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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第13章 大事な人
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~その3~ 安心の中

 一臣さんが黙っている。不安になり、

「一臣さん?」

とちょっと振り向きながら聞いてみた。すると一臣さんは私のことをギュッと抱きしめ、

「ははは」

と笑い出した。


「あの?」

「お前、あの龍二まで味方にしちまったのか」

「はい」

「ははははは」


 なんか、思い切り笑っている。怒ったかと思ったから、ほっとしたかも。

「じゃあ、弥生のことを俺が大事に思っていようが、あいつの前でいちゃつこうが、もう大丈夫ってことだよな?」

「はい」

「そうか。まったく、弥生は無敵だな」


「……一臣さんは、龍二さんのこと大事に思っていたんですね」

「…ああ。そうだな。ずっと気がかりだったしな」

「え?」

「あいつは、子供の頃もっと無邪気で明るくて、一緒にいると楽しかった。でも、俺があいつをかまってあげられなくなったら、どんどん卑屈になっていったからな」


「一臣さんが離れて行って、寂しかったんですね。でも、一臣さんも寂しかったんじゃないですか?」

「ああ。そうだな。屋敷で子供の頃寂しさを感じずにすんでいたのは、あいつがいたおかげだったしな。親父もおふくろもほとんど屋敷にいなくても、龍二や喜多見さんがいてくれたからな」

「それ、龍二さんも同じ思いだったんじゃないですか?」


「だろうな。でも、俺は自分のことが精一杯であいつのことまで考えてやれなかった」

「ずっと、二人の思いはすれ違っていたんですね。きっと本当は、昔みたいに仲良くなりたいって、お互い思っていたんじゃないんですか?」

「仲良くって、そんな年でもないだろ?」


「いいえ。仲良くなって、力合わせて、緒方商事を盛り上げていけたら、最高じゃないですか」

「…そうだな。あいつも、役に立つようになるって言っていたしな」

「はいっ。それは、私もです」

 そう言うと、一臣さんは私の後頭部に頬ずりをした。


「お前はもう十分だ。それより、もうこんな危ないことはしないでくれ。頼むから」

「大丈夫です。私、こう見えても…、いえ、見たとおりかもしれないですけど、けっこう強いんです」

「それは俺も今日十分にわかった。だからと言って、危ないことはするな。俺のためにするな」

「え?」


「弥生に何かあったらと思うと、気が気じゃなかった。不安でしょうがなかった」

「一臣さん」

 一臣さんは私を抱きしめる腕に力を入れた。


「弥生がいなくなったら、俺は生きていける自信がないな」

「え?!」

「もし、弥生が死んだりしたら、あとを追うぞ」

「ダメです。そんなの!」


「ダメじゃない!だから、絶対に危ない真似はするな」

「はい」

 一臣さんは私のうなじにキスをした。それから、耳たぶにも。


「弥生…」

「はい」

「愛しているぞ。もう絶対に離さないからな。ずっと俺のそばにいさせる。あんな思いはもうたくさんだ」

「…ごめんなさい。すっごくすっごく心配かけたんですね」


「ああ、そうだ。寿命が10年は縮んだぞ」

「う…。ごめんなさい」

 大事な人を守ろうとした。でも、大事な人に心配かけて、辛い思いをさせてしまった。

 一臣さん。私も、ずっとそばにいる。もし、逆の立場だったらって考えたら、ものすごく怖い。


 一臣さんに危険なことが及ばないように、ずっとずっとそばにいて守る。


 守らなくていいと言われそうだから、口に出しては言わなかった。でも、心の中で私はそう思っていた。


 お風呂から上がり、一臣さんは国分寺さんに電話をして、

「夕飯、持ってきてくれ」

と頼んだ。私はチェストの前に座って、髪を乾かしていた。


 すると、一臣さんの携帯に電話が鳴り、

「ああ。樋口か。そうか。龍二は入院するのか」

と、一臣さんが話し出した。私はすぐにドライヤーを止めた。


 電話を切ってから、

「龍二さん、入院ですか?大丈夫なんですか?」

と聞くと、

「ああ。心配しなくてもいい。大学病院側が、入院させて金を取りたいんだろ。なにしろ、一番高い病室だからな」

と一臣さんは答えた。


 本当に?そんな理由で入院させちゃう?

「病院に担ぎ込まれてすぐに、京子のところに連絡を入れたらしい」

「龍二さんがですか?」

「京子の父親だ。京子はすっ飛んで行ったようだぞ」


 そうか。それで私と一臣さんが帰ってきても、迎えに出てこなかったのか。

「それで、龍二を入院させてくれと、京子が頼んだようだな」

「え?じゃあ、金を取りたいわけじゃないんじゃないですか」

「ああ。さっきのは冗談だ。京子が、龍二のことが心配で、そばで見守りたいんだとさ」


「え?京子さんが?」

「つきっきりで、看病すると言い張っているらしい。京子は龍二に助けられて、恩を感じているようだぞ」

「そうなんですか」


「これで、京子は龍二との結婚を決意するだろ。怪我までさせたんだから」

「でも、別に京子さんのせいではないと思います」

「まあな、龍二が守ったのはお前なんだし。でもまあ、京子にいいように思わせておけばいいんじゃないのか?」

 一臣さんはそう言うと、ドライヤーを持って私の髪を乾かしだした。


「あの気色悪い社長に、触られたりしなかったか?弥生」

「はい。大丈夫です」

 顎を持たれたことは黙っておこう。

「龍二さんが、この変態野郎って言って、社長の頭に蹴りを入れてくれたし」


「ははは。そうか。龍二が守ってくれていたのか」

「はい」

「…そうか。俺は龍二のことを、見下していたんだな。弥生に手を出すんじゃないかと、本気であいつを疑っていたし」


「…龍二さんも言っていました。兄貴は俺を見下しているって」

「……あいつとまともに話をしたこともなかったしな」

「でも、これからは、ちゃんと話もしますよね?」

 そう鏡に映った一臣さんに言うと、一臣さんは片眉を上げ、

「ああ」

と一言だけそう言った。


 良かった。いろいろとあったけど、兄弟仲が戻ったんだ。いったい、何年二人の間には、溝があったんだろう。


「弥生は不思議な奴だな」

「え?」

「あのおふくろも、龍二も味方に付けた。弥生の親父さんが言っていたことは本当だな」

「お父様が?なんて言っていましたか?」


「弥生を気に入らない人間なんかいないってさ。まったくその通りだと思ったぞ」

「………。でも、今回は、もうちょっと慎重にならないとって思いました」

「ん?」

「人を疑ってかかるのは、やっぱり嫌です。だけど、怪しいと思った時には、ちゃんと信頼できる人に聞くなり、頼るなりしないとって」


「怪しいって思ったのか?」

「はい。久世君が日吉さんに気をつけろって言ったんです。その時には、久世君を信用しませんでした。でも、日吉さんが、一臣さんが一般の駐車場で待っているって言った時、なんでかなって、疑問に思ったんです。だけど、ほいほい日吉さんのあとをついて行ってしまいました」


「あほ。そう言う時には、俺か樋口に連絡を入れて確認しろよ」

「そうですよね。これからは、気を付けます」

「日吉は臭いなって思っていたんだ。でも、確信を得ていなかったから、お前にも言わなかった。悪かったな。もっと前に日吉に気をつけろと俺も注意していたらよかった」


「久世君にも悪いことをしました。疑ったりして」

「あいつはいいんだよ。いいように使われてた、間抜けな奴なんだから」

「……。菊名さんはどうしているんですか?」

「ああ。ちゃんと緒方財閥の下請けの子会社で雇ってやった」


「鴨居さんはどうするんですか?」

「あいつも、いいように利用されてたって知らないからな。燃料部に戻した。それで、解決だ」

「じゃあ、本当にこれで、全部が終わったんですね」


「まだだ」

「え?!」

「俺と弥生の婚約パーティが残っているだろ?それまで、気は抜けない。他にも、邪魔をしてくるやつもいるかもしれないからな」


「私と一臣さんの婚約を?」

「上条グループと提携を結びたい会社は、他にもあるからな」

「でも、Aコーポレーションは、上条グループはどうでもいいって言っていました。緒方財閥が欲しかったって」


「は~~~ん。それで読めたぞ。あの戸田って女が、やけにモーションをかけてきていたんだ。俺と結婚でもして、緒方財閥を乗っ取ろうとしていたんだな」

「え?!も、モーション?」

 それ、初耳!


「大丈夫だ。いくらモーションをかけられても、相手になんかしないから」

「本当に?」

「何で疑うんだ。言っただろ。弥生中毒だって。お前意外の女なんか、まったく興味を持てない」

 そこまで言ってもらえて、ほっとした。


 国分寺さんが夕飯を持ってきてくれた。私と一臣さんは、それをソファに座りのんびりと食べた。

「明日は、ゆっくりと出て行こうな?」

「じゃあ、朝、龍二さんのお見舞いに行きたいです」

「そうだな。様子を見に行くか」

「はい」


 ほっとする。一臣さんの声も表情も優しい。


 夕飯が終わり、二人でソファでのんびりとくつろいだ。一臣さんは私の背中に右腕を回し、左手でずっと私の太ももを撫でている。そして腕についたロープの跡にそっと触れ、

「痛くないか?」

と優しく聞く。


「はい」

 うっとり。一臣さんの触れる手が優しくて、さっきから夢心地だ。

「今日は抱かないぞ」

「え?なんでですか?」


「抱かれたかったのか?でも、さすがに疲れているだろ?」

「はい」

「ゆっくりと体を休めろ」

「…はい」


 私は一臣さんの胸に顔をうずめた。

「私、一臣さんで本当に良かったです」

「何がだ?」

「フィアンセが…」


「なんだ?いきなり」

「だって、もし、あんな気味の悪い社長みたいなのがフィアンセだったら、私の人生最悪でした」

「…ふん」

 あれ?鼻で笑った?


「弥生は俺に惚れているだろ?」

「はい!」

「大学で、俺を見て惚れたんだろ?」

「はい!」


「外見だけ見て惚れたんだろ?俺のことを知って、嫌にならなかったのか?」

「え?」

「もし俺が女だったら、こんな男に惚れたりしない。弥生が緒方商事に来た頃の俺は、まだいろんな女と付き合っていたし、弥生には冷たかったし。屋敷でも会社でも怒ってばかりだった。こんな男がフィアンセだったら、絶対に嫌がるぞ」


「た、確かに。かなりめげたり、凹んだりはしましたけど」

「フィアンセがこんな男でか?」

「いいえ。まったく相手にしてもらえず、嫌われていたから」

「……そうだな。弥生が来た当時は、弥生のことを嫌っていたからな。嫌われていたのに、お前は俺を嫌にならなかったのか?」


「はい」

「なんでだ?」

「なんでって言われても。一臣さんのことを知ってショックは受けましたけど、でも、やっぱり好きだったし」

「お前も変態なんだな」


「え?」

「俺と同じだな」

「そうですか!?でも、一臣さんに思いを寄せている人は、他にもいましたよね?」

「俺にじゃないだろ。俺の外見や、俺の地位や…。俺自身じゃない」


「そうでしょうか…」

 葛西さんとか、かなり本気で熱あげていたと思うんだけどな。

「ああ、お前もか。俺の外見に一目ぼれしたんだもんな?」

「た、確かに。でも、大学時代、とっても素敵な笑顔で、そこに惹かれたんです。今だって、一臣さんの笑顔、最高です」


「気持ち悪いことを言うな。そこまで言われると、鳥肌が立つぞ」

「ごめんなさい」

「大学時代か…。多分、適当に遊んでいた頃だ。会社のことなんか考えたくなくて、現実逃避して。そんな俺を見て、お前は素敵だななんて思っていたんだぞ?」


「…でも、素敵だったんです」

 そうぼそっと言うと、一臣さんは私の顔を覗き込んだ。

 ドキン。


「その素敵なフィアンセが、女ったらしで、わがままで、ワンマンで、お前はがっかりしなかったのか?お前には冷たかったし」

「だから、ショックは受けましたけど…」

「それでも、俺が好きってことは、お前、もしかしてマゾか?」


「マゾ?」

「冷たくされたり、いじめられたりするのが好きなのか?」

「一臣さん、優しかったですよ?」

「俺のどこが?」


「そりゃ、言い方はきつかったし、酷いこといっぱい言われましたけど、でも、私のこといつも助けてくれていました。蛍光灯取り替えている時も、仕事でミスしても、セクハラにあった時も、携帯水没された時にも」

「そうだったか?」

「それに、頭を打って脳震盪起こした時だって」


「………お前は俺が優しいって、そう感じていたのか?」

「はい。一臣さんの隣で寝るの、安心できました。あ、途中から危険を感じて、眠れなくなりましたけど」

「襲われる危険か?」

「はい」


「それで、フィアンセが俺でよかったと、本気で思っているのか?」

「もちろん、本気です!」

「本当に弥生は、俺にぞっこんなんだな」

「はい!」


「ははは。力こめて頷くなよ。可愛い奴だな」

 一臣さんは顔を近づけ、私にキスをしてきた。そして、優しく唇を離すと、

「俺も、フィアンセが弥生で良かったって、本気で思っているぞ」

と耳元で囁いた。


 はあ。腰、抜けそう。今の甘い言葉で、体がふわふわ浮いている気分だ。

 また、一臣さんの胸に顔をうずめた。一臣さんのコロンの香りに包まれる。


 そして安心しきった私は、いつの間にかそのまま眠りにつき、朝、起きた時にはベッドに寝ていた。

 また、一臣さんがベッドまで運んでくれたんだな。


 隣でまだすやすや寝ている一臣さんを見た。可愛い寝顔だ。


 時計を見ると、7時半を過ぎていた。いつもなら、アラームがとっくに鳴っている時間だ。きっと、早くに起きないよう、アラームを切っていてくれたんだろうな。


 もそもそっと、一臣さんの胸に顔をうずめた。一臣さんの心臓の音が聞こえる。正確なリズムだ。

 それに、一臣さんのぬくもりと、一臣さんの香り…。

 ほわわん。


 幸せだ~~~~~~~~~~~~。


 もうすぐ私と一臣さんの婚約パーティだ。やっと、一臣さんと正式に婚約することになるんだな。

 それまで、何事もありませんように。


 そんなことを思いながら、私はしらばく一臣さんのぬくもりを満喫していた。




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