋口と申します」
ああ、この人が樋口さん。あ、私の素性を調べさせるって、さっき一臣様が言っていた…。
「で、では。失礼します」
私は慌てて、業務用エレベーターに戻った。ああ、焦った。
それにしても…。
ストーカーって?す、ストーカーって?!!!
エレベーターに乗り、思い切り凹んでいると、またさっきエレベーターに乗ってきた宅配便のお兄さんが、今度は9階でカートにダンボールを二つも乗せて乗ってきた。
「あれ?また会ったね。蛍光灯は無事交換できた?」
「……はい」
「なんか暗いね。もしやヘマして怒られた?」
「いえ」
「新人だっけ?なんか、困ったこととかあったら、相談に乗るよ」
「は?ど、どうしてですか?」
「庶務課とはいろいろとよく会う機会があるんだよ」
「はあ…。えっと、宅配便の正社員の方?」
「いや。俺はバイト」
「え?」
「これでも大学生。あ、名前は久世将嗣。今、24歳」
24歳で大学生でアルバイト?自分でもしかして学費を稼いでいるのかしら。きっと大変なんだ。おうちが貧しくて…とか。
「あ、同じ年ですね。私は上条です」
「上条なに?」
「弥生です」
「弥生ちゃん?可愛い名前だね!ただ、一つだけ注意してもいい?」
「はい?」
「化粧が濃いのと、ちょっと、服のバランスが変かな?」
「え?!」
「今日、何時まで?俺、6時には上がるんだ。この近くで俺の母さん、ブティック経営しているから、そこでいろいろと服、見立ててもらうといいよ。俺も付き合うからさ」
「え?!ブ、ブティックなんて、行ったことないです!」
「君、緒方商事に務めたんでしょ?正社員?」
「はい」
「じゃ、もうちょっと服、気にしたほうがいいよ。あと化粧は、俺の姉さん、この先で美容院経営しているんだ。そこに連れて行ってやるからさ」
は?!苦学生ってわけじゃなかったのね?この人。っていうか、もしやボンボン?!
「じゃ。6時にこのビルの前にあるカフェで待ってて。ね?!」
チン!エレベーターが1階に着いた。
「じゃね。弥生ちゃん」
そう言って、久世将嗣さんはダンボールの乗ったカートを軽く押しながらエレベーターを降りていった。
「え?」
待って。どうしよう。男の人から誘われてしまった?!
あ、でも、行き先は、ブティックだの、美容院だので、そこにいるのは女性なわけだし、大丈夫かな。それに、秘書の人も、私の化粧と服装、変だって言っていたし。これはせっかくの親切をお断りするのは悪いよね?
そうだよ。素敵な女性になって、もうストーカーなんて一臣様に言わせないようにしないと。っていうか、ちゃんと一臣様の隣に並んでも絵になるような、そんな素敵女性にならないと!
「よし。頑張る!」
そう言いながら、私はまた脚立を片手に、庶務課に戻った。
「ただいま、戻りました!」
「ああ、ご苦労さま。ところで、10階の大会議室って、これから重役会議をするようだけど、社長や役員がいたんじゃないですか?」
臼井課長が、ほんのちょっと顔を引きつらせてそう聞いてきた。
「いえ。一臣様ならいらっしゃいましたけど」
「え!?」
臼井課長も、細川女史も、日陰さんまでが驚いている。
「あ、会っちゃったの?」
「え?はい」
「…そう。ああ、会う前に言っておくべきだったわね。あなた、ちょっと化粧と服、変えたほうがいいかも。でも、もう遅いわね」
「…やっぱり、変なんですか?」
「誰かに言われた?まさか、一臣様に?」
「いえ。秘書の女性の人に」
「一臣様の秘書っていうと、葛西さん」?
「名前までは…」
「そう。あなた、もうちょっとどこかで、服のセンスやら、化粧やら習ったほうがいいんじゃない?」
「あ、それでしたら、帰りにブティックと美容院に行く約束をしたので」
「え?誰と?」
「宅配便のバイトをしている久世さんって男性の方と」
「あ!久世君?!」
「はい」
「…あ、そ、そう」
「細川さんもご存知ですか?」
「え、ええ、まあね。庶務課は宅配便の手配もよく頼まれるから」
「あ、なるほど。それで!」
「そう。久世君がねえ…」
「久世さんは、大学生で宅配便のバイトまでしていて、学費とか自分で稼いでいるのかと思ったんですけど、でも、お母様がブティック経営していらっしゃるなんて…。もしやおぼっちゃまなんですか?」
「そう。大学も留年して、遊びほうけている。宅配便のバイトは、親のお金で遊びほうけたから、親からお小遣いをもらえなくなって、始めたようよ。でもねえ、いったいいつ大学卒業して、ちゃんと職に就くのやら」
「やっぱり、おぼっちゃまなんですね」
「次男坊だから、特に甘やかされたんじゃないの?長男はちゃんと、お父様のお仕事のサポートをしているみたいだけど」
「お父様ってどんなお仕事をしているんですか?」
「これよ」
いきなり細川女史は、自分の引き出しに入っていたファッション誌を出した。
「え?!」
「この服をデザインしたのは、久世君のお父様。聞いたことない?George・kuzeっていうブランド」
「あります。え?!あのGeorge・kuzeがお父様?っていうか、日本人なんですか?」
「そうよ」
「私、てっきり外国の人かと思っていました!」
「そうか。久世君がねえ…」
また細川女史がそう呟いた。
その横で、日陰さんが耳をすませていた。あ、臼井課長も今の話を、すました顔をして聞いていたな。
なんか、大ごとになりそう?まさか、一臣様の耳に入ったりして?私が一臣様以外の男性と親しくしたりしたら、怒られてしまうのかしら。
でも…。
「びんぞこメガネのストーカー」って言われちゃったし。あれはどう見ても、私が一臣様のフィアンセだってこと、知らないよね。
あ、今、ちょっと落ち込んだかも。そんなふうに思われていたなんて。だって、ずっと一臣様は優しく接してくれていたのに。
大学の時に見せた笑顔も、優しさも、さっきの一臣様からは感じられなかった。それどころか、
「気持ち悪い!」
とまで言われた。
そんなふうに私は、見られていたのか。
ズズ~~ン。
って、ダメ!沈み込んでいても仕方ない。やっぱり、ここは久世君のお母様やお姉さまのお力を借りて、素敵女性に変身しないと
待っていてください!一臣様。私は、私は、必ず一臣様にふさわしい素敵女性になって、名乗りを上げますからね!!!それまで、待っていてくださいね~~~~!!!!