~その5~ 仲のいいふり
着替えを済ませた頃、亜美ちゃんが、
「夕飯の準備ができました」
と呼びに来た。私は一臣さんの部屋に顔を出し、
「私の部屋から、ダイニングに行ってます」
と、一臣さんにそう告げた。
「ああ」
一臣さんの言葉は一言。それに、まだスーツ姿だし、何やらまたパソコンを開き、画面と睨めっこをしている。
先にダイニングに行くと、そこにはすでにお母様と京子さんがいた。
「弥生さん、今日からまたご一緒させていただきますので、よろしくお願いします」
京子さんはすっと席を立ち、私に挨拶をしてきた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
私も、ぺこりとお辞儀をした。
「一臣は?」
「まだ、お部屋にいると思います」
私はそう言ってから、あ、仲のいいふりをするんだっけと思い出し、
「今、パソコンでお仕事をしています」
と、今まで一緒にいたんです…みたいな嘘をわざとついた。
「そうですか。最近、一臣は忙しそうね」
お母様はそう言うと、私と京子さんに座るよう促した。
「一臣様の前の席が、弥生さんの席なんですね」
私がいつもの席に座ると、京子さんがそう言ってきた。
あれ?京子さんは、龍二さんの前に座らないのかな。
「京子さんも龍二と婚約したら、龍二の席の前に座ることになりますよ」
お母様が静かにそう京子さんに言うと、京子さんは「はい」と頷いた。
そこに、龍二さんが静かにやってきて、黙って席に座った。いつもなら、欠伸をしながらだったり、ぶつくさ文句を言いながら、うるさくやってくるというのに。
それから数分後、一臣さんも颯爽とやってきた。一臣さんはいつものごとく、風を切りながらダイニングに入ってきた。
「やっと揃ったわね。国分寺、みんな揃いましたよ」
お母様が自分の後ろに立っている国分寺さんにそう告げると、国分寺さんは「はい」と丁寧に返事をして、給仕を始めた。
「龍二、どうですか?お仕事のほうは」
「…皆さんに丁寧に教えてもらってますよ」
龍二さんが、お母様にそう答えた。今のは嫌味なのか、本当のことを言ったのか、そのへんがいまいちわかりにくい。
「そうですか。早くに仕事を覚えて、大阪で頑張ってくださいよ、龍二」
「……はいはい」
あ。龍二さん、今、思い切り嫌そうな顔をした。
「京子さんは、しばらくお屋敷でのんびりなさってね」
「わたくしも、ぜひ会社に行ってお仕事の手伝いがしたいですわ」
お母様の言葉に、京子さんがそう答えると、
「今はいろいろと大変な時だから、会社に来ても誰も相手にできませんよ」
と、一臣さんがすごくクールに京子さんに言った。
「……そうだな。俺も京子さんが来ても、会社の案内もできないくらい忙しいし、屋敷でのんびりしていたほうがいいと思いますよ」
龍二さんまでがそう言うと、京子さんは暗い顔をして頷いた。
それから京子さんは、ちらっと一臣さんを見た。一臣さんも気が付き京子さんのほうを見たが、ふっと視線を外し、ちょうどグラスに注がれた水を飲んだ。
夕飯の間は、みんな静かだった。お母様も黙っているし、メイドさんたちも緊張しているし、一臣さんや龍二さんも誰も話さないので、息が詰まりそうになった。
料理はおいしいんだけど、喉を通りにくいなあ。
「弥生さん」
「はい?」
突然、お母様が私の名前を呼んだので、びっくりした。
「お野菜の天ぷらが美味しいですよ。もう召し上がった?」
「まだです」
「冷めないうちに、食べて。京子さんもね」
「はい」
京子さんも返事をして、それから天ぷらを口にした。私も食べてみると、本当に美味しかった。
「美味しい」
思わずそう口にすると、お母様がようやくにこりと笑った。
「アメリカでも和食のレストランがあって、天ぷらも食べましたけれど、あまり美味しくなかったわ。やっぱり、コック長の作る料理が一番よね、弥生さん」
「はい!」
私もにこりと笑って答えると、メイドさんたちも微笑んだ。やっとダイニングに張りつめていた緊張がほどけたかもしれない。
夕飯も無事に終わり、一臣さんが席を立ち、私もそのあとに続いた。龍二さんも、
「京子さん、2階まで一緒に行きましょう」
と言って、京子さんと共にダイニングを出てきた。
それから、龍二さんはちらりと私を見て、目で何かを訴えた。ああ、一臣さんと仲いいふりをしろという合図だな。
私は2階に上がりながら、一臣さんに声をかけた。
「一臣さん、あの。えっと」
どうしよう。何を言ったらいいのかな。あ、もう2階に着いちゃった。
「ご一緒に、ゆっくりとしませんか…」
一臣さんが私の顔を見て、片眉を思い切り上げた。お前、何を言い出したんだっていう表情だ。
「えっと。よかったら、大広間か、応接間か…、一臣さんのお部屋でのんびりと…」
「仕事がある。のんびりとなんかしてられない」
一臣さんが、とっても冷たい声で私に答え、またクルッと前を向き廊下を歩き出した。
演技だよね。でも、やっぱり、傷つくなあ。と思ってとぼとぼと歩きだしたら、隣に龍二さんが来て、
「もっと、行けよ」
と聞こえるか聞こえないかの音量で囁いた。
行けって、どういうこと?と思いつつ、龍二さんの顔を見ると、
「強引に行け」
と口元だけ動かした。
強引?そんなことしたら、一臣さんがもっと怒り出す。
「ほら!」
龍二さんが目で訴えてきた。その後ろに京子さんがやってきて、不思議そうに私を見た。
「どうかなさったんですか?」
「い、いいえ」
龍二さんは、京子さんに見られないよう、顎で「行け」と合図している。あ~~~。
仕方なく私は、ドアを開けて部屋に入ろうとしている一臣さんに駆け寄り、
「一臣さん、部屋に入れてください」
と腕に手をかけた。その途端、一臣さんがバシッと私の手を振り払った。
え?
「言っただろ。仕事があるんだよ。それ以上馴れ馴れしくするな!」
きつい口調でそう言うと、一臣さんはバタンと勢いよくドアを閉めてしまった。
ズキズキズキ。振り払われた手が痛む。でも、それ以上に、胸が痛い。演技だとしても、目も声も全部が怖いくらい冷たかった。
「大丈夫ですか?弥生さん」
心配そうに京子さんが私のもとにきて、そう優しく聞いてくれた。
「え?あ、はい」
「兄貴、仕事モードになると見境つかなくなるからな」
龍二さんまでが、私を慰めるような言葉を発した。え?なんで?
びっくりして、龍二さんを見た。あ、そうか。演技か。私と一臣さんが仲がいいんだっていう演技。でも、今のを見たら、誰だって私が嫌われていると思うよね。
「京子さんも疲れているでしょう?もう、部屋で休んだらいかがですか?」
龍二さんが京子さんに優しくそう言うと、京子さんも「おやすみなさい」と挨拶をして、廊下の奥の部屋に向かって歩いて行った。
京子さんはどうやら、一番奥の部屋に泊まっているようだった。
「おい」
その場に残った龍二さんが、京子さんが離れた途端、態度ががらりと変わり、
「なんだよ、さっきのは」
と、冷たい口調で話し出した。
グサリ。なんだよって言われても。私だって、かなり傷ついているのに。
「あんた、本当に嫌われているんだな」
グサグサ。
そんなことはないんです。と言いたい。でも、仲悪いふりをしていないとならないし…。
そう。これはふり。演技。だから、傷つかないだっていいのに。
ボロ…。
うわ!なんだって、涙が出たんだ、私。でも、ダメだ。涙がどんどん出てくる。
「泣くなよ。こっち来いよ」
龍二さんは私の腕を掴み、ずんずん廊下を引き戻し、自分の部屋に私を引き入れた。
うわ。思わず、抵抗なくついてきちゃったけれど、これ、やばいよね?自分の部屋に戻らないと!
慌てて、龍二さんの腕を振り払い、ドアを開けようとしたけれど、
「あんたが兄貴に嫌われていようがなんだろうが、どうでも良かったけどさ、でも、あんた見てると、俺を見ているみたいで嫌になるんだよね」
と、ため息交じりに呟いたので、つい振り返ってしまった。
龍二さんは両手を腰に当て、暗い顔をして私を見ていた。そしてまた、は~~~っとため息を吐いた。
「俺を見ているみたいでって?」
ずずっと鼻をすすって、私はそう聞いた。
「あんた、兄貴を慕っているんだろ?でも、相手にもされず、ずっと蔑まされているんだろ?それが、俺に似ているって言うんだよ」
「え?」
「俺も、子供の頃、兄貴を慕ってた。兄貴も俺を可愛がってくれてた。だけど、だんだんと俺から離れて行って、まったく相手にもされなくなった。それどころか、いつの頃からか、俺を見下しているみたいに、冷たい態度で接してくるようになった」
一臣さんが?
「兄貴に何かを求めても無理だ。あいつは、感情ってものがないんだ。俺は特別な人間で、お前とは違うって目でいつも俺を見て、従業員のやつらにだって、いばりちらしてて、怒る以外には他の感情がないんだよ」
「……」
「メイドたちだって、兄貴に近づくことすら怖がってた。あんたも、わかってるんじゃないか?さっきの冷たい態度で」
そう言えば、この屋敷に来た頃、トモちゃんや亜美ちゃんは、一臣さんを怖がっていた。龍二さんのほうが話やすいって言っていたこともあったっけ。
でも、今は違う。一臣さんは変わった。
「会社でも、あんた怒られてたよな。他の奴がミスしたことを、お前の責任だって言われて」
「…はい」
「いっつもえらそうなんだよ、あいつはさ」
龍二さんはそう言うと、部屋の奥に進んでいき、ドスンとソファに座った。
龍二さんの部屋は、一臣さんの部屋みたいに改造はされていなかった。私の部屋の作りによく似ていて、違うのは窓際にベッドが置いてあり、手前にソファやデスクが置いてあることだけだ。
「京子さん、さっきの兄貴の態度を見て、あんたと兄貴が仲いいとは思わないよな」
「で、ですよね」
「まあ、いいか。兄貴が冷たい嫌な奴だって思えば、兄貴を好きになったりしないだろうし」
「龍二さんは、京子さんに本気なんですか?」
「本気って?」
私は、龍二さんが怖い目で私を睨んだから、変なことを聞いたかもとひるんでしまった。
「あの…。京子さんをフィアンセに選んだのは、どうしてですか?」
「兄貴が気に入っていたからだよ」
「それだけですか?」
「………まあ、それだけじゃないけどな。あいつ、おとなしくて従順そうだろ?」
「それが、選んだ理由ですか?」
「しつこいな」
「………」
龍二さんは、じろっとまた私を睨み、それから下を向いて息を吐いた。
「あんたは、なんだってあんなとんでもない兄貴を慕っているんだよ。どこがいいんだ?」
下を向いたまま、龍二さんが聞いてきた。
「どこって…。私はずっと一臣さんがフィアンセだって父から聞いた頃から、一臣さんのお役にたてるよう、それだけを目標に生きてきて」
「なんだ?それ。悲くないのか」
「悲しくはないです。大学で一臣さんを見かけた時から、一臣さんを好きでしたし」
「ああ。見てくれに惚れたってわけか」
「その頃はそうでしたけど。でも、近くに来てわかったんです。一臣さんが今、会社のことで悩んだり、大変な思いをしていることも。そして、自分の立場を受け止めて、必死だっていうことも…」
「睡眠障害にまでなったし?同情してんの?まさか」
「同情ではないです。本気で、お役にたちたいって。それだけで、私は…」
そうだ。それだけでも、満足だった。なのに、今は相手にされないからっていじけたり、他の人に優しいからって妬んだり…。
ボロ。また、いきなり涙が出てきた。
「なんで泣くんだよ?」
呆れたように龍二さんが聞いてきた。
「自分が嫌で」
「は?」
「嫉妬したり、凹んだり、いじけたりしている弱い自分が嫌になって…」
ボロボロ。また涙が溢れ出た。私は手で涙をぬぐい、必死に涙を止めた。
「いいんじゃねえの?嫉妬しても、ひねくれても、俺もそうだし」
「え?」
意外な言葉を龍二さんが発したので、驚いて顔を上げた。すると龍二さんは目を細め、私を見ていた。
あ、その目つき、一臣さんもたまにする。
ふいっと視線をまた龍二さんは外した。そして、
「わかってんだよ、俺も。ガキの頃と変わってない自分がたまに嫌になる。兄貴にかまってもらいたくて、バカなことをする。それでも、こっちも見てもらえなくて、もっとバカをやる…」
と暗くつぶやくように言った。
え?え?
「俺以外に興味をもたれると、無性に頭に来て、そいつらに八つ当たりをする」
「それで、一臣さんの車も…」
「兄貴は、それでも俺を怒らない。いや、軽蔑の目で見下して、もっと俺から離れていく」
「………」
「ふん。親もそうだ。どうしようもない出来そこないの次男はいらないんだ。それでアメリカに追いやられた。この屋敷からも、追い出されたってわけだ」
龍二さんは作り笑いを浮かべたあと、眉間にしわを寄せた。
「だけど、お母様は龍二さんのこと、ちゃんと気にかけて」
「気にかけてだと?違うだろ。監視しているだけだ」
「そんなことは…」
「どうでもいいんだよ、俺のことなんか。誰も気にとめちゃいない。大事なのは跡継ぎの兄貴だけだ」
「……」
そう思っちゃうのも、無理はないのかな。きっと、大人たちがかまったのは、一臣さんだけなんだ。
なんだか、ひねくれちゃったのもしょうがないのかもって、そんな気もしてきた。
「あんた、兄貴の役に立てたらそれでいいって言ってたな」
「はい」
「本当にそれだけで満足かよ。上条グループとのつながりのためだけの結婚。あんた自身を必要としている人間なんかいない。兄貴だって、あんたが上条グループの令嬢だから結婚をすることにしただけで、あんた自身に惚れてるわけでもないし、大事に思っているわけでもないし、それはこれからも、ずっとかもしれないんだぞ。そんなんで、いいわけ?」
「………。そ、そりゃ、私も大事に思われたいですけど。でも、やっぱり、私が一臣さんを大事に思っていけたら…。いいえ。大事なんです。それだけなんです。きっと私は、その思いだけで、ここにいるんだと思います」
「へえ。あんたって、心底アホだね」
グサリ…。
「だけど、他の女に嫉妬して、自分のことをないがしろにされて、凹んでいるんだろ?」
「う…」
図星。
「だ、だから、こんな自分が嫌で。私、そんなに弱くないんです。今までだって、ここまで落ち込んだりすることなかったんです。たいていのことは、ちょっとの時間で立ち直れたし、へこたれることもなかったんですけど」
「上条グループの育て方は、変わっているらしいからな。逞しく育つんだろ?」
「はい。でも、一臣さんのこととなると、どうしてもいじいじしちゃって」
あれ?私、なんだって、こんなこと龍二さんに言ってるんだろ。こんな弱み見せちゃっていいのかな。
「そんだけ、兄貴に惚れてるわけか」
「え?」
「好きな奴には誰だって、弱くなるんじゃないのか?」
「龍二さんもですか?誰に?あ、京子さんに?」
「………」
龍二さんが黙り込んで俯いた。もしや、本気で京子さんに惚れているとか?
「兄貴には言うな。バカにするかもしれないし。でも、あんた、本気で兄貴が京子に手を出さないよう見張っていろよ」
ええ?なんか、兄弟そろって同じようなことを言っているかも。一臣さんは、龍二さんが私に手を出さないよう、近づくなって言っているし。
でも、この人、私には手を出したりしないんじゃないかな。あ、それって、私が一臣さんに大事に思われていないって思っているからとか?
「まあ、あんたも頑張れば」
「……え?」
「兄貴、血も通っていないような、冷たい奴だけど、犬には優しかったしな。あんた、犬っぽいところがあるから、そのうちペットくらいには思われるかもな」
ペット。もう、すでにそうなりつつあるけど。
「もし、そんなふうに兄貴に思われたら、逆にすごく大事に思われるかもな」
「え?」
「兄貴は、一回信頼した人間は、裏切らないし、大事にするから」
「…樋口さんとか、喜多見さんとか?」
「ああ。なんだ、あんたもそういうのは見抜いていたんだ」
「はい」
「だけど、大変だぞ。兄貴は信頼するまで、とことん疑う。なかなか人を信頼しないからな。優しくなんか絶対にしないし、まず、自分の心の内も見せないだろ。自分の屋敷に帰ってきたって、鉄の仮面かぶっているみたいに、ずっとムスッとしているし。自分の部屋に人も踏み入れさせないしな」
汐里さんが言っていたっけ。同じようなことを…。
「今は、部屋に入れるのは喜多見さんくらいじゃないのか?おふくろだって、入れさせないようだし」
「子供の頃は、龍二さんも一緒に部屋で遊んだりしていたって」
「兄貴が言っていたのか?」
「え?あ、いえ。喜多見さんが…」
思わず、誤魔化しちゃった。
「喜多見さんは、俺らを平等に可愛がってくれてたから」
「じゃあ、龍二さんは今でも、喜多見さんのこと…」
「いいや。今は、喜多見さんも俺のことを、ゴミみたいに思っているんじゃないの?」
「そ、そんなことは…」
もしかして、この人は誰からも信用されていなくって、どんどん意固地になってしまったんだろうか。
「あの、京子さんのこと本気だとしたら、私、応援します」
「は?」
「一臣さんと仲いいふりとか、そういう手助けじゃなくって、えっと。何をしていいかわからないんですけど、でも、心の中でちゃんと応援しますから」
「心の中で応援されても、意味ないんじゃねえの?」
「…。そ、そうですよね。でも、えっと。なんて言ったらいいか。だから、その。味方ですってことです」
はれ?
私、今、なんか変なこと口走ったかも。
だけど、もし、誰も信頼できる人がいなくて、それに、信頼されていないとしたら、ものすごく孤独なことなんじゃないかなって、そんな気がして。
「味方?」
龍二さんが、私をじっと見た。その目は、とっても怖い目だった。
じ~~っと、私の心の奥まで見透かそうとしているように見ると、視線を外し、
「あんたって、単純なんだろうな」
と一言、そうぼそっと呟いた。そして、また私を見ると、
「裏表がなさそうだ。裏で何かやましいことを考えられそうもないくらい、脳みそが単純にできていそうだよな」
と、口元を緩めながらそう言った。
う、う~~~ん、褒め言葉じゃないと思うけど、当たっている。
「はい。その通りです。人を疑わないよう、人を信じて生きなさい。だますより、だまされるほうがまだいいって、そんなふうに言われて育ってきましたし」
「親に?めでたい親だな。そんなで、よく上条グループは発展したよな」
「多分、そんなふうに人を信頼して築き上げた会社だと思います」
「なるほどね。緒方財閥とは、真逆なわけだ。だから、俺のことも信頼するし、あんたのことも信頼しろってわけか?」
「……。私のこと信頼しますか?」
私は真剣に、龍二さんに聞いた。
「そうだな。あんたみたいな単細胞、疑っているほうがバカらしいし、敵にするほどの価値もなさそうだしな」
価値がない?それは、酷いかも…。
「味方にしたって、なんの力にもなりそうもないけど、まあ、心の中でくらいの応援なら邪魔にならなさそうだしな。しててもいいぞ」
龍二さんは、そんな嫌味な言い方をした。でも、言葉とは裏腹に、顔はとっても嬉しそうに笑っている。
この人って、もしや、本当に子どもみたいだったりする?
龍二さんの恋を応援するだの、味方になっただの、そんなことを一臣さんに言ったら、思い切り叱られそうだ。だから、しばらくは黙っておこう。
でもいつか、一臣さんと龍二さんが、子供の頃のように仲良くなることを、私はその時心の奥で期待した。