~その12~ へんてこりんでみょうちくりん
兄もトミーさんも真剣な表情だった。私は顔を引きつらせ困り果てていた。そして一臣様は鼻で笑っていた。
「なんだ?」
兄はそんな一臣様を見て、眉間にしわを寄せた。
「一臣氏?何がおかしい」
トミーさんもそう怖い表情で一臣様に聞いた。
「ちゃんちゃらおかしい」
「何がだ?」
トミーさんと兄は同時にそう叫んだ。
「まだ会って間もない?それなのにこいつを好きになった?こいつのどこをどう見て、チャーミングだの、キュートだの言っているんだか…」
グサ。もしや、それを聞いて鼻で笑ったの?ひどい。
「し、失礼だろ。何が言いたいんだ」
兄も怒りをあらわにした。
「好奇心旺盛で、元気で明るくて俺好み?こいつに自分の好みのタイプを勝手に押し付けているだけじゃないですか?」
「なんだと?」
トミーさんも怒り出した。
「弥生は、君のためにずっと頑張ってきたって、今も言っていたろう?君にふさわしい女性になろうと頑張ったって。そういうところが、可愛くてキュートじゃないか。君にはそう思えないのか?自分のために頑張っている女性を鼻で笑うのか?」
「弥生を笑ったわけじゃないですよ。俺が笑ったのは、トミーでしたっけ?あなたのほうです」
「…し、失礼な」
「失礼な?こいつのどこをあなたは知っているって言うんですか?」
「それは、ちょっと話しただけでもわかるさ。それに、僕はずっと如月からも弥生のことは聞いている」
「兄の欲目でよく見えるってこともある。それに、こいつとずっと離れて暮らしていたんだから、こいつのことを兄だからって知っているとは限らない」
何が言いたいの?一臣様…。
「こいつは、俺にふさわしい女性になるためにとか言っていたが、頑張ったところで、最悪になるだけだった」
「な、なんて言い草だ、お前…」
さすがの言葉に私もショックを受けたけど、兄も顔を真っ赤にしてワナワナとし始めた。
「化粧をどこで覚えたか知らないが、見られたもんじゃなかった。服もちんちくりんで、最悪なバランスの組み合わせをしていた」
「…え?」
兄が、目を点にした。トミーさんも一瞬、私の方を目を点にして見た。
「こいつは大学でもずっと、こそこそと俺のことを影から見て、俺の吸殻も盗んでいったくらいのストーカーまがいの女だったんだ」
うわ~~。それを、ここでばらさなくても。ほら、もっとトミーさんが目を丸くした。
「それだけじゃない。会社に入ってからは、脚立持って平気で蛍光灯の交換はするし、役員用トイレがつまった時には、すっぽんを持って直そうとしたんだ」
「弥生、そんなことを緒方商事でしたのか?」
兄も目を丸くして私に聞いてきた。
「はい。でも、少しでも会社に貢献したくて。それに、そういうの得意だし」
「ほら!トイレのつまりを直したり、日曜大工やペンキ塗りが得意っていう、ものすごく変なやつなんだ。そういうことをあんたは知っているんですか?」
一臣様はトミーさんにそう訴えた。
「……」
トミーさんは、一臣様の言葉に圧倒されている。
「好奇心旺盛で前向きだあ?冗談じゃない。こいつの前向きなパワーはわけのわからない、へんてこりんなもんだ。妙ちくりんで、へんてこりんで、そんなやつなんですよ!」
「や、弥生をそこまで、言わなくても」
兄はなんとか弁解しようと試みているようだが、言葉が続かないようだ。
「いいや。言わせてもらう。昨日や今日会ったくらいで、何がこいつを好きになっただ。何にも知らないくせに、何がチャーミングだ。キュートだ」
そ、それで、鼻で笑ったんだ。あまりにも、私が妙ちくりんなのに、それを知らないで好きだなんて言い出したから、一臣様、おかしくて笑ったんだ。
「こいつを好きになるやつなんて、相当な変態くらいだ!こいつを受け止められるやつなんて、そうそういない」
グッサ~~~~。
へ、変態???
「か、一臣君。そこまで言うことはないだろう。僕にとっては大事な妹なんだ。それを、あまりにもひどいじゃないか!」
兄は、怒りを通り越したのか、今にも泣きそうになっている。
トミーさんはというと、なんだか私を見る目が変わってしまった気がする。
「あんた、それでも、こいつと結婚したいって思うんですか?交際したはいいけど、こんな女冗談じゃないって、あとで悔やむのが俺には目に見えている」
ドスンドスンドスンドスン。あ、また、頭の上に何個も岩が…。
もう、立ち直れないかもしれない。
「だから、そんな女だから、一臣君は弥生との結婚を受け入れたくないのか」
「……」
一臣様は兄の言葉に、眉をひそめた。
「じゃあ、今すぐに候補から外したらどうだ。そんなふうに弥生のことを思っている君に、弥生を幸せに出来るとは思えない」
「弥生を幸せに出来るのは俺だけです」
「……は?」
突然の一臣様の言葉に、兄もトミーさんもまた目を丸くした。私は一瞬耳を疑った。今、なんて一臣様は言ったの?
「こいつのへんてこりんな前向きなパワーも、元気も明るさも、俺がいるから出る。俺が全部原動力になっているんです」
「な、何を根拠にそんなことを。一臣君、君、自信過剰も大概にしろ」
兄は呆れ返ってそう言った。
「自信過剰なわけじゃない。事実を言ったまでですよ。こいつは、俺の役に立ちたいとか、俺のために動こうとした時にパワーが出る。だから、俺がいなくなったら、こいつには何にも残らない。何しろこいつの取り柄は元気だけですからね」
「……」
一臣様。わかっていたんだ。私のこと…。
私が一臣様がいたら元気になれて、一臣様から離れないとならない、もうそばにいられなくなるって思うと、途端にパワー切れしてしまうこと。
「こいつのその、へんてこりんなパワーも、妙ちくりんなところも、それに取り柄の元気をなくした時の、しぼんだ風船みたいなしょぼくれたところも、全部ひっくるめて受け入れられるのなんて、俺くらいです」
「え?!」
今度は何を言いだしたんだという顔で、兄は一臣様を見た。
トミーさんはさっきからずっと目が点だ。そして私は、またしても耳を疑った。
今、一臣様、なんて言った?
「だから、トミーだったっけ?あんたにも他の誰にも、こいつは無理です。こんな変な奴、俺くらいしか受け止めきれない」
「………」
「如月さん。わかったら、こいつを候補者から外そうとするのはやめたらどうですか?こいつ、俺から引き離すと不幸になるのは目に見えてますよ」
「…え?」
「なにしろ、こいつは俺と結婚できなかったら、出家するらしいから。妹が尼さんになってもいいなら、俺から引き離したらどうです?」
「や、弥生?まさか、そんなこと考えていないだろうな?」
兄が顔を引きつらせながらそう聞いてきた。
「か、考えてました。あの、わりと真剣に…」
そう答えると、兄は力をなくしたように肩を落とした。
「そうか。そこまでお前は、一臣氏に想いを寄せているのか…」
兄はそう言うと、
「じゃあ、トミーと付き合わせようなんて、無理な話なんだな」
とぼそっと呟いた。
「はい。無理です」
「そうか…」
兄はまだ、がっくりしている。
「いや…。しかしだな。候補者にはあがっているものの、一臣氏と結婚するかどうかはまだわからないんだよな?」
「……まだ、そんなことを言っているんですか?」
兄の言うことに、一臣様は溜息をついた。
「そうだ。とにかく、勝手に君は弥生を君の屋敷に連れて行ったようだが、婚約すらしていないんだ。弥生はすぐに実家に連れて帰る」
「え?」
「弥生はまだ、君と結婚すると決まったわけじゃない。君がいったいどれだけ弥生にふさわしい男性かを僕は見定めさせてもらう」
「どんな男がふさわしい男だって言うんですか?」
一臣様は少し苛立ちながらそう聞いた。
「弥生のことをちゃんと大事にできるかどうかだ。他にたくさんの女性と付き合ったりしているやつが、弥生を幸せにするとは思えない」
「…ああ、そういうこと…」
一臣様はぼそっと独り言のように言うと、
「婚約発表するとなったら、スキャンダルは禁物だし、ゴシップネタになるようなことは一切控えますよ。安心してください」
と、軽い口調でそう答えた。
「スキャンダルは禁物だと?それは会社のためであって、弥生のために言っているわけじゃないだろうが!やっぱり、一臣君、君のようなやつに弥生は渡せない」
「じゃあ、弥生は出家しますけど、いいんですか?」
「う、うむむむ~~~」
一臣様、さっきからものすごい余裕だ。兄の方が押されている。
「とにかく!弥生は連れて帰る」
「弥生の荷物もあるんですから、いきなり今日連れ帰るのは無理があるでしょう。明日弥生を引取りにこられたらどうですか」
「そ、そうだな。弥生、明日の朝、迎えに行くから荷物をまとめておけ」
「……え?え?」
私は一臣様を見た。一臣様はこっちも見ようとしないで、あさっての方向を見て、素知らぬ顔をしている。
「はい。わかりました」
兄にそう言うと、兄はようやく一安心という顔をして、
「さて。会場に戻るか。そろそろ会もお開きになるようだしな」
とそう言って、トミーさんと一緒にレストランの中に入っていった。
「あ、あの…」
「弥生」
「はい?」
「大丈夫だ。屋敷には戻ってくることになる」
「…ほ、本当に?」
「そういえば、等々力から聞いたぞ。俺の誕生パーティでは琴を演奏するんだろ?」
わ。いつの間に聞いたんだろう。
「はい。そのつもりで、おばあさまに猛特訓してもらう予定でいます」
「じゃあ、ちょうど良かったな。実家に戻って猛特訓してこい」
「え?」
「お前の琴の演奏楽しみにしているからな」
「……はい」
一臣様はニコリと笑うと、私の頭をぽんぽんと優しく叩き、
「今日はおふくろも確か出張でいない。寮ではなく屋敷に戻っていいぞ」
とそう言った。
「え?大丈夫なんですか?あ、でも」
「でも、なんだ?」
「みんなに会えなくなっちゃうなら、寮に泊まりたいかな」
「みんな?メイド達か」
「はい」
「別にこれから先ずっと会えないわけじゃないだろ。屋敷に戻ってきたらまた会えるんだ」
「でも、寮にはなかなか行けなくなっちゃうし」
「ああ、そうか!お前は俺より、メイド達と一緒にいるのを選ぶのか」
「え?!いいえ、違います。ただ、あの、お屋敷の大きなお部屋で一人は怖いし、だったら、寮でみんなといたいなって」
「大きな部屋で一人にすると誰が言った?お前が怖がりなのも知っているぞ」
「え?」
「俺の部屋にまた来たらいいだろ?」
「え?!」
「っていうか、来い。でないと、俺が眠れなくて困るんだ」
「……。不眠症で寝れないからですか?」
「そうだ。しばらく実家に行ってしまうんだろ?その間俺は、夜眠れないってことだ。だから今日くらい、ちゃんと寝かせてくれ」
「え、えっと。私が一緒の方が、眠れるってこと…ですよね?」
「そうだ。そういうことだ。で、どうするんだ。寮に行くのか?」
「い、いいえ。か、一臣様の部屋に行きます」
と自分で言ってから、思い切り恥ずかしくなった。
「お前の部屋に入ってから、あの扉を使って俺の部屋に来いよな?誰が見ているかもわからないしな」
「……はい」
あの扉っていうのは、一臣様の部屋と繋がっている、どこでもドアよりも優れた扉のことだよね。
わあ。
なんだか、恥ずかしいような嬉しいような。
ああ、顔が勝手に赤くなっていく。
「ぼおっとしているところ悪いが、変な期待はするな。お前を襲う気もないし、襲われる気もないぞ」
一臣様にクールにそう言われ、パチンとデコピンまでされられた。
「痛い」
「ふん。もう帰るぞ。会もそろそろお開きだ」
一臣様は鼻で笑うと、バルコニーからレストランの中へと入っていった。私もそのあとを慌ててついていった。
ドキン。
一臣様の背中がやけに、広くてあったかく見えた。
デコピンされたオデコがなんでか、ずっとドキドキしていた。
普通痛いから、ズキズキだよね。ああ、私って、やっぱり一臣様への思いが重症。もう病的…。
一臣様にしか私を幸せにはできない。
一臣様がいないと私のパワーが出ない。
一臣様が私の原動力だ。それ、全部、一臣様はわかっていたんだ。
妙ちくりんでもへんてこりんでも、そんな私を受け止めてくれちゃうんだ。
そう一臣様の言葉を思い返し、私はおでこをなぜながら、ほんのちょっとにやついていた。
しばらく、お屋敷から離れてしまうのは寂しいけど、その間に琴、猛特訓する。
私、頑張る!!!!
やっぱり、私の原動力は一臣様だなあなんて、そんなことを思いながら一臣様の背中に私はずっと見とれていた。