~その14~ またも失態!!
お屋敷についた。車を降りると、お屋敷の中から、喜多見さん、国分寺さんが現れた。
「お帰りなさいませ」
「ああ。今日はおふくろは?」
「大阪に出張で、いらっしゃいません」
「やっぱりな。ほら、弥生。屋敷に入っても大丈夫だぞ」
車から降りた私の背中に手を回して、一臣様がそう言った。
「はい」
私は、一臣様に背中を押されながらお屋敷の中に入った。
「日野、立川、小平!」
お屋敷に入ると、大きな声で一臣様がそう叫んだ。
「はい!!」
ダイニングの方から、慌てふためきながら3人が飛んできた。
「あ!弥生様?」
「今日はおふくろがいないから、弥生はお屋敷の部屋に泊まらせる」
「そうなんですか?はい。かしこまりました。お食事は?」
日野さんが聞いた。
「もう済ませてきた。喜多見さん、俺の部屋の風呂、用意できてるか?」
「はい。いつでも入れますよ」
「ああ、ありがとう」
一臣様はそう言って、エントランスから階段に登ろうとしてから、
「ああ。寮にある弥生の荷物、持ってきてくれないか。明日弥生は、実家に帰るからな。荷物をまとめるのも誰か手伝ってやれ」
と振り返ってそう言った。
「え?!」
それを聞いたみんなは、同時に驚きの声を上げ、
「か、一臣様!弥生様は、何も悪いことはしていません」
といきなり亜美ちゃんが言い出し、
「ベンチのペンキ塗りも、柵を直したのも、私たちのためにしてくれたことなんです!」
とトモちゃんが訴えた。
「お願いです。怒って弥生様を追い出すようなことはなさらないでください」
「弥生様を追い出すというなら、わたくしたちも!」
「わたくしも!」
亜美ちゃん、トモちゃんのあとに日野さんまでがそう言い出した。
そして、喜多見さんも真剣な顔をして、
「弥生様はこのお屋敷に必要な方ですよ。一臣おぼっちゃま」
と諭すようにそう言った。
「なんなんだ。お前たちは…」
一臣様は顔をしかめた。
「弥生様、大丈夫ですよ。私たちが守りますから!」
うわ。亜美ちゃん、泣きそう。
「あのね、私、追い出されるわけではなくって」
そう言おうと思っても、なぜか私の前に3人は立ちはだかり、一臣様を睨みつけ、私の言葉に耳も貸してくれない。
そんな日野さんたちを見て、一臣様は呆れたという顔をして、それから両手を腰に当てると、
「お前ら、緒方家に仕えているんだよな?俺より弥生をかばうのか?俺に逆らうのか?そんなことをして、クビになってもいいのか?」
と低い声でそう言った。
え?なんで?まさか、一臣様怒っちゃったの?待って、待って。
「わたくしたち、辞める覚悟です!」
「そうです。クビ、怖くないです」
え?ちょっと待って。亜美ちゃんもトモちゃんも、そんなこと言ったら本当にクビにされちゃうよ!
「ダメ!ダメダメ!私のためにクビなんて、ダメ!!」
私は慌てて3人の前に立った。
「一臣様、3人をクビにしたりしないでください。そんなこと絶対にしないでください!」
「………」
一臣様はもっと呆れたっていう顔をして私を見た。
「わかった。クビにはしない。だいたい、ペンキ塗ったり日曜大工したくらいで、弥生との婚約を破棄したりしないから安心しろ」
「え?」
亜美ちゃんたちが、こわばった顔を柔らかくして聞き返した。
「弥生が実家に帰るのは、こいつの兄ってのが正式な婚約をしたわけでもないのに、緒方財閥の屋敷にいるのはおかしいと言ってきたからだ。明日の朝、こいつを引取りにやってくる」
「弥生様のお兄様が?」
3人はなんだか、気が抜けたような顔をして私を見た。
「はい。それで、明日実家に帰ることになって…」
「まあ、どうせすぐにまた、戻ってくることになるんだ。荷物も半分くらい部屋に置いていっていいぞ。数日分の着替えだけ持っていけばいいんじゃないのか?弥生」
「え?あ、はい」
いきなり、一臣様が穏やかな話し方になったせいか、みんなして拍子抜けをしてしまったように、し~~んと静まり返った。
「ほら。ぼけっとしてないで、弥生の荷物まとめるのを手伝いに部屋に行けよ」
「あ。はい、かしこまりました」
日野さんが、我に返ったようにそう言うと、階段を駆け上っていった。
「で、では、弥生様、お屋敷に戻ってこられるんですね?一臣様の奥様になられるのは、弥生様なんですね?私たち、また弥生様に仕えることができるんですね?」
半分泣きそうになりながら、亜美ちゃんが言った。その横ですでにトモちゃんは泣き顔だった。
「はい。戻ってくると思います。多分。きっと…」
絶対に戻りたいけど、そう言い切れないのは、ちょっとの自信のなさというか、なんというか。
「上条家のご令嬢と結婚するのは、親父が決めたことだ。それが変わることは絶対にないから、お前らが仕えるのはずっと弥生だ」
一臣様はそう言うと、階段を上りだした。
「よ、良かったです~~~~」
私も階段を上ると、後ろから半分泣きながらトモちゃんがついて来た。
亜美ちゃんは私のちょっと前を先に階段を上り、そして廊下を歩き出した。一臣様は颯爽と歩いて行って、さっさと自分の部屋に入っていき、一臣様が部屋に入ったのを確認した亜美ちゃんは、くるりと私の方を向いた。
「弥生様~~~~」
こっちを向いたと思ったら、私に抱きついてきた。
「え?な、なに?」
「良かったです。一臣様がめちゃくちゃ怒って、弥生様を追い出すのかと思っちゃいました」
「一臣様、別に怒っていないし…」
「良かったです。本当にびっくりしました。婚約も破棄になったのかもって、気が気じゃありませんでした」
「ごめんなさい。ちゃんと言おうと思ったんだけど、言えなくて。でも、みんなの気持ち嬉しかったです」
「え?」
「そんなに思ってくれてるってわかって、すごく嬉しかったです」
「それはもう、私たち、弥生様に仕えていこうって心に決めて、弥生様のためならどんなことでもしようって、そのくらいの気持ちでいますから!」
トモちゃんが後ろからそう言ってきた。
「私もです。弥生様をお守りするのが仕事だって、そう思っていますから」
亜美ちゃんがそう言った。すると、先に行ったはずの日野さんが私の部屋から出てきていて、
「わたくしもですよ。弥生様。弥生様をお守りするのがわたくしたちの仕事ですから」
と、そう言ってくれた。
「ありがとう。嬉しいです」
涙が出てきた。でも、守ってもらってばかりいては、ダメなんだ。私の方がみんなを守っていかないとならないんだ。だから、ここで終わらせちゃいけない。
「ですが。とても嬉しいですが、もう、こういうことはしないでください」
「え?なぜですか?」
「私のために、みんなにクビになって欲しくないんです。もう無茶はしないと約束してください。お願いします」
そう言ってぺこりとお辞儀をした。すると、3人はしばらく黙り込み、
「ですが、やっぱり、私たちは弥生様が大好きですので、お守りしたいと思っています」
と、亜美ちゃんが言い出し、トモちゃんと日野さんも強く頷いた。
「……ありがとう」
大好きって言ってくれた!すごく嬉しい。
私、守るよ。大好きって言ってくれたんだもん。そんなみんなのこと、私も大好きだから、絶対に守っていくから!
そう心に誓いながら、私は部屋に入った。
3人は荷物をまとめる手伝いをしてくれて、寮に置いてある荷物は喜多見さんが持ってきてくれた。そして、
「では、ゆっくりと休んでくださいね。おやすみなさい」
とみんなして、私の部屋を出て行った。
ガチャリ…。
みんなが部屋を出ていってしばらくすると、一臣様が隣の部屋に通じているドアを開け、私の部屋に入ってきた。
そして、私がぼけっと座っていたベッドに一臣様も座ってきて、
「先に風呂に入っていいぞ」
と優しくそう言った。
「え?」
「風呂だ。喜多見さんが沸かしておいてくれたから。ジャクジーにしてもいいし、ゆっくり入っていいからな」
「え?一臣様の部屋のお風呂に入ってもいいんですか?」
「ああ。お前の部屋のはユニットバスだろ?ゆっくりとバスタブにつかれないだろ?」
「はい」
「どうした?疲れたのか?ぼけっとして」
「いえ。そうではなくって。なんだか、ちょっと、まだ感動してて」
「ああ。立川や小平か」
「はい…」
「ははは」
一臣様はまた笑った。あれ?怒っているわけじゃなさそうだなあ。
「怒っていないんですか?一臣様にはむかっていたのに」
「あの3人は、クビを覚悟ではむかってきたな」
「はい」
「親父はさ、どんなやつを信用すると思う?」
「え?」
「樋口や喜多見さんを俺に仕えさせたのは、どうしてだと思う?」
「えっと。信頼できるって思えたからですか?」
「はむかったんだ。あの二人は俺を守るために親父にはむかったことがあるんだよ」
「え?」
「おふくろにはむかったら即クビだろうけど、親父は違う。自分のクビ覚悟で俺を守ろうとした人たちだから、絶対に俺のこと守りきれるって、それで、樋口や喜多見さんを信頼するようになったんだ」
「……社長って、寛大な方なんですね」
「そうか?だけど、理にかなっていると思わないか?俺も、お前の側近は自分のことよりもお前のことを大事に思えるくらいじゃなきゃ、信頼してお前を任せていられないな」
「え?」
「だから、あの3人は合格だ」
「……合格?」
「お前の側近に置いておける、信頼のできるやつらだ」
「一臣様!」
「なんだ。なんで、抱きついてきたんだ?!」
「だって、嬉しくて!」
「何がだ?」
「亜美ちゃんたちのこと、認めてもらえて、私、嬉しいです!!!!」
「……。ほんと、お前って変わっているっていうか、面白いやつだな」
「え?」
「いや。なんでもない。それより、早くに風呂に入れよ。風呂がぬるくなるぞ」
「はい!」
私は一臣様から離れ、一臣様の後から一臣様の部屋に入った。
一臣様は、ソファに座り何やら本を読み出した。
一臣様は、ネクタイを外し、ボタンも第2ボタンまで外し、そこから鎖骨も見えて、めちゃくちゃセクシーに見えた。
ああ。あんなにセクシーな一臣様に、私ってばさっき、抱きついちゃったんだ!はずみとは言え、なんて大胆なことをしてしまったんだ、私は。
顔を赤くして、でも、麗しい一臣様から目を離せなくなり、じっと見ていると、
「今度はなんだ。なんで、風呂に入らないでこっちを見ているんだ。まさか、一緒に入ってくれって言うんじゃないだろうな」
と一臣様が眉をしかめて言ってきた。
「まさか!違います。今、一臣様がセクシーだなって見とれていただけで、そ、そんな変なこと考えていません!」
「……セクシー?どこがだ?」
「え、えっと。だから、Yシャツがちょっとはだけてて…。鎖骨とか見えちゃって…。それで」
「十分変態だ!そっちの方が変なことだろうが!ったく」
一臣様は思い切り呆れたという声を出し、
「いいから。早くに風呂に入れ!!」
と大声を上げた。
「はい!」
私は慌てて、着替えを手に持ちバスルームに入った。
今日は、一臣様の隣で眠れるんだ。
すごく嬉しい。でも、明日には実家に帰らないとならないんだ。
しばらく一臣様に会えないのかな。それとも、会社では会えるのかな。
どっちにしても、一臣様の隣で寝ることは、しばらくはできなくなるんだから、今日は貴重な夜なんだ。
だから、ゆっくりとお風呂に入るのももったいない。さっさと出て、また麗しい一臣様を見たい。
視線がうるさいと言われるかもしれないけど、そうっとバレないようにだったら見ていられるかもしれない。
一臣様が隣に来るまでは絶対に寝ないようにしよう。
そして一臣様が眠りにつくまで、隣にいる一臣様をちゃんと味わっていよう。
一臣様の、ぬくもりとか、匂いとか、寝息とか…。
そんなことを考えながら、私はバスタブにつかっていた。ジャグジーにもしていたから、本当に気持ちよかった。
「はあ。それにしても、気持ちのいいお風呂だなあ」
入浴剤も入っているのか、肌はつるつるになるし、いい香りはするし。きっとアロマ効果みたいなのもあるのかもしれない。すっごく癒される。
早くに出なくっちゃ。早くに出て、一臣様の姿を見るんだ。見ないと、もったいないよ。
と、思いながら、夢の中へと私は知らぬ間に、引きずり込まれていた。
スピ~~~~~~~~。
「弥生?」
一臣様の声がする。なんだか、遠くで。
「弥生?どうした?気分悪いのか?開けるぞ!」
一臣様の声が、近くからした。そして、
「弥生!弥生!」
と耳元で聞こえてきたけど、また一臣様の声がだんだんと遠ざかり、フェイドアウトしていった。
ただ、ただ、ふわふわと気持ちがいいだけ…。
どうやら私は、お風呂に入ったまま、寝てしまったようだった。
また、失態をしてしまった…………。(それも今度は素っ裸…)
(/ω\*)穴があったら、入りたい…です。