~その8~ 亜美ちゃんとトモちゃん
帰りの車でもまた、ドヨヨンとしていた。
「お疲れですか?弥生様」
「…いえ。大丈夫です」
なんとか、等々力さんに笑顔を作り、そう返した。
「音楽でもまた、かけましょうか」
「はい。今度はクラシック聞いてみます」
「一臣様はショパンが好きですよ」
「……」
ショパン。流れてきた曲はピアノだけの音色。とても優しくて、胸がキュンってするような。
「一臣様も、ショパンをよく弾かれるようですよ」
「そうなんですか?聴いてみたいです」
「一臣様の誕生日パーティが、6月にあります」
「あ。そうですよね。一臣様って6月生まれですよね」
「社長の誕生日は、緒方商事でお祝いをするのですが」
「え?会社でですか?」
「お祝いといっても、ちょっとしたセレモニーがあるんですよ。わたくしも出席させていただきましたが、社長からの挨拶があって、それを館内放送で流したあと、社員は自分の席でジュースやノンアルコールのビールで乾杯して、ほんの少しお菓子でもつまんでっていう程度ですが…」
「へえ…」
「ただ、社長と役員たちは、15階で本格的なパーティをしていましたよ」
「はあ…」
あの豪華なフロアーの一角で、パーティをするんだろうな、きっと。
「一臣様や、奥様、龍二様のお誕生日は、このお屋敷で緒方一族を呼んでパーティを開くんです。龍二様は12月生まれなので、ちょうどアメリカの大学のクリスマス休暇を利用して日本に来た時にパーティを開きます。奥様は8月生まれなので、夜、庭園でパーティを開かれることが多いです」
「へえ。素敵ですね」
「一臣様は6月。雨の時も多いので、大広間でのパーティが多いですね。そこで、一臣様のピアノ演奏も聴くことができますよ」
「じゃ、もうすぐじゃないですか?!」
「はい。龍二様も来られると思いますよ。それから汐里様も…」
「汐里様っていうと、チェリストの?」
「そうです」
「わあ。汐里様の演奏も聴けるんですね!!」
「龍二様はバイオリンです」
「…え?」
お母様はフルートで、一臣様はピアノで、龍二様はバイオリン?
「もしかして、社長も?」
「社長も若い頃は、ピアノを演奏されました。ですが、一臣様が演奏されるようになってからは、まったく…」
「どうしてですか?」
「…一臣様の演奏を聴くのが、嬉しいようですよ。いつも、目を閉じて静かに聴いていられます」
そうなんだ。社長には会ったことがないけれど、一臣様のこと、ちゃんと大事に思っているのかも知れないなあ。
「それで、弥生様は何を?」
「え?!」
「何を演奏されますか?」
「私!?」
「はい」
「………。私ができるのって言ったら、琴…くらいかな」
「琴ですか?素晴らしいですね。楽しみです。そのパーティには、わたくしも参加させてもらえますので。とは言え、隅っこの方で見ているだけですけどね。いや~~、でも、今年は弥生様の琴の音も聞けるし、楽しみだなあ」
うそ。
うそうそうそ。私、中学卒業してからはずうっと、琴に触れたこともないのに。
ドヨヨン。ああ、もう一つ、落ち込む悩み事が増えてしまった。
でも、ひと月はあるんだし、練習したらどうにかなるかなあ。猛特訓したら、間に合うかもしれないよね。
よし!
「猛特訓してみます」
「は?」
突然の言葉に、等々力さんがびっくりしてバックミラーで私を見た。
「おばあさまのところに行って、猛特訓します。きっと、一臣様も練習に行くことを許してくださいますよね?」
「はい。もちろんですよ」
「あ。そうだ。着付けも習ったほうがいいと父に言われていたんです。この機会に着物も着れるよう、おばあさまに習ってきます。こっちも、猛特訓してきます!」
「ははは。本当に、弥生様は前向きですね」
「はい。一臣様にも言われました。そのへんてこりんな前向きのパワーが、私の唯一の取り柄だって」
「素晴らしいパワーだと思いますよ」
「ありがとうございます!私、頑張ります!」
そうだよね。クヨクヨしていたってしょうがないよ。ここはもう、前にどんどん進んでいくしかないんだから。私がやれることを、とにかくやってみる。それしかないんだからっ!
寮に戻り、部屋に行くと喜多見さんもコック長もいなかった。
「よし。気合だ。気合~~~~!」
誰もいないところでそう叫ぶと、
「おかえりなさいませ。弥生様」
とドアをノックする音が聞こえた。
あ。今の声聞かれちゃったかな。と、ほんのちょっと恥ずかしがりながらドアを開けると、亜美ちゃんが立っていた。
「ただいま」
「まかないは、もうないんですけど、私の部屋にお菓子があるんです。よかったら、つまみに来ませんか?」
「亜美ちゃんの部屋?」
「トモちゃんもいます。私たち、弥生様がお屋敷にいないので、仕事もあまりなくて早めに寮に帰れたんです」
「あ、そうか。私がいなかったら、あんまりお仕事ないんですね」
「それで、弥生様が帰ってきたら、一緒に楽しめたらいいな~~って思って、お菓子とかジュースとか買出しに行って待っていたんですが…」
「ほんと?!行ってもいいんですか?亜美ちゃんのお部屋に」
「はい。是非!昨日は喜多見さんのお部屋にお泊りになったんですよね。本当は私たちの部屋に来て欲しかったんですけど、なんだか言い出せなくて。今日は、どうかそのまま、私たちの部屋に泊まっていってください」
「はい!じゃあ、パジャマとか、明日の着替えとか、いろいろと持ってそっちに行きます。あ、何号室ですか?」
「202です」
「2階なんですね」
「はい。では、お待ちしていますね」
亜美ちゃんはそう言うと、ドアを閉めた。私は大急ぎで、泊まる準備をした。
友達の家に泊まりに行くなんて、そんな経験がないから、ものすごくワクワクした。高校の寮にいるときは、たまに先輩たちに見つからないよう、仲良しで集まって夜ふかしをしたことがあった。
あの時もお菓子やジュースを持ち寄って、ワクワクしながら集まったっけ。なんだか、その時のことを思い出す。
あ、ああ。そうだった。友達ってわけじゃなかったんだ。でも、亜美ちゃんは同じ年だし、トモちゃんとだって、そんなに年が離れているわけじゃないし。
これって、お屋敷から追い出されたからこそ、出来ることだよね。実を言うと、喜多見さん夫婦の隣の部屋で寝るの、気が引けていたんだ。
準備ができて、ドアを開けると、ちょうど喜多見さんが部屋に戻ってきたところだった。
「あ、弥生様。お帰りになっていたんですか?」
「はい。それで、今さっき、亜美ちゃんからお誘いがあって。亜美ちゃんの部屋に今日は、泊りに行ってきます」
「そうですか。あまり夜ふかしはしないよう、気をつけてくださいね」
「はい」
「では、明日の一臣様のお弁当は立川さんのお部屋で作りますか?」
そうだった!すっかり忘れていた。
「ごめんなさい。材料買っておいてくれたんですよね?」
「こちらがそうですので、お持ちになって、朝早くに起きて作られてはいかがですか?」
「一臣様にはどうやって渡したら…」
「わたくしから渡しますよ。お弁当ができたら、キッチンのほうにそっとお持ちください」
「わかりました。よろしくお願いします」
喜多見さんに挨拶をして、私は寮の階段を上り、202号室のドアをノックした。
亜美ちゃんがすぐにドアを開けてくれて、私はワクワクしながらお邪魔した。
「弥生様、お待ちしてました」
中の部屋からトモちゃんも出てきて、歓迎してくれた。
「弥生様、お風呂はもう入りましたか?」
「まだです」
「どうぞ、入ってください。その間にセッティングしておきますね」
「セッティング?」
「はい。私の部屋にテーブル出して、お菓子やジュースを出しておきます」
トモちゃんがそうワクワクしながら言った。
「弥生様は私のベッドで寝てくださいね。私は床に布団を敷いて寝ますから」
「え?亜美ちゃんのベッドで?私が布団でいいです。床に寝ます」
「と、とんでもないです!そんな真似、させられません」
「…いいのに。ずっとお布団で寝ていたんだし」
「いいえ!そこはどうか、ベッドを使ってください」
「…はい。じゃあ、お言葉に甘えて。あ、お風呂も先に頂きます」
「はい。どうぞ。ごゆっくり」
私は、先にお風呂に入らせてもらった。小さいけどちゃんとバスタブがあり、シャワーで体が洗えるスペースもあった。
体と髪を洗い、バスタブにつかった。
「ふわ~~~~~~~~」
気持ちいい。やっぱり、お風呂はいいよねえ。私のいたアパートのお風呂もこのくらいだったから、なんだか、自分のアパートに戻ってきたみたいで、すごくリラックスできるなあ。
「弥生様、お湯加減は大丈夫ですか?」
お風呂場の外から、亜美ちゃんが聞いてきた。
「大丈夫、ちょうどいいです!」
そう言うと、
「良かったです。バスタオルはここに出しておきますので、使ってください」
と言って、亜美ちゃんは部屋に戻っていったようだ。
は~~~。本当に気持ちいいなあ。ああ、もう、ここに住みたいくらいだ。なんて言ったら、絶対に一臣様に怒られるよなあ。だけど、あのお屋敷のユニットバスは、落ち着かないし。ベッドも部屋も大きすぎて、居心地悪いしなあ。
お風呂を出て、トモちゃんの部屋に行った。
「弥生様はどうぞ、クッションの上に」
「え?私も絨毯の上に座っても平気だけど」
「いえ。どうぞ、こちらにお座りください」
トモちゃんにそう言われて、私はクッションに座らせてもらった。そして、
「では!乾杯しましょう」
と亜美ちゃんに言われ、3人で乾杯した。
「私と、トモちゃんは、弥生様の味方ですからね」
「そうです。一臣様にも、奥様にも負けず、頑張ってくださいね」
「……はい」
なぜか突然、乾杯の後励まされた。
そして、お菓子をつまみながら、たくさんお話をした。
「亜美ちゃんは、好きな人いないんですか?」
「私ですか?いません。出会う機会もないし」
「このお屋敷、男性が少ないし、いてもおじさんばかりですもんね」
トモちゃんも、がっくりしながらそう言った。
「出会いか~。確かにここにいたら、ないかもですねえ」
「そうなんですよ。あ、でもいいんです、今のところは仕事が一番ですから」
「……メイドの仕事楽しいですか?」
「あれだけお城みたいな素敵なお屋敷で働けるんですから、楽しいですよ」
亜美ちゃんがそう言った。
「一応、仕える相手も、かっこいい御曹司ですもんね」
トモちゃんがそう言うと、
「今は、弥生様に仕えてるんだよ、私たちは」
と、亜美ちゃんがトモちゃんの肩をぽんぽんと叩きながらそう言った。
「あ、はい。そうです。そうです。でも、実を言うとほんのちょっとだけ、ホッとしているっていうか」
「え?」
「あ!これは、一臣様には言わないでくださいね!私、ここのお屋敷に来たとき、一臣様を見て、とても素敵な方なので、お仕えできるのを喜んでいたんです。でも、一臣様、とても怖い方なので、いつも、ビクビクしながら仕事をしていたんです」
「一臣様、そんなに怖かったんですか?」
私はトモちゃんに聞いてみた。
「はい。失敗して怒られたこともあったし。でも、一番怖いのは、あんまり喋らないので、何を考えているかがわからなくて…。今、怒っているのかな?とか、気にしながら仕事をするのは、かなりエネルギーを消耗するっていうか」
「そうなんですね…」
「一臣様、あまり私たちとしゃべってくれないんです。笑ったところも見たことないし。すごく気難しい方なんですよね、きっと。だから、弥生様が、ちょっと…」
「え?私が何?」
亜美ちゃんの言葉が気になり、私は亜美ちゃんを真剣に見ながらそう聞いた。
「いえ、気を悪くしないでくださいね。弥生様がちょっと、不憫というか、なんというか」
「一臣様の奥様になられるのは、きっと大変なことなんだろうなって、私たち、そんな話をしていたんです。でも、もしかすると、奥様のように怖い方だったり、高飛車な方だったら、案外、一臣様を怖がることもなく、一臣様の奥様として、やっていかれるんじゃないかとも思っていたんですが」
「え?」
「だけど、そういう方に私たち仕えるの、大変そうだね…なんて話もしていたので、弥生様のような方で、本当に嬉しかったっていうか…」
トモちゃんは本当にホッとしたっていう顔をして、そう言った。
「ただ、弥生様のような方だから、一臣様の奥様になられるのはきついだろうなって思って」
亜美ちゃんは逆に表情を硬くして、そう私に言ってきた。
「それで、みんな、私の味方ですって、いっつもそう言って励ましてくれてるんですね」
「はい」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。私はずっと、一臣様のお役に立てるようにって、勉強したり、いろいろと頑張ってきました。それはこれからも、変わりません。お役に立てたら、それが一番の幸せなんです」
「え?」
亜美ちゃんもトモちゃんも、目を丸くしている。
「だから、多少大変なことがあっても、大丈夫です。お母様も怖い方みたいだけど、大丈夫です」
「強いんですね。弥生様は…」
「強くはないです。でも、一臣様のお役に立てるならって思うと、頑張れるっていうか…」
「すごい。そんなに弥生様は一臣様のことを?」
「…はい。18の時、一臣様のことを大学で一目見た時から…。ずっと遠くから見てきた方なので、今、とても近くにいられるようになって、それだけで幸せで」
そうだ。それだけで幸せなんだ。なのに、どうして周りの人は、私から一臣様を引き離そうとするんだろう。
「では、何があっても、弥生様が一臣様の奥様になれるよう、私たちも協力します」
亜美ちゃんが力強い目でそう言ってくれた。
「私もです。ちょっと、あの…。一臣様は怖い方ですけど、弥生様がそんなにも一臣様のことを想っていらっしゃるなら、思い切り応援します!」
トモちゃんもそう言うと、私の手を握ってくれた。
「ありがとう!私、頑張ります!」
そう言うと、二人とも、ニッコリと笑って、
「弥生様、ファイト!」
と、ガッツポースを作って見せてくれた。
「はい!」
私もガッツポースをした。そして3人で、またコップを持って、
「未来の一臣様の奥様に、かんぱ~~い」
という亜美ちゃんの言葉に、コップをカチンカチンと鳴らしあい、乾杯をした。
それから、12時を過ぎていたので、私は亜美ちゃんの部屋に亜美ちゃんと一緒に行って、寝ることにした。
「弥生様、電気消しますね。おやすみなさいませ」
「亜美ちゃん」
「はい?」
「今日はありがとう。すごく嬉しかったです」
「本当ですか?良かったです。ホント言うと迷ったんです。こんなことしたらまた、一臣様に怒られたり、弥生様にも迷惑かもしれないって。だけど、寮にいる間にしか出来ないことなので、是非、私たちの部屋に来て欲しかったんです」
「…ありがとう。私も、本音を言うと、亜美ちゃんたちの部屋に来たかったんです。本気でここでずっと、暮らしていけたらって思うくらい」
「そうなんですか?あんなに大きくて素晴らしいお屋敷の方が、ずっとよくありませんか?」
「…私、ずっとアパート暮らしで。あ、上条家って変わっていて、高校までは寮にいて、その後は一人でアパート借りて少ない仕送りでやっていかないとならないんだけど」
「はい。そのお話は聞いています」
「ほんと?アパートって言っても、ここよりも狭い部屋なんですよ。6畳ひと間と、キッチンがあるくらいの、本当に狭いアパートで…」
「そうなんですか。じゃあ、あのお屋敷の部屋は広すぎてしまいますか?」
「そうなんです。広くて、静かで、ひとりでいると怖いくらいで」
「……お寂しいですね、あの部屋で一人は」
「そうなんです!テレビも何もないし」
「テレビなどは、大広間に一応あるにはありますが」
「ああ、そういえば。でも、あの大広間で一人でテレビを見るのも…」
「そうですよねえ。お屋敷に戻られたら、寮に来ることは難しくなるでしょうし…」
「いいですよね。この寮には、休憩室もあって」
「……お部屋にテレビをつけてもらったらどうでしょうか。一臣様、そこまでダメだとは言わないと思うんですが。あ、だって、一臣様のお部屋には、大きなテレビが置いてあるんだし、大丈夫ですよ」
「はい。今度頼んでみます。あれ?そういえば、私が来るまでは、亜美ちゃんもトモちゃんも、一臣様付きのメイドだったんですか?」
「いえ。一臣様付きのメイドっていうわけではなく、お屋敷全体のことを任せられていたのですが、一臣様にも仕えていました。とはいえ、一臣様のお世話は、ほとんど喜多見さんがしていますので、私たちは、時々お部屋の掃除をしたり、夕飯の準備の手伝いをするくらいで」
「それで、怒られたこともあるんですか?」
「はい。私も、トモちゃんも、お部屋の掃除をした時に、書類を動かしてしまってドッカ~ンと怒られてしまいました」
「それだけで?」
「仕事の途中だったらしく、どこまで目を通したのかがわからなくなってしまったとかで…。あとで喜多見さんに、書類が散乱しているときは、仕事の途中だから、触らないようにと言われました。でも、できたら掃除する前に言って欲しかったです」
そうなんだ。それだけきっと、仕事に追われていて、余裕がなかったのかもなあ。
「ベッドにまで、書類が散乱していたんです。ベッドメイキングが出来なかったので、書類をよけたんです。それが私の失敗で、トモちゃんの失敗は、掃除をするときに、デスクの上に山積みになっていたファイルを全部落としてしまって、バラバラにしてしまったからなんです」
「山積みのファイル?」
「はい。まだ、一臣様が会社に入って間もない頃ですが、ファイルがいつも、山積みで。適当に山積みにされているのかと思ったら、順番がちゃんとあったらしく…。これまた、どこまで目を通したかがわからなくなったと、すごい剣幕でトモちゃんも怒られて」
わ~~~。
「一臣様、やっぱり、怒ると怖いですか?」
「怖いですよ。雷が落ちるってああいうことをいうんですね。それからは、ヘマしないようにものすごく注意するようになって。でも、たまに、ちょっとしたヘマを見つけられて、また怒られて」
「私にだけじゃなかったんですね」
「弥生様にも怒ったことがあるんですか?」
「はい。会社で。庶務課の仕事で、ちょっと、間の抜けたことをしてしまったらしくって」
「怖くなかったですか?」
「怖いっていうより、落ち込んだっていうか」
「ああ。わかります。一臣様、グサッと胸に刺さるような言葉を言うことありますものね」
私にだけじゃなかったんだなあ…。
「奥様も怖いんですけど、奥様は雷は落としません。ただ、イヤミというか、ねちっこいというか。って、こんなことを言ってるって知られたら、即クビかも…」
亜美ちゃんは慌てて口に手を当てた。お母様も相当怖い人なんだなあ。
「辞めようかと思ったことも何回もあるんですけど」
「それでも、続けられたんですね?」
「お給料もいいし、この寮の家賃も安いので、つい…」
「お休みはあるんですか?」
「はい。週に一回。あと、有給休暇もございます」
「週に一回だけ?」
「はい」
「それだけ?」
「…あまり休みをもらっても、することもないし。十分です」
え~~~。
「じゃあ、お給料よくても、使い道が…」
「そうなんですよねえ。だから有給休暇で海外旅行に行こうかって、トモちゃんと話しているんです。でも、同時に休めるかどうか」
「大丈夫!その時には言ってください!私がどうにかするから」
「…あ、ありがとうございます」
そんなに働き詰めだなんて、それも、お母様や一臣様のような気難しくて怖い人のもとで…。絶対に大変!
亜美ちゃんやトモちゃんがもっと、働くのが楽しくなって、仕事がしやすくなったらいいのに…。私にいったい、何ができるというのか、わからないけれど。
そんなことをあれこれ思っているうちに、亜美ちゃんの寝息が聞こえてきて、私も慌てて眠りについた。