~その10~ お屋敷で婚約のお祝い
お屋敷に帰ると、トモちゃん、亜美ちゃんが元気よく出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「もう、夕飯の準備整っています」
「そうか。じゃあ、このまま食堂に行くか」
一臣さんは私の腰を抱き、ダイニングに直行した。
「おかえりなさいませ!そして、おめでとうございます!」
ダイニングのドアを、亜美ちゃんが開けてくれた。するとみんなが声をそろえ、私たちを出迎え、そのあと、「パン!パパパン!」と、クラッカーが鳴った。
「うわ」
私も一臣さんもびっくりした。ダイニングには、でかでかと「一臣様、弥生様、ご婚約おめでとうございます」という、垂れ幕も飾られ、綺麗なお花もいっぱいテーブルの上に飾られていた。
「おめでとう、兄貴、弥生」
「おめでとうございます」
龍二さんと京子さんもいた。それに、メイドさんたち、コックさんたち、庭師のみんなまで勢揃いしている。
「…喜多見さん、おふくろは?」
「奥様は、美容院に行かれていて、夕飯も外で食べられるそうです。私たちがお二人の婚約のお祝いの準備をしているのを知り、あなたたちだけでお祝いをしなさいとおっしゃっていました」
「…へえ。前だったら、従業員総出でこんなことをしたら、おふくろ怒っていただろうに」
「そうですね。今回は、見て見ぬふりをしてくれているようですよ」
「そうか。従業員がこんな派手なことをするのは許せても、参加はできないってことか」
「さあ、どうぞ、お掛け下さい!」
日野さんに言われ、私と一臣さんは席に座った。京子さん、龍二さんも席に座り、そこにお料理が運ばれてきた。
食事の間は、いつもの給仕をしてくれるメイドさんや、国分寺さんだけになったが、食べ終わると、ぞろぞろとまた、みんながダイニングに入ってきて、
「おめでとうございます」
と、みんなから、私と一臣さんにプレゼントをくれた。
「なんだ?」
「ささやかなものなんですが、みんなでお金を出しあって買いました」
一臣さんが、袋の中から取り出した箱、それはささやかなものなんてことはない。高そうな一眼レフカメラが入っている箱だ。
「一臣様、一眼レフカメラはお持ちではないですよね?」
「ああ」
「ぜひ、お子さんが生まれたら、そのカメラでどんどん写真を撮ってください」
亜美ちゃんがそう言うと、一臣さんは片眉を思い切り上げた。
あれれ?気に入らなかったのかな。
「なるほどな。これが俺へのお祝いか。で、弥生には?」
私は、もらった袋のリボンをほどいた。
「あ。シルクのパジャマ」
薄いピンクと、白のシルクのパジャマが入っていた。
「一臣お坊ちゃまとお揃いのパジャマです」
喜多見さんがにこにこしながら、私にそう言った。
「ああ、それ、着心地いいんだよな。良かったな、弥生」
「はい!ありがとうございます」
「…一眼レフカメラか。子供産まれる前は、弥生のことでも撮るか」
「え…」
変な写真じゃないよね…。一瞬、疑いの目で見てしまった。
「夏に休暇取って、避暑地に行くだろ?その時に持っていこうな?弥生」
「…はい」
そうか。バカンスの時の写真を撮るのか。
じゃあ、私も一臣さんをどんどん撮りたい。そして、一臣さんの写真をコレクションにするの。なんて言ったら、ストーカーだってまた、怖がられるよね。
「サンキュ。高かっただろ。ありがとうな」
一臣さんはみんなにお礼を言った。
「いいえ。本当におめでとうございます。従業員一同、心からお祝い申し上げます」
喜多見さんがそう言うと、みんな揃って頭を下げた。
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
うる…。嬉しくて涙が出てきた。感激だ。
一臣さんの顔をうるんだ目で見た。すると、一臣さんも目を細め、感動しているようだった。
「はは…。まさか、婚約したくらいで、こんなに祝ってもらえるとは思わなかったな」
そう言って一臣さんは、皆のことを見てから、ふっと視線を私に向けた。
「弥生だからだろうな」
「え、そ、そんなことないです。一臣さんがそれだけ、みんなに慕われているってことです」
「まさか。ずっと怖がられていたのに…。話しかけられることもなかったんだぞ?」
一臣さんはまた目を細め、そして従業員のみんなのことをゆっくりと見た。
「弥生と結婚したら、子供も生まれるし、みんなにはいろいろと面倒を見てもらうことになると思う。これからも、よろしく頼むな」
一臣さんがみんなにそう言って、にっこりと微笑んだ。みんなは、思い切り深く頷き、
「もちろんです」
と、元気よく返事をしてくれた。
「俺らは、そのうちこの屋敷を出て、大阪に行っちまうけどな」
ずっと黙っていた龍二さんが、口を開いた。
「ああ、でも、たまには東京にも来るだろ?その時には、屋敷に泊まって行けよ。多分、賑やかになっていると思うぞ」
「そうだな」
「わたくしも、よろしいですか?龍二さんと一緒にお屋敷に来ても」
京子さんが、静かな声で一臣さんに聞いた。一臣さんは京子さんのほうを向き、
「もちろんですよ」
と、優しく答えた。
「大阪には、ここまででかい屋敷は建てないが、京子さんと住む家を建てようと思っているんだ。おふくろが、メイドとコックを、数人、連れて行ったらいいと言っていた。おふくろが大阪に来た時には、その家に泊まってもらおうと思う。だから、兄貴と弥生も大阪に来た時には、泊まって行けよ。二人の部屋も用意しておくから」
「ああ、ぜひ、泊まらせてもらうよ」
龍二さんに一臣さんは、にこりと微笑みながらそう言った。龍二さんも、嬉しそうな顔をして頷いた。
なんか、とっても、いい雰囲気だ。仲のいい兄弟になっちゃってる!京子さんも、龍二さんの隣で嬉しそうだし。
私と一臣さんは、プレゼントを大事に手にして部屋に戻った。
「一臣さん!楽しみですね。そのカメラ使うの」
「なんなら今日撮るか?お前のシルクのパジャマ姿」
「い、いいです。そんなの撮らなくても。あ、私が一臣さんを撮ります」
「俺を?」
「はい。スーツ姿、Yシャツ姿。それから、パジャマ姿も」
「…怖いな。お前、俺の裸とか、こっそりと写したりするんじゃないのか」
「ま、まさか!素っ裸はさすがに」
「……素っ裸はさすがに?ってことは…」
「いえ。なんでもありません」
きゃ~~~。上半身裸なら、撮りたいってちょっと思っていた。
「撮るなよ。もし撮ったら俺も撮るからな。お前の素っ裸」
「ダメです!絶対に!」
「じゃあ、撮るなよ」
がっかり。
「おい」
「え?」
「今、がっかりしただろ?」
「あ…」
ばれてた。
「まったく。写真には撮るなよ。うっとり見ているんだったらいいけどな」
「はい」
そうか。見惚れているのだったらいいんだ。良かった。
「あのなあ、そんなにあからさまに喜ぶなよ」
「え?」
喜んだのわかっちゃったか。
「しょうがないな。一緒に風呂入ってやるよ」
「は?」
「そうしたら、俺の裸見放題だぞ」
そんなこと言われて、見れるわけが…。見ちゃうんだけど…。
「お前も、肌がどれだけ綺麗になったか見てやるから」
そんなこと言われたら、恥ずかしくて裸になれないよ。でも…、簡単に一臣さんに脱がされてしまった。
「ああ、つるつるだな」
「はい」
恥ずかしいから、あんまり見ないでっ。
「なんで胸隠しているんだよ。手、どけろ。洗えないだろ」
きゃあ。きゃあ。洗ってもらうのはやっぱり、恥ずかしい。
でも、一臣さんの背中や腕、胸がお腹を洗うのは、うっとりだ。
「はう…」
「おい。俺の体洗いながら、そんなため息をつくな。怖いなあ」
「ごめんなさい」
「まあ、いいけどな。たいてい、俺の裸見て、みんなうっとりとしていたし」
「え?!みんなって、今迄付き合ってた女性ですか?」
「ああ」
嫌だ~~~。でも、そうか。一臣さんの裸、みんな見ているんだよね。それで、私みたいにうっとりとしていた人もいるんだよね。
なんか、久々のショック。
「でも、俺の体を洗ったのはお前が初めてだ。こんなふうに俺の体に触り放題なのは、お前だけだ」
「は?」
「抱き着かれるのも嫌いだったし、エッチしたら、とっととベッドから出て、シャワーを一人で浴びていたしな。肌と肌が触れ合うのも、嫌だったんだ」
「でも、ぬくもり求めていたんじゃないんですか?」
「そうなんだよなあ。求めるんだけど、いざ肌が触れ合うと、途端に嫌になる。まとわりつかれたりすると、うっとおしいし、あつくるしいし」
「……」
一臣さんは、椅子に腰かけ、
「今日は髪も洗ってくれるか?」
と私に聞いた。私は「はい」と頷き、一臣さんの髪も洗った。
うっとおしいし、あつくるしい?でも、一臣さん、私には年中引っ付いているよなあ。
そんなことを思いながら、一臣さんの髪を洗い、それから二人でジャグジーに入った。一臣さんは私の後ろに座り、私を後ろから抱きしめてきた。
う~~~~ん。うっとおしいし、あつくるしいと言っていた人の行動とは思えない。
「私は、あつくるしくないですか?」
「ああ。弥生はあつくるしいどころか、あったかいし、抱きしめていても、触っていても気持ちいいぞ」
「でも、一臣さんの付き合ってた女性って、みなさん、スレンダーですよね。そんなにあつくるしい人いないと思うんですけど」
「そういう意味で言ったんじゃない。なんていうか…、多分、ベタベタされるのが嫌いなんだ」
私には思い切りベタベタしているのに、不思議。
「弥生は別だ。ベタベタしてきていいぞ?弥生は可愛いからな」
「……は、はい」
ギュっと抱きしめてきた一臣さんの腕を、私も握りしめた。
「私は、一臣さんに抱きしめてもらうの好きです」
「ああ、知ってる」
「え?」
「お前、いつも恥ずかしがったり、赤くなるけど、嬉しそうだからな」
「………はい」
「弥生が俺に惚れまくっているのも知ってる」
「は、はい」
きゃわわ。胸、触ってきた。
「こうやって、俺が胸に触るのも、本当は喜んでいるのも知ってる」
そうか。ばれているんだよね。
「俺のキスも、俺に抱かれるのも、弥生は喜んでいるって、全部知ってるぞ」
「…は、恥ずかしいです」
か~~~。顔、熱くなってきた。
「弥生は、俺との婚約嬉しいか?」
「もちろんです」
「だよな?」
「はい」
「俺が副社長になったら、俺も弥生も忙しくなるかもしれない。でも、お前はお前でいろよ」
「え?」
「ずっと、このまんまの弥生でいろよ」
「はい。一臣さんさえそばにいたら、ずっとこのまんまの元気な私でいます。だって、一臣さんが原動力だから」
「俺もだ。俺も弥生がいたら、元気でいられる」
「……」
嬉しいかも。
チュウ…。一臣さんが私のうなじにキスをした。ドキン。
「愛しているぞ、弥生」
「はい…」
その言葉だけで、腰が抜けそうになった。
明日は婚約パーティだ。ずっと思い続けていた一臣さんと、婚約できて、愛しているなんて言ってもらえて、こんなに幸せなことってないよね。
その日は、二人してシルクのパジャマを着て、ベッドに一緒に入り込み、
「避暑地に行ったら何がしたい?」
とか、
「新婚旅行も考えないとな」
なんて、そんなことを一臣さんは私の髪を優しく撫でながら聞いてきた。
「新婚旅行…。どこでもいいです」
「ああ。そうか。そう言っていたよな。俺は、忙しくするのは嫌だから、どっか一箇所にとどまってのんびりしたいな」
「いいですね」
「カリブの海にでも行くか。それか…、ドバイとかの高級ホテルに泊まるか?どっかの南国の島に行って、コテージでのんびりするのもいいよな」
「でも、私、泳ぎが得意じゃないんです」
「そうなのか?やっぱり、弥生は武道だけしか取り柄がないのか?」
グッサリ。まあ、そうなんだけどさあ。
「俺の祖父や祖母がいるハワイに行くか。プライベートビーチがあって、別に泳がないでものんびり寝ていてもいいんだし。テニスや、ゴルフもできるぞ」
「じゃ、じゃあ、それまでに、テニスとゴルフできるように頑張ります」
「ははは。お前って面白いなあ。なんに対しても前向きで」
「だって、一臣さんと一緒にテニスしてみたいです」
「そうだな。いろんなことをこれから、していこうな」
「はい」
「仕事忙しいとは思うけど、お前との時間も大事にするからな?」
「はい」
嬉しすぎる!
「でないと、俺がストレスになる。弥生とべったりしていないと、病気になりそうだ」
「は?」
「禁断症状がきっと出る。弥生中毒だからな」
「私も…」
うっとりと一臣さんの腕の中に抱かれ、一臣さんのそんな言葉を子守唄代わりに聞き、いつの間にか私は寝ていた。