~その4~ 兄の結婚式
バスルームから髪をすでに乾かして、一臣さんは出てきた。それから冷蔵庫を開け、中から水のペットボトルを取り出して飲むと、一臣さんはバスローブのまま、なぜかデスクに座った。
そして、難しい顔をしながら、パソコンの電源を入れた。
「お仕事ですか?」
「ああ。お前は先に寝ていていいぞ。明日は卯月氏の結婚式だろ?」
私のほうを向くこともなく、一臣さんはそう言った。
「忙しいんですか?私、何か手伝うことありませんか?」
「ない」
え?
ドキン。
今、思い切り突き放された気がした。お前なんかいらないって、そう言われたような…。
ズキ。胸が痛い。
「お前が心配するようなことは何もない。だから、先に寝ていていいぞ」
一臣さんはそう言いながら、私を見た。そして、なぜか突然立ち上がり、私のいるベッドに近づいてきた。
ドスン。私の横に一臣さんは座った。そして私の顔をじっと見つめると、
「お前は、頭を悩ませなくてもいい。ただ、もう久世には近づくな。それから、トミーもだ。危ない奴にはもう、絶対に近づくなよ」
と念を押すようにそう言って、私にチュッとキスをした。
「おやすみ」
「…おやすみなさい」
キスは優しかった。それに、そのあと頭も優しく撫でてくれた。
一気にほっとした。安心して私は布団に潜り込んだ。一臣さんはベッドから立ち上がっても、しばらく私を見ていた。そして、私が安心した顔で布団に入るのを確認してから、またデスクに戻って行った。
もしかして、私が暗い顔をしたり、不安そうにしたから、来てくれたのかな。
パソコンを睨んでいる一臣さんの横顔を見た。暗い顔だ。それにため息もしている。
何かな。なんか仕事でトラブルでもあったのかな。それで、副社長と話し込んでいたんだろうか。
私には教えてくれないのかな。それだけ大変なことなのか、それとも秘密にしていないとならないのか。
私が関わってはいけないことなのか。私はまだ、部外者なのか。
安心したのもつかの間、また私の心の中はもやもやでいっぱいになった。
なかなか眠りにつけなかった。結局、一臣さんが部屋の電気を消し、ベッドに入ってくるまで私は目が覚めていた。
一臣さんはベッドに入ると、私を後ろから抱きしめた。
あ、今やっとほっとできた。一臣さんのぬくもりを感じられて。
ようやく私は目を閉じ、そのまま深い眠りに落ちた。
翌日、卯月お兄様の結婚式だ。一臣さんは披露宴から招待されているので、私だけ早くに行くことになった。
着物は実家に置いてあるから、一度実家に行き、着物を持って、式場の美容院で髪をセットしてもらい、着物を着せてもらう予定だ。
「じゃあ、先に行きます」
朝、まだパジャマ姿でソファにくつろいでいる一臣さんに声をかけた。
「ああ」
一臣さんはそれだけ言うと、ソファから立ち上がり、私にチュッとキスをした。
「あ、私、口紅ぬってた…」
「いい。あとで拭く」
そう言うと、一臣さんは熱いキスまでしてきた。
うわ。そのキスで一気に心が満たされた。
「じゃあ、あとでな?」
「はい…」
うっとりとしながら、私は火照った顔のまま一臣さんの部屋を出た。そして、亜美ちゃんたちに見送られ、等々力さんの車に乗り込み、上条家に向かった。
今日は上条家のみんなが集まる。久々に会う親戚の人たち、それにいとこたち。上条家のみんなに一臣さんを、初めてお披露目する日にもなるんだな。そう思うとドキドキする。
みんなどう思うかな。やっぱり、「素敵!」って女性陣は目をハートにしちゃうのかな。
そういえば、いとこの瑠美ちゃんも来るかな。父の弟の娘…。私より二つ上だ。
いまだに独身だけど、何度かお見合いはしているって言っていたっけ。でも、瑠美ちゃんは気に入った人がいないと言って、ことごとく断り続け、いまだに独身なんだと叔父さんが嘆いていたっけ。
才色兼備の瑠美ちゃんのおめがねに適う人って、いったいどんな人なんだろう。医者、弁護士、パイロット、青年実業家、いろんな人とお見合いしたらしいんだけどなあ。
上条家に到着した。
「等々力さん、ありがとうございました。ここからは、父たちと会場に行きます」
そう言って私は車を降りた。等々力さんは来た道を引き返し、今度は一臣さんを乗せて披露宴会場のホテルまで送って行くのだろう。
上条家は慌ただしかった。祖母は昨日のうちに美容院に行き、すでに綺麗に着物を着ていた。
「弥生ちゃん、美容院の予約の時間があるから、私と一緒に早めに出ましょうね」
「はい」
さすが、おばあ様。動きも機敏だし、準備も早い。それに比べて父と祖父はまだ普段着のままでいる。そして、なぜか家の中を右往左往している。
「おい、あれはどこにいったかなあ?」
祖父が祖母に聞いた。
「あれは、ダイニングテーブルの上にありますよ」
「ああ、そうか」
「母さん、スピーチ用のメモがなくなったんだ。どこにやったか知りませんか?」
そこに父がもたもたとやってきて、祖母に聞いた。
「大成、昨日あなた、上着の内ポケットに入れたでしょ」
「あ!そうか!」
「まったく。わたくしはもう、弥生ちゃんと行きますからね。志津さん、この二人の面倒はよろしくね」
「はい。いってらっしゃいませ」
祖母は、まだうろうろしている二人を残し、私と一緒に家を出た。家の前にはすでにハイヤーが停まっていた。
「おばあ様、すごいですね。おじい様があれって言っただけでわかっちゃうんですね」
「昨日から、あれがない、あれがないって言っていたからね」
なるほど。
「それで、あれって?」
「老眼鏡よ。すぐになくしちゃうからわかりやすいところに置いておくんだけど、それでも気づかないなんて、ほんと、嫌になるわね」
「……」
そう言いつつ、祖母は面倒見がいい。我が家には志津さんというお手伝いさんがいるけれど、家のほとんどのことを祖母がしているかもしれない。その手伝いを志津さんがしているっていう感じだ。
ハイヤーに乗り、私と祖母は早々とホテルに着いた。ホテルは、上条グループが手掛けたホテルだ。相当豪華な披露宴になるのかもしれない。緒方一族に比べたら、人数も少ないし規模も小さいかもしれないけれど、如月お兄様の結婚式でも、上条グループの人間が一同に集まり、今までにない華やかで、艶やかな結婚式になった。
新居、家具、新婚旅行費などは卯月兄が必死に貯めたお金から出されたらしい。でも、結婚式は違う。父が出している。卯月お兄様のお給料だけじゃ、こんな豪華な結婚式は挙げられないだろう。
髪のセットも着付けもすみ、私と祖母は親族の控室に行った。そこにはすでに、上条家の人たちが集まってきていた。
「弥生ちゃん」
私のもとに静かに歩み寄り、声をかけてきた人がいた。
「あ、瑠美ちゃん?」
「久しぶりね」
わあ。瑠美ちゃん、綺麗な振袖だ。髪を結い、とっても上品で女らしい。前よりもさらに美しさがアップしたように見える。
「父から聞いたの。弥生ちゃん、婚約したの?」
「はい。あ、でも、まだ正式発表をしていないんですけど」
「そう。正式発表はまだなの。そうなのね」
瑠美ちゃんはなぜか、何度も確認をしてきた。
「確か…、緒方財閥の御曹司だって聞いたわ」
「はい」
あ、思わず顔が熱くなった。私、赤くなっているかも。
「今日はお相手の人は呼ばれていないの?まだ、発表の前の段階じゃ、ご招待もできないのかしら」
「いいえ。兄が一臣さんも招待しました。披露宴から来る予定です」
「…そうなの。緒方一臣さんっていうのね?その人」
「はい」
「今日、来られるのね?」
「…はい」
なんでさっきから、何度も確認するように聞いてくるんだろう。興味でもあるのかな。
「弥生!」
そこに葉月がやってきた。そして瑠美ちゃんを見ると、
「どうも」
と軽く挨拶をして、私を引き連れ、葉月は椅子に座りに行った。
「瑠美ちゃんと話の途中だったのに」
「いいよ。あの人、俺、苦手だから」
「葉月が苦手でも、私は話をしている最中だったの。気になることがあったし」
「何?」
葉月が声を潜めて聞いてきた。
「瑠美ちゃん、やけに一臣さんのこと聞いてきたから、どうしてなのかなって」
「ふうん。でも、あんまり話さないほうがいいんじゃないの?あの人、結婚しないのは、相当いいとこのお坊ちゃんを狙っているって、そんな噂聞いたことあるよ」
「相当いいとこのお坊ちゃん?」
「たとえば、どっかの財閥の御曹司」
「え?」
「広末財閥ってあるじゃん。緒方財閥まではいかないにしても、けっこうでかい財閥」
「うん。知ってるよ」
「あそこの御曹司、狙っていたらしいけど、証券グループの社長令嬢と結婚しちゃったらしく、どうやらふられたみたいなんだよね」
「あの瑠美ちゃんがふられた?」
「最初から、相手にされていなかったみたいだよ。前から結婚相手決まっていたのに、ちょっと遊ばれたって感じ?」
「嘘だ。あの瑠美ちゃんが」
「って聞いた。でも、本人いわく、ただのお友達です~~って、言っていたらしい。そりゃまあ、遊ばれたなんて世間に知られちゃまずいし」
「……」
「でさ、緒方財閥の御曹司も狙っているっていう噂も、ちらっと聞いたんだ」
「どこでそんな噂を聞くの?」
「そういうの好きな連中がいるんだよ。俺、彼女とクラシックのコンサートとか絵画展とか、ファッションショー行ったりするんだけど、上流階級の奥様方もそういうところに来てて、あれこれ噂して盛り上がっているから聞こえてくるし」
そんなところで、噂になっているの?っていうか、お金ないくせに、そんなところに行ったりできるわけ?葉月は。
「ファッションショーに、あの人も来ていたっけ、そういえば。それで、影でこそこそと奥様方が噂していて、聞こえてきたんだよね」
「瑠美ちゃんがいたの?」
「うん。男といた。ジョージ・クゼの夏の新作発表会だったんだ。俺の彼女、ジョージ・クゼ好きでさ」
「そうなの?え?瑠美ちゃん、男の人といたの?」
「…うん。そのあと、ジョージ・クゼとも話してたっけ。もしかしたら、ジョージ・クゼの息子かもな。あ、そいつのことも狙っているのかな」
「久世君も来ていたの?」
「知ってるの?弥生」
「あ。そうか。ショーを見に来るんだもの。長男のほうかも」
「長男って、久世貴一だろ?最近、店を持ったっていう…」
「そうなの?」
「そいつだったら、俺顔見たことある。店を持つ前にショーもしていたし。雑誌でも顔見たことあるし。そいつじゃないよ。多分、次男のほうだ」
「久世君が?瑠美ちゃんと?」
「あ。父さんが来た」
そこに父が来た。そして親戚のみんなに挨拶をし始めた。私と葉月も横に行き、一緒にみんなと挨拶をした。
「弥生ちゃん、綺麗になったわねえ。そういえば、婚約したって聞いたわ。お相手の人は来てないの?」
「披露宴から来ます」
「緒方財閥の御曹司なんですって?とても素敵な人なんですって?」
「は、はい」
「今日お会いするのが楽しみだわ」
そんなことばかり、言われてしまった。
一臣さんって、どこに行っても有名なのかな。今日の披露宴どうなるのかな。でも、主役が現れたら、私と一臣さんのことなんて、誰も見向きしなくなるよね。
と思っていたら、それはすぐに実現した。数分後、控室に雅子さんと兄が現れ、みんなが二人に注目をしたからだ。
雅子さんは、白無垢。そして、兄は紋付き袴だった。
「わあ…」
雅子さん、すっごく綺麗。兄もかっこいい。
「今日の卯月兄さん、超緊張してるね」
葉月が横からそんなことを言ってきた。
「葉月だって結婚する時には、緊張しまくるでしょ?いつ結婚するの?千沙さんと」
「金たまってないから、まだまだかな」
「コンサートだの、ファッションショーだの行っているから、お金たまんないんだよ」
「ああ。それは全部招待で行くから」
「は?」
「千沙の親が、招待状を千沙に2枚くれるんだ」
「へえ、そうなんだ」
やっぱり、葉月ってちゃっかりしてるなあ。
そして、式の開始の時間が迫り、係りの人が呼びに来て、親戚一同、会場に向かった。
その時には、如月お兄様も現れた。いろいろと忙しくて、やっと会場に来ることができたようだ。
「間に合った」
そう言って私たちに合流し、簡単に周りにいる親戚の人たちに挨拶をして、それから列に並び、会場に向かった。
式は厳かに行われた。私は兄と雅子さんを見ながら、あと半年したら、私と一臣さんが結婚するんだなあ、なんて思い描き、ドキドキしていた。
一臣さんの紋付き袴姿、きっと麗しいだろうな。でも、やっぱり一臣さんにはタキシードが似合いそうだ。きっと素敵だろうな。
ほえ~~~。すっかり夢の世界に行っていると、式が終わり、
「弥生、ぼけっとしていないで行くぞ」
と葉月に腕を突っつかれ、慌てて私は式場をあとにした。
「綺麗だったね、雅子さん」
「ああ。花嫁衣裳似合っていたな。あれを弥生も着るんだろ?今日の雅子さんと比較されたら、かわいそうだな」
「どういう意味?」
「どういうもなにも、半年したら弥生の結婚式だろ?みんな、今日の雅子さんのこと覚えているだろうし、比較するに決まってるじゃん」
憎らしいやつだなあ。
「みんな、私よりも一臣さんに注目するから大丈夫だよ」
「花嫁より花婿が目立つ結婚式か。それも、かわいそうだよなあ」
なんだって、さっきから同情ばかりするのよ。
「千沙は、ドレスのほうが似合うから、俺が結婚式をする時は、チャペルだな。あの、紋付き袴、俺、着たくないし」
「そうだね。葉月には似合いそうもないよ。葉月って薄っぺらい体しているし」
「うっせ~~よ。だったら、一臣氏はどうなんだよ」
「一臣さんは胸板もあるし、紋付き袴だって、タキシードだって似合っちゃうよ」
うっとりとしながらそう言うと、
「胸板があるかなんて、わかるのか~?まだ、一臣氏の裸だって見たことないんだろ?どうせ」
と葉月に言われてしまった。
「え」
それを聞き、返事に困りながら真っ赤になると、
「うそだろ。え?弥生、もう、一臣氏に食われちゃったの?」
と、とんでもない表現を葉月がしてきた。
「その言い方やめて。もっと他の言い方あるでしょ?」
「まさかなあ。一臣氏の手が早いとか、女癖が悪いとか聞いたことあったけど、弥生にまで手を出すとはなあ」
「何でそんなこと言うの?一応私、一臣さんのフィアンセなんだからね」
「……。でもさあ、よっぽど、女に困っていたとか」
「だから、なんでそういうふうに言うの?酷いよ。葉月」
「今、スキャンダルを避けて、女と手を切っているんだっけ?そんなこと前に如月兄さんが言ってた気がする。だからって、何も弥生ですませるとは」
「葉月」
私は低い声で言いながら睨んだ。でも、睨んだ後にちょっと落ち込んだ。
そうなのかな。他の女の人と付き合えないから、私で我慢しているとか?
あ。また、私ったら、一臣さんではなくって、周りの人の言葉に惑わされるところだった。一臣さんは、私のことをちゃんと思っていてくれて、それで、私たちは結ばれたというのに。
愛しているから結婚する。愛しているから抱く。そう言っていたもん。
ほんのちょっと落ち込んだけど、気を取り直し、写真館に向かった。ホテルにある写真館で集合写真を撮り、そのあと、披露宴会場に行く。
そして、そこには一臣さんも来る。
今日は黒のスーツで来るんだよね。ああ、今からドキドキしてきちゃった。
早くに一臣さんに会いたい。
写真を撮っている間も私はそわそわしていた。そして、写真館から披露宴会場に向かおうとしている時、また私は瑠美ちゃんに声をかけられた。
「ちょっと話があるの。化粧室で化粧でも直しながら、話を聞いてもらえる?」
「はい」
なんだろう。一臣さんのことと関係あるのかな。そういえば、瑠美ちゃん、久世君と知り合いなのかな。私も聞いていいかな。
化粧室に行った。そして瑠美ちゃんは小さなバッグからファンデーションと口紅を取り出し、化粧直しをしながら鏡に映った私を見て、小さなため息をした。
「話ってなんですか?」
「一臣様のことなの」
「はい…」
「弥生ちゃん、正式発表これからなのよね」
「はい」
「今日、一臣様来るのね。会ったらどうせばれちゃうだろうし、先に弥生ちゃんには話しておくね。弥生ちゃんは、一臣様のことずっとあこがれていたって、そう聞いたし。だから、ショックかもしれない。それに、弥生ちゃんは一臣様と結婚するためにいろいろと頑張ったって、おじ様からも聞いたから、本当に言いにくいんだけど」
「父から聞いたんですか?」
「…そんな話を聞いちゃったから、言えなくなっちゃって。でも、今日一臣様と会ったら、絶対にばれちゃうし、だから先に話しておくね」
「はい」
何?なんだろう。なんだかすごい胸騒ぎがする。
「知っている?弥生ちゃん。上条家の家訓」
「え?」
「初めての相手と結婚するっていう家訓があるの」
「……」
そんな家訓は聞いたことがないけれど、でも弥生は一臣氏と結婚するんだから、他の男性とのお付き合いはもちろんダメだって話や、ただただ一臣氏のために自分を磨きなさいと、それは父から聞いていたこと。だから、必然的に、初めての相手は一臣さんになるのは当たり前のことで。
あ。ただ、結婚まで操を守れなかったけれど。
「やっぱり、弥生ちゃん聞いたことなかった?でも、弥生ちゃんもきちんと結婚するまでは守っているんでしょう?」
「え?」
「そんな感じするわ。古風な考え方のおじ様や、おじい様、おばあ様に育てられたんだもんね」
うわ。なんて答えたらいいんだろう。結婚まで守らなかったって言うのに。
「私は、結婚まで守りなさいとは言われなかったわ。でも、結婚する相手が初めての相手なんだって、そう母に言われたことがあるの。母もそれを守って、父と結婚したらしいし」
「そ、そうなんですか?」
「私、黙っておこうと思ったわ。だって、弥生ちゃんに悪いもの。でも、隠し通せるわけないのよね。だって、絶対にいつかはまた一臣様に会っちゃうんだもの」
「え?」
「…私ね、大学の時、あるパーティで一臣様とお会いして、とても一臣様が酔ってしまって、私のマンションがパーティ会場の近くだったから、来てもらったことがあるの」
「え?」
「とても帰れる状態じゃなかったから、うちで介抱しようと思って。でも、一臣様がその時…」
え?え?え?
瑠美ちゃんは言葉を濁した。それから、少し顔を赤らめ、
「私の初めての相手は、一臣様なのよ」
と私の耳元で囁くように言った。
ドクン!
血の気が引いた。
そして、何をどう答えていいかもわからなくなり、その場で私は凍り付いてしまった。