~その10~ ぬくもりの中で
一臣さんと私は、裸のまま眠りについた。疲れていて、シャワーを浴びることすら二人ともできなかった。
翌朝、ぎゅうっと後ろから一臣さんに抱き着かれ、目が覚めた。
「一臣さん?」
寝ているのかな。それとも起きたの?
「珍しく…」
「?」
珍しくって今、言ったかな。
「二日酔いだ」
「え?一臣さんが?」
「飲み過ぎた。少し頭痛がする」
「大丈夫ですか?」
「ああ。弥生、シャワー浴びに行くぞ」
そう言って一臣さんは静かにベッドから出ると、なぜか私の手を引いてバスルームに入って行った。
あわあわ。私も一臣さんも素っ裸なのに。
「頭、痛い。弥生、俺の髪、洗ってくれ」
へ!?
「あ、はいっ」
スイートルームのバスルーム。普通のユニットバスとは違い、バスタブとは別にシャワールームがついていた。そこには、ちゃんと小さな椅子もある。そこに一臣さんは腰掛けると、頭を前に下げた。
私はシャワーを出して、一臣さんの髪を濡らし、シャンプーをつけた。わあ。なんか、なんか、ドキドキしちゃう。
「頭、痛くないですか?」
「動かさなければ痛くない」
「じゃ、じゃあ、なるべく静かに洗いますね」
「うん」
黙って一臣さんはじいっとしている。なんだか、可愛い。
髪を洗い終え、タオルで一臣さんの頭をゆっくりと、優しく拭いた。
「…弥生、体も洗ってくれ」
え?!そ、そ、それは…。
きゃわ~~~~~~~。どうしよう。恥ずかしい。でも、洗いたい。
「は、はい」
ドキドキしつつ、タオルに石鹸をつけて一臣さんの背中を洗い出した。
「くすぐったいな」
「ごめんなさい」
「いや、いい…」
わあ。一臣さんの背中、広い。肩幅も広いし、肩甲骨が色っぽい。それから腕、筋肉が引き締まってる。
だ、ダメだ。洗いながらもっとドキドキしてきたかも。
「あ、あの。背中と腕、洗えました」
そう言うと一臣さんは、すっくと立ち上がり、私のほうを向いた。
えっと。何も言わないで私のほうを向いているのは、前も洗えということだよね?
ドキドキ。ドキドキ。
一臣さんの胸やお腹を洗った。で、でも、その下は…。それからお尻とか、どうしよう。
「あ、あの…」
「足は?」
ひょえ~~~。やっぱり私に洗えということか!
「悪いな。かがむと頭痛がするんだ」
一臣さんはそう言って、仁王立ちしたままだ。仕方ない。洗うとするか。
ドキドキ。うわあ。一臣さんの足も筋肉質なんだ。ふくらはぎとか、固いんだ。
くらくら。ドキドキを通り越してクラクラ眩暈がしてきちゃった。
「お、お、お、お尻は、無理です!ごめんなさい」
私はそう言って、さっさと一臣さんの体にシャワーをかけた。
「しょうがないな」
そう言って一臣さんは、私からシャワーを取り上げ、なぜか私の体にかけ始めた。
「あの?」
「洗ってやる」
「大丈夫です。それに、頭痛がするんですよね?」
「治った」
え~~~~!もしや、仮病…。じゃなくって、二日酔いのふりをした?
「自分で洗えます」
「洗ってやるって言っているんだから、大人しくしていろ」
「……ひゃ!」
胸はくすぐったい!
「感じてるなよ」
そんなこと言ったって!
ギュウ…。
「一臣さん?」
なんでいきなり、抱きしめてくるの?
「やばい。その気になってきた」
「だ、ダメです」
「わかってる。さすがに、頭痛もするし、我慢するけどな」
あれ?本当に頭痛していたの?じゃあ、治ったっていうのが嘘?
そのあとも一臣さんは優しく、私の体と髪を洗ってくれた。
思わず、うっとり。特に髪、なんだってこうも優しく洗ってくれるんだろう。触れる指が本当に優しい。
「ほら。髪は自分で拭けよ。先に出てていいぞ」
「え?」
「俺は、お前が洗い残したところを洗ってから出るから」
あ。お尻とか、股間とか…。
「はい」
申し訳ないです。さすがに、そこは無理です。と心の中で謝りつつ、私は先にシャワールームを出た。
そして、体や髪を拭き、バスローブを羽織り、ドライヤーで髪を乾かしだした。
「ふわ~~。さっぱりした」
そう言いながら一臣さんは、シャワールームから出てくると、
「そういえば、お前、昨日夕飯も食ってないし、相当腹減ってるんじゃないのか?」
と私の横に来て、聞いてきた。
「はい。空いてます」
「だよな。大食漢のお前が、一食抜くなんてありえないことだよな?」
「大食漢じゃないですからっ」
もう、いつも失礼な!
「弥生」
また一臣さんが私を後ろから抱きしめてきた。それも、腰にバスタオルを巻いたままの姿で。
「は、はい?」
そのたび、ドッキリしているのになあ。
「俺は弥生が食えれば、それでいいんだけどな」
「頭痛しているんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、オレンジジュースとか飲んだほうがいいですよ」
「そうだな。ルームサービスを頼むか」
そう言って一臣さんは私の頬にキスをすると、じっとなぜか私の顔を見てきた。
「?」
「弥生、こっちを向け」
あ。もしかして、大人のキスをしてくるとか!?なんて、ドキドキしながら一臣さんのほうを向くと、
「むに~~」
と、ほっぺたを両側引っ張られた。
「い、いひゃいでふ…」
「なんだよ」
一臣さんは手を離し、
「お前のほっぺた、硬いんだな」
と言い出した。
「え?」
ほっぺたを手でさすりながら聞き返すと、
「カモのほっぺたは、すごく伸びたぞ。ぐに~~んと伸びて、口がアヒルそっくりになるんだ」
と一臣さんは、わけのわからないことを言った。
「カモがアヒル?」
???
「鴨居のことだ」
鴨居さん!?
「面白いぞ。あいつ、ドナルドダックのまねもうまいんだ。見た目もドナルドダックに似ていると思わないか?」
「え?」
「けっこう、あいつ、からかいがいがあって、面白いよな。ははは」
笑いながら一臣さんは、バスルームを出て行った。
鴨居さんが、ドナルドダックで、私は狸の置物?
どう見たって、どう比べたって、ドナルドダックのほうが可愛い!
それに、いつの間にそんなに鴨居さんと仲良くなっているの!?
ドッスーーーーーン。久々に、頭上に岩…、落ちてきた。
落ち込みながら、バスルームを出た。一臣さんは、ルームサービスを頼むと、バスルームに入り、髪をドライヤーで乾かしだした。
なんとなく、気分が重い。まだ、上がってこない。
ルームサービスが来て、朝食を食べても、気持ちは上がらないまま。
「等々力に着替えを持って来させるぞ」
「はい。あ、いえ。私はいいです。着物をまた着ます…」
「なんでだ?窮屈だろ?洋服を着たらどうだ」
「でも。下着、ないし」
「………」
一臣さんが、オレンジジュースをゴクンと音を立てて飲みつつ、目を丸くして私を見た。
「あ、そうか。着物の時は下着つけないんだったな。ってことは、今、ノーパンか」
「…」
しまった。ばらしちゃった。
「下着も持ってきてもらえばいいんじゃないのか」
「い、いいです。なんか、恥ずかしいし。着物、自分で着れると思うし…。多分」
「そうか?」
一臣さんは残っていたオレンジジュースも飲み干すと、携帯を取り出し、等々力さんに電話をかけた。
そして、もしかして、襲ってくるかもと身構えていたけれど、特に襲ってくる様子もなく、ソファにくつろぎながら、新聞を読み始めた。
あれ?ノーパンと聞いて、反応していたのに、襲う気はないんだな。
って。だから、私、がっかりしていない?襲ってほしかったわけ?
でも…、ちょっといちゃいちゃしたかったかも。じゃないと、鴨居さんのことを引きずっちゃって、気分が上がってこない。
まさか、私から一臣さんの膝の上とか乗ったりできないし。だいいち、私今、下着もつけていないし。こんな恰好で膝の上に乗ったりしたら、絶対に誘っていると思われちゃうし。
でも、もうちょっと、いちゃいちゃ…。
じっと、一臣さんを見てしまった。
「弥生、食い終わったんだったら、そろそろ着物を着たらどうだ?着物を着るのは、時間かかるんじゃないのか?」
「………。はい、じゃあ、着替えます」
ガッカリ。
素直に甘えてみたら良かったのかな。なんて思いつつ、隣の部屋に着物を持って移動した。
はあ。まだ、気持ちは上がってこない。なんだって、一臣さんのこととなると毎回毎回、こうなっちゃうんだろう。
バサッとバスローブを脱ぎ、裾よけを腰に巻いた。それから、肌襦袢を着て、長襦袢を羽織っている時に、視線に気が付き、後ろを振り返った。
「あ!」
隣の部屋に続くドアのところに、一臣さんがもたれかかりながら、私をじいっと見ていた。
「い、いつからそこに?!」
「弥生が、バスローブをばさっと脱いだ時からだ」
ぎゃあ!着替えているところを見られてた!気づかなかった!
「和服はいいな。脱がすのもいいけど、着ているのを見ているのも、そそられる」
はあ?!
「それ。長襦袢って、やっぱり、色っぽいよな。お前、絶対にバスローブより、そっちのほうが色気がでるぞ」
ええ?もう、何を言い出すんだか。
一臣さんは私に近づいてくると、私の両肩を掴み、胸元にキスをしてきた。
チュ~~~。とキスをして、顔を離すと、
「うん。俺のマークもつけとかないとな」
と、にやつきながらそう言った。
あ。また、キスマーク…。
半分、呆れた。だけど、喜んでいる私もいる。
「弥生…」
するっと一臣さんが、裾よけの隙間から手を入れてきた。
「ひゃ!」
太もも撫でてきた!
「だ、ダメです。今、着ている最中です」
「脱がしていいか?」
「だから、着ているんですってば。あ!」
唇、ふさがれた。
わあ。大人のキス!
「言っただろ?俺は弥生を食えたら、それでいいんだ」
ドサ…。そのまま、ベッドに押し倒された。そして、着ている長襦袢を一臣さんは脱がし、肌襦袢まで脱がし、裾よけの裾をまくってきた。
まさかと思うけど、長襦袢まで着るのを待って、脱がしにきたの?
「食うぞ?いいよな?」
「……はひ」
一臣さんの熱い視線を感じて、すでに私はとろけていた。
ううん。きっと、一臣さんのぬくもりをまた、感じたかったんだ。
一臣さんの腕の中に抱かれている時は、他の女の人のことも忘れられる。安心の中にいられる。
不安も、もやもやも一気に吹き飛ぶ。
ああ。ずうっと、ずうっと、一臣さんの腕の中にいられたらいいのに。
ギュウ。一臣さんを抱きしめた。離れたくなくて、必死にしがみついた。
「弥生?」
一臣さんが、耳元で囁いた。
「どうした?」
「…ぎゅって、抱きしめたいだけです」
「なんだよ。弥生も、俺に抱かれたかったんだな?」
私は何も答えなかった。その代り、もう一回、私はぎゅうっと一臣さんを抱きしめた。
チュ。チュ。と一臣さんが私の耳や首筋にキスをした。
「一臣さん…」
「ん?」
「瑠美ちゃんと、婚約したりしないですよね?」
「俺がか?するわけないだろ。だいたい、瑠美って女の処女を奪ったのはトミーなんだから、あいつが責任とって結婚すりゃいいことだろ?」
「…だ、大丈夫ですよね?」
「心配するな。だいいち、上条家の家訓に従うんだったら、俺はお前と結婚しないとならないんだからな」
「え?」
「俺がお前の処女、奪っちゃったんだから、責任取らないとならないだろ?」
「あ、はい」
「ちゃんと、責任とって結婚するよ。だから、安心しろ」
「……」
黙っていると、一臣さんが私の顔をじいっと見つめてきた。
「安心しろ。誰にもお前と俺との結婚、邪魔させたりしないから」
「はい」
「ちゃんと俺が、守ってやるから」
「え?」
「心配するな。いいな?」
「はい」
ギュウ。一臣さんも私を強く抱きしめてきた。
このまま、ずうっと抱きしめていてほしいなあ。一臣さんの温もりの中で、そんな思いがどんどん強くなっていった。