~その8~ 一臣さんのオフィスで
一臣さんはエレベーターに乗り込むと、私の腰に手を回して私を抱き寄せた。
「あ、あの」
「なんだ」
「み、見られちゃって、大丈夫ですか?」
「何をだ?」
「だから、一臣さんのセクハラ」
「セクハラじゃないだろ!」
うわ。怒られた。
「で、でも、矢部さんと鴨居さんはセクハラだって思っているかも。特に、鴨居さん、ショック受けていたし」
一臣さんは片眉を上げただけで、何も返事をしなかった。
それから15階に着くと、一臣さんは私の腰を抱いたまま、足早に自分のオフィスに入り、
「樋口、辰巳さんとの打ち合わせ、午後からにしてもらうようになんとか根回ししてくれ。午後から弥生も連れて行くから」
と樋口さんに言うと、返事も待たず、さっさと部屋に入った。
そして、ソファに私を座らせ、その隣にどっかりと座ると、
「さて。弥生、続きをするぞ」
と私のスカートをまくしあげだした。
「まままま、待ってください」
いきなり、また?!こんなところで何をしだすわけ?
「待ってじゃないだろ?大塚に相談したんだろ?」
「え?!」
「俺が弥生をしばらくほっておいたから、寂しかったんだろ?」
そ、それはそうだけど。でも、まさか、オフィスで迫られるとは…。
「だから、俺をその気にさせるために、ガーターベルトつけたんだろ?」
「違います」
「違わないだろ。そういうつもりじゃなかったら、どういうつもりなんだ?」
どういうつもりって言われても。
一臣さんは、私の頬に手を当て、私の目をじっと見ながら聞いてきた。
「だから、その…」
わあ。顔近い。目、見ていられない。心の奥まで見透かされそうだ。
私が鴨居さんにやきもち妬いていたことも、自信をなくしていることも、凹んでいることも、全部見透かされそう。
「あの…」
視線を下げた。すると、一臣さんが私のおでこに一臣さんのおでこをくっつけてきた。
「あ、あの…」
「寂しかったのか?」
うわあ。いきなり、優しい声になった。ドキドキする。胸がキュンってなって、泣きそうだ。
「は、はい」
嘘なんかつけない。そのうえ、一臣さんが私の頬を優しく撫でてきた。
ドキドキ。
「俺に抱いてほしくて、ガーターベルトつけたんだろ?いいぞ。樋口に時間も空けてもらったし、今から2時間くらいはある」
「え?」
うわあ~。押し倒してきた!!
「ダメです。こんなところで!」
「こんなところも何も…。会社で抱いてほしかったんだろ?」
「違います」
「だから、どう違うんだよ」
うわあ。うわあ。スカート、また思い切りまくしあげてる!どどど、どうしよう。
「大塚さんが、A級グルメに飽きて、B級グルメを食べてみたくなって、それで私に興味を持ったけど、他のB級グルメに目がいっちゃって。それで、飽きられないようにするには、たこ焼きにソースと青のりだけじゃなく、マヨネーズが必要で」
頭がパニックを起こし、私は必死になってそう言った。
「はあ?」
一臣さんは上半身を起こし、思い切り片眉を上げて聞いてきた。
「だから、その、マヨネーズになるものが、ガーターベルトで」
「言っている意味がさっぱりわからん。もっと順序立てて説明しろ。なんでいきなり、グルメの話が出てきたんだ」
一臣さんが起き上がったので、私もおたおたと上半身を起こした。そして、素早くスカートの裾を直し、足も揃えて座りなおした。
「ですから…。大塚さんが言うには、食べ物に例えると、一臣さんが今までお付き合いをしていた女性はA級グルメで、高級な食べ物に飽きた一臣さんは、庶民的な食べ物に興味を示して、えっと。だから、私はたこ焼きで、たこ焼きを食べてみたくなって…」
「たこ焼き…。ああ…」
一臣さんは私の頬を見て、なぜか頷いた。
「でも、そろそろたこ焼きにも飽きて、他のB級グルメに興味が出てきて、そっちに目移りしてて、それを阻止するためには、今までと違った何かをしないとダメなんだって、そういうわけで、ガーターベルトを勧められ…」
なんとか、必死に私は説明をした。
「ふん。お前がたこ焼きか。じゃあ、他のB級グルメってのはなんだ」
「焼きそば…とか?」
「その焼きそばは誰なんだ」
「……か」
口の中でぐにゅぐにゅと答えると、一臣さんは眉間に皺を寄せた。
「え?なんて今言った?もっと大きな声で言え」
「鴨居さん!…です」
あ。思わず、ばらしちゃった。
「へ~~~~~え」
一臣さんは、また片眉を上げた。それから、じとっと私を睨むように見ている。
「えっと…」
怒ってる?呆れてる?それとも、なに?
「俺がお前に飽きて、鴨居に興味を示したってことか?」
「はあ…」
「で、鴨居を俺が食う前に、それを阻止するためにガーターベルトを着けて、気を引こうとしたのか」
「大塚さんのアドバイス…です」
そこまで言って私は、やっぱり、とんでもないことをしているんだと思い、真っ赤になって俯いた。
「もう一回聞くが」
そんな私の顎を持って、一臣さんは私の顔をじっと見た。
「俺がお前に飽きて、他の女に興味を示したって、お前も思っていたんだな?」
「それは……。こ、こんな私だから、飽きることもあるかもって、思っていました」
「こんな私?」
「へんてこりんで、みょうちくりんな私です」
「……で?」
一臣さん、目が怖い。怒ってる?
「えっと。だから、もの珍しくて私にかまっていたけど、飽きちゃって、他の人に興味がいくこともあるかもって」
「もの珍しい?お前がか?へえ。そう思っていたのか」
「それは、前に久世君に言われて…。きっと、私がもの珍しかったんだろうなって、思いました。だって、今まで一臣さんの周りにいた女性は、皆綺麗で華奢で」
「へ~~~え。久世に言われたのか、そんなことを」
「……」
やっぱり、相当怒っているみたいだ。
「なるほどな。お前は周りの奴の言葉を信用して、俺のことは信じていないってわけか」
「いいえ。あの…。信じたいけど、自信がないんです。一臣さんだって、目がおかしくなってて、私が可愛く見えるって言っていたし、いつか可愛く見えなくなったり、私に飽きたりしちゃうんじゃないかって」
「………」
一臣さんが眉間に皺を寄せた。
「あの……」
「そうか。お前は、俺にあんなに愛されても、まったくわかっていなかったんだな」
「え?」
「愛し方が足りなかったのか?」
「え?」
ドキン。何、それ…。
「俺がお前を愛しているってことを、疑う余地もないくらい、十分に体が理解すると思っていたんだけどな」
「わ、私の体が?」
「ああ。でも、まだ足りなかったか」
ええ?!
うわ~~~~~~。また押し倒された!
「あの、あの!!」
待って。まさか、ここでするの?!
「今、俺が怒っているのわかっているよな?」
「は、はい」
「こういうのを、可愛さ余って憎さ100倍っていうのかもな」
「え?!」
「まさかお前が、そんなことを疑っているなんて思ってもみなかった」
「……」
え?
いきなり、一臣さんの目が悲しそうに暗くなった。さっきまで、呆れたような目つきをしていたのに。
「まったく、俺の思いが、お前に通じていなかったってことだよな?」
ズキン。
一臣さんを、悲しませてる?私が、疑ったりしたから。
「ごめんなさい」
「謝るな」
ギュウ。一臣さんが私を抱きしめた。
「俺が、ずっとお前を嫌がって、他の女と遊んできたんだ。お前が俺をなかなか信用できないのも、無理ないんだよな」
ズキン。
「あの、それは…」
「弥生…」
一臣さんが私の耳にキスをした。それから首筋を舌でなぞってきた。
うわ!
「弥生…」
一臣さんの手が、スカートの中に入ってきた。どうしよう。なんだか、抵抗できない。
「か、一臣さん…」
一臣さんが顔を上げ、私の目を見つめた。
瞳の奥が、寂しげだ。すごく切なそうな目で私を見ている。
キュン。
思わず、私も一臣さんを抱きしめてしまった。
ふっと一臣さんは、視線を私の唇に移すと、キスをしてきた。唇に触れるだけのキスをしてから、また唇を重ね、熱いキスをしてきた。
キュキュン。
胸の奥が痛くなるくらい、締め付けられた。
ギュ。一臣さんの背中に回した手に力を入れた。一臣さんはまだ、私にキスをしている。私の下唇を吸い、唇を離すと、私を熱い視線で見つめた。
「他の女に、興味なんかない」
「……」
「弥生がいれば、俺はそれでいい」
一臣さん…。
「お前に飽きるわけがない」
そう言って一臣さんは、私の頬を撫でた。それから、私の頬やおでこにキスをすると、
「俺は、お前にしか惚れていない。この先もお前にしか惚れない」
と耳元で囁いた。
ドキン!
「お前が大事で、可愛くて仕方がない。本当なら俺だって、お前のことをずっとそばにおいて、ずっとこうやって抱きしめていたいくらいだ」
本当に?
「でも、今はそれができない。忙しくてなかなか、お前のそばにいることもできない」
「……」
「だけど、どんなに遅くなっても、お前がいる屋敷に帰って、お前の隣で寝たいんだ。お前の可愛い寝顔を見て、寝息を聞いて、ぬくもりを感じるだけで癒される」
え?
「ぐーすか寝ているお前に、何度もキスをする。このふわふわした頬や、唇が俺を癒す。赤ん坊みたいに無垢なお前の寝顔が、可愛くて仕方がない」
一臣さんは、私の頬やおでこや、鼻筋を撫でたり指でなぞったりしながら、そんなことを言った。
私は聞いていて、胸がドキドキしたり、キュンキュンしたり、涙が出そうになっていた。
「弥生が可愛い。持て余すくらい、お前のことを思っている。それなのに、他の女に興味が行くわけがない」
「ほ、本当に?」
「本当だ」
「鴨居さんのこと、可愛いって思ったりしていないんですか?」
「思っていない。お前のことしか可愛いって思えない」
「でも」
チュッと唇にキスをされ、言葉を遮られた。
「弥生が俺のフィアンセで、未来の奥さんで、ずっとお前が俺のそばにいるってわかっているから、俺は安心しているんだ」
「安心?」
「ああ。お前が俺のものだから。俺以外の誰のものにもならないし、お前がそばにいてくれたら、それだけで満足だからな」
「ほ、本当に?」
「嘘をついているように見えるか?これでもまだ、疑うのか?」
そう言うと、一臣さんは私の耳たぶを噛んだ。そして、ブラウスのボタンを外しだした。
ドキドキ。どうしよう。会社なのに、こんなことをしてもいいの?
そんな思いがよぎる。だけど、抵抗できない。胸がドキドキしたり、疼いたり、喜んでいる。
一臣さんは、私の服を脱がしながら、優しくキスをしたり髪を撫でたりしている。そして、自分のYシャツのボタンも外し、Yシャツをポイッと脱ぎ捨てた。
一臣さんの胸がさらけ出され、ギュウっと抱きしめられた。肌と肌が直に触れ合う。
いつの間にかスカートも脱がされていた。そして熱くキスをして、首筋から胸に一臣さんの唇が移動した。
ビクン!体が反応する。でも、会社だから声を出すのを我慢した。
「声、出してもいいぞ、弥生」
我慢しているの、ばれたんだ。
「でも…」
「俺の部屋は、防音だからな。隣にいる樋口にだって聞こえないぞ」
そうだった。この部屋から外に、音が漏れることはなかったんだ。だけど、一臣さんに聞かれるのが恥ずかしい。
「なんだ?まだ、スイッチ入っていないのか?入っているんだろ?」
そう言いながら、一臣さんは私の太ももを撫でた。
「ガーターベルトだから、ストッキングを脱がさないでもいいんだよな。楽だな…」
え?
スルスルッと一臣さんは、パンティを脱がしている。あ!思わず、手で脱がされるのを阻止しようとすると、一臣さんがキスをしてきた。舌が絡みついて、力が抜ける。脳みそも溶ける。
唇を離されても、夢心地でトロンとしている間に、パンティを脱がされていた。
ギュウ。私は一臣さんに抱き着いた。一臣さんのぬくもりや、コロンの香りに包まれて、寂しさも不安も吹き飛んで、幸せいっぱいになる。
「弥生、愛しているからな?」
耳元で一臣さんがそう囁く。私はコクンと頷き、また一臣さんを抱きしめた。
ここが会社だからとか、そんなことはどうでもよくなった。ただ、一臣さんがいて、私がいて。それだけで、胸が満たされる。
私に触れる指も、唇も優しい。私、一臣さんに愛されているんだよね。すごく、すごく、愛されているんだよね。
また、熱いキスをされ、もっと実感する。愛されていることを。
一臣さんの部屋は静かだ。時計の音、冷蔵庫の音、それだけが聞こえている。外の騒音も何も聞こえない。
一臣さんは、さっきから優しい目で私を見つめている。そして、耳元で、
「お前、色っぽいな」
と囁いた。
「え?」
朦朧とした意識の中、私は聞き返した。
「今、かなりセクシーだぞ。なにしろ、ガーターベルトとストッキングだけだもんな」
そうだった。他は全部脱がされちゃったんだった。いきなり、恥ずかしくなってきた。
「あ、あの。恥ずかしいから見ないでください」
そう言って、慌てて起き上がろうとすると、一臣さんが私の胸にキスをして、起き上がるのを阻止された。
「か、一臣さん?」
また、キスマークつけてる!
チューっと長い時間キスをすると、一臣さんは唇を離し、
「うん。ばっちりだな」
と満足そうに言って、私を起き上がらせた。それから、ソファから立ち上がると、一臣さんはさっさと服を着だした。
私もその隙に下着をつけ、ブラウスを着た。でも、一臣さんに後ろから抱きしめられてしまった。
「あの…」
「まだ、服を着るなよ」
そんなことを言われても!
「ずるいです。一臣さんはもう、服を着ているのに」
Yシャツのボタンはしていないから、胸がはだけているとは言え、スラックスもしっかりと履いている。
「いいから」
一臣さんはソファに座ると、私を膝の上に座らせた。私はまだ、ブラウスを羽織ったまま。スカートだって履いていない。
「あ、あの。服着たいです」
「いいよな。ガーターベルトは」
もう!人の話も聞いていない。
「ストッキングを脱がせるのは、けっこう面倒なんだ。だから、会社でエッチをする時は、やっぱり、ガーターベルトだよな」
「え?じゃあ、前にも付き合ってた女性に、ガーターベルトつけてもらって、会社でエッチ…」
「するわけないだろ。だいたいどこでするんだ。俺の部屋には、付き合ってた女だって入れさせたことがないのに」
「今日みたいに、応接室でとか」
「するかよ。今日は、つい欲情しちまったんだ。だいたい、応接室には監視カメラもあるんだし、女とエッチなんかするわけないだろ」
「え?!!まさか、14階の応接室にも?!」
「ああ。お前も見ただろ?監視室。あそこで、監視カメラの映像をチェックしているんだ」
うそ~~~!!!
「じゃ、じゃあ、さっきの、一臣さんのセクハラ」
「セクハラじゃない!いちゃついただけだろ」
「そ、その映像も、見られちゃうんですか?」
「ああ。見られただろうなあ」
嘘だ~~~~!!!!!
「そ、そんなの、困ります」
「なんでだ?弥生は俺のフィアンセだ。なんにも問題ないだろ?」
そう言って、一臣さんは私を抱きしめながら、うなじにキスをした。
「うなじにもキスマークつけてもいいか?」
「ダメです!」
「なんだよ。いいだろ、別に」
ああ。エロエロの一臣さん、復活だ。嬉しいやら、困るやら。
だけど、こうやって、抱きしめてもらえるのはとっても嬉しい。