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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第12章 気弱な私
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~その4~ 仲の悪いふり

 14階のオフィスに戻った。私はあんな啖呵を切ってしまい、ずっとドキドキしていた。あんなことを勝手に言って、あとで一臣さんが知ったらどうするだろう。それに、龍二さんにもきっと聞かれた。


 でも、久世君にあんなことを言われ、黙っていられなくなった。一臣さんのことをなんにも知らないで、いつも悪口ばかり言って、私が不幸になるものだと決めつけて…。


 不幸になんかならないもん!

 心の中で、断言した。でも、今日もうきうきとパソコンを打っている鴨居さんを見て、気持ちがいきなり小さくなった。


 B級グルメ。そろそろ私には飽きて、他のものに興味が出た頃。弥生も頑張らないと…。

 さっき大塚さんに言われたことを思い出した。


 グルグル。首を振って気持ちを切り替えた。今、できることをしよう。そう思い直し、矢部さんのデータのチェックを無心でした。

 ちらっと矢部さんを見た。矢部さんは、すごく真剣にパソコンを打っている。そして、一度打ったところを見なおしている。

 鴨居さんはというと、心ここにあらず…というくらい、なんだか嬉しそうだ。そして時々手を休めて、ほっと溜息をして宙を見ると、顔を赤らめ、またパソコンの画面を見つめたりしている。


 一臣さんのことでも思い出しているのだろうか。

 いけない。仕事に集中しようよ、私。


「上条さん、今、ちょっといい?」

 そこに、どこかに行っていた細川女史が部屋に戻ってきて私を呼んだ。私は秘書課の部屋を出て、廊下に細川女史と行き、話を聞いた。


「今朝早くに矢部さんが出社して、昨日のミスのことで謝ってきたの」

「え?」

「今後は上条さんや私に迷惑がかかることのないよう、頑張りますって」

「そうですか」


「自分のせいで、上条さんが叱られてショックでしたって。これからは迷惑でなく、上条さんの手助けができるように頑張りたい。どうしたらいいですかって聞いてきたわ」

「矢部さんが?」

「サポートできるようになりたいんですって。私は今、江古田さんに仕事を引き継いでいるから、矢部さんには大塚さんに指導をしてもらおうと思っているんだけど…」


「江古田さんが引き継ぎ?」

「あら。一臣様から聞いてない?」

「何をですか?」

「そうか。聞いていないのか。じゃあ、私から言わないほうがいいかもね。いつか一臣様から話してくれると思うわよ」


「はい」

 細川女史はそれだけ言うと、秘書課の部屋に戻った。私も細川女史の後に続いて部屋に入った。

 江古田さんを細川女史が呼び、また何やらファイルを見せながら話をしている。あれって、細川女史の仕事の引き継ぎをしていたんだ。でも、なんで江古田さんが?細川女史が秘書課から移動になるっていうこと?


 夕方5時半。一臣さんが秘書課の部屋に来た。

「細川女史、俺は今日、もう帰るからな。あとのことは頼む」

「はい、明日の会議の準備と、資料の作成ですね」

「ああ。矢部にデータは頼んでおいた。チェックももう済んでいるよな?弥生」


「はい。もう済んでいます」

「あの!昨日は本当に申し訳ありませんでした」

 いきなり矢部さんが席を立ち、一臣さんに頭を下げた。

「もう、上条さんには迷惑をかけないよう、心を入れ替えて頑張りますから」


「…そんなことを俺に言うな。言うなら、弥生に言え」

「はい」

 一臣さんはクールにそう言ってから、片眉を上げ、ふんっと鼻で笑った。それから、鴨居さんのデスクの横に行き、

「アヒル、今日頼んでおいたデータはどうした?もうできたか?」

と直接そう聞いた。


「はい!できました!」

「そうか。じゃあ、そのファイル、またデータ移させてもらうぞ」

 そう言って一臣さんは、鴨居さんがデータ入力したものを、USBメモリーに移している。私に鴨居さんの分はチェックをさせず、自分でチェックをするようだ。


 なんでだろう。朝、一臣さんが直に鴨居さんにファイルを渡し、そしてデータ入力したものを、一臣さんが回収しに来ている。

「じゃあ、アヒルはもう仕事も終わったし、帰っていいぞ」

「はい!」


 鴨居さん、すっごく嬉しそうだ。ニコニコしながら返事をして、お辞儀をした。

 やばい。さっき、気持ちを切り替えたのに、また気持ちが萎んでいく。


「弥生。帰るぞ」

「……」

「弥生?聞こえたか?もう今日は帰るぞ」

「え?」


 私は、ドアのところで私を呼んでいる一臣さんのほうを見た。さっさとまた秘書課の部屋を出て行くだろうと思って、一臣さんのほうも見ていなかった。


「早く15階に来い。わかったな?」

「はい」

 今日は一緒に帰れるんだ!嬉しすぎる!!!


 ああ。たったこれだけのことで、私はこんなにも気持ちが上がってしまう。

「一臣様と一緒に帰られるんですか?」

 うきうきしながら、パソコンをシャットダウンさせていると、横から鴨居さんが聞いてきた。


「え?あ、はい」

「一臣様のお車でですか?」

「一臣様のっていうか、運転は等々力さんですけど…」 

 シャットダウンしたので電源を切り、私は急いでデスク周りを片付けた。


「一臣様の秘書の樋口さんも、いつも一緒に行動をしているって聞いています。ですが、上条さんも、一臣様の秘書だから、一緒に行動できるんですか?」

「は?」

 嬉しそうに顔を赤らめていた鴨居さんが、今は私のことを恨めしそうに見つめている。


「えっと?」

 一緒に住んでいるから、一緒に帰るんだけど、それって言ってもいいことなのかな。いいんだよね。だって、私はフィアンセだってことはもう、みんな知っているんだし。


「上条さん、お疲れ様」

 細川女史にそう言われ、他の秘書の人たちも私に挨拶をしてきたので、私は席を立った。

「お疲れ様でした。お先に失礼します」


「上条さん、明日こそ、ね?!頑張って」

 大塚さんは私に向かってそう言うと、ウインクをした。多分、ガーターベルトのことだよね。

 明日こそって言うけれど、そんなものをつけて会社に来るつもりもないし、夜、わざわざガーターベルトをしてストッキングを履く気もない。だいいち、着替えてまでもストッキングを履いていたら、一臣さんはがっかりしそうだし。なぜか、生足が好きだもんなあ。


 15階の一臣さんの部屋に行った。一臣さんはすでに上着を着て、帰り支度がすっかりできていた。

「帰るぞ~~、弥生~~」

「はい」

 なんだか、一臣さん疲れてる?さっき、秘書課に来た時と顔つきも声も違っているけど。


「あの、お疲れですか?」

「ん~~?」

 やっぱり、返事にも元気がない。


「大丈夫ですか?」

「早く帰って寝たい」

「そ、そうですか」

 一臣さんは、私が上着を着てカバンを持つと、私の背中に腕を回し、一緒に部屋を出た。


「樋口、帰るぞ」

「はい」

「今夜は予定もないし、樋口も早くに休めよな」

「はい、そうさせてもらいます」


 樋口さんは小さくお辞儀をし、部屋のドアを開けた。そして私と一臣さんを先に通し、あとから廊下を歩いてきた。

 樋口さんもお疲れなんだろうなあ。だって、ずっと一臣さんと行動を共にしているんだもの。


「そう言えば弥生、お前、また久世と会ったんだってな?」

「え?あ、はい」

 もう報告を受けていたのか。いつも早いなあ。


「で、久世に怒鳴りまくったんだってな?」

「怒鳴りまくってなんていません。えっと、ちょっと怒っただけで…」

「ははは。さすが弥生様ですと、日陰が報告に来たぞ」

「え?!」


「周りの社員も、お前のこと認めて、応援するって言っていたらしいな。それに、お前が久世を怒鳴ったら、みんな拍手をしていたんだって?」

「はい。最初に江古田さんが拍手をして、それでなぜか、周りの人も」

「面白い展開だな。なあ?樋口」


「そうですね」

 エレベーターが来て、私たちは乗り込んだ。

「そういえば、細川女史が、江古田さんに引き継ぎをしているって。どういうことなんでしょうか?」

 私はいきなり思い出して、そう一臣さんに尋ねた。


「なんだ。細川女史、喋っちまったのか」

「え?」

「まあ、いいけどな。そろそろ弥生にも話そうと思っていた頃だし。エレベーターで話すのもなんだから、車の中で話すよ」

 一臣さんはそう言うと黙り込んだ。


 樋口さんも黙っているので、やけにエレベーターの中が静まり返ってしまった。

 グ~~~~~、ギュルル。


「あ!」

「なんだよ、弥生。まだ、6時前だぞ。もう腹が減ったのか?」

「す、すみません。ちゃんとお昼食べたんですけど」

「量が足りないんじゃないのか?そうだ。お前、最近、遠くのビルまでランチをしに行ってるんだな」


「そんな報告まであるんですか?」

「ああ。一応な?」

「大塚さんが、近所だと、私のことをあれこれ言う人がいるから、それで緒方商事の社員がいないビルまで連れて行ってくれるんです」


「そうか…。大塚がか…」

「はい」

「ふうん」

 一臣さんはまた、黙り込んで私の腰に回した腕に力を込め、私を引き寄せた。


 一臣さんのコロンだ。この香りを嗅ぐと気持ちが落ち着く。それに、一臣さんのぬくもりも、安心する。


 役員専用の出口から出て、等々力さんの車に乗った。一臣さんは私を引き寄せ、ふ~~~~っと息を吐いた。

「弥生の横は落ち着くよなあ」

 一臣さんは私の肩にもたれかかり、そう言った。


 嬉しい。胸が高鳴る。一臣さんが隣にいてくれるだけでも嬉しいのに、そんなふうに言ってもらえると、私の気持ちは一気に上がる。


「あ、江古田さんのことは?」

 まだ、べったりとくっついて、一臣さんのぬくもりを感じて浸っていたかったけれど、どうしても気になり、私は一臣さんに聞いてしまった。


「ああ。江古田のことか」

 一臣さんは私の肩から頭を上げ、私のほうを向いた。そして、

「細川女史には、俺が副社長になったら、秘書をしてもらおうと思っているんだ」

と静かに話し出した。


「え?じゃあ、樋口さんは?」

「樋口は第1秘書。細川女史が第2秘書だ。細川女史は武道の達人だし、お前のことも守れるしな」

「え?」

「俺も親父も信頼している人物だから、お前のことも任せられるし」


「私…ですか?」

「ああ。俺の秘書になるってことは、お前のことも面倒みるってことだからな。それから、おまえに付く秘書も考えている最中だ」

「私に?そ、そんな恐れ多いです」


「何を言ってるんだよ。おふくろにだって、二人秘書がいるんだぞ。お前も副社長夫人になったら、忙しくなるし、スケジュール管理だの、お前の面倒を見るお前付きの秘書がいるに決まっているだろ?」

「そうなんですか?」


「お前のことを任せられる人物を今、考えている。大塚もいいかなと思ったんだが、でも、大塚はお前の友達って感じだしなあ」

「はい。大塚さんは、一緒にいると楽しいです。時々、ついていけない時もありますけど?」

「ついていけない?」

「あ。こっちの話です」


 いけない、いけない。下着のことまで悟られないようにしないと。あ、まさか、報告が一臣さんまで行っていないよね?日陰さん、下着買ってましたなんて報告まで、していないと思うんだけど。


「大塚を外すとなるとなあ…。まあ、俺と結婚するまで数か月あるんだし、それまでに考えておくけどな」

「はい」

「……今日から、京子さんが来るんだな」

「え?はい」


 いきなり話が飛んだ。

「龍二、今朝も態度がおかしかったな。用心しないとならないな。弥生、悪いけど、龍二の前では仲が悪いふりするからな?」

「はい…」


「この前も、会社でお前のことを怒っている時に来ていたから助かった。いちゃついているところなんか見られたら、あいつ、お前に何をするかわからないからな」

「……」

「あ~~~あ。会社じゃ、忙しくてお前と一緒にいられないし、屋敷でもいちゃつけないって、気の休まるところがないよなあ」


「本当ですか?」

「え?」

「本当に他に気を休めるところがないんですか?」

「ない。社外では、気を張ってないとならないしな」


「……」

 でも、たとえば、秘書課に来て、鴨居さんに会っている時は?

 うわ。なんか、今、変なこと考えた。なんだって私は最近、こんなに嫉妬深いんだろう。自分が嫌になる。


 車が屋敷に着いた。おかえりなさいませと、国分寺さんや喜多見さんが出迎えに来て、そっと一臣さんに、

「龍二さんはすでに帰られています。今、さっき帰ったところですよ」

と小声で告げた。


「そうか。わかった」

 一臣さんも小声で頷くと、颯爽と玄関に向かって歩き出した。私は少し離れて、後ろから着いて行った。

「おかえり、兄上殿、それから、未来の姉上殿。仲良く同じ車で帰ってきたんだ。へ~~」


 玄関を開けると、中に龍二さんがいて、そう私たちに言った。

「悪いか?一応フィアンセだからな。別々の車で帰ったら、周りが変に思うだろう?」

「大変だな。表面上は仲良く見せるっていうのも」

「そんなたいしたことじゃない」


 一臣さんはひょうひょうとそう答え、私を置いてさっさと階段を上りだした。私も、一臣さんのあとに続き、階段を上ろうとしたが、

「おい」

と、また龍二さんに腕を掴まれ、呼び止められた。


「なんですか?」

「言われなくてもわかっているとは思うけどな。京子の前では、兄貴と引っ付いていろよ」

「え?」

「仲いいふりをしろって言ってるんだ。京子は兄貴のこと諦めたようだけど、あんたと兄貴が仲悪いって知ったら、兄貴に対して希望を持つかもしれないだろ」


「……仲いいふり?」

「べったりひっついてりゃいいんだよ。あんたと兄貴、一応関係はあるんだろ?」

「え!?」

「そう兄貴だって言っていただろ?あれを京子は信じて、それで兄貴に絶望したんだから、あんたと兄貴は何の関係もないって知ったら、京子が希望を持つって言ってるんだよ」


「……」

 希望って?自分が一臣さんと結ばれるかもっていう希望?

「あんたと兄貴がなんの関係もなくても何でもいい。だけど、京子の前では、もう兄貴と関係を持った仲だって、そういうふりをしろよな?わかったな」

 

 龍二さんは、怖い目で私を見ながらそれだけ言うと、階段を上りだした。一臣さんはとうに2階に上がり、姿は見えなかった。


「弥生様、大丈夫ですか?」

 ずっと物陰から私のことを見守っていた、亜美ちゃんとトモちゃんが来てそう聞いてきた。

「はい。大丈夫です」

 私は二人に笑って答え、自分の部屋に戻った。


 一臣さんには、仲の悪いふりをしろと言われ、龍二さんには仲がいいふりをしろと言われた。ああ、なんだか、頭がごっちゃになる。


 もう、誰かを騙すふりなんか、したくもないのになあ。

「はあ」

 力なくベッドに座り込み、しばらく私はぼ~~っとしてしまった。



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