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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第12章 気弱な私
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~その2~ 一人は寂しい

 5時半を過ぎ、私は15階に戻った。でも、一臣さんも樋口さんもいなかった。

「はあ…」

 暗い。最近、会社で一臣さんに会えないことが多いなあ。


 トントン。一臣さんの部屋のソファに座っていると、ノックをする音がした。

「はい?」

 ドアを開けると、樋口さんがドアの外に立っていて、

「ああ、弥生様、まだお帰りになっていなくてよかった」

とほっとした顔を見せた。


「あ、はい。一臣さんはまだお仕事ですか?」

「はい。今日も遅くまでかかりそうですので、弥生様、等々力さんのお車で先にお屋敷にお戻りになってください」

「そうですか」


 ショボン。確か、龍二さんがいるから、帰りは弥生一人で帰さないと言っていた気がするんだけどなあ。

「龍二様も一臣様とご一緒ですから、お屋敷に帰られても大丈夫ですよ。多分、一緒にお屋敷に戻られると思います」

「え?あ、はい」


 そうか。そういうことか。龍二さんが屋敷にいないとわかっているから、安心して私だけ帰らせるってことなんだな。

「それじゃあ、お先に失礼します」

 そう言って、オフィスを出た。でも、樋口さんがあとからついてきて、

「やはり、お車まで送ります」

と私の横に並んだ。


「大丈夫です。役員専用の出口から駐車場に出ますし」

「それでも、きちんとお送りします」

「…だけど、私にはいつも日陰さんがついているんじゃ?」

「社内では、別ですよ」


 そうなんだ。いっつも見張られているかと思ったのに。

 あ、違った。守ってくれているんだっけ。


「日陰さんは弥生様が外に出られる時だけです。社内では、他のものが見守っています」

「え?他にもいるんですか?そういう人が…」

「ええ、まあ」

 樋口さんはそれだけ言うと、言葉を濁した。


「じゃあ、大丈夫なんじゃ?」

「ですが、弥生様がまた、久世さんと会っても困りますし」

「会いません。大丈夫です」

 樋口さん、私のこと何か疑っているのかなあ。


「弥生様をおひとりにしないほうがいいと、そう注意も受けましたから」

「一臣様から?」

「いえ。龍二様です」

「え?」


「…なぜか、やたらと弥生様のことを心配されていましたが、何かあったんですか?」

「いいえ。まったく何も…」

「そうですか。それでしたらいいのですが」

 でも、しつこく忠告だけはしてきたっけ。


「一臣様は、龍二様のほうが危険だとおっしゃっていましたけどね。龍二様には近づかないようにしていますか?弥生様」

「え?」

「龍二様も何を考えているかわからないところがありますから、気を付けてください」

「はい」


 わあ。どうしよう。もうすでにさっき、エレベーターで二人っきりになったよ。だけど、別に何もなかったけれど。


 樋口さんに見送られ、私は等々力さんの車に乗ってお屋敷に帰った。暗い顔をしていることに、等々力さんが気が付き、明るいポップミュージックをかけてくれた。

「弥生様のために用意させていただきました。こういう音楽はお好きですか?」

「はい。明るくて好きです」


「それはよかった」

 ああ、等々力さんに心配かけちゃった。申し訳ない。

「弥生様は、一臣様がご一緒じゃないと、本当に元気なくなりますね」

「すみません。心配かけて」


「一臣様もそうですけれどね」

「え?」

「弥生様がご一緒じゃない時は、車内で静かですよ。ほとんどお話もしないし、寝ている時もありますから」

「そうなんですか…」


 いつも車内でもべらべらとしゃべったり、私の太もも触ったりしているのに。


「一臣さん、忙しいですね…」

「そうですね。弥生様がお屋敷に来られてからは、早めに帰るようにしていたようですが、前に戻ってしまった感じですね」

「前もこんなに忙しかったんですか?」

「そうですね。会社に入りたての頃は、もっとですよ。会社に泊まったこともありましたし、会社近くのホテルに泊まったこともありました」


「そんなに忙しかったんですか?」

「面倒くさがって帰らなかったという感じでしたけどね」

「ああ。そうか。一臣さん、面倒くさがりですものね」

「弥生様がお屋敷にいられるから、今は帰ってくるんですよ」


「え?」

「お仕事で疲れていても、きっと弥生様の顔を見ると元気になられるんじゃないですか?」

 等々力さんは優しくそう言って、バックミラー越しににこりと微笑んだ。

「私も、一臣さんの顔を見たら元気になれます」


 きっと、今夜も一臣さんが隣にいるだけで、気持ちは上がると思う。だけど、今はまだ、等々力さんが励ましてくれたのに、元気になれなかった。


 夕飯は、お母様と二人だった。お母様がアメリカから帰ってきたこともあり、天ぷらやお刺身、煮物などの和食がテーブルに並んでいた。


「一臣と龍二は仕事で遅いようですね」

「はい」

「こんなことなら、今日、串揚げ屋さんに行けばよかったですねえ、弥生さん」

「あ、そうですね」


「そうそう。今日、鷺沼京子さんにお会いしてきましたよ」

「京子さん、お返事は…?」

「お屋敷に明日にでも来るそうです。まだ、正式に婚約を受けたわけではないですが、龍二のことをもう少し知ってから、お返事をしますとおっしゃっていました」


「そうですか…」

「大丈夫ですよ。一臣は、京子さんにまったく興味ないようだし」

「え?」

「京子さんがいくら一臣に熱を上げても、一臣は相手にしませんから」

「はい…」


「くすくす」

 ?なんで笑ったのかな、お母様は。

「一臣、あなたのことが本当に大事みたいだし」

「え?」


 ドキン。

「だから、大丈夫ですよ、心配しないでも」

 ああ。お母様は、私を安心させようと、そう言ってくれたんだ。

「はい。ありがとうございます」


 お母様と二人の夕飯は和やかだった。相変わらず、メイドさんたちは緊張をしているようだったけれど、私は特に緊張することもなく、笑ってお母様と話をした。

 お母様は、アメリカでの話をしてくれた。話を聞いていると、お母様は社交的で、いろんなパーティに参加していることが分かった。


 夕飯が済み、私は部屋に戻った。ダイニングで喜多見さんが、

「一臣お坊ちゃまのお部屋の風呂を沸かしておきましたので、お入りくださいね」

と言ってくれた。


「はあ」

 鞄を置き、今日買ってきたパンティとガーターベルトを袋に入れたまま、クローゼットの中の引き出しに入れた。下着の引き出しだと一臣さんがまた勝手に開ける可能性があるので、他の引き出しにしまった。


 それから、ごく普通の下着を手にして一臣さんの部屋に行き、お風呂に入った。一人で入るお風呂は寂しかった。

 ブクブクというジャグジーの音がやけに響く。一人では広すぎるバスタブは、寂しい気持ちを倍にした。


 ブオ~~~。髪を部屋のチェストの前で乾かした。そして時々ドライヤーを止めては、一臣さんの足音がしないかを確認した。

「遅いのかな。まだまだ、帰ってこないのかも…」

 はあ。またため息が出た。


 髪も乾かし終え、時計を見ると9時半。まだまだ、寝るのには早い。

「寂しいし、テレビでも観ようかな」

 テレビをつけて、ソファに座った。どのチャンネルに回しても興味を引く番組がなく、クイズ番組にして、ぼけっとそれを眺めていた。


 一臣さん、寂しいよ~~~。私は何でいつも、蚊帳の外なの?


 気持ちはもっと沈んでいく。ソファに丸まって座り、そのままコロンと横になった。そして、寂しい気持ちのまま、そこで私は寝てしまった。


 朝、目が覚めると、私はベッドにいた。そして、隣で一臣さんがすやすやと寝ていた。


 あれ?私、昨日ソファで寝ちゃった気がする。もしかして、ベッドまで一臣さんが運んでくれた?

 ああ。帰ってくるまで起きていたかったのに。いったい、何時頃帰ってきたんだろう。


 一臣さんは、今日も私の胸に顔をうずめ、すやすやと寝ている。そんな一臣さんをそっと抱きしめた。

 愛しい!

 ああ。一臣さんだ~~~~~~。めちゃくちゃ嬉しい。一臣さんのコロンの香りも、ぬくもりも全部が愛しい。


 しばらく、私は幸せな気分に浸っていた。何分くらいたっただろうか。ブルルルっとアラームが鳴った。

 一臣さんが手をにゅっと伸ばして、いつものごとくアラームを止め、それから、

「ん~~~~」

と伸びをした。


「おはようございます」

「……。ああ、おはよう、弥生」

 一臣さんはそう言うと私のおでこにキスをして、私を抱きしめた。


「昨日、ベッドまで運んでくれたんですか?」

「ああ。テレビを観ながら寝ていたぞ」

「すみません。あの、何時頃帰ってきたんですか?」


「何時だったかなあ。11時頃かな」

「そんな時間までお仕事ですか?」

「ん~~。まあな」

 一臣さんは言葉を濁し、それから私の髪を撫でた。


 一臣さんだ。本物だ。私ったら、ほんのちょっと会えなかっただけで、すっごく寂しくなったりして…。

「お前の親父さんには、親父からちゃんと報告したぞ」

「え?」

「瑠美のことだ」


 ああ。瑠美ちゃんのことか。

「婚約破棄になんかならないから、安心しろ」

「え?あ、はい」

「さてと。起きるか」


 一臣さんはベッドに座ると、また思い切り伸びをした。それから、ベッドから降りて、さっさとバスルームに行ってしまった。


「そっけない…気がするだけだよね」

 もうちょっと、ベッドでいちゃいちゃしていたかったなあ。


 そんな思いを抱えながら、私は自分の部屋に戻った。そして、着替えをしながら、昨日買ったガーターベルトが気になりだした。


 明日、勝負!って、大塚さんが言っていたけど、やっぱり、無理だよ。だいたい、こんな下着をつけたとしても、一臣さんに見せることすらできないし。


 ストッキングを履かないと意味はないんだよね。だから、お風呂上りにつける下着ではないんだよねえ。

「あ、ストッキング」

 そうだった。下着だけ買って、ストッキングを買い忘れた…。やっぱり、今日はこれをつけるのはやめよう。


 顔を洗い、歯を磨き、髪をとかし、化粧を済ませてから、私は一臣さんの部屋に戻った。一臣さんは、すでに着替えを済ませ、コーヒーを淹れ、ソファで新聞を読んでいた。


「早いですね。もしかして、早くに出るんですか?」

「いや。ちょっと調べ物があってな」

「パソコンでですか?」

「ああ」


 一臣さんは新聞を畳むと、マグカップを片手にデスクに移動して、パソコンを起動させた。

「朝ご飯食べてきます」

「ああ」

「あ、そういえば、今日から、京子さんがお屋敷に来るかも」


「ふうん」

 話、聞いているのかな?

「じゃあ、行ってきます」

「龍二がいたら、そばに寄るなよ」


「はい」

 でも、昨日すでに近寄っちゃいました。その報告は誰からも受けていないのかな。あ、青山さんは知っているよね。


 ため息交じりに、ダイニングに行った。すると、お母様と龍二さんがすでに、朝ご飯を食べていた。

「おはようございます」

「おはよう、弥生さん」


「今日から来るからな。京子に変なこと言ったりするなよな」

 いきなり、龍二さんがそう言ってきた。

「言いません」

 だいいち、変なことって何よ。いったい…。


 私は黙々と朝ご飯を食べた。お母様がいるからか、亜美ちゃんたちは私に声をかけてこないし、お母様も龍二さんがいるからか、今朝はだんまりだ。


「ごちそうさん」

 ぼさぼさ髪で、スエット姿の龍二さんは、大きなあくびをしながらダイニングを出て行った。

「まったく。あの子、京子さんが来たら本当にちゃんとするのかしらねえ」

 お母様はそう言うと紅茶を飲み、私より先にダイニングを出て行った。


 私は、少しだけ、のんびりとした。私だけになったダイニングは、緊張の糸がほどけ、亜美ちゃんやトモちゃんが話しかけてきた。

「最近、一臣様、仕事がある日はお帰りが遅いですね」

「はい」


「弥生様もお疲れですか?」

「私は大丈夫です」

 いけない。今、気持ちがまた沈んじゃってた。

「ご馳走様でした」


 私は元気を装って席を立ち、みんなににこりと微笑んでから、ダイニングを出た。でも、元気はそこで切れた。

 一臣さん、家では仕事をしないって言っていなかったっけ。

 ああ。どんよりだ。


 でも、待って。一臣さんがいてくれるだけでいいよね。姿が見れるだけでも嬉しいじゃない。

 私は、早くに一臣さんの顔が見たくなり、階段を駆けのぼった。今日は、龍二さんが現れませんようにと思いながら。


 そして、自分の部屋に入り、一臣さんの部屋につながるドアをノックした。

「いいぞ」

 一臣さんの声がして、すぐにドアを開けた。それから、ソファに座り、パソコンを睨みつけている一臣さんを見た。


 眉間に皺を寄せている。ちょっと怖い顔。でも、そんな顔でも麗しい。


「視線がうるさいぞ、弥生」

「え?ごめんなさい」

 そうか。私の視線って、仕事の邪魔しちゃうのか。


「う~~~~~ん」

 一臣さんが唸った。それから、はあっとため息をつくと、パソコンの電源を切った。

「あの、何か問題でも?」

「いや。別になんでもない」


 まただ。また、話してくれないんだ。


「そろそろ行くか」

 一臣さんは、上着を羽織り、アタッシュケースを持った。私も自分の部屋に戻ろうとした。でも、キスをしていないことに気が付き、一臣さんのもとに小走りで行くと、

「行くぞ?弥生は弥生の部屋から出るんだろ?」

と言われてしまった。


 ああ。昨日の朝もキスをしていない。忘れたから会社でって言っていたのに、会社でもキスをしていない。今朝もしてくれないのかな。

 それとも、キスしてくださいって言ったらしてくれるの?


「あの、昨日の朝も、しなかったですよね?」

「何をだ?」

「だから、その…。昨日からき、き、キス…」

「しただろ?」


 え~~~?!していないよ。まさか、他の誰かと間違えていない?

「あ、そうか。お前グースカ寝ていたっけな」

「え?」

「寝ている間に、いろんなところにキスしておいた。着替えながら気づかなかったのか?キスマークつけておいたぞ」


「ええ!?」

 さっさと着替えていたから、気が付かなかったよ。いろんなところってどこ?

「お前、口紅まだ塗っていないのか?」

「はい」


「そうか」

 一臣さんは、私の顎をくいっと手であげるとキスをした。でも、軽く触れるだけの…。

 これでおしまい?って、そうだよね。これから仕事に行くんだし。


「弥生、もう一回だ」

「え?」

 うわ。今度は大人のキスだ。それも、腰まで抱いてきて、キスも長い。

「ん、ん~~~」


 腰砕けそう…。

 

 一臣さんは私の唇から唇を離すと、

「ああ、そうか。昨日何か物足りなさを感じていたのは、弥生とキスをしなかったからか」

と呟いた。


「へ?」

 ヘロヘロになりながら、私は聞き返した。

「弥生もまさか、俺のキスがないから、不調だったのか?」

「え?不調って?」

「矢部のミスに気付けなかっただろ?」


「あ。昨日はごめんなさ…」

「いい。別に怒っていない」

「お、怒っていました。一臣さん」

「ああ。あれは、矢部を試しただけだ」


「え?試したって?」

「自分がミスをすると、お前が俺に怒られる。今後、どう矢部が出るか、細川女史にも観察しておいてもらうようにお願いしたから」

「なんでですか?」


 どうして、そんなことをするんだろう。

「矢部がどんな人間か、見たいんだよ…」

 一臣さんはそれだけ言うと、私の腰から手を離し、

「大丈夫だな?一人で歩けるな?腰は抜かしていないよな?」

と聞いてきた。


「あ、はい」

「よし。じゃあ、車で待っているからな」

 そう言うと一臣さんは先に部屋を出て行った。


 矢部さんを試した?どんな人間かみたい?どういうことなのか、さっぱり…。

 でも、私に真剣に怒っているように見えたのに、怒っていなかったのかな、本当に…。




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