~その5~ とことん大事にする
一臣さんは、早速その日からお屋敷で、私にべったりするようになった。夕飯も一臣さんの部屋から一緒に出ると、ばったりと龍二さんと会ってしまい、
「あれ?弥生って兄貴の部屋にずっといたりする?」
とにやにやしながら聞かれてしまった。
「……別にいいだろ?」
一臣さんは、ちょっと間をあけ、片眉を上げてそう答えた。
そして、龍二さんがいるのにもかかわらず、私の腰を抱いたまま階段を降りた。
ダイニングにはすでに京子さんがいた。お母様もすぐにダイニングに来て、みんなで揃って夕飯を食べた。龍二さんの腕には包帯が巻かれ、痛々しそうだったが、当の本人はそんなに辛そうでもなく、ひょうひょうとした表情で食べていた。
怪我をしたのは左腕だし、まあ、そんなに不自由もしないのかな。
「なあ。誰が俺付きのメイドなんだっけ?」
龍二さんがいきなり、お水を入れに来た日野さんに聞いた。
「え?」
日野さんは黙り込み、ちらっと国分寺さんの顔を見た。だが、その質問に答えたのはお母様だった。
「わたくしのメイドに、あなたの世話をしてもらいますよ」
「手がこんなだから、風呂にもまともに入れないんだけど、体洗ったりしてくれるの?」
「それはフィアンセが一緒に住んでいるんだから、してもらったらどうだ?」
龍二さんの言葉に一臣さんがそう答えると、
「え?!」
と、京子さんが、目を丸くして驚きの声を上げた。
「そんなことを、京子さんにしてもらうわけにはいかないでしょう。メイドの誰かにさせますよ」
ええ?それも、どうなのかなあ。
「では、わたくしが龍二おぼっちゃまのお世話をしましょうか?子供の頃は、お風呂も入れていましたし」
そう言いだしたのは、喜多見さんだった。
「そうですね。喜多見さんは、母親代わりみたいなものでしたし。でも、その間、一臣の世話は誰が…」
「はいっ!私がします。部屋の掃除や、お風呂掃除、お風呂の用意、お弁当作り、コーヒー入れるのも全部っ!あ!洗濯だって、アイロンがけも…。え~~っと、それから」
私は手をあげてそう言ってから、他に何かすることはあるかと考え込んだ。本当は夕飯の準備もしたいけど、コックさんたちの仕事だし。
「弥生。弁当はいい。風呂掃除や洗濯、アイロンがけも、他のメイドがするからお前がしなくてもいい」
「……え」
一臣さんにそう言われ、じゃあ、いったい何をしてあげられるのかなと首を傾げて考えてしまった。
「じゃあ、せめて、お部屋の掃除。あ、ベッドメイキングとか、書類の整頓とか…」
「大丈夫ですよ、弥生様。龍二おぼっちゃまのお世話を丸々一日するわけではありませんから」
喜多見さんが優しく微笑みながら、そう言ってくれた。でも、何かお世話がしたかったのにな。
だいいち、結婚して奥さんになっても、私、家事を何一つするわけじゃないんだよね。お料理も掃除も洗濯も、なんにもしないってことなんだよね。
それ、悲しいかも。Yシャツのボタンが取れたら、ボタンつけとか、Yシャツのアイロンがけとか、そういうのがしたかった。それに、愛妻弁当だって作りたかったのになあ。
「はあ…」
ついため息をすると、それを見ていた一臣さんが、
「ブッ!」
と噴出した。
「え、なんですか?」
なんで笑われたのかな。
「お前の反応、面白いよな。そんなに俺の世話がしたかったのか?」
「はい!」
「あははは!そんなに力強く頷くなよ。つくづく可愛い奴だよな」
一臣さんは笑いながらそう言って、しばらくそのあとも笑っていた。それを見た、お母様、龍二さん、そして京子さんがびっくりしていた。
メイドさんや国分寺さんは、何度か一臣さんが声を出して笑ったのを見たことがあるから、そんなに驚いていないけれど、お母様ですらびっくりするほど、こんなふうに一臣さんは笑うことがなかったのかな。
「俺が怪我をしたら、甲斐甲斐しく俺の体も洗うんだろうなあ」
「はい」
「……。まあ、怪我をしていなくても、洗ってくれて構わないけどな…」
ぼそっと一臣さんは小声でそう言った。でも、ダイニングが静まり返っていたので、その声はみんなに聞こえていた。
ガチャガチャ!
食器を片づけていた亜美ちゃん、トモちゃんの手が震え、今にも食器を落としそうになっていた。それに、コーヒーを運んできた国分寺さんですら、コーヒーをこぼしそうになっているし…。
ああ。もう!なんだって、皆がいる前でそういうことを言うかな。そんなことを言ったら、一緒にお風呂に入っているのもばれちゃうじゃないよ。
みんなが、顔を赤らめ、あきらかに動揺している中、喜多見さんだけが冷静な顔をして一臣さんと私にコーヒーを持ってきていた。
もしや、喜多見さんって、いろいろと知っていたりして。部屋の掃除をしてもらっていると、いろいろとわかっちゃうのかな。
ドキドキ。
「では、わたくしも、龍二さんのフィアンセになるんですから、龍二さんのお世話をさせてください」
唐突に、さっきまで言葉を失っていた京子さんがそう言いだした。
「え?」
お母様と龍二さんが、今度は京子さんを驚いた顔で見つめた。
「わたくし、龍二さんのお世話をするためにお屋敷に来たんですもの。か、か、体を洗うのも、身の回りの世話も、きちんとします」
顔を真っ赤にして、京子さんがそう言った。
龍二さんを見ると、ほんわりと頬を染めている。
「京子さんにそんなことをさせるのは、申し訳ない…」
お母様がそう言っても、
「いいえ。させてください」
と、京子さんは言い張り、一歩もあとに引こうとしなかった。
「そうだな。フィアンセの京子さんにいろいろと世話してもらうのが、一番なんじゃないのか?龍二」
一臣さんが、優しい声と表情でそう龍二さんに言うと、龍二さんはちらっと一臣さんの顔を見て、
「……まあ、京子さんがそう言うなら」
と、少し照れた表情を見せた。
一臣さんと龍二さんの間に流れている空気感、今迄とやっぱり違う。一臣さんは優しい表情をしているし、龍二さんは照れくさそうだ。それに、周りのみんなも気づいたようで、メイドさんたちは驚いていた。でも、国分寺さんや喜多見さん、そしてお母様は嬉しそうだった。
夕飯が終わり、京子さんは龍二さんと一緒に2階にあがっていった。私は一臣さんに腰を抱かれながら、二人のあとをゆっくりと、階段を上って行った。すると、2階に先にたどりついていた龍二さんが振り返り、
「兄貴、ずっと弥生の腰を抱いているけど、それ、仲がいいっていうアピールしているわけ?」
と聞いてきた。
「いいや。いつもこうだ」
一臣さんは表情一つ変えず、即答した。
「いつも?」
京子さんが、目を丸くして一臣さんにそう聞いてきた。
「ああ。どこに行くんでも、俺の部屋でもオフィスでも、弥生とはこうだ。それが?」
それがどうしたっていう顔をして、一臣さんは龍二さんと京子さんを見た。
「弥生って、兄貴の部屋にもしかして、寝ていたりするわけ?」
「ああ。ほとんど俺の部屋にいる。それが?」
また、しれっとした顔で一臣さんが龍二さんに尋ねた。
「そこまで仲いいとは…。驚いたな。兄貴って、女癖悪かったけど、屋敷では、他の人間を部屋に入れることもしなかったし、そこまで女とべったりしなかっただろ?」
「いいだろ、フィアンセなんだ。半年したら結婚もする。べったりしていて何が悪い」
「………」
さすがの一臣さんの呆れる発言に、もう龍二さんも京子さんも何も言い返さなかった。
「京子さんも龍二の世話をするんだったら、龍二の部屋に寝泊まりしたらいいんじゃないのか?部屋も離れているから移動するのも面倒だろ?俺の部屋と弥生の部屋は、中で繋がっているから、別に行き来も面倒じゃないけどな」
わ。ばらした?!
「ああ。兄貴の部屋、改装した時に、隣の部屋と通じるドア取り付けられたんだっけ。でも、兄貴、絶対にこのドアを開けることはないって、ずっと言っていたよな?」
「そんなこともあったな。でも、便利だぞ?わざわざ廊下に出ないでも、弥生の部屋に行けるのは。弥生も着替えを取りに行ったりする時にそのドアを使っているし、素っ裸でだって、平気で行き来ができる」
「す、素っ裸でなんか、私…」
い、行ったことあったかも…。と思いだし、そのあとの言葉が続かなくなった。
「ふ~~~~ん。ふ~~~~~ん」
龍二さんは、意味ありげに2度も長い相槌を打ち、それから京子さんのほうを向くと、
「じゃあ、京子さんも今日から俺の部屋に泊まったら?」
と、そう聞いた。
「え?でも」
「俺も、怪我していると何かと不便だし…。あ、言っておくけど、片手不自由だから、変なことはしないよ」
龍二さんがそう言うと、京子さんはほっとした表情になり、
「では、着替えなど、龍二さんの部屋に持ってきます」
と言って、廊下を歩いて行った。
「よかったな、龍二」
「え?何が?」
「京子さんだよ。お前の世話をするって言ってもらえて。それに、婚約引き受けてくれて良かったな」
「……」
龍二さんは何も言わず、黙って一臣さんの顔を見ている。
「隠さないでもいい。京子さんのことはかなり入れ込んでいるんだろ?お前から、京子さんと婚約したいと言い出すぐらいなんだからな」
「………」
まだ、龍二さんは黙っている。でも、あきらかに頬が赤い。
そして、プイッと顔を一臣さんからそむけ、
「俺は兄貴と趣味が違っているからな。そんなつええ女より、弱い守ってやりたくなるような女がいいんだよ」
と、憎まれ口をたたいた。
う、う~~~ん。確かに私は強いし、守ってもらうタイプじゃないけど、なんか引っかかるなあ。
「ははは。ははははは」
一臣さんは声を上げて笑うと、私の腰をグイッと抱き、
「良かったよ、俺も。お前と趣味がかぶらなくて。でも言っておくが、弥生はそんなに強くないぞ?俺の前ではめっぽう弱くなるんだ。まあ、それは俺だけが知っていたらいいことだけどな?」
とそう言うと、一臣さんの部屋に向かって歩き出した。
「弥生!」
後ろから龍二さんが、私に声をかけた。私が振り返ると龍二さんはニコニコしながら、
「な?兄貴は大事にしだすと、とことん大事にするだろ?お前、ランに似ているし、大事にされて良かったな」
と、そう言った。
一臣さんも振り返り、龍二さんを見た。
「そんなことを弥生にお前は言っていたのか?」
その質問には龍二さんは答えなかった。だから、私が「はい」と頷いた。
「そうか…」
一臣さんは一回私の顔を見て、また龍二さんのほうを向いた。
「じゃあ、お前のことも大事に思っているから、これからとことん大事にすると思うぞ、覚悟しろ、龍二」
一臣さんが、片眉を上げながらそう言うと、龍二さんはかっと顔を赤くして、
「ふ、ふん!」
と、なぜか顔をそむけ、さっさと部屋に入ってしまった。
「あ、照れていましたね、龍二さん」
「そうだな」
そういう一臣さんも、どこか照れ臭そうだった。
最近わかった。一臣さんは照れている時、片眉を上げる。まったく照れていないように見えて、一臣さんもちゃんと照れている時がある。
一臣さんの部屋に入り、私は一臣さんに抱き着いた。
「おい。歩けないぞ」
そう言われても、まだ抱き着いていた。すると、私のスカートの中に、一臣さんが手を入れてきた。
「ひゃ?」
「風呂入る前にするか?」
「い、いいえ。ダメです。私、汗臭いし」
「別にいいぞ?俺はかまわない」
もう!すぐにこうなっちゃう。私はただ、抱き着いていたかっただけなのに。
「お風呂入ります!着替え持ってきますから」
そう言って、一臣さんから離れると、
「ああ。今日は俺の体、洗ってもいいぞ」
と、一臣さんが俺様発言をしてきた。
「え?」
「俺の世話がしたかったんだろ?いいぞ?体も髪も洗わせてやる」
「………」
そんなこと言って、私が尻尾ふって喜ぶとでも思っているのかなあ。まったく。私がしたいのは、洗濯や掃除、お弁当作り、そういった身の回りの世話なのに。
でも、体を洗うというか、背中を流してあげるっていうのは、前からの夢だったっけ。そう思いだし、
「じゃあ、背中流します。着替え持ってくるから、待っていてください」
と、そう一臣さんに告げ、意気揚々と部屋に行った。
隣の部屋にいる一臣さんが、
「色っぽいパンツにしろよ」
と大きな声で言ってきた。う…。なんだって、そういうことを平気で言うんだか。
だいたい、色っぽいパンツなんてそうそう持っていないよ。どうしようかなあ。紫のパンティでも持って行ってみようかな。
下着とパジャマを持って一臣さんの部屋に戻ると、一臣さんはすでに上半身裸でいた。
うわ。ドキ~~~!その姿がやけに色っぽく見えて、ドキドキした。
それから二人でパウダールームに行った。一臣さんは私のブラウスのボタンを外しだし、優しく洋服や下着を脱がせた。そして、自分のスラックスやパンツは自分でさっさと脱ぎ、私の腰を抱き、バスルームに入った。
それから、一臣さんが私の体を洗い出し、
「まだ、跡が消えていないな」
と、私の腕についたロープの跡に優しく触れた。
「痛くはないのか?」
「はい、大丈夫です」
一臣さんは、私の体についている石鹸をシャワーで洗い流すと、私のうなじ、背中、肩や腕にキスをして、くるっと前を向かせると、胸にキスもしてきた。
あ。キスマークつけている。キュキュン!
「髪、洗ってやるから座れ」
そう言われ、椅子に腰かけると、髪を優しく洗ってくれた。
なんか、結局は私のほうが一臣さんに世話してもらっている気がするなあ。
「よし、交代だ。俺の体、洗ってくれるんだろ?」
あ。やっぱり、そうきたか。
「はい」
こんなに体中優しく洗ってもらうと、断れなくなっちゃうよなあ。
一臣さんの背中をまず洗った。大きな広い背中だ。それから、筋肉質な腕。ドキドキしてくる。
そして胸。お腹。一臣さんの体って、本当に引き締まっているんだな。
体を洗っていると、一臣さんが優しく私の髪を撫でてきた。
うわ。ドキッてした。
それに、耳にキスまでしてきた。
「あ、あの…。そういうことをされられると洗えません」
「ああ。悪い。つい、疼いてきて」
え?
「ここで抱いてもいいか?弥生」
「え?ここで?」
「ああ」
って、待って!
と言う前に、あっつ~~~いキスを一臣さんがしてきて、私はすぐさま、とろりんと溶けてしまった。
二人で体が火照ってしまい、ジャグジーに入るのはやめた。そのうえ、私は腰も抜かしてしまい、一臣さんが私の体にシャワーをかけ、そのあと、優しくタオルで拭いてくれて、裸のままベッドに連れて行かれた。
「弥生、俺はまだ髪洗ってないから、洗ってくる。お前はここで少し休んでろ」
「はひ」
「髪はあとで乾かしてやる。元気回復したらもう一回な?」
「はひ」
ん?
もう一回って、なんのこと?
え?まさか、もう一回するっていうこと?
わあ。なんにも考えずに、頷いちゃったよ~~~。もう、ヘロヘロになっているのに。
裸のまま、しばらくぼけらっとベッドに横たわっていた。一臣さんは髪を洗い終えると、バスタオルを腰に巻いて、片手にドライヤーを持って現れた。
「おい。座れるか?」
「はい。なんとか」
ベッドから起き上がり、チェストの前の椅子に移動しようとして、
「あ、バスローブ!」
と、素っ裸でいるのに気が付き、周りを慌てて見回した。
「素っ裸でいてもいいぞ」
「い、嫌です。鏡に映っちゃうし。こんな色っぽくない狸みたいなのが映っても、一臣さんも嫌ですよね?」
「狸みたいで可愛いぞ?」
ム…。やっぱり、狸なわけね。
バスローブが見つかり、私はそれを着て椅子に座った。一臣さんは私の髪を乾かし始めた。
「なんか、結局、私のほうが世話されていますよね」
「ああ。世話のやけるペットだからな。ランも体を洗ってやって、ドライヤーまでかけてやったぞ」
犬と同レベル…って。
カチ…。一臣さんは私の髪が乾くとドライヤーを止め、私のうなじにキスをした。それから、私を椅子から立ち上がらせ、するっとバスローブを脱がした。そして、裸の私を後ろから抱きしめてきた。
きゃあ。鏡に裸で抱きしめられているのが映っている。恥ずかしいかも。
うわわ。それに、一臣さんが胸、触ってきたし。
「あ、あの…」
恥ずかしいよ。鏡の前でこういうのはしないで。
恥ずかしさのあまり、目を閉じた。まだ、一臣さんは私のうなじや背中にキスをしながら、胸を触っている。
ドキドキドキ。
「弥生?」
「はひ?」
「やっぱり、キスされるのも、触られるのも好きだろ?」
またその質問?もう~~~~。
「はい」
正直にそう答えた。すると、一臣さんは、くるっと私の体を自分のほうに向け、
「やっと素直になったな?」
と、耳元で囁いてから、熱いキスをしてきた。
ガクン。腰が抜けた。そのまま、ベッドに連れて行かれ、また熱く全身キスをしてきた。
一臣さんにキスしてもらうの、好きだ。優しく触ってもらうのも。
それが、本音。
うっとりとして、一臣さんを見た。一臣さんも私の目を見つめている。
「な?お前ももう、俺に中毒になっているよな?」
「え?」
「俺に触ってもらっていないと、寂しくなるんだろ?」
…。私は黙って頷いた。
「じゃあ、しょうがないな。いつでも、触ってやるし、キスもしてやるぞ」
「はひ」
私がそう答えると、一臣さんは満足げな顔をした。そして、にやりと口元を緩めた。
あ。今、私、とんでもないことを言われ、はいと返事したかも。思考回路がマヒしてて、何を言われているのかもわかっていなかった。
そのあとも、かなりにやついている一臣さんの顔を見て、ほんの少し、素直に頷いたことを後悔した。