~その14~ いちゃつける場所
部屋に入ると、一臣さんが私の部屋のベッドに座っていた。
「龍二に何か言われていたのか?」
ドキン。話し声、聞こえていたのかな。でも、Aコーポレーションのことを言ったら、余計なことを言いやがってって怒り出しそうだ。
きっと、一臣さんが私に言わなかったってことは、私に余計な心配させたくないんだよね。
「いいえ。お母様と話をしていて、遅くなりました」
「おふくろが、何を言っていたんだ?」
「麗子さんと京子さんに、お詫びの手紙を書いたこととか…」
「そうか。おふくろがちゃんと、フォローしておいたんだな」
「……」
なんだか、一臣さん、元気がないみたい。
「お疲れですか?早くジャグジー入って、休んだほうがいいかも」
「一緒に入るぞ」
一臣さんはそう言って、私の手を引いた。
「じゃあ、パジャマと下着持っていきます」
「もう、持って行ってある」
「え?」
「お前遅いから、用意しておいた」
「すみません」
でも、いったいどの下着を選んだんだろう。かなり気になる。そして、バスルームに行き、紐のパンティがパジャマの上に乗っかっているのを発見した。
「紐パンだ…」
そう呟くと、
「ああ。まだ、お前がこのパンツ履いているのを見ていないからな」
と、一臣さんはふんぞり返ったまま、そう言った。
う~~~~ん。このスケベ根性があるうちは、大丈夫かな。なんだか、疲れているように見えたんだけど。
そして、また一臣さんに体も髪も洗ってもらい、私も一臣さんの髪や背中、お腹を洗い、
「お尻は無理です!」
と、タオルを一臣さんに手渡し、とっととバスタブに入った。
「あのなあ、俺は弥生の体ぜ~~んぶ洗ってやっているのに、お前はなんだって、俺の尻を洗えないんだよ」
「そんなこと言ったって、恥ずかしいものは恥ずかしいんです」
「なんでお前が恥ずかしがるんだ。変な奴だな」
変じゃないよ~~~。そりゃ、背中とか、腕とかは、うっとりしちゃうけど、さすがにお尻は…。
ちらっと、一臣さんのお尻を見た。
ひゃ~~~。見ているだけで、ドキドキした。やっぱり、無理。
でも、一緒にお風呂に入るのは、なんだか、慣れてきたかも。っていうか、この広いジャグジーバスに一人だけで入るほうが、だんだんと寂しくなってきたかも。
「は~~~あ。気持ちいいな」
一臣さんがバスタブに入ってきてそう言った。
「はい」
私の隣に座った一臣さんは、私の腰を抱いた。
「なあ、弥生」
「はい?」
「あれはいい作戦だっただろ?」
「あれって?」
「俺が京子に惚れていたけど諦めて、仕方なく弥生と婚約したって作戦だ」
あ、それか。
「龍二の奴、本気にしたよな。あれなら、京子と結婚することに決めそうだし、弥生にちょっかいは出さないよな」
「はい。私のことなんか、きっとなんとも思っていないと思います」
「…だろうな。あいつが大阪に行くまで、また屋敷で弥生と仲の悪いふりをしないとならないが、まあ、こうやって風呂も一緒に入れるし、夜も一緒に寝れるしな」
「はい」
「だけど、あいつに傷つけられるようなことがあったら、俺に言えよ。いや、やっぱり、あいつには近づくなよ」
「はい」
「…頭が痛いことが、立て続けに起こってくるよな。あとちょっとで、お前と正式に婚約発表もするっていうのにな」
「大丈夫です。私だったら全然!」
私はお風呂の中で、ガッツポーズをした。
「なんだよ、突然」
「いえ。何が起きても、一臣さんがそばにいたら、私は大丈夫ですって言いたかったんです」
「…そうか?」
一臣さんは私の頬にチュッとキスをした。そして、私を抱きしめた。
それから一臣さんは黙り込んだ。バスルームは、ジャグジーのブクブクいう泡の音だけが響いた。
「弥生」
「はい?」
「眠い…。今日はもう、寝てもいいか?」
「え?はい。勿論です」
「本当に?抱いてやれないけどいいのか?」
「…いいです。お疲れなんですよね?早くに休んでください」
「悪いな」
えっと~~。期待も何もしていなかったんだけどなあ。
お風呂から出て、バスタオルを腰に巻いたまま、一臣さんは髪を乾かしだした。どこかぼけ~~っと見ながら。相当疲れているのかな。
私はその横で、自分で体を拭き、下着をつけた。
キラン!
ん?今、鋭い視線を感じたけど。
パッと顔を上げて鏡を見ると、鏡越しに一臣さんが私を見ていた。それも、下半身を。
「そうだったな」
「え?」
「紐パンなんだな…」
ガク…。それで今、目が輝いたわけ?さっきまで、焦点も合っていないくらい眠そうだったのに。
「弥生…」
「はい?」
「目が覚めたぞ。抱いてやれるぞ」
「い、いいえ。いいんです。お疲れですよね?どうぞ、休んでくださ…」
って言っているのに、キスしてきた!まだ、一臣さんの髪は半渇きだし、私の髪も濡れたままなのに。
でも、キスが気持ちよくて、抵抗できない。
ズルズル…。体が崩れていく。冷たい床に横たわると、一臣さんが私の上に覆いかぶさってきた。
そして、するっとパンティの紐を片方だけほどいた。
「……弥生って」
「はい?」
とろりんと思考はすでにとろけていた。でも、どうせ一臣さんのことだから、嫌味でも言うんだろうなあと、覚悟だけはしていた。
つつつー…。一臣さんが優しく、私の腰から太ももに向かって撫でた。
ひゃう…。
「やっぱり…」
やっぱり?
「感じやすいよな」
ドキン!
嫌味を言うのかと思ったら、そんなこと?
するりと、もう片方の紐もほどいた。
ドキ。ドキドキ。一臣さんが変なこと言うから、意識しちゃってドキドキしてきちゃった。それになんだか、恥ずかしい。
「弥生」
「は、はい?」
今度は何?
「弥生…」
「はい?」
一臣さんが私の腰にキスをした。
ドキン!!!
それも、腰から太ももにかけて、舌でなぞってる。
「ひゃ…」
ドキドキドキ。
一臣さんが顔を上げて、私の顔を見つめた。じいっと私を見ると、甘いキスをしてきた。そして耳元で、
「お前、やっぱり可愛いよな」
と囁く。
はう…。その声にも言葉にもキスにも吐息にも、とろけてしまう。
髪を優しく撫でる。私の体も優しく撫でる。キスも全部が優しい。ドキドキで体が火照る。
ずっと、ずっと一臣さんを感じていたい。ギュウっと一臣さんを抱きしめた。一臣さんもそれに応えるかのように抱きしめ返してくれる。
一臣さんに抱きしめられると、何もかもが消えていく。不安も心配も、すべてが…。
床に寝そべったまま、動けないでいると、一臣さんが私を優しく起き上がらせてくれた。そして、
「髪、まだ濡れたままだな」
そう言って、ドライヤーで私の髪を乾かしだした。
ダメだ~~。私の髪を一臣さんが優しく触っている。それだけで、ヘナヘナだ。
鏡にはまだ、全裸の私と一臣さんの姿が映っている。全裸のまま、髪を乾かしてくれている。すごく恥ずかしいはずなのに、まだ脳みそがとけているから、恥ずかしいっていう感覚も消えちゃっている。
とろりん…。とろける目で、鏡に映る一臣さんを見つめた。なんて、素敵なんだろうって思いながら。
「お前、色っぽいな」
「え?」
「どんどん、色っぽくなってきたよな」
「私がですか?狸じゃなくなってきたんですか?」
「……」
無言?
「今日は裸のままで、抱き合って寝るか?」
「はい」
一臣さんはドライヤーを止め、私をひょいっとお姫様抱っこして、バスルームからベッドに連れて行ってくれた。
ドサッとベッドに私を寝かせ、電気を消すと、私の隣に寝転がり布団をかけて、優しく私を抱きしめた。
「おやすみ、弥生」
「おやすみなさい」
一臣さんがおでこに優しくキスをした。
「……」
幸せだ~~~。一臣さんの優しい腕の中で、一臣さんのぬくもりを直に感じながら眠れるのって。
ん?そう言えば、狸ですか?って質問に、なんにも答えてくれなかったなあ。まだ、狸からは進歩していないってことなのかな。
そんなことを考えつつ、深い眠りについた。そして、夜明け間近に見た夢は、狸になった私が、ドナルドダックのぬいぐるみをかわいがっている一臣さんを、羨ましそうに見ているという、へんてこりんな夢だった。
ああ。ドナルドダックに私もなりたい。って夢の中で思っていた。なんなんだ。鴨居さんのことを私は、そんなに気になっているのかな。深層心理、深いところの思いが、夢の中に現れたんだろうか。
目が覚めると、まだ一臣さんは寝ていた。すーすーと寝息を立てて。
寝ている一臣さんの顔は、無防備で可愛い。寝息も可愛い。時々寝ながら「ん、ん~~」と伸びをする。その声も可愛い。
そして、一回私を抱きしめる手を離すのに、またすぐに私を抱きしめて一臣さんはクークーと可愛い寝息を立てて寝る。それが全部可愛い。
愛しいなあ。そう思いながら、私も一臣さんを抱きしめる。そうするとなぜか、一臣さんは顔の位置をずらして、私の胸元に顔をくっつけて眠る。
ますます可愛くなる。子供みたいだ、一臣さんって。
髪をそっと撫でる。愛しさが増す。髪にチュっとキスをしてみる。一臣さんの頭が少し動き、「ん~」と声を出す。
起きたのかなと思うと、まだまだ、一臣さんは深い眠りの中。
どんな夢を見ているんだろう。私は夢の中に登場する?
「…た」
?なんか、寝言言ってるの?
「た…ぬきじゃない」
え?
私のこと?狸じゃないって言ってるの?
「…サーパンダ…だ」
……。
もしや、狸じゃない。レッサーパンダだと言っているわけ?!
どんな夢だ~~~!まったく!
怒っている私のことなんか、寝ている一臣さんにはわかるはずもなく、すやすやとまだ私の胸で一臣さんは気持ちよさそうに寝ている。
「むにゃ…」
また何か言ってる?何か言ったかと思ったら、私の胸に顔をむにむにと押し付けてきた。それから、私を抱きしめ、
「弥生…。食うぞ…」
と言って、ムチュ~~~と胸にキスまでしてきた。
あ!起きているのか!いつの間に?
「一臣さん?」
「ん、ん~~~~~~~~…。ク~~~~~」
寝てる…。まさか、今のも寝言?夢の中で、スケベなことしているのかも。
ブルルルルル!
その時、アラームが鳴った。一臣さんは、手をニュッと布団から出すと、反射的にアラームを止めた。
「うるさいな。弥生を食うところだったのに」
一臣さんがぼそっとそう言った。
「お、おはようございます」
「ん~~~。……夢か。いや、現実か?」
一臣さんが目をこすりながら私の顔を見た。
そして、私の胸元を見ると、なぜか私の胸にキスをしてきた。
「一臣さん?」
チュ~~~。とキスをしてから、
「あ~~。夢か。夢の中で、弥生を裸にして食うところだったんだ。もう、朝なんだな?」
「はい。月曜日の朝です。起きて、会社行かないと」
「あ~~~~あ。もう一回、弥生を抱きたいのに」
「む、無理です」
「だよなあ。もう7時だしなあ」
一臣さんはそう言うと、ようやく私から離れて腕を伸ばし、思い切り「う~~~~ん!」と伸びをした。
「はあ。良く寝た。そうだ!思い出した。夢の中で、レッサーパンダと寝ていたんだ。隣を見たら、可愛いレッサーパンダが寝てて、ああ、やっぱり、弥生はレッサーパンダだったんだなあと、しみじみ思っているっていう変な夢を見たぞ」
ああ。そうですか。狸じゃなくて、レッサーパンダなんですね。それって、昇格してるんですか。でもまだ、動物どまりなんですね。
クルリと一臣さんは私を見た。そして、チュッとキスをすると、
「可愛いなあ、お前は」
と一言言って、そしてベッドから裸のまま出て、また「ん~~~!」と伸びをしながらバスルームに消えて行った。
か~~。顔が一気に火照った。朝から「可愛い」と言われるとは思わなかった。
でも、一臣さんも、寝ている時から可愛かったです。そう言ったら、どうするかなあ。
幸せな時間だった。だけど、会社に行ったらそんなこと言っていられないよね。
ううん。この部屋を出た時から、龍二さんがいるんだもん。二人でべったりしてもいられなくなるし、きっと一臣さんは急に別人みたいになるんだよね。
はあ。ちょっと、いや、かなり寂しいかも。
でも、この部屋にいる間は、まだまだいちゃついていられるんだよね。甘い一臣さんのままなんだよね。
私は、下着もパジャマも、バスルームに置いてきたから、取りにいった。バスルームのドアをノックすると、中から「入っていいぞ」と一臣さんの声が聞こえ、ドアを開けた。
「あの、下着、取りに来ました」
ドアから顔だけ覗かせてそう言った。一臣さんは、バスローブを羽織っていた。
「入って来いよ」
ぐいっと手を引っ張られ、中にいれられた。うわわ!私、まだ全裸なのに。
「か、一臣さん?」
ギュウっと後ろから抱きしめられた。きゃあ。鏡に映ってるよ。
「あ、あの、あの!」
恥ずかしがっていると、
「お前、スイッチ入ると、恥ずかしがることもなくなるのになあ。スイッチ入っていないと、なんでこんなに恥ずかしがるんだよ」
「だ、だって」
きゃあ!後ろから胸、触ってこないで。鏡に丸見え。
「もう、会社に行く準備をするんです」
「まだいいだろ。この部屋でしかいちゃつけないんだから、もうちょっといちゃついていても」
そうだった。一歩廊下に出た時から、一臣さんとは、距離を置かないとならないし、仲悪いふりをしないとならないんだった。
チュ~~~。一臣さんが私の背中にキスをした。それからまた、私のお腹に両腕を回してぎゅうっと抱きしめてきた。
「ああ。可愛いよなあ、お前は」
また言った。
それから、チュ、チュ、とうなじや首筋にキスをして、耳を甘噛みした。
ひゃあ、ひゃあ。感じちゃうからやめて。
「会社に行かないで、弥生といちゃついていたいのにな」
「だ、ダメです。行かないと」
「わかってるよ。面倒くさいことがいっぱいあるから、それをどうにかしないとならないことも」
一臣さんはそう言ってから、深いため息をついた。
「ああ、面倒くさいよなあ。あの、瑠美って女のことも未解決だし、龍二もやっかいだし、会社でもゴタゴタあるし」
そう言うと、また私をぎゅうっと抱きしめる。
「お前、柔らかいし、あったかいな」
「……」
「それに、いい匂いもするし」
ひゃあ、ひゃあ。鏡、見てられない。恥ずかしくて目を閉じた。
しん。一臣さんの動きが止まった。どうしたんだろう。気になり目を開けた。すると、鏡に映った私の姿を、一臣さんがじいっと見ていた。私のお腹にあった一臣さんの手も、離していた。
「あ、あの?」
私は恥ずかしくて思わず、胸を手で隠そうとした。でも、その手を一臣さんは握りしめ、隠せなくなった。
「隠すなよ。今、じっくりと見ていたところなんだから」
「ななな、なんでじっくりと見ているんですか?」
「脳裏に焼き付けているんだよ。なんか、嫌なことがあったら、弥生の裸思い出せるように」
「はあ?」
「弥生の裸思い出して、弥生を抱くこと考えて、それを励みに嫌なことも乗り切ろうかなあと…」
なんなんだ。それ。
「うん。ばっちり脳裏に焼き付いた。これで、今日は持ちこたえられそうだな」
そう言ってくるっと私を一臣さんのほうに向けると、熱いキスをしてきた。
ひゃ~~~。ダメ。腰抜ける。
ガクガクと足が震えた。そんな私の腰を一臣さんは抱きしめ、唇を離すと、
「うん。これで、力も出てきた。さ。お前もとっとと着替えて、顔洗って来い。朝飯食うんだろ?多分、おふくろも龍二もいないと思うが、龍二がいたら、あまり口をきくなよ」
と、ひょうひょうとした表情でそう言った。
もう~~。何がとっとと着替えろよ。腰が抜けるようなキスをしたくせに。
下着を持って、よろよろとバスルームを出た。一臣さんは、上機嫌な顔つきで、鼻歌交じりに髭を剃っている。
でも、私も、いちゃつけて嬉しいんだよね。本当は。
熱いキスまでしてもらって、心の奥では喜んでいるもん。
ヘナヘナとしながらも、どうにか自分の部屋に辿り着き、下着をつけて、服を着た。
顔を洗い、髪をとかし、
「さあ。行くぞ」
と気合を入れて、私は部屋を出た。
龍二さんに会っても、大丈夫なように、頬を軽くたたき、廊下を歩いて行った。