~その15~ 初級レベルを卒業?
「さあ、そろそろ出るぞ」
一臣さんはそう言うと、露天風呂からザブンとあがった。もちろん、素っ裸だ。そのままシャワールームへと一臣さんは歩いて行った。
ぼけら~。その後ろ姿を眺め、シャワールームでまたシャワーを浴びている一臣さんの姿を、うっとりと見つめていた。髪までシャワーをかけ、顔も洗い、シャワーを止めると一臣さんは顔を手で拭い、前髪をかきあげた。
ほわわん。すべての仕草がかっこいい。うっとりと見ていると、一臣さんが私のほうを見て、シャワールームのドアを開け、
「こら!弥生。のぼせるぞ。いい加減出てこい」
とそう叫んだ。
「はい!」
私は慌てて露天風呂から出て、ウッドデッキに置いておいたタオルで前を隠してシャワールームへと急いだ。一臣さんは、さっさとパウダールームに移り、バスタオルで体や頭を拭いている。
それから、一臣さんはバスタオルを腰に巻き、歯を磨きだした。
はう。歯を磨いている姿すら、かっこいい。腕の筋肉が引き締まっていて、なんてかっこいいんだ。あの腕に、あの引き締まった胸に、抱かれちゃったんだなあ。
あ、いけない。また早くしろって怒られちゃう。慌ててシャワーで体を流し、シャワールームを出て、一臣さんの隣に並んだ。
「拭いてやる」
一臣さんはもう1枚、未使用のバスタオルを引っ張りだし、私の体を拭いてくれた。
ああ、やっぱり、恥ずかしい。でも、昨日露天風呂から上がった時は、恥ずかしさがなかった。それどころか私は、ずっとうっとりとしていた気がする。
だんだんと鮮明に思い出してきた。確か、バスタオルで一臣さんは私の体を拭きながらも、私に熱いキスをしたり、肩や腕、胸や背中にキスをしまくっていたかも。
ほてほて…。思い出して体が火照ってきちゃった。きっと私、全身キスされていたよね。
「ほら、髪は自分で拭けよ」
一臣さんはそう言って、私の頭の上にバスタオルを乗せた。
あれ?もうおしまい?今も、優しく体を拭いてもらい、ふわふわした気持ちになってきていたのに。
「ふあ~~~~。喉乾いた。水でも飲むか」
一臣さんは、いつの間にか浴衣を羽織り、頭をバスタオルで拭きながら、パウダールームを出て行った。
なんだ。甘美な世界はもうおしまいか。いちゃつくのも、もう終わりなんだな。
って、なんで私はがっかりしているんだ。一臣さんにせまられている時には、嫌がるくせに。ううん。本当言うと、嫌がっているフリだけなんだけど。
浴衣を羽織り、ドライヤーで髪を乾かしたり、顔を洗ったり歯を磨いた。とそこに、一臣さんも入ってきて、ドライヤーで髪を乾かしだした。
「腹減ってるか?弥生」
「減ってます」
「だろうな。朝からバカ食いするもんな、お前は」
「バカ食いはしませんけどっ」
もう。今日も口の悪さ、絶好調だな。一臣さんは。
「俺はコーヒーを頼んだ。お前にも、朝飯頼んでおいたから、そのうち持ってくるぞ」
「朝食?」
「簡単なトーストか何かでいいと言っておいた。いいだろ?どうせ、またすぐに昼飯だ。午後1時に工場に行くから、早めに昼飯にするぞ」
「はい」
「このホテルのレストランでいいだろ?」
「はい!」
「……目、輝いたな。本当にお前、食い気のほうが勝るんだな。なんか、悔しいな」
悔しい?
一臣さんはドライヤーを止め、私の背後に回ると、後ろから抱きしめてきた。それどころか、するっと浴衣の胸元から手まで入れてきた。
「え?!か、一臣さん」
なんでまた、そういうことを!
「食い気より、色気のほうが勝ることはないのかよ」
「え?え?」
うわあ!うなじにキスまでしてきた。ちょっと待って!それも、前、鏡だから、一臣さんに思い切りせまられているのが映ってるよ。
どひゃあ。恥ずかしい。見ていられない。
思わず目を閉じた。でも、抵抗を全くしていない私。なんでだ?
理由は自分でも、十分わかっている。そうだ。私、喜んでる。すでにスイッチ入っちゃってる。
「あれ?」
一臣さんが、手を止めた。それから、うなじから唇を離して、黙り込んだ。
……。もう、おしまい?まさか。
「弥生?」
「は、はい?」
「抵抗しないのか。いつもみたいに、ダメです!とか、お腹すきました!って言わないのか?」
いつも、お腹すきましたなんて言っていないってば。
「こんなことしても、いいのか?」
一臣さんは浴衣の隙間から手を入れ、太ももまで撫でてきた。
「ひゃ!」
思わず声が出た。うわ。恥ずかしい。と思っている間もなく、今度は耳たぶを甘噛みした。
「あ!」
うわ。また声が出ちゃった。恥ずかしい。と思っている間もなく、くるっと一臣さんは私を一臣さんのほうに向かせると、甘いキスまでしてきた。
ひゃ~~~~~~~~~~~。
と、とろける。でも、私、きっと今、喜んでる。その証拠に、勝手に手が一臣さんの背中に回ってる。
キス、長い…。腰が抜けそうになり、私はもっと一臣さんにしがみついた。
「スイッチ、入っちゃったんだな?」
「はい」
「へえ。食い気より、勝ったんだな?」
「…え?」
とろりん。うっとりと一臣さんの目を見つめた。
「やばいな。そんな目で見られると。ちょっとその気にさせてやるだけのつもりだったのに、すっかりその気になったんだな、お前…」
ちょっと、その気にさせるって?え?
「っていうか、俺もその気にすっかりなったぞ」
え?
待って。朝ご飯運んでくるんじゃ…。それなのに、その気になられても。
「ダメです。朝ご飯、運んでくるんですよね?」
「大丈夫だ。勝手に和室に用意して、出て行くだろ」
「い、いいえ!こ、こんなところで…」
「しいっ。声を出すのはさすがにダメだぞ、弥生」
え?!
ガチャリと一臣さんはパウダールームのカギをかけた。それから、熱い視線で私を見ると、また熱いキスをしてきた。
ひゃ~~~~~~~~~~~~~。待って、待って。いや、待ってって言ったって待ってくれるわけもない。それに、もう私もスイッチ入っているし。
トントン。
「お食事お持ちしました。失礼します」
仲居さんの声が聞こえた。
うわわわ。
「ああ。テーブルに置いておいてくれ!まだ、顔洗っているから」
一臣さんがそう言って、蛇口から水を出した。
「はい、かしこまりました」
水がジャー…と出ている音がパウダールームに響いた。一臣さんは私の浴衣の帯をほどき、浴衣を肌けさせ、胸にキスをしてきた。
ひゃあ。ひゃあ。ドキドキドキ!
異常に胸が高鳴っているかも。
「では、失礼します」
そう仲居さんの声がした。一臣さんは水を止め、
「ああ!」
と返事をした。
それからバタンとドアの閉まる音がして、私はほっとすると、一臣さんがグイッと私を抱き寄せた。
「もう、声出しても平気だぞ?弥生」
「だ、出しません」
「なんでだよ。強情なやつだな。でも、そんなこと言っておいて、出すんだよな?お前」
うわあ。また、恥ずかしいこと言われた!
「そうだ。弥生」
一臣さんは、私にキスをして唇を離すと、ささやき声で話しかけてきた。
「はい?」
「エッチしている時は、呼び捨てにしろって前に言ったよな?」
「え?」
「呼び捨てでいいぞ」
「え?」
「一臣って呼べよ」
「い、言えません」
「なんでだ?恥ずかしいのか?呼び捨てにするのが?」
私の顔に思い切り顔を近づけ聞いてきた。
「はい」
「なんでだよ」
一臣さんはそう言って、私を抱きしめる。
あれ?そういえば、一臣さん、いつものコロンの匂いだ。はう…。この匂いを嗅いでいるだけでも、ちょっとくらくらしてきちゃうんだよね。部屋に戻った時に、つけてきたのかな。
「こ、コーヒー冷めちゃいますよ」
「ああ。だから、さっさと早く…」
「え?」
「一臣って呼べ」
ああ。もう。また、強引で駄々っ子の一臣さんになってる。酔っている時のほうが、あっさりと引き下がるのに。弱気になるからなのかな。お酒入っていないと、思い切り強気だよね。
「よ、呼べません」
「なんでだよ」
あ、へそ曲げた?かと思ったら、また熱いキスをしてきた。
腰、抜けた。
「腰抜かすのは早すぎだぞ、弥生」
ふへ?でも、もう立っていられない。へなへなと体が崩れていった。
あれ?いつもなら、腰を抱きしめ、座り込まないように一臣さんが支えてくれるのに。床にぺたんとお尻をついちゃったよ。
一臣さんも私の前に座り込んできた。と思ったら、いきなり私の上に覆いかぶさってきた。
ええ?!
冷たいパウダールームの床に、私は仰向けになった。その上に一臣さんが体重をかけ、私の指に指を絡ませ、首筋から胸元にかけて、キスをしまくってる。
まさかと思うけど、まさか、ここでするの?うそ!
「か、一臣さん」
「一臣でいいって言ってるだろ?」
そう言うと、一臣さんが私の口を唇で塞いだ。
うわ。また、あっついキスだ~~~~~。ダメだ~~~。もう完全にノックアウト。とろけちゃって何も考えられなくなった。
どんどん体が熱くなる。背中のひんやりした床が、気持ちいいと思えるほどに。
床は冷たいし、固いのに、ふわふわ雲の中に浮いている気分になってくる。
そして、思考回路は止まる。私の腕は一臣さんを抱きしめる。一臣さんの熱い視線に、もっと私の脳みそは溶ける。
「弥生、腕を離せ」
「え?」
ほわわんとした意識の中で、一臣さんからそう言われ、私は一臣さんの背中に回した腕を離した。それから、一臣さんは上半身をあげた。
なんでかな。ギュってしすぎたかな。
そんなことをぼんやりと考えていると、一臣さんは自分の帯をほどき、浴衣をするりと脱いだ。
はう。そんな姿がやけに色っぽい。
そして私の浴衣も、するりと一臣さんは脱がした。私はまったく抵抗することもしないで、されるがまま。それどころか、さっきから一臣さんをうっとりと見つめていて、浴衣を脱がされると、すぐにまた一臣さんに抱きついてしまった。
「こら。弥生。まだ、抱きしめてくるな」
ええ?なんで?思考回路が回っていないから、ぼんやりとただ一臣さんを見つめた。
「パンツが脱げないだろ」
う。そ、そうか。私はまた、一臣さんの背中から腕を離した。一臣さんは起き上がるかと思ったら、なぜか私にキスをしてきた。
あれ?パンツは?と、一瞬考えたけど、またキスで思考回路が止まった。
知らぬ間に、一臣さんは私にキスをしたまま、パンツを器用に脱いでいた。そして、私の両手を握りしめ、全身に熱いキスを浴びせてきた。
ダメだ~~~~~~~~~。なんか、もう、何もかも、考えられない。
そしてまた、知らない間に私は一臣さんを抱きしめ、何度も私からキスをしていた。
体、ほてりまくって、熱い…。
とろんとまだ、夢心地で、朦朧とした意識の中、私は腕を一臣さんに引っ張られ、起き上がった。
「こんなところで、寝るなよ。弥生」
う…。だって、力尽きて、立てなかったんだもん。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです…」
「部屋まで抱っこして行ってやろうか?」
「はい」
一臣さんはひょいっと裸のまま、私をお姫様抱っこすると、和室まで運んだ。テーブルの上にはしっかりと朝食が用意されていた。
一臣さんは、私をお姫様抱っこしたまま、襖を器用に開けた。奥の部屋は布団がまだ敷いたままだった。
「こっちの部屋、襖を開けて見なかったんだな。それもそうか。お前が裸で寝ている可能性もあったんだもんな。そりゃ、開けられないよな」
そんなことを言いながら、一臣さんは布団の上に私を寝かせた。それから私のカバンを持ってくると、
「ほら、そろそろ着替えろ。いつまでも裸でいると、また俺に襲われるぞ」
と、そう言ってカバンを私のすぐ横に置いた。
もう~~。勝手に浴衣脱がせたくせに。何て思いつつも、私は布団に寝転がったまま、動けないでいた。
「おい。大丈夫か?」
「ダメです」
「激しくし過ぎたか?そうだな。俺も、ちょっと反省しているぞ」
ちょっとだけ?
「でも、お前だって悪いんだからな」
「え?」
なんで?
「あんなに感じまくっているから、つい俺も、激しくなって…」
えええ?
一臣さんは私の髪を撫でた。それから私に顔を近づけたかと思うと、胸にキスをしてきた。
「お前、俺のコロンの匂い、しみついただろ。シャワー浴びるか?汗もかいたよなあ」
「あ。はい」
でも、動けそうもない。
「ま、いっか」
ああ。また、「ま、いっか」ですまされた。
「弥生」
突然、一臣さんが私を熱い視線で見た。
「はい?」
その視線で見つめられると、うっとりと見つめ返してしまう。
「お前、俺のこと、やっと呼び捨てにしたな」
「え?私が?いつ?」
「すっとぼけるなよ。さっき、洗面所で俺に抱かれていた時」
「え?!」
「呼んだだろ?一臣って」
うそ。私が?
「なんで、びっくりした顔しているんだよ。まさか、覚えていないのか?」
「……あ。そういえば」
「思い出したか」
きゃ~~~~~~~~~~。呼んだかも!
それも、私、あの時…。
「声出してもいいと言ったけど、あそこまで出していいとは言っていないぞ。外まで漏れていたかもしれないぞ?」
ぎゃあ。
「まあ、いいけどな?」
「よくないです」
「いいだろ?俺たちはフィアンセなんだし」
「そういう問題じゃなくって」
「聞かれていないって。こんな離れの奥まで人は来ないだろうからな?」
「仲居さんは?」
「来ていないだろ。でも、そろそろ朝飯食わないと、片付けに来るかもな」
「…そ、そんなに私の声、大きかったですか?」
「ああ」
恥ずかしいよ~!!!!
「屋敷でもいいぞ?屋敷のほうが、誰かに聞かれることはないだろうからな。それなのに、お前いつも、声出すのを我慢していたんだろ?」
う…。私は黙って頷いた。
「もう、我慢しないでいいからな?それから、一臣って呼び捨てにしろよ」
「いつも?」
「エッチしている時にだ。普段はさん付けだ」
「……」
「そっちのほうが、そそられる」
やっぱり、一臣さん、変態だよ。っていう目で一臣さんを見た。
「やばいなあ、お前って」
え?なんで、私が?やばいのは一臣さんのほうでしょ?
「そんな可愛い顔しているくせに」
「え?」
何それ?
「色っぽい声あんなに出して、俺のこと呼び捨てにして呼んだりして」
ええええ?!でも、それ、一臣さんが…。
にやりと一臣さんが笑った。
「そろそろ、若葉マークもはずれたな」
「え?」
「おめでとう。やっとこれで、中級レベルになったな」
中級?
「えっと。これで、もう、ステップアップも終わりでは?」
「はあ?まさかだろ。まだまだ、中級レベル1の段階だ」
何それ。
「上級者レベルには程遠いんだからな」
嘘でしょう?!
「さて。俺は着替えて冷めたコーヒー飲むぞ。お前も早くに着替えろよ。それとも、俺が着せてやるか?下着から…」
「自分で着れます」
ち…。と舌打ちをして一臣さんは起き上がると、自分のカバンから下着や服を取り出し、さっさと着始めた。
ドキドキ。そんな姿をぼけっと私はまだ布団に寝転がったまま見ていた。
やばいなあ。パンツを履く姿まで絵になるって。私がおかしいのかな。それとも、一臣さんがそれだけかっこいいのかしら。
うっとりと眺めていると、一臣さんはシャツを着てスラックスも履き、
「いつまでそうやっている気だ。早くしろ」
と片眉を上げて私に言った。
「はひ」
「ん?何で、目がそんなにうっとりとしているんだよ」
「だって…」
一臣さんが、かっこよくって。
「それより、お前、素っ裸だそ。俺にまた、襲ってほしいのか」
「いいえ!」
そうだった。呆けていて忘れてた。私、全裸だ。
慌てて、起き上がり、一臣さんに背中を向け、カバンから下着やブラウスを出した。
もそもそと下着をつけていると、一臣さんがすぐ後ろに座ってきて、
「ほら、ホックしてやる」
とブラジャーのホックをしてくれた。
ああ。こんなことしてもらってもいいのかな。
ブラウスを着ていると、
「ボタンとめてやる」
と言って、ボタンをしてくれるし…。そして、チュッとキスをして、そのあと、ギュウっと抱きしめられた。
うわわ。
「最高だったな。弥生」
「え?」
「この二日間」
「はい」
「ものすごく俺は満たされたぞ。弥生は?」
「私も…」
ほわわん。まるで天国にいるみたいでした。
一臣さんはにっこりと微笑んで、隣の部屋に先に行った。私はしばらくぼけっとしていたけれど、お腹がぐ~~っと鳴り、慌ててスカートとストッキングを履いて、隣の部屋に急いで行った。
冷めたトーストと、冷めたコーヒー。それでも、美味しく感じたのは、一臣さんが目の前にいるからかなあ。