~その8~ 一臣さんにインタビュー
いよいよ、いよいよ今日、婚約発表の日だ。とはいえ、私が何をするわけでもない。緒方財閥のホームページに一臣さんが婚約したという記事が載り、そこに一臣さんの写真がデカデカと載っていて、私の写真は、小さく載っていた。
それも、この前の一臣さんの誕生日パーティで琴を弾いていた時の写真だ。私のプロフィールも載っているが、あの時の紹介同様、嘘八百が並んでいる。
琴、お茶、お花をたしなむ、大和撫子…みたいな紹介で、本当の私を知っている人が見たら「嘘ばっかり」と思っているだろう。
一臣さんは、いつ写真を撮ったんだろうか。わからないけれど、スーツをビシッと着こなした、麗しい姿が映っていて、ちゃんとコメント欄があった。
「上条グループのご令嬢、上条弥生さんと婚約をしました。緒方商事と上条グループは提携を結び、アメリカ進出に向けてのプロジェクトも着々と進んでいます。今後の緒方財閥の発展のためにも、弥生さんと力を合わせ、頑張っていきたいと思っています」
なんとも、素晴らしいコメントだ。でもこれ、一臣さんがちゃんと言った言葉だと思うなあ。本気でそう思っていると思うし。
私は、秘書課でそのホームページを見ていた。一臣さんは、総おじ様に呼ばれ、明日のパーティの打ち合わせをしているところだ。
「上条さん、一臣様へのインタビューのコーナーに飛べるようになっているわよ」
「え?」
「一臣氏に婚約について質問をしてみましたっていうページがあるの。もう見た?」
パソコンで緒方財閥のホームページを見ながら、大塚さんが聞いてきた。
「まだです」
私は慌ててそのページも見てみた。一臣さんがどんなことを言っているか、ものすごく気になった。
変なこと言っていないよね?ドキドキ。
誰が質問をしているのかわからないけれど、多分、広報部の人間だろう。担当Aとしか記されていないけど。
担当A 弥生様にお会いした時の、第1印象は?
一臣氏 初めて会ったのは、8歳の時。可愛い女の子だと思いました。
担当A 8歳の時にお会いしていたんですか?その後もよくお会いになっていたんですか?
一臣氏 いいえ。大学に入るまで、ずっと会っていません。
担当A 同じ大学だったと伺いました。大学でよくお話をされていたんですか?
一臣氏 いいえ。大学時代はまったく話もしませんでした。実は、婚約者が同じ大学にいることも知らされていませんでしたから。
わあ。一臣さん、すっごく正直に話している。
担当A 弥生様はどんな方ですか?
一臣氏 明るくてバイタリティがあって、発想豊か。機械金属プロジェクトの発案者は彼女なんです。僕の仕事の補佐もしてもらっています。
「一臣様、上条さんのことすごく褒めていますね」
江古田さんも同じページを見ながら、話に加わってきた。
「はい。嬉しいです」
「でも、お仕事のことばかりですねえ。褒めているのは…」
う…。大塚派の人だ。何が言いたいのかな?
「そりゃ、こんなみんなが見るホームページに、可愛いだのなんだのって、書けないわよねえ」
大塚さんが、フォローしてくれた。ありがたい。
「あ!でも、見てください。このあとの質問の答え!」
江古田さんが、珍しく大きな声をあげてそう言ったので、私も大塚さんも慌ててスクロールして、続きを見た。
担当A お仕事以外での弥生様は、どんな方ですか?
一臣氏 料理も上手ですし、家事も何でもこなせるパーフェクトな女性ですよ。それに、素直で献身的な可愛らしい女性です。
「わお!褒めまくりだわ~~」
大塚さんも大きな声を上げた。
わあ。こんなこと一臣さん言ってる!これ、本当に一臣さんが答えたの?うまく、他の誰かが編集したんじゃなくて?って、つい、疑っちゃうくらい、私のこと褒めてる。
担当A ご結婚は、半年後と伺いました。待ち遠しいですね。
一臣氏 そうですね。でも今も、弥生さんには仕事の補佐もしてもらっていますし、お屋敷にも来ていただいているので、結婚しても今とあまり変わらないかもしれませんね。
担当A 緒方家のお屋敷で、一緒に住まわれているんですか?では、いつでも弥生様とご一緒なんですね。
一臣氏 はい。いつでも一緒にいます。緒方商事でも一緒にいるところを見かけた社員は多いと思います。
担当A 一臣様、本当にご婚約おめでとうございます。
一臣氏 はい。ありがとうございます。
インタビューはそこで終わっていた。なんか、できすぎって言うくらいのインタビュー…。
私は、秘書課で大塚さんや江古田さん、町田さんや矢部さんにまでひやかされ、顔を赤くして15階に戻った。一臣さんは、打ち合わせも済み、オフィスでのんびりとくつろいでいた。
「弥生、ホームページ見たか?」
「はい。見ました…」
顔を赤くしたままそう言うと、
「ちゃんと、インタビューのところも見たか?」
と、一臣さんは確認してきた。
「はい。みんなで見ました。大塚さんたちにひやかされました」
「そうか。みんなの反応は良かったか。仲の良さをアピールできたんだな」
「え?」
「まずまずだったよな?ところどころ、歯の浮くような台詞もあったし、俺がこんなこと言うわけないだろっていう箇所もあったが、まあ、あんなもんだよな」
「えっと…。歯の浮くような台詞って、どの辺が?」
「なんだったっけ?パーフェクトだの、素直で献身的な可愛い女性だの…」
「あ…。え?それって、一臣さんが言ったんじゃ…」
「まさか。全部、樋口や青山に任せた。俺は仕事で忙しかったからな。樋口の奴、8歳の時に出会ったことまで載せやがった」
やっぱり、一臣さんじゃなかったのか~~~~~。
ああ。赤くなったり、感動して損をした。
「じゃあ、じゃあですよ。もし、一臣さんが本当に質問に答えていたら、なんて言っていたんですか?」
「何がだ?」
「私のことについてです」
「ああ。バイタリティがあって、発想豊か。ちょっとのことじゃへこたれない。体が丈夫で、大食漢。武道が特技で、めちゃくちゃ強い」
当たっているけど、酷過ぎだ~~~。
「いいです、もう。樋口さんと青山さんに任せて正解だったと思います」
「そうか?」
「がっかりです」
「なんでだ?俺が言っているほうが、本当の弥生だろ?」
「大食漢は余計です」
「なんだよ。本当によく食うじゃないか」
そうだけど。
「あとは、そうだな。日曜大工が得意。腹時計がやけに正確」
「いいです!もう~~~」
「あとは…」
一臣さんは、私を抱き寄せ、
「抱き心地がいい。隣にいるとぐっすり眠れる。着物姿が色っぽい。尻と太ももの触り心地がいい。あとは…」
と続きを言い出した。
「スケベ発言になっています!」
「最後まで聞け。俺にべた惚れて、俺が原動力で、俺がいないと元気がなくなっちまう、すげえ可愛い奴…」
「え?」
「俺が唯一、この世で惚れている女だ」
ドキッ!
「そ、そんなこと書いたら、大変です」
「そうか?そこまで書いたら、仮面フィアンセの噂なんか、すぐに消えると思わないか?」
「思いません。一臣さんが変態だって、みんなにばれちゃいます」
「どこが変態なんだ。ああ、お前に惚れているっていう時点でもう、十分変態か」
また、そんなことを言う~~。
ふくれていると、一臣さんは私のほっぺを指で突っつき、そのあと私の腰を抱いて、ソファに腰掛けた。そして私を、膝の上に座らせた。
「明日だな?」
「はい。今から緊張です」
「ははは。だから言ったろ?お前が緊張することなんか、何もない。俺の隣にいたら、それでいいって」
「でも、司会の人に何か聞かれるかもしれないんですよね?」
「何もない。最後によろしくお願いしますと挨拶をしたらそれでいい」
「はい…」
「あとは、酒だけは飲むな。あ、それから、あんまり美味しい料理が出てきたからって、全部をたいらげるなよ。お前が大食漢だって、みんなにばれるからな」
「しません!もう~~~」
「はははは」
からかってばかりなんだから。でも…。なんか、今日の一臣さん、すっごく機嫌いいかも。
「明日のパーティでは何が聞きたい?」
「え?なんのことですか?」
「ピアノを弾く予定だ。お前のリクエストを弾くぞ」
あ、それでもしかして、昨日弾いたのかな。あれって、練習だった?
「じゃあ、昨日の…雨だれで」
「ショパンの雨だれか?」
「はい」
「よし、わかった」
わあい。嬉しい!でも、きっとうっとりと聞いちゃう女性が多いんだろうなあ。
「明日って、どんな方がお見えになるんですか?」
「緒方家の人間は、誕生日会でお前にもう会っているからな。緒方商事の会社の人間と、緒方財閥関係の会社の人間を呼んだ。来るのは部長クラス以上だ」
「そうなんですか」
「あとは、上条グループの人も呼んだぞ。弥生の親父さんや、如月もトミーも来る」
すっかり、如月お兄様や、トミーさんと仲良くなっちゃったんだなあ。
「すごい人数になりませんか?」
「なるな。だから、立食パーティだ。上条グループの人間と、緒方財閥の人間の顔合わせみたいなもんだ」
「そうなんですか。やっぱり、緒方商事と上条グループのプロジェクトには、大きな影響の出るパーティなんですよね?」
「そんなに堅苦しく考えるな。単なるパーティだ。結婚式のほうがもっと、大きなものになるんだから、婚約程度でビビるなよ」
「え?」
「緒方商事の次期社長の結婚式ともなれば、そりゃ、注目されられるし、話題にも上るだろ。その頃には、アメリカ進出も進んでいるから、海外からも注目される。マスメディアでも、報道されるだろうしな」
「テレビや雑誌の取材とか、来るんでしょうか?」
「来るだろうなあ」
「明日は?」
「明日も来るかもしれないが、まあ、そこそこだろ?婚約だけだし。ただ、株なんか、影響出るだろうなあ」
「……株?」
「お前はいいんだよ。そんなこと考えないで、明日の夜のことでも考えておけ」
「夜?」
「ああ。俺にまた、思い切り愛されることになるんだからな。覚悟しておけよ」
う、うわ~~~。なんだって、そういうことを言い出すんだ。いきなり、変態スケベ発言するんだから。
「今日はやめておいてやる」
「は?」
「さすがに連日は、お前も疲れるだろ?明日のこともあるしな。あ、そうだった。忘れてた。祐さんがエステの予約入れたって、メールが来てた。仕事終わったら、行ってこいよ」
「エステですか?」
「ああ。明日のヘアメイクは、祐さんがしてくれるからな」
「はい」
「今日はエステで、肌磨き上げて来いよ。明日のために」
「は、はい」
「明日の夜のためにだぞ?」
「はい。…え?夜?」
「そりゃ、婚約して最初の夜を迎えるんだ。肌、綺麗にしておかないとだろ?」
「……新婚初夜じゃないんだし」
ぼそっとそう言うと一臣さんが後ろから、私の耳を甘噛みしてきた。
「ひゃう」
「惚れているフィアンセに抱かれるんだから、綺麗にしてこい」
「はい」
もう。さっきから、発言がどぎまぎしちゃうのばっかり。どうしちゃったんだ。いや、一臣さんがスケベなのは今に始まったことじゃないけど。
「そういえば、弥生。買ったのか?」
「え?何をですか?」
「新しいガーターベルトだ」
「いいえ」
「なんでだよ。オフィスで楽しめないだろ?買っておけよ」
また~~~。
「オフィスでなんて、そうそうしないからいいんです」
「そんなこと言って、俺にほっぽかされると、すぐに寂しくなるくせに」
う…。そ、そうなんだけど。それは本当にそうなんだけど…。
「まあ、いい。青山に買いに行かせる」
「いえいえ。そんなこと、頼んだりしないでください。恥ずかしい」
「いいだろ、別に、あいつ、そういう買い物好きそうだしな」
なんで、知ってるの?やけに青山さんのこと詳しいよね。
「あいつも、いろんな色っぽい下着つけて、親父のこと誘っているらしいし」
「え?それ、総おじ様から聞いたんですか?」
「いいや。青山からだ」
「…そ、そんな話をするんですか?」
「ああ。勝手に青山が教えてくれるんだ。お前がうぶで、なんにも知らないお嬢様だって知って、あれこれ、世話を焼きたいみたいだぞ?」
「え?なんで、何も知らないうぶだって、わかっているんですか?」
「そんなの、一目瞭然だろ」
「………ですよね」
「でも、お前も初心者卒業したしな。これからも、どんどんレベルアップしていこうな?弥生」
「は?もう、卒業できたんだから、レベルアップもないですよね?」
「まだまだだ。若葉マークが外れただけで、中級者のレベル1ってところだぞ」
「え?もっと上があるってことですか!?」
「ああ。もちろんだ。楽しみだろ?」
「いえいえいえいえ。もう十分です」
「遠慮はするな」
「遠慮していません~~~~~」
そう言っているのに、一臣さんはまた、私の耳たぶにキスをして、後ろから抱きしめてきた。
「俺が、まだ十分じゃない。弥生のもっといろんな顔が見たいんだ」
「は?」
いろんな顔?
「こんな純情そうな顔をしているのに、夜になるとガラリと女の顔になるんだ…なんて、そそられるだろ?」
「そういう考えがもう、ついていけません。まったくわかりません!」
「でも、そうなっていくんだ。言っただろ?俺が変えていくんだって」
「悪趣味。変態!」
「なんとでも言え。こんな俺に惚れたお前が悪いんだからな」
ええ?何それ。
「覚悟しろって言ってあったよな?」
「い、言ってましたけど。こういうことだとは、思ってもみませんでした。だいたい、一臣さんは恋愛に淡白で…」
「ああ。俺だって、お前に会うまでそう思っていたさ。だけど、お前に惚れて、俺の本性を知っちまったんだからしょうがないだろ?」
開き直ってる?
「だいたい、弥生がいけないんだ」
「は?わ、私の何が?あ、まさか、あんまりにも知らなさすぎるから?免疫なさすぎだから?」
「ああ。純情で可憐すぎる」
「はあ?可憐!?」
「そんなだから、俺が変えたくなるんだろ?」
何その言い分!!!もう、本当にさっきから、変態発言ばっかりしているんだから!
「本当に弥生は、可愛いよな。食べたくなるくらい可愛いから、いつも食っちまうんだ」
はあ~~~~?
「弥生の全部可愛いから、つい全身キスしちゃうし、撫でまくっちゃうし」
「きゃわ~~~。もう、いいです!なんか、聞いててめちゃくちゃ恥ずかしくなってきました」
っていうか、いつも私にストーカー発言で怖いって言っているけど、一臣さんのほうがよっぽど危ない発言しているってば。
私が真っ赤になって、一臣さんの膝の上でじたばたしていると、私の太ももを撫で、
「だから、そういうところが可愛いんだって。やばい。欲情しそうだ」
と、私のうなじにキスまでしてきた。
「ダメです!確か、このあとも、用事あるんですよね?」
「ああ。樋口や青山、細川女史と明日の最終打ち合わせだ」
「じゃあ、もう、行かないと」
「弥生!こっち向け」
わあ。キスしてきた~~~!!!ダメ。そんな思い切り熱いキス。腰抜ける!
そのうえ、キスが終わると一臣さんは、熱いまなざしで私を見つめてきた。
「やっと、無事に婚約だな」
「はひ?」
「腰抜かしたのか」
「はひ。だって、キスが…」
情熱的すぎて…。ヘナヘナです。
「やっと婚約だ。結婚まではまだ半年ある。いろいろと忙しくなるし、大変だろうけど、ずっと俺のそばにいろよ?」
「もちろんです」
「そのあとも、ずうっと俺のそばにいろよ?」
「はい。嫌だって言ってもそばにいます」
「ははは。怖いな」
そう一臣さんは笑ってから、私の耳元に口をつけ、
「絶対に嫌がったりしないから、安心しろ」
と優しく囁いた。
あ。今の言葉でまた、腰抜かした…。
大好きな一臣さんと婚約できた。そして、こんな言葉を囁かれてしまうようになった。
幸せすぎて、一臣さんの熱い思いにおぼれそうだ。
ギュ。一臣さんのほうに体を向け、私も抱き着いた。一臣さんのコロンに包まれた。はう。また、甘いため息が出た。ずうっと、私はうっとりと幸せな時間を過ごしている。一臣さんのすぐそばで。
これからもずっとずっと、こんな甘い時間を過ごして行けるのかな。
ちょっと幸せすぎて、怖い気もしてきた。
ずうっと、こんな幸せな時間が、続きますように。そっと心の中で、私はそう祈っていた。