~その3~ 啖呵を切る
部屋を出て、一階に行くと一臣さんと龍二さんが話をしていた。龍二さんも会社に行くのか、スーツ姿に着替えていた。
「うるせ~な。俺が何をしようが勝手だろ」
龍二さんが怒っている。兄弟げんかかなあ。
私はゆっくりと階段を降りた。すると、龍二さんが私に気が付き、
「兄貴は、大事な跡継ぎを生むフィアンセ殿の心配でもしていれば?まあ、せいぜい他の男にやられないよう見張っているんだな」
と、嫌味たっぷりに一臣さんに言った。
「弥生なら、ボディガードもついているし、お前が心配することじゃない」
「ああ、そう。で、兄貴はフィアンセほっぽらかして、他の女と仲良くするわけ?昨日いた綺麗な女性、あれは新たな遊び相手?」
え?!昨日いた綺麗な女性って!?
「誰のことだ」
「とぼけるなよ。俺らが食事しているところにやってきただろ?」
「あれは、仕事先の秘書をやっている女だ」
「へ~~。まあ、俺には関係ないけどね。だけど、本当にフィアンセ殿が可哀そうだね。さすがの俺も同情するよ」
「それこそ、お前には関係のないことだ。お前こそ、今日から京子さんが来るんだろ?嫌われないようにするんだな」
「兄貴、京子にまさか、手を出す気じゃ…」
「するわけないだろ。お前のフィアンセになる女性だし、だいいち、体も弱いんだし」
「体が丈夫だったら、手を出してた?」
ぎろっと龍二さんが睨むような目つきで、一臣さんを見た。
「体が丈夫だったら、フィアンセに選んでいたかもな」
「ははは!それは無理だろ。だって兄貴は絶対に、ここにいる弥生と婚約させられるんだからさ」
龍二さんはおおげさに笑った。今度は一臣さんが、龍二さんを睨んだ。
「俺には、緒方財閥を背負って立つっていう義務があるんだよ。だから、しょうがないことなんだ」
「犠牲はつきものってわけか」
「そうだ」
一臣さんはクールにそう言い放つと、玄関を出て車に向かって歩き始めた。でも、龍二さんがしつこく一臣さんを追って、一臣さんの腕を掴んだ。
「なんだ?」
一臣さんが冷たく振り向き、龍二さんをまた睨んだ。
「あんたって、いつもそうやって、人を見下して、平気で人のことを物扱いするよな」
「物扱い?なんのことだ」
「自分は緒方財閥の跡継ぎだ。だから、犠牲はつきものだ。しょうがないだろって冷めた目で、ずっと俺のことも見ていたよな?」
「……なんのことだ?」
「ほら、そうやって人を見下した目で…」
「俺がか?」
「……」
龍二さんは、もっと怖い目で一臣さんを見た。一臣さんは片眉を上げ、龍二さんの手を振り払い、
「お前も、大阪支社の副社長になるんだから、仕事を真面目に覚えろよ」
と、クールな顔つきでとても静かにそう言うと、さっさと車に乗り込んだ。
「弥生」
「え?」
私も車に乗ろうと一歩前に進むと、すぐ横に龍二さんが来て、私に耳打ちをした。
「兄貴に会いに来てた女に気をつけろよ」
それだけ言って、龍二さんはまた屋敷に入って行った。
女に気をつけろってどういうこと?
まさか、一臣さんのこと捕られるぞっていうこと?
ズキン。
胸が痛んだ。
ううん。大丈夫。また、龍二さんが私をからかうためにそんな嘘を言っただけだ。
気を取り直して車に乗った。等々力さんがドアを閉め、すぐに車を発進させた。
「龍二に何か言われたのか?」
一臣さんが私の腰に手を回し、心配そうに聞いてきた。
「え?い、いいえ。何も」
私は一臣さんに、龍二さんから言われたことを告げられなかった。
「なんか言われたんだろ?あいつ、弥生に近づいてなんか言ってただろ?」
「いつもの嫌味です…」
「そうか…」
一臣さんは、ふうっとため息を吐いた。
「弥生、あいつに近づくなよ。まだまだ危険なんだからな。あいつが大阪に行くまでは、演技を続けるからな」
「仲の悪い演技ですか?」
「そうだ。あいつは今でも俺を憎んでいるし、何をするかわからないからな」
「……はい」
俺のことをいつも見下していただろって、そう言った龍二さんの目、睨んでいたけれど、どこか寂しげにも見えた。
龍二さんは、本心を見せていない。憎まれ口を言い、わざと嫌味を言い、本心を隠しているように見える。
本当は、一臣さんのことどう思っているんだろう。憎みながらも、本当は一臣さんと心を通わせたいんじゃないのかな。
会社に着いた。その日も一臣さんは、私を秘書課に残し、樋口さんを連れ、どこかに出向いて行った。
「今日、昨日買ったあれ、つけてきた?」
ランチを大塚さん、江古田さんとしている時に、大塚さんが興味深そうに聞いてきた。
「つけていません」
私はすぐさまそう答えた。
「なんで~~?」
「ストッキング買っていないし…、それに」
「あ、そうか。じゃあ、あとで買いに行こうね」
「え?でも、私…」
ガーターベルトなんて、つける気さらさらないんだけどな。
「昨日、鴨居さんにだけ、一臣様は優しかったじゃない?」
「え?はい」
「矢部さんのミス、弥生の責任だって怒ったりして」
「……あれは、やっぱり、ミスに気付けなかった私が悪いから」
「そうかな~~。なんか、今までの一臣様と違っている気がするんだよね」
大塚さんは、サラダを食べながらそう言った。
「気にすることないですよ、上条さん」
江古田さんが、私を励まそうと頑張っている。でも、そのあとの言葉が続かないようだ。
「でも、ミスの連続をしている鴨居さんのこと、なんだって一臣様は怒らないわけ?贔屓しているようにしか見えないんだよねえ」
大塚さんは、パスタをくるっとフォークに巻きつけながらそう言うと、口の中にパスタを入れた。
「それは、その…。きっと何か事情が」
また江古田さんが、なんとか私を励まそうと、言葉を探している。宙を見て黙り込み、何も浮かばなかったのか、下を向いた。
「弥生って、今まで一臣様が付き合ってたタイプと違うじゃない?きっと珍しかったと思うんだよね」
「え?」
「今まで付き合ってた女性が、食べ物に例えるとフレンチとか、そういうA級グルメだとすると、弥生は庶民的なB級グルメって感じでしょ?」
「はい」
それは頷ける。
「ずっとA級グルメを食べていたら、初めて食べたB級グルメって珍しくて美味しいと思うんだ。きっと、A級グルメにも飽きていた頃だと思うし」
「はあ…」
「それじゃあ、まるで上条さんが、そのへんのたこ焼きか、お好み焼きみたいです」
江古田さんが反論をした。でも、
「そう、その通り」
と大塚さんは、思い切り頷き、
「でね。しばらくたこ焼きを食べていたけれど、それも飽きてきて、他のB級グルメも食べてみたいなあって、そう一臣様は思ったかもしれないじゃない」
と、話を続けた。
「他の?」
江古田さんが聞き返すと、
「そう。例えば、焼きそばとか?」
と大塚さんは、軽く首を傾げて言った。
「鴨居さんが、焼きそばってことですか?」
江古田さんの言葉に、また大塚さんは「そう」と大きく頷いた。
「他の庶民的な食べ物も、食べてみたいなあって…。だとしたら、どうする?ここは、今までのたこ焼きと、ちょっと変えてみないと、焼きそば食べに行っちゃうかもよ?弥生」
「今までのたこ焼きと変えるって、どう変えるんですか?」
私ではなく江古田さんが、身を乗り出して大塚さんに尋ねた。
「だから、ソースと青のりだけじゃなく、マヨネーズかけるとか」
「は?」
「そのマヨネーズに代わるものが、ガーターベルト」
「へ?」
私と江古田さんが同時に、大塚さんに聞き返した。
「そうしたら、他の庶民的食べ物に行かず、戻ってくるかもよ?」
「鴨居さんのところに行かず、上条さんに戻ってくると言いたいわけですね?でも、そんなことしなくたって」
江古田さんがまた反論しようと頑張った。でも、大塚さんは江古田さんの言葉を遮り、身を乗り出して、
「弥生。今が勝負どころだって。他の女のところに行かせないよう、弥生も努力しなくちゃ。だって、一臣様、何をしなくたってモテちゃうし、どんな女だって、きっとイチコロなんだし」
と、私に顔を近づけそう言いだした。
「イチコロ?」
「そうよ。もし、私が一臣様に迫られたら、弥生には悪いけど、コロッといっちゃうわ。今まで、いろんな女と付き合っていたわけだし、一人の女でそうそう満足できるとは思えないし…。弥生一人で満足させるためには、弥生も頑張らないと」
「……」
顔が思い切り引きつってしまった。
いろんな意味で、今の言葉はショックだった。まず、大塚さんは、一臣さんに迫られたら、コロッといってしまうのか。
いや、一臣さんが一人の女で満足できないって言葉のほうが、突き刺さったかも。
「大塚さん、上条さんが真っ青です。もう、おどかすのはやめてください」
「おどかしているんじゃないの。可能性を言ってるの。私だって、弥生には悲しい思いをさせたくないし、だから、こうやってアドバイスをしているんじゃない」
大塚さんは、江古田さんにきっぱりとそう言うと、またパスタを食べだした。
「……B級…」
そうか。私ってB級グルメか。あ、そういえば、私のことたこ焼きだって言っていたっけ。
もの珍しいって言っていたこともあった気が…。へんてこりんで、みょうちくりんで、今まで一臣さんの近くにはいなかったタイプなんだよね、私って。
そして、今は、鴨居さんが気になっているってこと?元気で明るく、でも、弱い鴨居さんが。
そうだ。私の時も、バイタリティがあって、なんにでもへこたれない私が、一臣さんのこととなると、元気をなくした。うじうじしちゃう私のことを、一臣さんは可愛いって言っていた。
そのギャップがいいのかどうか、私にはわからないけれど、今は鴨居さんの、強そうで弱いところが魅力的なんだろうか。
だ、ダメだ。今、どんどん私の思考は、一臣さんが鴨居さんを気に入っているっていう方向に進んでいる。だけど、そう思うと、思い当たる節がいっぱいある。
セクハラ受けて、泣いちゃった鴨居さんのこと、一臣さんは意外みたいに受け取ってた。そういえば、あの時、大丈夫かって優しく、鴨居さんの頭ぽんぽんしていたかも。
一臣さんの中で、鴨居さんの存在が大きくなっていったとしたら?
ダメだ~~~~~~~~~~~~~。誰か、這い上がらせて。どんどん、のめり込んでいくよ~~~~~~~。
一臣さんを疑いたくない。信じたい。
そのうえ、龍二さんが、昨日一臣さんと一緒にいた女性のこと、気をつけろって言ってた。
あ~~~~~~~~~~~。なんだって、こうも次から次へと不安要素が。
「大丈夫ですか?上条さん」
フォークを持った手が止まっていると、江古田さんが心配そうに聞いてきた。
「はい。って、あれ?大塚さんは?」
「トイレに行ってます。あの、私は一臣様のことを、もっと信頼してもいいと思うんです。きっと上条さんのことを怒ったのは、上条さんがこれから、人の上に立って働くようになるからだと思いますし」
「ありがとうございます」
江古田さんの慰めの言葉が、心にしみる。
「あ、みなさん、もう食べ終わってたんですね。ごめんなさい」
私は慌てて、パスタを食べた。そして食べ終わった頃、大塚さんが戻ってきて、
「よし。弥生、ストッキング買いに行こう」
と、私の腕を掴み、席を立たせた。
会計もあっという間に済ませ、大塚さんは意気揚々と歩きだし、私と江古田さんは、ちょこちょこと後を追った。
そして、大塚さんに言われるがまま、ストッキングを3足も買い、お店を出た。
ああ、大塚さん、なんか楽しんでいるようにも見えるんだけど、気のせいかなあ。
今日も私たちは、会社のビルから離れたところでランチをした。緒方商事の社員が少ないお店だったから、私のことをあれこれ言っている人もいなかった。そんなお店に大塚さんが連れて行ってくれるんだけど、きっと気を使ってくれているんだ。
でも、会社に近づくと、また私のことをあれこれ言っている声が聞こえてきた。
「あ、あの人だよ。一臣様のフィアンセ」
「仮面フィアンセでしょ?見た目、お嬢様に見えないわよね」
「一臣様の趣味じゃないもの。一臣様、相当あの人のこと嫌っているんだって」
「え~~。そうなの?でも、一時仲良くしてなかった?」
「だから、人前では仲良く見せてたみたい。でも、最近は一緒にいるところも見ないわよね」
「もう飽きられたんじゃない?」
「くすくす。仮面フィアンセの仮面も、もう剥がれたのかも」
グサグサ。
今日は、みんなの声がやけに胸に突き刺さる。
「弥生ちゃん!」
オフィスに入る寸前、私は誰かに腕を掴まれた。私はびっくりして振り返った。すると、久世君が立っていた。
「久世君?」
「やっと、会えた。話があるんだ」
「私には話なんてないです」
「弥生ちゃん!君が一臣氏と婚約しないでも済むように、君のいとこをけしかけたのに、弥生ちゃんは婚約破棄にならなかったんだってね」
「え?けしかけた?瑠美ちゃんのことを?」
「そうだよ。瑠美さんは一臣氏と結婚してもいいって言ってたし、そうしたら、弥生ちゃんはあんな男と結婚しないでも済んだのに」
「ど、どうして、そんなことをするんですか?」
私は、久世君に聞き返した。なんだって、瑠美ちゃんをけしかけたりしたんだろう。
「だから、ずっと言ってるよね?あいつが弥生ちゃんのことを幸せにできるわけがないって」
「なんだって、そう決めつけるんですか?」
「決めつけるも何も、どっからどう見たって、そう見えるだろ?弥生ちゃん、あいつにまったく大事にされていないんだろ?」
「そ、そんなことはないです」
「いいよ。そんなに弥生ちゃん、頑張らないでも」
「ちょっと!どういうつもりで、弥生にそんなことを言うの?弥生は一臣様のために頑張ろうってしているっていうのに」
大塚さんがいきなり切れて、久世君に啖呵を切った。その横で江古田さんが、青い顔をしておろおろしている。
私たちの周りには、緒方商事の社員が集まってきて、
「一臣様のフィアンセが、男ともめてるわよ」
とか、
「あの人知ってる。ここで宅配のバイトしていた人でしょ?」
とか、こそこそ言う声が聞こえてきた。
「あんなどうしようもない男のために、なんだって弥生ちゃんは頑張らないとならないんだよ。女遊びはする。ワンマンで我儘で、平気で気に入らない人間は切り捨てる。いかにも、世間のことをなんにも知らないお坊ちゃんじゃないか。あんなやつが次期社長だなんて、この会社も先が見えてるよ」
ムッカ~~~~!
「一臣様のこと?酷い、あんなふうに言うなんて」
「彼の言うとおりだろ?ワンマンのお坊ちゃまじゃないか」
周りを囲んでいる社員から、そんな声も聞こえてきた。でも、私には、久世君が言った言葉が、どうにも許せなくて、手がわなわなと震え、あと一言久世君が何かを言ったら、ブチッと切れる寸前だった。
でも、周りに社員もいる。こんなところで、私が切れたら、もっと一臣さんに迷惑がかかる。そう思い、グッと我慢した。だが、
「生ぬるい環境で、ぬくぬくと育ったんだろ?なんの苦労も知らないお坊ちゃまと結婚して、弥生ちゃんが苦労するのは目に見えてるよ」
と言う久世君の言葉に、ブチッと私の中で音が聞こえた。
「…にも知らないで…」
「え?」
私のふるふる震えた声を聞き、久世君が耳をこっちに向け聞き返してきた。
「何も知らないで、言いたいことだけ言って…」
「弥生ちゃん?」
ブチ。ブチ。ブッチーーーン!少しだけ繋がっていた堪忍袋の糸も、全部切れた。
「一臣さんはね、何も知らない苦労知らずのお坊ちゃまなんかじゃない!会社のこと、緒方財閥のこと、全部ちゃんと受け止めて、大きなプレッシャーに負けそうになりながらも、それでも、必死で会社のために働いているの!あまりにもの重圧に、睡眠障害になりながらも、それでも、責任をちゃんと受け止めて、会社のために働いているし、それだけの覚悟だってしているんだから!」
「や、弥生ちゃん…」
私の大声と、気迫に負けたのか、久世君が思い切りたじろいだ。
「この会社も先が見えているですって?!冗談じゃない!一臣さんが次期社長になるんだから、発展するに決まっている。今だって、会社や社員のために、一臣さんは頑張ってる。1日中、分刻みで働いてる!それに、私だって、緒方商事、ううん。緒方財閥のために働くし、一臣さんのサポートをしっかりとする!だから、緒方財閥は安泰だし、ダメになんかならない!」
そこまで、息もしないで言い切って、私は、はあはあと呼吸をした。目の前で久世君はぽかんと口を開けたままでいる。それに、大塚さんもびっくりした目で私を見ていた。
「さすがです!上条さん。さすが、一臣様のフィアンセだけある!」
そう言って、思い切り拍手を江古田さんがし始めた。すると、周りにいる社員の中からも、拍手をする人がちらほら現れた。
「すげえ。さすが、上条グループのお嬢さんだけあるよな」
「なんだ?それ」
「上条グループの子育て法、一風変わっていて、逞しく育つらしいぞ」
「へ~~~。そうか。確かに逞しいな」
若い男性の社員がそう言ってから、拍手をした。その横にいる女性まで、
「すご~~い。一臣様のことをちゃんと理解しているのね。それに、一臣様や会社のために、尽くそうとしているなんて、なんか応援したくなっちゃった」
と、そんなことを言い出し、その人も拍手をした。
そのうち、そこにいる社員全員が拍手をしだし、
「一臣様に邪険にされても頑張って」
「仮面フィアンセだとしても、あなた、社長夫人の素質あるわ。応援するわよ」
なんて、声をかけてくる人も現れ出した。
「うちの次期社長のこと、あんだけ罵られてムカついた。言い返してくれてすっきりしたよ」
「そうか~。一臣氏、睡眠障害にまでなっていたのか?そんだけ、忙しいんだな」
「大変だよな。でも、こんだけ逞しい人と結婚するんだから、大丈夫かもな」
「上条グループと繋がりも持ったんだろ?緒方商事も安泰なんだろ?」
「そうだよな。俺は君と一臣氏の結婚賛成だよ。変な噂が流れても気にしないで、堂々としてていいよ」
そんなことを言ってくれる、男性社員もいた。
「は、はい。ありがとうございます」
私は、我に返り、みんなにお礼を言った。そして、みんなに囲まれるようにしてオフィスに入った。隣には大塚さんと江古田さんも私を守るようにして、ビルの中に入った。
ふと、久世君のことを思い出し、後ろを振り返った。久世君は呆然としながら佇んでいた。その後ろから、久世君をじろじろ見ながら、龍二さんがビルの中に入ってきているのが見えた。
もしや、今の見られてた?
うわ。どうしよう。
私は、龍二さんに何か言われるかもと思い、身構えた。でも、周りに他の社員がいたからなのか、龍二さんは私に近づこうともせず、そのままエレベーターホールに向かっていった。