~その12~ 二人の世界
お屋敷に戻ると、元気に亜美ちゃんたちが出迎えてくれた。
「どうでしたか?パーティは」
亜美ちゃんが、目を輝かせながら私に聞いてきた。でも、
「くそつまらなかった」
と、一臣さんが先に答えてしまった。
「え?そ、そうだったんですか?」
亜美ちゃんはまた、私に聞いてきた。
「一臣さんの演奏が素敵でした」
私はうっとりとしながら、そう亜美ちゃんに答えた。
「弥生、部屋に行くぞ」
一臣さんは私のお尻に手を当て、歩き出した。えっと、なんだってお尻?
「あ、あの。手がお尻を触っていますけど」
亜美ちゃんやトモちゃんもいるから、私は恥ずかしがりながら一臣さんに聞いた。
「背中は帯があるだろ?エスコートするなら尻しかないじゃないか」
「……」
だったら、手を引くとかでもよくない?
そのまま階段を上り終えたところで、一臣さんは私のお尻をすりすりと撫でてきた。
「きゃ。エッチ。なんで、こんなところで?」
「エッチじゃない。パンツ履いているかどうか確認しただけだ」
「十分エッチです」
「でかい声を出すな。まだ、下に立川がいるぞ」
うわ。本当だ。見られた?聞こえてた?!
「きっと、亜美ちゃんやトモちゃんにばれていますよね」
「何をだ?」
私は一臣さんの部屋に入ってから、そう言った。一臣さんの手は、まだ私のお尻を触っている。
「一臣さんがすごくエッチでスケベで、変態だってこと…」
「おい。なんだ、その言いぐさは。言っておくけどな、お前は他の男と付き合ったことがないだけで、男なんか誰でもこんなもんだ」
「え?そうなんですか?」
「そうだ。淡白でクールだった俺が、異常だっただけだ。今の俺はいたって、まともなノーマルな男だぞ」
「そ、そうなんだ…」
付き合った経験がまったくないから、知らなかった。世の男性って、みんなこうなのか。
えっと。じゃあ、如月お兄様や、卯月お兄様も?やっぱり、違うと思うんだけどなあ。トミーさんはちょっと、一臣さんに似て、手が早そうだったけど。
「こっちに来い」
一臣さんが私をベッドまで連れて行った。でも、ベッドに押し倒すわけでもなく、ベッドの前に立ち、じいっと私を見ているだけだ。
「あの?」
「可愛いな。赤い振袖似合っているぞ」
きゃ。照れる。一臣さんって、こういう言葉を言うのに抵抗ないのかな。嬉しいけど…。
「帯、どうやってほどくんだ?」
「あ、はい」
私は一臣さんに説明しながら、一臣さんに帯をほどいてもらった。その間もなぜか、ドキドキしてしまった。
ほどいた帯を私は綺麗に畳み、チェストの上に置いた。一臣さんが後ろから私を抱きしめてきて、またドキッと胸が高鳴った。
わあ。チェストの前にある鏡に、一臣さんに抱き着かれている私が映っている。
後ろから手を伸ばし、一臣さんが腰ひもをほどいた。一臣さんも鏡に映っている私を見ている。
「やっぱり、着物着ているほうが、弥生は色気が出るな」
「……」
なんと答えていいものやら。
「あ!」
きゃあ。胸元に手を入れられちゃった!
「こういうこともできるし」
きゃあ。もう片方の手は、着物の裾から手を入れてきた!
「こういうこともできるしなあ。いいよな、着物は…」
もう。やっぱり、一臣さんはスケベだよ。ああ、ドキドキ半端ないかも。
くるっと一臣さんのほうに体を向けられ、一臣さんはそっと着物を脱がした。それを私は丁寧に畳み、またチェストの上に置いた。その間、一臣さんはじっと私を見ているだけ。
一臣さんはさっき、上着だけは脱いでいた。でも、まだシャツは着たままだ。まったく脱ぐ気配すらしていない。
着物を置くと、一臣さんがまた私を一臣さんのほうにくるっと向かせ、チュッとキスをしてきた。そして、
「いいなあ。長襦袢だったっけ?色気あるよなあ」
と、しみじみと私のことを見つめた。
照れくさい。そんなに見つめないで。
「あ、あの。一臣さんはシャツ、脱がないんですか?」
恥ずかしくなり、なぜかそんなことを口走ってしまった。すると、一臣さんはとんでもないことを言い出した。
「弥生がたまには脱がせろよ」
「え?!」
「脱がしたいって思っているだろ?」
「いいえ」
「本当に?脱がしたいって思わないのか?」
「そ、そんな変態じゃないですし」
「へえ。そうか。今迄付き合ってた女は、脱がしたいって言ってくるやつばかりだったけどな」
「え?!!!」
うそ。
「それで、脱がされていたんですか?!」
そんなの嫌だよ。なんか、想像しただけでも、胸が痛んじゃう。
「いや。言っただろ?触られるのも嫌だったんだ。そんなことさせるわけないだろ、この俺が」
そ、そうか。ほっとした。過去のこととは言え、思い切り嫉妬しちゃうところだった。
「でも、お前は別だ。いいぞ?脱がしても…」
あ、また偉そうにふんぞり返った。もう、私をなんだと思っているんだ。
だけど、脱がしてもいいって言うんだから、遠慮なく脱がしちゃおうかな。
ひゃあ。なんだか、ドキドキしてきちゃった。
「じゃ、じゃあ、遠慮なく…」
そう言って、ちょっと震えながら一臣さんのシャツのボタンを外した。一つ、また一つ。
うわ!鎖骨見えちゃったよ!ドキッ!!
手が震える~~~~!でも、どうにかボタンを全部外した。一臣さんは、じいっとさっきから動かないでいる。
一臣さんの逞しい胸やお腹が露わになった。それから、シャツをゆっくりと脱がせてみた。ああ、一臣さんがされるがままになっている。袖から腕を抜き、もう片方の袖からも腕を抜いた。
はらりと一臣さんの体からシャツが床に落ちた。
「あ…」
拾おうとすると、
「いい。あとで拾えば」
と、一臣さんが耳元で囁いた。
ドキドキ!
なんだか、私が一臣さんを裸にしちゃったみたいで、ドキドキする。いや、実際に私が脱がせちゃったんだけど。
「下も脱がせろよ」
「え?!ぱぱ、パンツは…」
「ズボンだけでも脱がせろよ」
ひゃあ。それも抵抗ある。
何が抵抗あるって、ベルトを外すのも、スラックスのファスナーを下ろすのも、とにかく全部抵抗があるよ。
で、で、でも。お許しが出ちゃったんだから、脱がしてもいいんだよね。うん。
ゴクン。生唾を飲み込んだ。その音、一臣さんに聞こえていたかもしれない。だって、部屋がやたらと静かだし。
ドキドキドキドキ。心臓の音まで聞こえているかも。
指がふるふると震えた。でも、なんとかベルトを外し、ボタンも外し、ファスナーを下ろした。そして、スラックスを脱がしていると、一臣さんが私の首筋を撫でてきた。
「きゃ」
不意打ち!思わず、ビクンと体が跳ねてしまった。
「なんだよ、弥生。感じやすいな」
だって、いきなり触ってくるから。
一臣さんは、私を立たせると、長襦袢の腰ひもをするりとほどいた。
わあ。それだけでドキドキする。それから、私の頬を優しく撫で、耳にキスをした。
クラ。それだけで、クラクラする。それに、一臣さんの素肌を見ているだけでドキドキする。
長襦袢、肌襦袢を一臣さんは、するすると優しく脱がせ、最後に裾よけだけにすると、私の背中や腕を優しく撫でてきた。
は~~~~。とろける…。体がふわふわして、思わず一臣さんの胸によっかかってしまった。一臣さんのコロンの香りに包まれた。ああ、もっととろんと溶けてしまった。
する…。一臣さんが裾よけの隙間から手を入れてきた。そして太ももを優しく撫で、お尻まで撫でてきた。
はう…。いつもなら、スケベって言って、怒るところだけど、今はされるがまま。甘い吐息が思わず出てしまう。
「やばいな。弥生、色っぽすぎだ」
一臣さんまで、はあっと甘い吐息をはいた。
それから、裾よけの紐も一臣さんはほどくと、裸になった私を抱き寄せ、そのままベッドに連れて行かれた。
ふわ…。優しくベッドに寝かされ、一臣さんもベッドに上ってくると、私の髪や頬を優しく撫で、熱いキスをしてきた。
ふわふわ。何も考えられない。甘美な世界だ…。
優しくて、甘くて、とろけちゃう世界…。
時間はゆっくりと流れて行く。指と指を絡めると、一臣さんは私の手の甲にキスをする。とろんとした目で一臣さんを見つめると、一臣さんも熱い視線で私を見る。
は~~~~~~~~~~~~。幸せだ~~~~~~~~~~~~~~~。
一臣さんの腕枕で、私はまだ余韻に浸っていた。時計の音だけが部屋に響いている。
しばらく、一臣さんは私の髪を優しく撫でていた。それから、
「やばいなあ」
と、呟いた。
「何がですか?」
「すごく幸せだ」
「私もです。でも、なんでやばいんですか?」
「弥生に骨抜きにされているからだ」
「は?」
一臣さんは体を起こし、私の上に覆いかぶさると、熱いキスをまたしてきた。
ほわほわほわわん。
「とろけたか?」
「はひ」
「俺もだ」
「え?」
「やばいよな?」
「とろけると、やばいんですか?」
「ああ。ダメだ。また、抱きたくなってきた」
そう言って、私の耳や首筋にキスをする。
「……」
思わず、一臣さんを抱きしめると、
「もう一回抱いてもいいんだな?」
と、一臣さんが確認をしてきた。
「はい」
一臣さんの耳元で囁くと、また熱いキスをしてきた。
うわ~~~~~~~~~~~~。私もやばいです。ずっと、スイッチ入ったままです。
ああ、このまま朝まで、一臣さんの腕に抱かれていたい。
でも、まだ夕飯前だ。一臣さんの腕の中でうっとりとしていると、
「ぎゅるる」
とお腹が鳴ってしまった。
「あ!」
もう!!なんだって、私のお腹は!
「夕飯の時間か?お前の腹時計は相変わらず正確だな」
そう言いながら、一臣さんは体を起こし時間を確認した。
「6時半だ。そろそろ呼びに来るから、シャワー浴びるか」
「はい」
そして、二人でバスルームに移動し、あったかいシャワーを浴びて汗を流し、着替えも済ませ、まだ呼びに来る前から、部屋を出た。
私は一臣さんと腕を組んでいた。あれ?自分でも知らぬ間に腕を組んじゃったかも。でも、一臣さんは特に何も言わず、そのまま階段を降りた。
ダイニングに行くと、すでに夕飯の準備はできていて、
「あ、今呼びに行こうと思っていたんです」
と、亜美ちゃんが私たちを見てそう言った。
「あれ?俺らの分だけか?龍二と京子さんは?あとおふくろは?」
「龍二さんと京子さんは、外でお二人で食べるらしく、お母様もご友人とお食事をしてくるそうです」
「そうか。弥生と二人か…」
一臣さんは口元を緩めた。
給仕を済ませた国分寺さんや亜美ちゃんは、すすすと部屋の隅へと静かに移動して、ダイニングのテーブルに着いた私と一臣さんは、二人きりの食事を楽しんだ。
時々黙って見つめ合い、うっとりと一臣さんを見た。なぜか、一臣さんも、うっとりとした目で私を見ている。
甘い時間がまだ、続いているみたいだ。
食後のコーヒーが出てきて、それをゆっくりと二人で飲んだ。そして席を立つと、一臣さんが私の腰に手を回し、
「ごちそうさま」
と一言言って、私を抱き寄せダイニングを一緒に出た。
ダメだ~~~。なんでだかわかんないけど、私もつい一臣さんの体にべったりとくっついてしまう。
「ピアノ、聞くか?」
「弾いてくれるんですか?」
「ああ。ノクターンを弥生のためだけに弾くぞ」
「わあ。嬉しい」
私が喜ぶと、一臣さんはくすっと笑って私の鼻の頭にキスをして、そのまま私を引き連れ大広間に入って行った。
バタンとドアを閉め、またピアノの横に椅子を運んで私を座らせると、一臣さんは静かにノクターンを弾きだした。
ああ。この音。酔いしれてしまう。きっと、メイドのみんなも、耳を澄ませて聞いているんだろうな。だけど、今、一臣さんは私のためだけに弾いてくれているんだよね。
はう。ずうっと、ずうっと甘い世界だ。私の周りだけきっとピンク色になっているかもしれない。
「弥生…」
弾き終わってもうっとりとしていると、一臣さんは私に近づきキスをした。唇にも、頬にも、おでこにも、そして耳にも。
わ~~~~。キュンキュンとドキドキとふわふわだ。
そして優しく髪を撫で、
「弥生。愛しているからな」
と耳元で囁いた。
腰、砕けた~~~~~~~~~~。立てないかも。
「はひ…」
ふらふらになりながら、そう答えると、一臣さんはくすっと笑った。
「立てそうもないのか?俺のピアノの音だけで、腰抜かしたのか?」
「はひ」
「なんだよ、まったく…。しょうがないなあ」
そう言うと、一臣さんは私をひょいっとお姫様抱っこして、大広間を出た。
大広間のドアの前には、やっぱり、メイドさんたちがいた。大広間のドアが開くと、みんな慌てふためいたが、一臣さんにお姫様抱っこされているので、みんな振り返って私と一臣さんを見た。
「弥生様、どうかなさったんですか?」
トモちゃんが聞いてきた。
「ああ。俺のピアノの音で、腰が抜けたんだと」
きゃあ。ばらしてる!でも、正確には、キスと「愛している」の言葉でなんだけど。
「素敵な音色でしたものね~~~」
トモちゃんも、うっとりとした目でそう言い、亜美ちゃんも、目をハートにさせ、
「お姫様抱っこだなんて、素敵」
と、そんなことを一臣さんに言った。
「お前はお前の彼氏にしてもらえ。コック見習いだっけ?年下の彼だろ?」
「きゃ~~。なんで知っているんですか?」
「ふん。そのくらい、情報はいくらでも入ってくるんだよ。まあ、頑張れよ」
そう一臣さんは言うと、階段を上りだした。
「え?え?」
私は一臣さんの肩越しに亜美ちゃんを見た。亜美ちゃんは真っ赤になっていた。
「コック見習い?年下の彼?」
「なんだよ。お前は知らなかったのか?立川の方からモーションかけたようだぞ」
「知りませんでした」
「なかなか、期待できるコック見習いらしい。喜多見さんが言ってた。もし、付き合いが続くようなら、自分とコック長みたいに、結婚しても二人して屋敷に残るかもしれないってな」
そうか!だから亜美ちゃん、ずっと屋敷にいますなんて言ったんだ。
「知らなかった~~」
「動くなよ。重いだろ」
「ごめんなさい」
「まだ、腰抜かしたままか」
「はい」
本当はもうしっかりと歩けるかもしれない。でも、抱っこしていてほしくて嘘をついた。それに、一臣さんの首に両腕を回した。
「一臣さん」
「なんだ?」
「私も、愛しています」
「ああ。知っているぞ。一緒に風呂入ろうな?」
「え?はい」
「体洗ってやるからな?」
「……はい」
まだまだ、私と一臣さんの甘美の時間は続きそうだ。