~その15~ 素っ裸?!
目が覚めた。隣りには一臣様が寝ていた。
「あ、そうか。昨日は一臣様の部屋で寝て…」
あれ?お風呂に入ってからどうしたっけ?いつ寝たっけ?私…。
今日は一臣様、背中向けて寝ている。寝顔が見られないのは残念だ。でも、ちょびっと、一臣様の背中にひっついてもいいかなあ。
すすすと一臣様の背中に布団の中ですり寄り、一臣様の背中に顔をくっつけてみた。一臣様のシルクのパジャマ、さすがだ。すっごく肌触りがいい。
「おい」
え?起きてた?!
「襲ってきたのか?」
「ち、違います~~!」
「お前、昨日の会食で酒飲んだのか」
「飲んでいません」
「飲んだだろ?それでまた、寝たろ…」
「私が、昨日?」
そうか。それで寝たっていう記憶が飛んでいるのか。そう言えば、お風呂に入って…。で?
あれ?そこから記憶がない。
「外で酒は飲むなって言っただろ?」
一臣様はまだ背中を向けたままだ。怒っているのかなあ、もしかして。
「飲んでいません。トミーさんがカクテルを持ってこようとしていたけど、断りました」
「じゃあ、何を飲んだんだ」
「オレンジジュース」
「オレンジジュース?そんなのは昨日、用意されてなかったぞ」
「でも、テーブルの隅に置いてあって、確かにオレンジの味がしました」
「いや。昨日はソフトドリンクは、ウーロン茶だけだった。それは誰かが頼んで作らせた、オレンジリキュールのカクテルだろ」
うそ~~~!
「で、でも、お酒の味はしなくって、オレンジの甘酸っぱい美味しい味が…」
「たくさん飲んだのか?」
「いえ。半分くらい」
「そうか。だから、会場では寝ないで済んだんだな。それで、風呂入ってから気持ちよくなって寝たんだな?」
「…えっと。なんか記憶がまた消えてて。私、お風呂からあがって、寝ちゃったんですよね?」
「覚えていないのか。ああ、そうだろうな。グースカ寝てて、どんなにゆすっても、ほっぺたひっぱたいても、起きなかったもんな、お前は!」
そう言って一臣様はこっちを向いた。
うわあ。思い切り怒ってる!こめかみに青筋が見えてる!
「言っておくけど、体拭いてベッドまで運ぶだけで、すげえ大変だったんだ。お前重いし、ぐったりと体あずけっぱなしだし。だから、パジャマまで着せてないが、文句は言うなよな!」
「え?」
そういえば、さっきからやけに体がスースーとする…。
私は慌てて布団の中を覗いた。
「は、裸?!!!」
「仕方ないだろ。下着を着せる方が抵抗があったし、ベッドに寝かせるだけで精一杯だ」
「わ、わ、私……素っ裸?」
う。今、思考が真っ白け。
え?何これ…。
「そりゃそうだ。お前、バスタブの中でグーグー寝てたんだからな」
「…一臣様がここまで運んだんですか?」
「そうだ」
「え?バスタブから出して?」
「そうだ!濡れたまんまじゃ、俺のベッドが濡れるから、ちゃんと体は拭いた」
「一臣様が拭いたんですか?」
「そうだって言ってるだろ?!メイド達を呼ぶわけにもいかないだろ?」
「ひ、ひょえ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」
体見られた。体見られた。
私は頭まで布団に潜り込んだ。そして、私の裸体を布団の中で見て、思い切り青ざめた。
体、拭いた?全身?一臣様が?!
どひぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!
こ、こんな、みっともない体を~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!
「今頃恥ずかしがっても遅いぞ。こうなったら開き直れ。お前、この先俺に抱かれることになってるんだから、俺にだったら裸見られてもいいだろうが」
「…は?」
今、なんと?
「どっちみち、いつか俺に見られることになってるんだから、いいだろが。早いか遅いか、時間の問題だ」
「…で、でも」
「なんだ」
「まだ、わ、私の体、エステにも行ってないし、肌カサカサだし、お腹にお肉もついていたし、全然、ボン、キュ、ボンじゃないし」
そう言うと、一臣様がしばらく黙り込み、それから一言、
「あほか」
と呆れた声でそう言った。
うう…。涙出てきた~~。「あほか」で済まされた。こんなに、パニくっているのにっ!
「お前がいつ、ボン、キュ、ボンの体になるんだ。100年先か?いや、なん百年かかっても無理だ。さっさと諦めろ。あと、肌がカサカサなのも、俺は別に気にしないし、お腹の肉だって、気にしないぞ」
慰めの言葉?それとも…。
「そんなのはじめから期待もしていない。服着ていたって、お前がスタイル良くないことはわかっていたしな。だから、裸見られたくらいで落ち込むな」
ドスンドスンドスンドスン。それ、慰めの言葉じゃないよね…。
私はまだ、頭から布団をかぶったままだった。
「ほら、起きるぞ。如月氏が迎えに来るんだろ?もう7時だから、早くに支度しないと、間に合わなくなるぞ」
「あ!そうだった」
私は慌てて布団から出ようとして、素っ裸なのを思いだし、また潜り込んだ。
「あ、あ、あの、一臣様、こっちは見ないでください」
「だから、今さらだからな。全身タオルで拭いたんだから、お前の裸、全身見たぞ」
ぎょえ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
ああ、穴があったら入る。絶対に今すぐに入る!!!
「待ってろ。お前のバスロープ持って来てやるから」
そう言って一臣様は一回私の部屋に行き、そして、
「バスローブだ。俺は顔洗って来るから、お前はこれを着て、自分の部屋に行けよ」
とそう言ってくれた。
「はい」
一臣様はバスローブをベッドの上に置いて、そしてバスルームに入って行った。
「お、起きないと。お兄様が来るんだし」
私はベッドから出て、バスローブを着た。
あ、待って。覚えていないけど、まさか、まさか、昨晩、一臣様、まさか…。
まさか~~~~~!
一気に不安になり、バスルームのドアをノックした。
「なんだ?」
「あの、あ、あの…」
「なんだ」
一臣様はドアを開けて顔を覗かせた。
「昨日の夜、私と一臣様って、まさか…」
「何もしていないぞ。残念だったか」
「いえ!!!そういうわけじゃあ!ただ、素っ裸でいたんだったら、その…」
一臣様がその気になったり、とか…。なんてことはないんだよね。それもそうか。こんな私の色気のないスタイルじゃ、その気にもならないのか。
「なんでもないです」
私は自分の思考に落ち込み、がっかりしながら後ろを向いた。
「なんでがっかりしているんだ。まさか、手を出してほしかったのか?」
「そ、そういうわけじゃ」
私はまた慌てて振り返って、首を横に振った。
「でも、何かしたとしても、お前、いびきをかいて、グースカ寝ていたんだぞ?」
「いびきもかいていたんですか?」
「ああ、でかいいびきをかいて、口開けて寝ているやつに、その気になるわけないだろう」
うわ~~~~~~~~。私、いったいどんな顔して寝ていたんだ。みっともない、ブスな顔していたのかなあ。もしかして…。
「手を出してほしかったら、もうちょっと色っぽくなるか、可愛くなれよ」
グッサ~~~~~~~~~。
わかっていたけど、一臣様の口から直接言われたら、さすがに落ち込む。
「酒は飲むなよな。酒飲んで酔っ払って寝るやつなんか、抱きたいとは思わないぞ」
「………はい」
私は思い切り落ち込みながら、よたよたと自分の部屋に戻った。
ドスン。ベッドに座った。ベッドは一瞬、思い切り沈みこんだ。
「は~~~~」
もしかしたら、寝ている隙に、一臣様と一線を越えてしまったかと思ったんだけど、そんなことあるわけないんだ。
やっぱり、一臣様は、私のことなんか、手を出したいとも思えないほど、なんとも思っていないんだ。
きっと、女性として見てもらえていないよね。ペットだ。犬か猫なんだ。
素っ裸で隣に寝ていたって、一臣様にはいびきがうるさいやつが寝ているくらいにしか思われていないんだ。
色っぽくなれって言われた。可愛くなれって。
どうやったら、なれるの?わかんないよ。
駄目だ。裸を見られたのもかなりへこんだけど、その裸を見られても、なんとも思われなかったことの方が落ち込む。
それも、ボン、キュ、ボンなんてお前には無理だって言われた。
それに、えっと…。開き直れって。
ん?開き直れ?
そうだ。確かに言った。俺に抱かれることになっているんだからって。
うわ~~~。その言葉を思い出し、一気に顔から火が…。
あ、でも、待って。
いつか結婚したら、跡継ぎを産まなくちゃいけないんだから、一臣様とはそういう関係に絶対になるんだよね。
一臣様が私にその気にならなくても。抱きたいって思わなくても、私のことを好きにならなくても。
ドスン。
また、落ち込んだ。
そうだ。いつか、そう言う日が来るんだろうけど、それは、想いが通じ合ったからとか、愛し合っているからとかではないんだ。
ベッドにうつっぷせた。思い切り落ち込んで来て、何もする気になれない。
兄が来るのに。
私は、まだ一臣様を遠くで見ていた時、必ずいつか一臣様にも想いが届き、同じように私を想ってくれて、そして結婚できるものだと勝手に思い込んでいた。
結婚式や新婚旅行、新婚生活まで妄想して、一人で盛り上がっていた。
その日が来ることを信じて疑っていなかった。あのわけのわかんない自信はなんだったんだろう。
そしてその妄想の中の私は、どこからどう見たってお嬢様で、綺麗でスタイル抜群で、一臣様の隣にいても、引けを取らない美人だった。
あれ、私じゃない。美化して美化して美化しまくった私だ。
そんな自分になれると信じていた。その自信はいったいどこから来ていたんだろう。
自惚れもいいところだ。一臣様が言うように、どんなに頑張ったって、スタイル抜群にもならないし、綺麗にもなれないし、お嬢様らしくもなれないんだ。
私はきっと、一生このまんま…。
「色っぽくも、可愛くもなれないよ、一臣様」
う~~。涙出てきた。
「駄目だ。ここで泣いたりしたら。如月お兄様が、泣き顔を見て、婚約候補から外そうとしちゃう」
私は必死に泣くのをこらえ、顔を洗いに行った。
「うわ。目、腫れてる。飲んだからかな。こんなブス顔していたんだ。これじゃ、一臣様だって嫌になるよね」
また、落ち込みそう。
「え~~~~~い!弥生。ファイトだ~~~~~!!!」
そう言って、ほっぺをぱんぱんと叩き、気合を入れた。
今は、何をしたらいい?帰る支度と、そして帰ったら、琴の練習。
考えたら、まだまだ暗くなりそうだから、考えるのはやめた。
自分ができることを、ただするだけだ。
「へんてこで、みょうちくりんでもいい。だけど、そんなパワーでも、役に立てるよね?!」
そう鏡に映った私に、私は言い聞かせた。
7時半、私は朝食を食べに食堂に行った。すると、あんまり今顔を合わせたくない一臣様がコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます、弥生様」
亜美ちゃんとトモちゃんが元気に挨拶をした。
「おはようございます」
私も挨拶をして席に着いた。
ああ、新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいる一臣様、麗しいなあ。今日は会社がないから、私服なんだ。
でも、私服でもちゃんとしているんだな。紺の細いストライプの長袖シャツに、細身のグレイのパンツ。足を組んでいるんだけれど、その恰好もまたかっこいい。
だけど、普段は朝食は取らない一臣様が、珍しく朝からダイニングにいる。あ、でも、朝食は食べていないのかな。コーヒーだけなのかな。
一臣様がいないだろうからって、化粧もしないですっぴんできちゃった。ちゃんと化粧もしてきたらよかった。
って、さっき寝起きのブス顔見られたんだから、今さらなんだけど。
「弥生、まだ帰る準備終わってないんだろ?」
新聞をテーブルに置き、一臣様が聞いてきた。
「はい」
「立川か小平に手伝ってもらえ」
「はい、かしこまりました」
ふたりが丁寧に、一臣様にお辞儀をしながらそう答えた。
「弥生。会社にはちゃんと顔を出せよな。お前は今、秘書課だから、間違えて庶務課には行くなよ」
「え?って言いますと、私はいったいどこに?」
「14階に秘書課がある。出社したらそこへ行け。葛西がいろいろと仕事を教えてくれる。樋口もいたら、樋口にも教えてもらえ」
「はい」
葛西さんか…。ちょっと、苦手かも。あ、いけない。仕事を教えてくれる上司になるんだもんね。苦手とか言っている場合じゃないよね。ちゃんとしなくっちゃ。
「秘書課だから、スーツを着てこいよ」
「あ、はい」
「今までと仕事がガラリと変わるからな。それに、上条グループの人間だということは伏せてある。お前もばれないようにしろ」
「はい」
「って言っても、庶務課の人間はみんな知っていたがな」
「え?」
「臼井課長も、細川女史も、日陰氏も」
「あ、はい。そうですよね」
「いろいろと、あの課の内情は聞いたのか?弥生」
「はい。聞きました」
「うん。親父はお前のこと、ちゃんと守るためと、会社のいろんな内情を知ってもらうために庶務課に配属したんだ。それと…。樋口から聞いたが、倉庫の奥の部屋まで、日陰氏に案内されたのか?お前は」
「え?樋口さんが言っていたんですか?」
「俺にも内緒だったんだろ?」
「……えっと」
「いいさ。樋口から聞いているからわかっている。親父は俺がお前との結婚を嫌がっているから、俺には内緒でお前を案内させたんだろ」
「なぜですか?なぜ、一臣様には内緒にしたんですか?結婚を嫌がっているのと、何か関係が?」
「そこまで、内情を知られたら、お前と絶対に結婚しないとならなくなるからな。俺に言ったら、俺があの部屋にお前が入るのを阻止しに行ったかもしれないからだろ」
「え?」
「そこまで、親父は弥生のことを信頼しているし、絶対に結婚相手にはお前だって、そう決めてあるんだよ」
「……」
「だから、実家に帰ったからって、俺と婚約が破棄するとか、そんなわけのわかんないことは考えるなよ。お前、勝手に落ち込むことがあるからなあ」
「は、はい」
そうか。安心させるためにそう言ってくれてるんだ。一臣様は…。
「9時に迎えに来ると、さっき如月氏から連絡が来た。それまでに、準備を終わらせておけ。じゃあ、見送りはしないからな」
一臣様はそう言うと、ダイニングを出て行った。
「弥生様」
「え?」
亜美ちゃんが私に近づき、小声で話しかけてきた。
「一臣様は、もう、弥生様と結婚されることを決意されているんですか?」
「わ、わかりません」
「そうなんですか。他にも候補者がいて、6月になったら、屋敷に来るようなことを聞いたんですが。でも、弥生様なんですよね?婚約者は」
「……一臣様は、そう言っています」
「良かった。では、わたくしたちは弥生様がおかえりになるのを、待っていますからね」
亜美ちゃんはそうホッとした顔で言ってくれた。
それから亜美ちゃんとトモちゃんと一緒に部屋に行き、洋服や下着などをスーツケースに入れた。
「弥生様、会社でも頑張ってくださいね。わたくしたち、これからしばらく弥生様に会って、励ますことができなくなりますが、いつでも遠くから応援させてもらいますから」
「ありがとう。亜美ちゃん、トモちゃん」
兄が迎えに来る前に、ふたりにお礼を言って、そして迎えに来た兄の車に私は乗った。
今度ここに来るのはいつだろうか。必ず帰ってくることになると、一臣様は言っていたけど、本当だろうか。
一抹の不安が心をよぎった。
大丈夫。大丈夫だよ、私。会社では一臣様に会えるんだから!
心の中で気合を入れた。そして、車に乗っている兄があまりにも静かなので、ちょっと怖さも感じていた。