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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第2章 婚約は波乱万丈!
27/195

~その13~ 緒方財閥の内情

 一臣様と車に乗った。一臣様は、

「ふ~」

と溜息を吐くと、眉間にしわを寄せた。


「どうかなさいましたか?」

 助手席に座っている樋口さんが聞いてきた。

「ああ、おふくろのことだ」

「奥様が何か?」


「おふくろは、上条グループと緒方財閥が結びつくのを邪魔しているとしか思えない」

「さすがにそれはないでしょう」

「もし、そんな気が全くないのだとしたら、危機感がなさすぎる」

「奥様は経営の方はあまり、関心が無いようですからねえ」


「そうなんですか?」

 私はつい、口を挟んでしまった。それから、あ、出過ぎたことをしたかなと思って急いで口を結んだが、

「おふくろは、お得意様との付き合いや、新たなプロジェクトの企画や、そういうちょっと派手目なことには興味を持つが、経営とかそういうことには関心が無いんだ」

と、一臣様は普通に話してくれた。


「今の緒方財閥の実情もご存知ないと思います。多分、社長も詳しくはお話していないのではないでしょうか」

「……それで、俺の結婚相手に対してものんきな考え方なんだな」

「のんき?」

 私はまた、口を挟んでしまった。


「おふくろは、由緒正しい歴史のあるっていう、そういう家系が好きなんだ。おふくろもそういう一族の出だしね」

「そうなんですか」

「ああ。ただし、おふくろの父親の会社は、いい状態じゃなかった。経営難に陥っていて、緒方財閥に合併吸収され、どうにか生き延びた会社なんだ」


「そうだったんですか」

「おふくろは、そのへんもあまりわかっていない。本当ならおふくろの父親の会社は、おふくろの弟の大悟さんが継ぐはずだった。でも、合併吸収されちゃったからね。社長の椅子なんてなくなっちまったわけだ。でも、かなりのやり手で優秀だから、親父が緒方財閥の副社長の座につかせたんだ」


「あ。今の副社長は、お母様の弟さんなんですね」

「ああ。親父の弟の健次郎っていう人は、まったく仕事に興味を持たない人で、やたら美術品とか骨董品が好きでさ、そういうものばっかり集めて、金を使い果たしていたんだ。で、困り果てたジジイ…、あ、ジジイっていうのは俺の祖父のことだ。そのジジイが、アメリカに美術館を建てて、そこの館長にさせちゃったんだ。自分の好きなものに囲まれてるんだから、健次郎おじさんも、まんざらじゃなかったみたいで、今は館長を楽しんでいるようだけどな」


「その人の娘さんが汐里さん?」

「ああ、そうだ。誰かから聞いたか?」

「はい。チェリストだって…。とても素敵な方なんでしょうね。きっと、ザ、お嬢様っていう感じの」

「汐里がか?」


 一臣様は眉をひそめた。

「汐里ははっきり言って、男勝りの性格してて、勝気で負けずきらいで。まあ、そんなだから、世界的なチェリストになれたんだろうけどな」

「へえ…。すごい人なんですね」


「ある意味な。まあ、お嬢様っていうよりも、アーティストかな。それも、プロ根性丸出しの」

「……」

 そうなんだ。ちょっと惹かれるっていうか、会ってみたいなあ。どんな人なんだろう。


「お嬢様は趣味でしか楽器をしないからな。あんなふうにプロになって金稼いでいるんだから、たいしたもんだよ」

「本当にすごい人なんですね」

「今、憧れ抱いているのか?」

「あ、わかりましたか?」


「わかりやすいなあ、お前。目、輝くもんな」

 そう言うと、一臣様はくすっと笑い、それからまた私のことをじっと見た。

「なんですか?」

「おでこ広いなあと思って。だから、デコピンがしたくなるんだな」


「あれ、痛いんです。もうやめてください」

「なんでだ?いいだろ?これでも親しみ込めてデコピンしているんだぞ」

「いいです。そんな親しみは込めなくても」

 クスクス。助手席からも、運転席からも笑い声が聞こえてきた。


「あれ?俺はなんの話をしていたんだっけ?もっと、真剣な話をしていたと思ったが」

「奥様のことですよ」

 樋口さんが静かにそう答えた。

「ああ、そうだった。とにかく、おふくろは、経済観念ってものがないんだ。いや、見ようとしていないのか、わざと見ないでいるのか…」


「わざと、見ない?」

 私はまた、口を挟み込んでしまった。でも、もう、一臣様は樋口さんとではなく、私に向かって話をしてくれていた。


「ああ。けして緒方財閥は、いい状態じゃないんだ。お前のいた鉄工所も売上悪かったんじゃないのか?赤字じゃなかったか?」

「赤字でした。ある時からガクンと売上が下がって…。受注がいきなり減ってしまったんです。それから、辞めていった人もいたし、もう一人の事務の人も辞めさせられそうになって、私、お給料を半分にしてもらったんです」


「は?半分?」

「はい。家賃も安いアパートだったし、生活には困らなそうだったので、減らしてもらって、その事務の方にいてもらいました」

「…そんなことまでしていたのか?お前は」


「はい。それでも、工場自体が危うくなって。事務の人もいよいよリストラかっていうとき、私、緒方商事に転職の話が来て、急いで辞めたんです。だから、事務の方は今も働いていると思うのですが」

「そうか。工場、危うい状態なのか。だが、そんな工場は他にもたくさんあるし、子会社でも経営難のところがだいぶある」


「……」

「その赤字をどうにか、緒方商事で補っているわけだが、それにも限界があるしな。それで、関西とアメリカに乗り出すプロジェクトを企画した。これを成功させ、どうにか巻き返そうという戦法なんだが…。おふくろはそのへんも、わかっていない」


「…わかっていないっていうと?」

「だから、お前と結婚できないってことは、上条グループと強く結びつきができないわけだろ?ライバル社が上条グループと手を組んだりしたら、緒方財閥の巻き返しは望めないんだよ」


「…でも、如月お兄様も、私と一臣様が結婚できなくても、プロジェクトから手を引くことはしないって…」

「ああ。だが、いつ、上条グループが寝返るかもわからないからな。お前が俺と結婚していたら、まあ、緒方財閥にお前っていう人質をとっているようなもんだから、そうそう緒方財閥から寝返ることはできなくなるだろうけどな」


「そ、そんなあくどい事兄も父も考えていません。上条グループはそんな人間いませんから」

「だといいがな」

「そうなんです。本当にそうなんです」

 私はつい必死に一臣様に言っていた。


「お前の親族がそうでも、ほかのやつはどうだ?あのトミーってやつは、アメリカの支社長になるんだろ?平気で寝返るかもしれない」

「え?」

「信頼なんか簡単にできないさ。現に我が社でだって、ライバル社に寝返って、出て行った技術者も多くいる。まあ、給料もいいし、研究所も環境もライバル社のほうがよかったら、出ていってもこっちも何も言えないけどな」


「そんな…。そんな人がいたんですか?」

 なんか、ショックだ。簡単に自分の利益だけのために、会社を辞めてライバル社に行ってしまうだなんて。


「いた。それが原因で、緒方財閥の企業の業績がガタンと落ちた。技術者を大量にすっぱ抜かれたんだ。その後、そういうことがないよう、かなり気をつけているが、今度は産業スパイが現れた。いつの間にか入り込んで、緒方財閥で開発したものを、他企業に高く売ったりしているんだ」


「……まだ、そのスパイが我が社にいるんですか?」

「いる。大体の目処はついているんだがな。お前がいた鉄工所の発注が来なくなったっていうのは、開発して売り出そうとしていた商品が、他企業に先に売り出され、2番煎じになってしまって、売れなかったんだ。だから、発注が全然来なくなってしまった」


「でも、それを開発したのは、緒方財閥の企業なんですよね」

「ああ、そうだ。それをスパイが、他企業に売った…。よくある話さ」

「ひどいです。そんなの。だって、必死になって開発したんですよね?きっと時間かけて頑張って。それで、これから売り出そうっていうときに…。そ、そんなのってないです」


「そうだな。ひどい話だよな」

「…それで、鉄工所も被害を?」

「ああ。そういう小さな工場はもろに被害を被るな。緒方財閥の企業から仕事を引き受けている工場だからな。商品が売れたら、工場も発注が増えるんだが、商品がコケたら、おしまいだ。発注が来なかったら、工場も動くこともないしな」


「そういう工場がたくさんあるんですか?」

「そうだ。もし、今回のプロジェクトが失敗したら、親父は、そういう工場を閉鎖させ、リストラも考えなくてはならないと、そう言っている」

「閉鎖?リストラ?」


「ああ、そういえば、おふくろはさっさと閉鎖させて、赤字だしてる会社はとっとと手放したらいいし、リストラで人も減らしたらいいって、そう言っていたことがあったな…。そんな考えだから、上条グループとのつながりも、重用視していないのかもな」


「…そんな!そういう小さな工場だって、みんな必死に働いてて、養っていかなきゃならない家族もいて、それなのにそんなに簡単にリストラとか閉鎖とか…、そんなのってないです…。そんな簡単に切り捨てちゃうなんて。人は物じゃないんです」


「…大丈夫だよ。親父はあまり、そういうことをしたがらない人だし、そのためにもプロジェクトを成功させたらそれでいいんだから」

「じゃあ、上条グループは今、緒方財閥にとって大事な取引先なんですね」

「ああ、そうだ」


「上条グループと緒方財閥が結びつくのって、とても重要なことなんですね」

「そうだ。お前も理解したか?」

「……」

「お前と俺の結婚には、緒方財閥の未来がかかっているって言っても過言ではないんだぞ」


「そうなんですね」

「少しは、自分の立ち位置がわかったか?」

「え?」

「おふくろにはピンと来ていないんだ。いや、全く理解できていないかもしれないな」

「立ち位置?」


「ああ、親父がお前と俺との結婚を決めたのも、俺にちゃんと緒方財閥を背負って立つなら、お前との結婚を受け入れろって言っていたのも、そういうことなんだ」

「…そう言われたんですね、社長に」

「ああ」


 だから、受け入れた。私のことを。

「だから、俺の婚約者が他に候補がいようが、お前に決まるんだよ」

「……」

「おふくろがなんて言おうと、反対しようとも、親父は俺とお前を結婚させるから」


「……」

「なんでそこで、沈んだ顔になるんだ?俺と離れるのは嫌なんだろ?」

「え?あ、はい」

「じゃあ、喜べよ。お前と俺は引き離されることなんか絶対にありえないから」


「……」

「だから!なんでそこで、暗くなるんだって言ってるんだ。喜ぶところだろ?」

「でも、一臣様は…」

「なんだ?」


「……」

 会社のために、私と結婚するの、嫌じゃないんですか?聞いたら、ああ、嫌だって言うだけかもしれない。嫌でもしょうがない。俺の背中には緒方財閥で働く人、その家族、全部を背負っているんだって…。


「それだけの責任があるんですね」

「ああ、なんだ、お前も責任感じて暗くなっていたのか?」

「い、いえ。そういうわけでは…」

「俺は、かなりプレッシャーを感じているぞ」


「え?」

「かなり重い。思っていた以上にな」

「一臣様…」

 それで不眠症にまでなってしまったの?


「俺は親父を軽蔑していた。好きでもない女と結婚して、子供生まれたら、愛人作って、外で遊んで」

「え?」

「それに、家にほとんど帰ってこようともしないで、仕事ばっかり。子供のことも、家族のこともほっぽらかしだ」


「…そうだったんですね」

 でも、そんな父親を軽蔑するのは無理ないと思うな…。

「だけど、緒方財閥を背負って、一人でやってきたんだからな。ものすごいプレッシャーや、いろんなものを抱えながら、ずっと緒方財閥で働く人たちを支えてきたんだ。それ、考えたらさ、すげえよなって最近は思う」

 一臣様…。


「家に帰って来れないくらい、忙しかったんだろうし…。心の拠り所が、愛人の場所だけだったのかもな」

「だけど、それではお母様がかわいそうな気がします」

「ああ。おふくろにも愛人はいるから。それも、かなり若い男」

「え?!」


「あの夫婦は、外に愛人作って、家に寄り付かないっていう変な夫婦なんだ」

「…それも、なんだか悲しいですね」

「いいんじゃないか。俺も軽蔑していたけど、今ではそんな夫婦関係もありなんだろうなって思うさ」

「え?そう思われるんですか?」

 ちょっとショックかも。


「俺も、お前とどうしても結婚しないとならないってわかった時には、親父みたいに子供だけ産ませて、あとは外に愛人作って、家に帰らなかったらいいだけかって、正直そんなことも考えていた時もあったし」

「…………え?」

 うそ。…………。


 一臣様は私の顔を見た。そして、おでこにまたデコピンをした。

「痛い」

「今、顔面蒼白だったぞ。魂抜けてたか?」

「う、はい。抜けました」


「はははは!」

 なんで笑うの?本気でショックを受けていたのに。

「安心しろ。もうそんなこと考えていないから」

「え?」


「お前、ほっぽらかして家に帰らなかったら、干からびそうだし」

「は?」

「お前のことを泣かしたら、如月氏に上条グループとの契約も何もかも、白紙にさせられそうだしな」

「……」


「そういうわけにはいかないからな」

「じゃあ、外に愛人…」

「作んないから安心しろ」

「じゃあ、心の拠り所」


「俺にはいいペットができたんだ。隣にいると、爆睡できる。それで十分だ」

「それって、私…?」

「ああ。へんてこで妙ちくりんなペットだ」

「……」

 私だ。じゃあ、私だけで十分っていうこと?


「見てると面白いしな。飽きないくらい間抜けなやつだしな」

「わ、私?」

「…そのペットだ。多分、一生隣にいても、飽きないかもな」

「……」

 う。今の、ちょっと胸に響いた。嬉しいかも。


 一臣様はそう言ったあと、顔を窓の方に向けた。そして、

「樋口、等々力、今、耳をダンボにして聞いていただろ」

と、前の二人に向かってそう言った。


「いえ。なんのことですか?わたくしは真剣に運転していましたので、聞こえませんでしたよ」

「わたくしも、明日のスケジュールのことを考えていて、まったく耳に入ってきませんでした」

 わあ。二人とも思い切り、白々しい嘘を…。


「ふん…」

 一臣様はまた、窓の外を見た。


 一臣様の背中には、本当にたくさんの、たくさんの人たちが乗っかっている。その重みで一臣様は潰れたりしないんだろうか。

「一臣様」

「なんだ?」


 一臣様がこっちを向いた。

「もし、辛かったり、苦しかったらどんどん言ってください。私なら平気です」

「平気?」

「はい。弱音を一臣様がはこうがなんだろうが、全然平気です。ちゃんと聞きます」


「…そうか」

「それから、背中に背負っているものが、重かったら降ろしてください」

「そう簡単には降ろせないさ」


「いいえ。半分降ろしてくださってもいいです。それ、私がよいしょって背負いますから」

「え?」

「大丈夫です!私、頑張って背負います」

「…」

 

 一臣様は一瞬目を丸くしたかと思ったら、次の瞬間、

「ブハハハハハ」

と大笑いをした。


「え?わ、笑うところですか?今の」

「ははは」

「クスクス」

 あれ?樋口さんと等々力さんも笑ってる。


「あはは。すごいよな、お前は。本当によいしょって軽く背負いそうなところがすげえよ。なあ?樋口」

「はい。そうですね」

「ははは!今、かなり重さが軽くなった」

「え?」


「軽くなったよ」

「本当にですか?」

「でも、お前も頑張りすぎて、潰れるようなことがないようにしろよな?」

「は、はい。でも、大丈夫です。体力には自信があるんです。それに、私、腕力も握力も普通の女子以上にあるんですよ」


「だろうな。逞しそうだもんな」

「はい。任せてください!」

「ははは!元気になったな」

「え?」


「パワー出たな」

「…はい」

「お前のパワーの源はやっぱり、俺なんだな」

「はい!」


「……そっか。俺の役に立とうとすると、俄然元気になるんだな、お前は」

「はい!」

 クスクス。また、樋口さんと等々力さんが笑った。


「弥生、もう俺にふさわしい女になるとか、そういうこと考えなくてもいいぞ」

「え?どうしてですか?あ、どんなに頑張っても無理だからですか?」

「ふさわしいとか、ふさわしくないとか、そんなの関係ないからだ」

「え?」


「お前はもう、十分、すげえやつだから、そんなこと考えないで、そのままでいたらいい」

「このままで、ですか?」

「ああ。そのままでいろ。そうしたら、俺にも緒方財閥にもパワーくれるからさ」

「私がですか?」


「もう、ふさわしくないとか、ごちゃごちゃ考えて勝手に落ち込むなよ」

「…はい」

「ははは」

 一臣様はまた笑った。その笑顔はなんだか、無邪気な子供のようで可愛かった。


 一臣様は、最近、すごくよく笑うかもしれない。その笑顔を見られるのが、私の幸せになっている。そして、それも私にたくさんのパワーをくれていた。



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