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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第13章 大事な人
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~その6~ 憐れむ噂

 翌日から、私と一臣さんの婚約パーティの準備が始まった。秘書課の人たちも、パーティの受付や、案内係などをすることになったようだ。


 パーティはホテルの会場を借りる。いったいどれだけの人が集まるんだろう。さすがの私も、ドキドキしてきてしまった。

 でも、一臣さんはまったく緊張の色も見せず、パーティの準備は樋口さんと細川女史、青山さんに任せ、私を引き連れ、工場視察をしたり、緒方財閥の子会社を回ったりしていた。


 樋口さんは、パーティの準備で忙しいので、ボディガードは日陰さんだった。工場や子会社の見学をして、内情を聞き、改善点を見出し、工場長や子会社の社長に何かしらの希望を与え、社に戻った。


 それにしても、一臣さんはかなりご機嫌だ。

 助手席に日陰さんがいようと、やっぱり私の太ももを触り、ご機嫌そうな顔つきで座っている。


「弥生はどこに行っても受けがいいな」

「は?」

「この分なら、婚約発表しても、みんなに祝福されるな」

「………。みんなにって、緒方財閥のみなさんっていうことですか?」


「そうだ」

「だったら、とっても嬉しいです」

「ん?自信がないのか」

「はい」


「なぜだ?緒方商事でも、お前のことを支持している人間、多くなったと聞くぞ」

「ですが、どっからどう見ても、お嬢様っぽくないですし」

「だから、いいんだよ。つんとすましたお嬢様だったら、嫌われるところだ」

「そうでしょうか。たとえば、京子さんみたいに物静かなお嬢様だったら…」


「龍二と婚約するんだから、それはそれでいいだろ?」

「……。あの…」

「なんだ?」

「その、噂なんですけど。今朝、ちょっと秘書課に顔を出した時に、大塚さんが教えてくれたんです」


「何をだ?」

「一臣さんのフィアンセは、何やら頑張っているようだけど、報われないでいるらしい。気の毒にって」

「…報われない?どういうことだ?」

「ですから、一臣さんになんとも思われていないらしいって」


「なんだ?それは。これだけ、年中一緒にいて、こんなに仲良くしているのに、どこをどう見てそんなことを言うやつがいるんだ。なあ?日陰。お前はそんな噂、聞いたことあるか?」

「ありますよ」


 日陰さんは、一言そう答えた。

「本当か?」

「はい。弥生様を応援する社員が増え、特に女性社員に応援されているようですが、どこか、同情しているふうなところもあるようです」


 ど、同情?!

「憐みってやつか?ってことは、俺と弥生が仲いいところを見せているのに、仲がいいと思われていないってことだな?」

「まだまだ、仮面フィアンセの噂は根深いようですよ」


 そう日陰さんが答えると、一臣さんはう~~~んと唸った。

「仕方ないな。これからも、うんと仲いいところを見せつけていくか」

「いえいえいえ。うんと仲いいなんて、無理です」


「なんで無理なんだよ?」

「だって…」

 人前でうんと仲良くしてみせるんでしょ?今だって、けっこうべったりしているのに、これ以上ってことでしょ?


「ふん。弥生も俺にうんと甘えたり、べったりしてきたらいいんだ。そうしたら、みんな、憐れんだりしないだろ」

「え?」

「たとえば、上野とかみたいに」


「上野さん?」

「あいつは、あっちから勝手によく腕を組んで来たり、引っ付いて来たりしていたからな。うざかったが、弥生だったら全然いいぞ」

「無理です」


「なんでだよ?!」

「は、恥ずかしいですっ!!!」

 真っ赤になってそう答えると、

「弥生様ははじらいがあって、可愛らしいですねえ」

と等々力さんが笑った。


「何がはじらいだ。ストーカーだったくせに」

「ち、違います~~~」

 もう、またそんなことを言うんだから。


 車は会社に着いた。一臣さんはわざと正面玄関から降り、私の腰に腕を回して、ビルに入った。

「べったりしているところを、見せつけないとな?」

 そう耳元で囁き、一臣さんはロビーを、私を引き連れ闊歩した。時間はもう5時半を過ぎ、帰る社員もロビーに大勢いた。


「あ、一臣様とフィアンセよ」

「仲いいように見えるけど…、やっぱり、どこか不自然よね」

「だいたい、一臣様って、あそこまで女の人とべったりしていなかったし」

「付き合っていた人に聞いたら、案外一臣様って、あっさりしているんだって。べったりするのも嫌いだったらしいわよ」


「それじゃ、あれはいくらなんでもやり過ぎね。わざとらしいわよね。だからこそ、なんだかフィアンセが可哀そうになってくるわ」

「本当ね。ほら、真っ赤になって顔を引きつらせている。きっと困っているのよ」

 そりゃ、困っています。そんなことを、聞こえるように話されちゃ…。


 それとも、こっちに聞こえないと本気で思っているのかな。ああいうひそひそ声って、けっこう聞こえるものなんだけど。


「弥生が挙動不審だから、あんなことを言われるのか」

 ぼそっと一臣さんはそう呟き、来たエレベーターに乗り込んだ。エレベーターには誰も乗っていなかった。これは、まずい。また、一臣さんが変態な行為をしてくるかもしれない。


 と、身構えていると、一臣さんは私の腰に回した手も離し、両腕を組んで考え込んでしまった。

「う~~~~~ん。どうやったら、仮面フィアンセの噂は消えるんだ?もとはと言えば、日吉が撒いた噂だ。だけど、みんながそれを信じ込み、今じゃ疑いもしない。お前へのやっかみは消えたのに、仮面フィアンセの噂だけは残っているのはどうしたらいいんだ。なあ?弥生」


「さ、さあ?」

 そんなことを言われても…。

「婚約パーティで、熱い接吻でもしてみせるか?」

「まさか!!!!!まさかですよね!?!!!」


「ダメか?結婚式だったら、するだろう?誓いの接吻」

「するかもしれないですけど、熱い接吻はしませんから」

「そうか?腰が抜けるようなのをしてもよかったんだぞ?」

「ダメです~~!!!」


 もう~~~。どこまで、本気で言っているのかわからないところが怖い。


「は~~~あ。もう、なんだか疲れたぞ。人の噂も49日だったか?そのうち消えるだろ。ほっとくか」

 日数が違っていると思うけど…。つっこむところ?まあ、いっか。


「あ、でも、海外事業部のプロジェクトには影響ないんですか?」

「婚約をちゃんとしたら、問題ないだろ」

「婚約…。一臣さん、私、なんだか緊張してきました」

「大丈夫だ。司会もいるし、弥生はなんにもしないで、俺の隣にいたらいいだけだ」


「何もしないでいいんですか?」

「ああ。酒も飲むな」

「飲みませんけど…。スピーチとかないんですよね?」

「ああ。俺はあるけどな」


「あるんですか?」

「一応な。社長と俺の挨拶はある。お前は黙って座っていたらいいと思うが…。司会進行は任せてあるから、もしかしたら、一言…とか言われるかもな」

 ひょえ~~~。やっぱり?緊張だ~~~。


 ドキドキしてきた。大丈夫だよね?なんか、へましたらどうしよう。

「着物着るんだろ?」

「はい」

「そうか。夜が楽しみだな」


「……はあ?」

「パーティ終わったら、さっさと帰るぞ」

「……」

 なんだって、またそんなことばっかり楽しみにしているんだろう。人がこんなに緊張しているって言うのに。


 一臣さんはオフィスに戻り、すぐにアタッシュケースに必要な書類を入れた。そして、簡単にデスク周りを片付けると、

「帰るぞ、弥生」

と言って、部屋を出て行こうとした。


「え?もう?」

「ああ。帰ったら、家族そろって夕飯だ」

「…龍二さんや京子さんも…ていうことですよね?」

「そうだ」

 そうか!一臣さん、本当に龍二さんのこと大事にするって、思っているんだな。


「龍二が大阪に行ったら、こんな機会、そうそうないだろ?」

「そうですよね!」

 なんだか、嬉しい。思わず、一臣さんの腕にしがみついた。でも、ストーカーって言われそうで、すぐに腕を離すと、

「引っ付いていていいぞ?いつも、そうやっていろよ」

と、一臣さんは言ってくれた。


「…はい」

 もう一回一臣さんの腕にしがみついた。


 樋口さんはオフィスにいなかった。一臣さんは等々力さんに、

「正面玄関にそのまま待機だ。すぐに弥生と行くから」

と、そう連絡をしてオフィスを出た。


 私も、一臣さんの腕に引っ付いたまま、廊下を歩いた。そして、エレベーターに乗り込むと、一臣さんは私にキスをしてきた。

「!!」


 チン!

 エレベーターが止まった。一臣さんはすぐに唇を離したけれど、私は真っ赤なまま。下を向いたまま、一臣さんの腕に引っ付いていた。


 エレベーターには、男性社員が二人乗り込んできたが、一臣さんがいるからか、黙り込んですぐに入り口のほうを見た。

「弥生」

 ひょえ?一臣さんが話しかけてきちゃった。また、へんなこと言い出すんじゃないよね?


「今日視察した工場、ちゃんとレポート出せよ。明日までの宿題だからな」

「え?!明日までですか?」

「ああ。帰ったらパソコン使っていいから、ちゃんと書けよ」

「はい…」

 とほほ。仕事の話とは…。まあ、変態発言よりましだけどさあ。


「ここ数日、他のメンバーも視察に行っているから、来週に一回ミーティングを開くか」

「はい」

 次々にエレベーターには社員が乗ってきた。みんなは、一臣さんがいるから黙りこくって、エレベーター内は一臣さんの声だけが響いた。それも、ずっと仕事の話…。


「そろそろ、次の段階に進まないとな。視察だけ行っていても仕方ないからな」

「そうですよね」

「弥生もちゃんと、考えろよ。お前の意見も重要なんだからな」

「はい」


「…そうだな。今日は早くに帰って時間もあるし、二人で今後のスケジュールでも考えるか」

「スケジュール?」

「ああ。具体的に決めて行かないと…。これからも忙しいぞ?弥生」

「はい。大丈夫です。頑張りますから」


「体力だけはあるもんなあ、お前」

「……」

 し~~~んと静まり返るエレベーターで、そんなことを言われてしまった。えっと~~。なんか、もっとみんなに同情されたりして。だって、まるで体力しか認めてもらっていないみたいじゃない?今のって。


 なんだって、みんながいる時に、そういうことを言うかな。もっと、いい雰囲気のところを見せるとかしないわけ?

 って。そんなの、私が恥ずかしくってダメだけど。


 一階に着いた。私は知らないうちに一臣さんの腕から手を離していた。多分、人が乗ってきて、途中で恥ずかしくなったからだ。一臣さんは、アタッシュケースを持っていない手で私の腰を抱き、歩き出した。


「彼女は仕事の補佐役なんだな」

 ぼそっと若い男性社員の声が聞こえた。

「一臣氏に信頼されているってことなんだな」

 そんな声も聞こえてきた。


 そうか。そんなふうに思ってくれたのか。

「一臣氏と一緒に暮らしているって聞いたが、屋敷帰っても、仕事の続きなのか?大変だな」

 あれ…。


 だよね。そう思うよね。でも、家まで仕事のことを持ち帰ったことなんか、今迄一回もないんだからね。こんなの珍しいことだもん。


 お屋敷に帰ると、大広間からハープの綺麗な音が聞こえてきた。

「おかえりなさいませ」

 トモちゃんと亜美ちゃんが出迎えに来てくれたので、

「ハープは京子さんですか?」

と聞いてみた。


「はい。龍二さんのために弾いています。とても綺麗な音色が聞こえてきて、私たちもついうっとりと聞いてしまって…」

「うっとりと聞いている場合じゃないだろ。夕飯の準備はできているのか?」

 一臣さんが亜美ちゃんにそう言うと、亜美ちゃんは一気に緊張の表情をして、

「は、はい。してまいります」

と、トモちゃんと走ってダイニングに行ってしまった。


「あ、せっかく、京子さんの演奏を聞いていたのに…」

 そうぼそって言うと、一臣さんは、

「2階に行くぞ。二人の邪魔しちゃ悪いだろ」

と、私に小声で言って、階段を上りだした。


「二人の邪魔をしないように、亜美ちゃんにあんなふうに怒ったんですか?」

「いいや。早くに飯食って、さっさと弥生と風呂に入りたかったからだ」

「…え。でも、仕事は?」

「するぞ。だから、早く部屋に行くぞ」

「あ、はい」

 そうか。それは本気だったのね。


 そして、一臣さんと私は着替えを済ませ、一臣さんの部屋のソファに座り、今日行った工場や子会社について、あれこれお互いの感想や意見を言い合ったりした。それから、私はデスクに向かい、レポートを書き、一臣さんは今日子会社からもらってきた資料に目を通していた。


「今日行った工場も、このまま行くと危ないな。赤字、かなり続いているしな」

「はい」

「子会社のほうは、なんとか持ちこたえていたな。若い社長だが、なかなか頑張っているようだった」

 若いと言っても、42歳。一臣さんよりも、かなり上だけど…。


「弥生、明日は鶴見の工場に行ってみようと思っている」

「え?もしかして、豊洲さんがいる?」

「そうだ。浩介の様子も見てみたいしな」

「そうですね」

 実はあまり会いたくないけど。


「報告によれば、けっこう真面目に働いているらしいぞ」

「豊洲さんがですか?」

「ああ。あの工場の研修は、かなりはまりそうだからな。あいつですら、面白いと感じたんじゃないのか」

「やっぱり、豊洲さんのために、あそこに移動させたんですね?」


「あいつのためっていうわけじゃない。浩介でも面白みを感じるようだったら、かなりすごい研修なんだろうなと思ったからだ。まあ、実験みたいなもんだな。浩介が、モニターみたいなもんだ」

「そうなんですか?」

 本当は、ちゃんと豊洲さんのことを考えていたんだと思うなあ。だって、気にしているみたいだし。


「俺が行ったら、あいつは嫌な顔をするだろうな」

「え?」

「俺が飛ばしたと思っているからな。まあ、俺が飛ばしたみたいになっているけれど、移動を考えたのは、親父だしな」


「え?そうだったんですか?」

「お前に手を出しそうだったから、近寄らせないようにしたってのもあるが、あいつの親父さんから、親父が頼まれていたんだよ。逞しく鍛えあげてくれってな」

「それで、工場に?」


「あの工場がいいんじゃないかっていう提案は、俺がしたんだけどな」

 やっぱり、一臣さんが…。じゃあ、単に怒って飛ばしたわけじゃないんだなあ。


 トントン。

「夕飯の準備が整いました」

 亜美ちゃんが呼びに来た。

「ほら、弥生。お待ちかねの夕飯だ。待ちわびただろ?」

「え?」


「さっき、腹が鳴っていたの、聞こえたぞ」

 聞こえていたか。何も言われなかったから、聞こえていないのかと思っていたのに。

「たまには、楽しく食べような?」

「家族そろって…ですね?」


「ああ」

 なんだか、一臣さんが嬉しそうだ。

 私は一臣さんの腕に引っ付き、るんるんで階段を二人で降りた。




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