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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第11章 婚約の危機?!
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~その7~ 上条家の家訓

 ああ。最悪だ。高仁おじ様と一臣さんに会ってほしくなかった。

 鬼の形相で来る高仁おじ様のほうを、一臣さんはいぶかしげに見ている。今すぐにこの場から逃げ出したいけれど、もう遅い。


「お父様、待ってください。一臣様を怒ったりしないで」

 そう瑠美ちゃんは、高仁おじ様のあとを追いかけながらこっちに向かってくる。

「緒方一臣君!話がある。娘のことでだ」

 高仁おじ様は、瑠美ちゃんの話も聞かず、ずかずかと私たちの前にやってきた。


「なんですか?」

 一臣さんは、トミーさんのことで頭に来ていたからか、まだ眉間にしわを寄せたまま、高仁おじ様に向かってぶっきらぼうに聞いた。


「娘から聞いた。お、お前は、大事な娘を汚したらしいな」

「……は?娘というと…そちらの瑠美さんですか?」

「そうだ!」

「…身に覚えがありませんが」


 わあ。すっとぼけた。いや、本当に覚えがないようだ。

「か、一臣様、お忘れになったなんてひどいです」

 そう瑠美ちゃんは涙声で訴えた。


「お前は、娘を弄んでおきながら、忘れたというのか?!」

 高仁おじ様が、一臣さんの胸ぐらをつかんだ。その横で、如月お兄様が目を丸くして、

「ど、どういうことですか?高仁おじさん」

と、声を震わせて聞いた。


「弄んだ覚えはないですが…」

 一臣さんはそう冷静に言いながら、胸元にある高仁おじ様の手をどけようとした。でも、高仁おじ様は今にも一臣さんを殴りそうな勢いで睨みつけ、手を離そうとしない。


「お父様、乱暴はやめてください」

「黙っていろ、瑠美!」

 頭から湯気が立ちそうなくらい、高仁おじ様は顔を赤くして怒っている。


「…ルミ?!」

 真っ青な顔をして、うろたえている瑠美ちゃんに向かって、そう声をかけたのはトミーさんだった。

「え?」

「ルミ…だよね?僕だよ。冬馬だ。みんなにはトーマスって呼ばれていた…」


「……と、トーマス?!」

 瑠美ちゃんがトミーさんの顔を見て、両手を口に当てた。そしていきなり、

「お父様、一臣様とのことはまた今度!」

とそう叫びながら、くるりと後ろを向いてすごい速さで駆け去って行った。


「ルミ!!」

 トミーさんがそう言って、追いかけようとした。でも、

「瑠美ちゃんを知っているのかい?」

と如月お兄様から聞かれ、そのうえ、

「瑠美のことをお前は知っているのか」

と、高仁おじ様からも聞かれ、トミーさんはその場にとどまることになった。


 高仁おじ様は、やっと一臣さんの胸元から手を離した。でも、

「弥生ちゃん。こいつはとんでもない男だ。弥生ちゃんの結婚相手には相応しくない」

と、今度は私のほうを見て、興奮しながら言ってきた。


「こいつはなあ、こいつは瑠美がまだ大学生だった頃、酔っぱらって瑠美が優しく介抱しようとしたのをいいことに、瑠美に、瑠美に手をだして、瑠美の貞操を奪ったとんでもない男なんだぞ!」

顔をひきつらせ、高仁おじ様は、悔しそうに口からどうにか言葉を捻りだした。


「……俺が、酔っぱらった勢いで、娘さんを抱いたってことですか?それも、娘さんの処女を奪ったって?」

 一臣さんは自分の服の乱れを直しながら、またクールな口ぶりでそう聞いた。

「……お、お前は、それを忘れただと?と、とんでもないやつだ。ああ、なんだってこんな男に、娘はやられたんだ。それも、初めての相手がこんなやつだとは!」


 高仁おじ様はますます声を震わせ、拳もぶるぶると震わせた。そして、

「弥生ちゃんも知っているだろう。上条家に伝わる言い伝えを」

と聞いてきた。

「家訓ですか?」


「そうだ。上条家の女性は結婚するまで貞操を守らなくてはならない。上条家に嫁ぐ女性は、処女でなくてはならない」

「なんですか、その家訓。初めて聞きましたよ」

 驚いてそう口にしたのは如月お兄様だ。やっぱり、如月お兄様も聞いたことがなかったんだ。


「知らないのか?じゃあ、如月君の嫁はまさか」

「結婚前に結ばれていましたよ。一緒に住んでいましたからね。でも、まあ、僕が初めての相手ではありましたが」

 兄はそう答えてから、

「ですが、卯月も結婚前から同棲していましたし、結婚まで貞操を守るというのは、ちょっと古臭くありませんか?そんなことを守っている女性が上条家にいるかどうか…」

と冷静に高仁おじ様に告げた。


「……それは、その。結婚まで守ると言うのは確かに古臭いかもしれん。だが、初体験の男と結婚をするというのはせめて守ってもらわなくては困る。君の嫁も、卯月君の嫁も、それは守っているんだろ?」

「そのようですね。雅子さんも卯月と見合いをするまで男性とお付き合いをしていなかったようですし」


「そうだ。それでこそ上条家の嫁に相応しい。そして、上条家の女性の処女を奪った人間には、責任を取ってもらわないとならないんだ。緒方一臣君。君も例外じゃない。こんなやつにうちの大事な一人娘を嫁がせたいとは思わないが、だが、家訓なんだ。どうしようもないっ」

 言葉の最後に、高仁おじ様は声を張り上げた。そして、大きなため息を吐くと、

「弥生ちゃん、君と一臣君との婚約はなかったことにするように、大成兄さんには僕から言っておく」

と、私に向かって言い出した。


「ちょ、ちょっと待ってください。そんなわけにはいきませんよ、高仁おじさん」

 慌てながら、如月お兄様が高仁おじさんに言い寄った。

「もう、弥生と一臣君が婚約するのは、上条家の一族だって、緒方家の一族だって知っているし、認めているんです」


「正式な発表はまだだと瑠美が言っていた。まだ、今なら間に合うと」

「瑠美ちゃんがいくらそんなことを言ってもですね…。だいたい瑠美ちゃんはなんだって今頃言ってくるんですか?大学の頃の話ですよね」

「ずっと言い出しにくかったと言っていた。それも、一臣氏に弄ばれたんだ。そんなこと言い出しにくいだろう」


「だから、なんだって今頃」

「これは、上条家に伝わる家訓なんだ。背くわけにはいかない。瑠美もそれをわかっているんだ。ただ、ずっと言えなかっただけで…」

 高仁おじ様はまた、声を震わせた。


「だから、だから瑠美は誰とも結婚しようとしなかったんだな。結婚したらわかってしまう。もう処女じゃないってことも…。きっと辛い思いをずうっと抱えていたんだ。不憫な娘だ。こんな男のために。だがな、一臣君。結婚したらもう、浮気は許さない。瑠美を大事にすると今ここで誓え!」

 高仁おじ様はまた、一臣さんの胸ぐらをつかんだ。


「……申し訳ないですが、僕は弥生と結婚しますよ」

「何を言っているんだ!娘の処女を奪っておいて!責任は絶対に取ってもらうぞ。だいたい、弥生ちゃんとはまだ無関係だろう?知っているぞ。上条家の女性と結婚するのは、緒方財閥を安泰させるためだと。それだけが目的だろう?だったら、弥生ちゃんでなくても、上条家の人間なら瑠美でも誰でもいいはずだろう?」


「支離滅裂なことを言わないでください。誰でもいいわけではありません」

 一臣さんはクールにそう答えた。

「瑠美も立派な上条家の人間だ!」

「高仁おじさん、興奮しないで冷静に話しましょう。それに、こんなところで声を荒げて話す内容じゃない。今日は卯月の結婚した日だ。それなのに、揉めたくないですよ」


 如月兄が、冷静にそう言いながら、一臣さんの胸元にあった高仁おじ様の手を取った。すると、高仁おじ様も少し落ち着きを取り戻し、手を一臣さんの胸元から離して、

「今日のところはこれで失礼する。一臣君、いつまでもすっとぼけていないで、責任を取ることをしっかりと考えてくれ」

と、そう言い残し、その場を去って行った。


「………」

 一臣さんはまた上着やシャツを正し、難しそうな顔をして目を閉じた。それからしばらく沈黙し、

「やっぱり覚えがない」

と呟いた。


「一臣君、君、相当遊んでいたんだよね」

「……。確かに、あの頃は女遊びが一番盛んだった時ではあったが、俺はかつて今まで、処女を相手にしたことはないぞ」


「へえ。そうなんだ。じゃあ、やっぱり弥生とは、何の関係もないんだね」

 そう言って、トミーさんはまた私に近づいた。

「おい。弥生に近づくな」

「何を言っているんだか。これでわかっただろ?如月。一臣氏のことをこれでも信頼するって言うのかい?なあ?弥生。弥生もさすがにこんなやつ、嫌になっただろう?」


「………」

「弥生?」

 私はトミーさんの言葉に何も答えなかった。ううん、答えられなかった。


 婚約破棄になるの?瑠美ちゃんと一臣さんが婚約するの?私はどうなるの?


 そればかりが頭に浮かび、今にも泣きそうだった。それに、へなへなと体も崩れていく寸前…。


「俺は、処女は相手にしない。それに泥酔状態で女も抱かない。酒飲んで酔っ払ったら、女を抱く気なんか失せる。酒飲んだ勢いで女を押し倒すようなまねは、100パーセントあり得ない。なにしろ、セックス自体、そんなに好きじゃない」

 私の腰を抱きながら、一臣さんがそう言い放った。それから私の顔を覗き込んだ。


「弥生、顔が青いぞ。大丈夫か?」

「………い、いいえ」

 ダメだ。声を出したら泣きそうになっていたから黙っていたのに、一臣さんにそう答えた瞬間、涙があふれ出してしまった。


「は~~。それでも、一臣君がこれまでしでかしてきたことが、こういう事態を招いたんだ」

 如月兄がため息交じりにそう言った。

「高仁おじさんをどう言って説き伏せたらいいんだ。とにかく、父とは相談してみるが」


「お、お父様に言うんですか?」

「ああ。弥生。どうにか弥生と一臣君の婚約を破棄にしないよう、父には頼んでみるよ。ただ、こういうことを知って、一臣君のご両親はなんと言い出すか…」

「うちの親なら弥生のことを、すごく気に入っているので、多分弥生との婚約は破棄にしないはずです」


「そうか。だったらいいんだが…。それにしてもやっかいなことになった。高仁おじさんは、父よりも頑固なうえ、口も達者だ。普段社交的だから、おじさんの話に耳を傾ける者も多いだろうし、とはいえ、上条グループの実権を握っているのは父と祖父だから、力的には父のほうがずっとあるんだが…」

 兄はそう言って黙り込んだ。


「如月、もう弥生と一臣氏の婚約を破棄させちゃえいいんじゃないのか?家訓だって大事だろう。ルミの処女を奪ったって言うんなら、一臣がルミと結婚したらいい。ああ、そうだ。それで弥生は僕と結婚したらそれですべてが丸く収まる。ね?弥生」

 トミーさんはにこにこしながら、私にそう言ってきた。


「トミー!それを言うなら弥生だって、一臣君と結婚しないわけにはいかなくなるんだぞ」

「なんでだい?如月」

「弥生だって、もうすでに一臣君と結ばれているんだからな」

 如月兄の言葉に、トミーさんは目をまん丸くさせて私を見た。


「だ、だけどさっき、一臣氏は処女を相手にしたことはないと言ったばかり」

「弥生以外の女はっていう意味だ。弥生は別だ。弥生とは屋敷に来た日から、一緒の部屋で寝泊まりしている。弥生はもう、俺の女なんだ。あんたになんかに、手も出させないし、くれてやる気もさらさらない」

 一臣さんは、片眉を思い切りあげてそうトミーさんに言い放ち、ふんっと鼻息を荒くした。


「こんなやつにもう、弥生はやられちゃったのかい?そこまでこいつは手が早いのか。OH!かわいそうに弥生」

「だから、なんで同情するんだ。弥生と俺はちゃんと愛し合っているんだから、誰にも文句は言わせないし、俺は他の女と結婚する気もないからな!」

 一臣さんはトミーさんを睨みながら、またそう言い放つとふんっと鼻息を荒くした。


「そうだ。条件としては瑠美ちゃんも弥生も同じだ。二人いっぺんに一臣君と結婚できるわけじゃないんだから、ここはどうにか、高仁おじさんを説き伏せる方法を考えないと」

「だけど、なんだって今頃、瑠美っていう女はあんなことを言い出したんだ。だいたい、酔っぱらっている男を介抱しようとして弄ばれただなんて、そんなこと実の父親に知られたくないような事実だろ。もし、それを打ち明けるにしても、こんなに年月がたってから打ち明けるか?」


 一臣さんは怪訝そうな顔をしてそう言った。

「確かになあ。でも、それが原因で結婚しなかったと言うなら、それも頷ける。瑠美ちゃんは何回か見合いもしたが、どれも断ったと聞いているし」

 兄も、眉間にしわを寄せ、腕を組んで考え込んだ。


 そういえば、葉月が言っていたっけ。瑠美ちゃんはいいとこのお坊ちゃん狙いで、広末物産の御曹司を狙っていたとか。それに、久世君とも知り合いで…。


「あ、あの。さっき、葉月が瑠美ちゃんのことで変なことを言っていたんです」

 私はどうにか涙もひっこみ、そう一臣さんと兄に告げた。

「変なことって?」

「社交界の奥様方の間で噂になっているって。広末物産の御曹司にふられちゃったとか、緒方財閥の御曹司も狙っているとか、あと、ジョージ・クゼのファッションショーに久世君と来ていたとか」


「久世?久世正嗣か?」

「確かではないんですけど、でも、長男の貴一さんじゃなかったって」

「…。久世とつるんでいるのか。何か企んでいるってことか?」

 一臣さんは顎に手を当て考え込んだ。


「……。裏があるっていうことか?もしかして、あの事件と絡んでいるとかか?一臣君」

「しっ!」

 一臣さんは慌てて、兄を黙らせた。


「如月、あの事件ってなんのことだ?」

「一臣さん、事件って…」

 ほとんど同時に私とトミーさんが質問した。


「ああ。如月さん。口を滑らせないでくれ。弥生にはまだ内緒にしていたのに」

「悪い…」

 一臣さんはそう言って眉間にしわを寄せた。そして、如月お兄様は申し訳なさそうに謝り、それからトミーさんを見た。


「…トミー、今はまだ、話すわけにはいかないんだ。これはまだまだ、シークレットのことで」

「僕は如月のなんだい?信頼できる部下だろ?それに、片腕だっていつも言っているじゃないか。そんな僕になんだって、内緒にしているんだ」


「そう言うならトミー、君はこの一臣君を信頼できるのか?この情報は一臣君から来た情報だ。僕は一臣君を信頼しているから、相談に乗っている。だが、君は一臣君を信頼していないんだろう」

「………」

 トミーさんは一臣さんを見た。一臣さんも、無表情な顔をしてトミーさんを見ている。二人でお互いを品定めでもしているようだ。


「わかったよ、如月。君は僕にとって、信頼のおける大事な上司でもあり、親友だ。君が信頼をするって言うなら、僕も一臣氏を信頼するよ」

 そうトミーさんは言ってから、はあっとため息をついた。


「一臣さん、ルミはいつ、あなたと会ったって言っていましたか?」

 唐突にトミーさんは目を閉じて一臣さんに聞いた。

「俺が大学2年の夏のパーティだと言っていた。彼女は俺より一個上だとも言っていたな」

「っていうことは、ルミが大学3年」


「いや、俺はアメリカに1年留学していたから、日本の大学を1年遅れて入っている。だから、彼女が大学4年の時の話だ」

「そうですか。まあ、3年だろうが4年だろうが関係ない。僕がルミと出会ったのは、ルミがまだ、20歳にもなっていない時だから」


 トミーさんはそう言うと、声を思い切り潜めた。

「ここで、こういう話をするのは相応しくないと思いますよ。誰が聞いているかわからないし。事件のことについても詳しく知りたいので、どうですか?僕の部屋か、もしくは如月の部屋に移りませんか?」

「……そうだな。僕の部屋に移動しよう。あと、葉月も呼ぼう。瑠美ちゃんのことを詳しく聞きたいしな」

 如月お兄様はそう言って、難しそうな顔をしたまま、おでこに手を当てて歩き出した。


 その後ろをトミーさんが、そして一臣さんは私の背中に腕を回し、私のことを支えながら歩き出した。


「弥生」

「え?」

「お前は本当になんにも心配はいらないからな?」

「……はい」


 やっぱり。一臣さん、何か問題を抱えていたんだ。私に内緒だったのは、心配させないようにしてくれていたんだ。

 背中を支えてくれている一臣さんの手はあたたかかった。


 兄は一臣さんのことを本当に信頼している。いつの間にかそんな信頼関係ができあがっていたらしい。

 私も、一臣さんの言葉を信じないと。瑠美ちゃんとはなんにもないのか、関係があったのかわからない。だけど、瑠美ちゃんの貞操は奪っていないよね?


 これから先のことが不安で、心が折れそうになる。でも、一臣さんを信じようというその思いだけで、どうにか私は足を進めた。



 



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