~その4~ 二日酔い
「イタタタ」
目が覚めたら、ものすごい頭痛が襲ってきた。それに気持ちも悪い。
ふっと視線を感じ横を見ると、一臣様が隣にいた。
こっちを見て、
「二日酔いか?」
と呆れた顔をして聞いてきた。
「……あれ?なんで私、一臣様の部屋に」
確か昨日、お屋敷は追い出されたはず。
「ここはホテルだ」
あ!そうだった。中華レストランに行って、それからお酒飲んで、私また、寝ちゃった?
「あれだけで、二日酔いか?お前、本当に酒弱いな」
一臣様がまた、呆れた声でそう言った。
「……」
ガンガン頭痛がする。それに私の顔のすぐ横に一臣様の顔があって、こっちをじ~~っと見ているから、ドキドキして頭痛と吐き気と動機でおかしくなりそうだ。
「…あ、あの、何か?」
「いや。華奢に見えて意外と、お前って重いんだなあと思って」
ええ?!
「私、まさか、お店で寝ちゃって、一臣様が運んでくれたとか?」
「ああ、抱えるようにして部屋まで来たぞ。最後なんてお姫様抱っこだ」
「どひゃ~~~~?!!」
お姫様抱っこ?
「イタタタタ」
自分の大きな声で、また頭痛が…。
「なんでそんなに驚くんだ。お前が言ったんだぞ、抱っこしろって」
「い、言ってません」
「言った。抱っこ~~って」
「い、言いません。そんなこと一臣様に」
「覚えていないのか?」
「………」
うそ。まさか、そんなこと言ったりしていないよね?これ、一臣様がからかってるんだよね?
「じゃあ、そのあとの…」
「はい?」
「………いや、まあ、覚えていないならいいけど」
「……わ、私、何か、変なことしちゃったとか?ただ、眠っちゃっただけじゃないんですか?」
「お前、酒癖悪いのか?」
「いいえ!ただ、寝ちゃうんです。だから、なるべく外では飲まないようにしてて」
「外で飲んで寝たことがあるのか?」
「はい。友達にすごく迷惑かけたみたいで。私のこと抱えてタクシーで、私のアパートに連れ帰ってくれて」
「男か?」
「お、女友達です!!!」
「…そりゃ、苦労しただろうな、そいつ」
「はい。注意されました。弥生ちゃん、酔うと変わるから外でなるべく飲まないほうがいいって」
「…だろうな」
「だから、飲む時はいつもアパートの大家さんの部屋で飲みました。それなら、そこで寝ちゃっても、大家さんの部屋だし、同じアパートの中だし、安心だったから」
「大家って男か?」
「え?いいえ。70過ぎのおばあさんです。でも、お酒強くて」
「ああ、おばあさんか…」
「はい。他の住人とも一緒に飲んでましたけど、大家さんが一番お酒強いんです」
「他の住人?みんな女か?」
「いえ、私以外はみんな男性…」
「男と一緒に飲んでいたのか?!」
「…はい。みんなも、すごく酔って、翌日記憶がないんですよね。あ、私も寝ちゃってて、記憶もなにもなくなってるんですけど」
「………お前、なんか、すごいところに住んでいたんじゃないのか」
「え?」
「周りみんな男だろ?すげえ、危ないところじゃないか…。あ、まさか、そこの誰かと、関係持ったり」
「関係?!!」
ズキズキ!
「イタタ。頭痛い…。そ、そんな関係って、変な関係なんてないです。だって、私には一臣様っていうフィアンセがいたし、誰とも付き合うこともなく、結婚するまではどなたとも、キスはおろか、手を繋ぐことだって…。あ、中学の時のフォークダンスでは、手、繋いじゃいましたけど」
「………どうだか」
「え?」
「酔っ払ってて、記憶ないんだろ?じゃあ、どうだかな」
「そんな!私、酔っていたって、ちゃんと頑なに守り抜いていました!!!」
「……へ~~~~。そうは思えないけどな」
また、一臣様は意地悪そうな目をして、じとっと私を見た。
「なななな、なんでそんなことを言うんですか?」
「お前、本当に昨日のこと覚えていないのか?」
「はい」
「俺に抱っこしてってせがんだこともか?」
「そ、そんなこと、するわけないじゃないですか?」
「…俺が抱っこしたら、俺に抱きついてきたぞ」
「まさか!そんなことしません」
「それに、いきなり泣き出したぞ」
「私が?」
「そうだ。上野さんとデートしないでくださいとか言い出して、びえ~~~って泣いたと思ったら、そのまま爆睡しやがって。お前抱えたままドアを開けて、ベッドに寝かせるのだって、大変だったんだぞ」
「………」
私は、なんだか悪い予感がして、まだ頭痛と吐き気がする中、布団の中を覗いた。
「!!うわ?!私、服着てない?」
「そうだ。服がシワになったら、お前着替えもないし困るからな。脱がすのだって、一苦労したんだ。お前、本当に重かったし」
「………」
「下着は脱がせていないから、安心しろ」
どひゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!
そりゃ、キャミソールは着ているけど、でもでも、太ももは顕になっているし…。っていうか、ストッキングも履いていないけど…?!
「着痩せしてるんだな。あ、そうだ。前に喜多見さんにお前のブラジャー揃えさせたんだが、小さかったんじゃないのか?お前、もうちょっと胸あるよな?」
「……う、うわうわうわ」
頭がグワングワンしてる。目が回る…。
私はギューっと布団を抱きしめ、一臣様から胸を見られないようにした。
「今さら、隠しても…。それより、小さくなかったのかって聞いてるんだ」
「き、喜多見さん、もう一つ大きめのカップも用意してくれたから、大丈夫です」
「さすがだな」
「………」
み、見られた。いくらブラジャーつけていたとは言え…。いや、まさかと思うけど、中身まで見ていないよね。
「ふあ~~~~。そろそろ起きるか」
そう言うと、一臣様は布団から起き上がった。
「あ、あ、あの、なんで一臣様は、上半身裸なんですか?!」
っていうか、もしや、パンツ一丁?
「俺か?俺は家にあるシルクのパジャマなら寝れるが、それ以外はどうもダメなんだ」
「は?」
「だから、パジャマがない時は、何も着ない」
「……」
ひえ~~~~。じゃあ、ずっと隣に、パンツ一丁の一臣様が寝てて、私は下着姿で…。
う、うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
お父様、すみません。結婚前に私は、フィアンセがいる身でありながら、こ、こんな破廉恥なことを。
って、待って。そのフィアンセだから、別に、いいのか?
でも、結婚前だし!
でも、でもでもでも、グースカ寝ていただけで、それ以外に何かあったわけでは。
「一臣様!」
ベッドから出て、バスローブを羽織った一臣様に、私は思い切り大きな声で声をかけた。そして、自分の声でまた、頭がガンガンしてしまった。
「イタタタ」
「なんだ?」
「あ、あ、あ、あの。私、朝まで爆睡していたんですよね?」
「そうだ。イビキまでかいてうるさかったぞ」
「ごめんなさい。じゃあ、一臣様、寝れなかったんじゃ」
「いや。俺も朝まで眠れた。すごいよなあ。隣でイビキかいてても、眠れるもんなんだな」
「……ぐっすりと?」
「ああ。ぐっすりと。お前、二日酔いなんだろ?朝食はルームサービス頼むから、オレンジでも持ってきてもらうか。二日酔いにはビタミンを摂取するのが一番だぞ」
「……じゃあ、何も、その、昨夜は」
「え?」
「だから、あの。私と一臣様の間に、何も」
「ああ。なんにもなかった。残念だったか」
グルグルグル。思い切り首を横に振り、
「イタタタタ」
とまた、ものすごい頭痛がして私は頭を押さえた。
「あほだな。つくづく…」
そう言って、一臣様はバスルームに入っていった。
「…よ、良かった」
何もなかったんだ。
いや、でも、いずれは私、一臣様に捧げるんだから、その覚悟はしておかないと…。
でも、まだ、まだ、まだ、心の準備が。
ううん。体だって。お腹の肉も見られたかな。もっと、ボン、キュ、ボンのナイスバディになってから、一臣様にお見せしたかった。
あ~~~~~~~~~~~~~。重いって散々言われたし、私が実は着やせしているだけで、太っていることもバレたし、最悪だ。
それに、酒癖が悪い?あれも、冗談で言ってるわけではなさそうだ。
ってことは、私、本当に一臣様に「抱っこして」と言って、お姫様だっこさせてしまったり、抱きついたり、泣き出したりしてしまったってこと?!
それも、上野さんとデートしないで…なんて、そんな心の奥底に隠していた思いまで、暴露してしまったってこと?!
どひゃ~~~~~~~~~~~~~~~!!
恥かしさのあまり、布団に潜り込んだ。
うわ。布団…。一臣様のコロンの匂いが思い切り…。クラ~~~~~。
うっわ~~~。一臣様の素肌、もろ見てしまったし…。それも、そんな上半身裸の隣で寝てしまったと思うと、ああ、また目が回ってきた。クラクラする…。
一臣様がバスルームから出てきても、まだ私は布団の中に潜り込み、恥ずかしがっていた。
それから、一臣様はルームサービスを頼み、そのあと、私の隣にドスンと座ってきた。
「生きてるか?」
「はい」
「そんなに二日酔い、辛いのか?」
ああ、恥ずかしがって起き上がれなかったのに、一臣様、心配してくれてるんだ。
「だ、大丈夫です」
「いつも、飲んだ次の日はそんなか?」
「た、たまに…」
「お前、なるべくどころか、絶対に外で飲むなよな」
「……はい」
「あのレストランでも、ホテルでも、もう噂になってるな」
「え?噂って?」
私は驚いて顔を上げた。すると、髪が濡れたままで、バスローブを羽織っているセクシーな一臣様が、私の顔の目の前にいた。
うわ。色っぽすぎる。また、頭がくらくらしてきた。
「そりゃ、緒方財閥の御曹司が、女連れてきて、酔わせて、そのまま部屋に連れ込んだって」
「ええ?!」
「ま、いっか。その相手が、お前だってわかったところで、婚約者なんだから、ゴシップにもならないだろ」
「………でででも、まだ、結婚前」
「は?」
「だから、その」
「そんなの、婚約者なんだから、結婚前だろうがなんだろうが、一緒だろ?」
一緒って?!
「ま、いっか。あのふたりは、婚約発表前からお付き合いをしていたようだ。くらいにしか思わないだろ。いや、逆に、仲がいいという噂でも流れりゃ、好都合かな」
「……好都合?」
「ああ、でもなあ。おふくろにバレたら、うるさそうだよなあ。やっぱり、ホテルのやつや、レストランのやつに、口止めさせておくかな」
「………」
クラクラ。もう、思考がついていっていない。もっと目が回ってきちゃった。
コンコン。
「緒方様。朝食をお持ちしました」
ドアをノックする音がした。
「ああ」
一臣様は、バスローブのまま、隣の部屋に行った。っていうか、今、隣にも部屋があることに気がついた。さすが、一臣様が泊まる部屋だけある。多分、スイートルームって部屋だ。私は、初めて泊まったけど。
「オレンジも持ってきてくれたか?」
一臣様の声が隣からした。
「はい。オレンジも、オレンジジュースも持ってまいりました」
ホテルマンの声も聞こえてきた。
すると、
「弥生。オレンジ以外は食べられるのか?ハムエッグとトーストも、持ってきてもらったが」
と、隣の部屋のドアから一臣様は顔を出し、平気でそう聞いてきた。
「…、食べられます」
私は布団の中に顔をまたうずめ、そう答えた。
「お飲み物は、紅茶かコーヒー、どちらになさいますか?」
「ああ、俺はコーヒー。ブラックだ。弥生もコーヒーでいいか?」
また、一臣様は顔をドアから出して聞いてきた。
「はい。あ、でも、お砂糖多めと、ミルクも」
「だから、太るんだ。お前、甘いもの控えろ。でないと、婚約披露パーティで着るドレス、着れなくなるぞ」
「……」
うそ~~~~~~~。そんなことまで、ホテルの人がいるのに、ばらしているし。
「では、わたくしはこれで」
「ああ、駒込。こいつ、俺のフィアンセなんだ。それで、まだ正式な婚約発表前だから、こいつと泊まったことは、口外しないよう、他のスタッフにも言っておいてくれないか」
「はい、かしこまりました」
「中華レストランの支配人にも、そう言っておいてくれ。昨日、言い忘れたから」
「はい。それでは、ごゆっくり」
ホテルマンは、静かに部屋を出ていった。
「し、知り合いですか?」
一臣様は、ゆっくりと隣の部屋から歩いてきた。そんな一臣様に、私は布団からもそっと顔を出して、そう聞いた。
「駒込か?あいつは、俺専属っていうか、緒方財閥の担当になっている」
「そうなんですか…」
「ほら。バズローブ羽織れ。朝飯にするぞ。食ったら二日酔いなんて、すぐ治る」
「はい」
一臣様はまた、隣の部屋に行った。私は一臣様がいなくなってから、ベッドから起きだして一臣様が置いていったバスローブを羽織った。
それから隣の部屋に行くと、豪華な応接セットや、ドッシリとしたデスクがあり、その応接セットのテーブルに、朝食が乗っていた。
一臣様はすでにソファに座って、コーヒーを飲んでいる。
「い、いただきます」
私も静かに一臣様の真向かいのソファに腰掛け、オレンジジュースを飲んだ。
「美味しい」
「うまいか?」
「はい」
「オレンジも食べておけ。二日酔いにいいぞ」
「はい」
私はオレンジも食べた。そうしたら、どんどん食欲が出てきて、トーストやハムエッグも、ばくばくと食べてしまった。
「美味しかったです。ご馳走様」
そう言ってコーヒーを飲んで、ほうっと一息つくと、一臣様に笑われてしまった。
「な、何か?」
「二日酔いなのに、よく食えるなあと思ってな」
「…う」
「もう、頭痛は治ったのか?」
「はい。すっかり」
「ほんと、お前って、回復力半端ないな」
「……そ、そうですか?」
「はははは」
そうかもしれないけど。でも、もし回復力が早いのだとしたら、一番の効果は目の前に、一臣様がいるからじゃないのかなあ。なんて…。
新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいる一臣様の姿が麗しくって、私はしばらくうっとりと、一臣様を見つめていた。