~その14~ 甘美な世界へ
翌朝、薄ぼんやりと目が覚めた。まだ、頭がぼ~~っとしている。
あれ?布団だ。ふかふかの布団で寝てる。っていうことは、ここは家かなあ。まだ家にいるんだっけ?私。
違う。私、一臣さんのお屋敷に戻ったんだよ。
そんなことを思いながら、顔を横に向けると、そこに人肌があった。
あ、一臣さんだ。そうだよ。一臣さんの腕の中にこうやっているじゃない。あれ?でも、なんで一臣さんのコロンの匂いがしないの?
って、私、まさか、知らない人の腕の中で寝ているわけ?!
バチ!思い切り焦って目がしっかりと覚め、私を抱きしめている人を確認した。
あ。やっぱり、一臣さんだった。
でも、いつものコロンは?
あ、そうか。昨日、露天風呂に入った後、すぐに和室に来たから、一臣さん、コロンつけていないんだ。
…………。
どわ~~~~~~~~~~~~~~~!!!なんか、昨日のことを思い出しちゃって、顔から火、出た!
昨日の私、とんでもないこと言っちゃった気がする。それに、それに、それに…。
露天風呂で、思い切り一臣さんといちゃついた!!
それに、露天風呂で私がのぼせそうになると、一臣さんはバスタオルを持ってきてくれて、私の体を拭き、お姫様抱っこをして和室まで運んでくれた。そうして、布団に寝かされ、そのあとも思い切り愛されちゃったんだ!!!
きゃわ~~~~~~~~~~~!
今、思い出しただけでも、顔が熱い。
「ん…」
一臣さん、起きたのかな。今、ちょっと頭をもぞもぞっと動かして布団に潜り込んだ。と思ったら、なんでだか、私の胸に顔をうずめて、またスースー寝ちゃった。
可愛い。思わず、一臣さんの癖のある髪を撫でた。
わあ。愛しい!
きゅわん。
って、何を一臣さんの頭を私は撫でているんだ。一臣さんってば、朝っぱらから私の胸に顔をうずめて寝ちゃっているっていうのに。
でも、このままでいたい。ちょっと胸が一臣さんの息がかかってくすぐったいけど、小さな子供を抱きしめているみたいで、とっても可愛いんだもん。子供がいたらこんな感じかな。
ほわわん。
幸せ気分に浸っていると、もぞもぞっとまた一臣さんの頭が動いた。と思ったら、いきなり私の胸に頬ずりをして、そのあとチューっとキスまでしてきた。
「あ…」
何で胸揉んでるの?思わず声出ちゃったよ!
「一臣さん、ダメです」
そう言っているのにやめようとしない。
「か、一臣さん、起きてるんですよね?」
これ、寝ぼけているんじゃないよね。
「気持ちいいんだろ?」
起きてた!っていうか、朝っぱらから何を聞いてくるんだ。
「も、もう!朝っぱらから何をしているんですか」
「今日は工場の視察も午後に1件だけだし、チェックアウトの時間まで、いちゃつくぞ」
え~~~~~~~~~~!
一臣さんはようやく顔を私の胸からあげると、
「スイッチ、俺が入れていいんだろ?」
とにやついた顔で聞いてきた。
そうだった!!そんなとんでもないことを私は言っちゃったんだった!恥ずかしい!!
なんで、あんなこと口走ったんだろう。
「甘美な世界、朝から連れて行ってやるぞ」
ぎゃあ。
朝から、とんでもないこと言わないで、一臣さん。でも、それも私が昨日、口走った言葉だ。
なんで、私はそんなとんでもないことを言ったんだ。恥ずかしげもなく。
「それとも、また露天風呂でするか?」
「い、いえいえ」
「そうだな。もしかすると今頃、隣の隣で菊名が入っているかもしれないしな。そうしたら、声、聞かれたらやばいもんな」
「こ、声は出しませんけど、とにかく、朝からそんなことしません」
「声出さないだと?」
「はい」
「出しただろ。昨日の夜は、しっかりと」
ぎゃ~~~~~~~~~。やめてくれ。それも思い出したくなかった。顔から、何度も火を噴いている気がする。
あれ?また布団に潜り込んだ。
「あ!」
また胸にキスしてる!もう~~~。
「起きましょうよ、一臣さん。朝ご飯運んでくるかもしれないですよ」
「運んでこない」
「え?なんで?」
「朝飯はいつも食わないって言っておいたから」
「私が食べます!」
「俺はいらない。弥生を食べるから」
だから~~~。私が朝ご飯を食べるんですってば。って、また胸揉んでる?
「ダメです!」
「何でダメなんだよ」
もぞもぞっと一臣さんは、顔を布団から出した。
「だって…」
「疼いちゃうからか?」
「はい」
「別にいいだろ?」
そう言って今度は耳にキスをしてきた。
「ひゃ…」
また、耳たぶ噛んだ。
「弥生…」
「え?」
「そろそろスイッチ入っただろ?」
「い、いいえ」
「なんだ。まだか…」
そう言うと、今度は首筋にキスをしてきた。う。ひゃあ!舌でなぞるのはやめて!
「か、一臣さん」
ダメだ。これはもう、やめてくれそうもない。しっかりと私の指に指まで絡ませている。
「弥生」
顔をあげ、一臣さんが私を見つめた。うわあ。もう熱い視線になっちゃってるよ。そして、熱いキスをしてきた。
くら…。眩暈がするくらい、一瞬にして溶けた。
唇を離して、一臣さんは私を見つめた。そして、
「あ、その目だ。完全にスイッチ入っただろ」
と言って、またキスをしてきた。
とろん。
朝から、すっかりとろけてしまった。
「弥生、大丈夫か?起きれるか?」
布団にうつっぷせて、朦朧としていると、一臣さんが私の背中にキスをして聞いてきた。
「へ?」
「汗かいたから、シャワー浴びるぞ。そのあと、露天風呂に入るぞ」
「え?ろ、露天風呂でまた?!」
「しない。さすがに俺も、そんな余力残ってない。ただ、自然見ながら入るだけだ」
よ、よかった。
「夜は景色なんか見えなかったけど、朝なら見えるだろ。ちょっと曇っていそうだけど、曇っているくらいがちょうど良さそうだしな」
「はい。でも、もうちょっと」
「ん?」
「まだ、腰ぬけてる」
「まったく。しょうがないな」
誰のせい?と思わず言いそうになった。
つつー…。
「ひゃ!」
「背中指でなぞっただけでも、気持ちいいのか」
「や、やめてください」
「…今だから感度がいいのか?それとも、前より感度が上がったのか?」
なんの感度よ~~。変なこと聞いてこないで。
「なあ、どうなんだよ」
「知りません!」
「ふうん。教えないなら」
そう言って、今度は背中を舌でなぞってきた。
「一臣さん!」
「また、スイッチ入ったか?」
「入っていませんけど、でも、ダメ」
「で。どうなんだよ」
「きょ、今日がきっと特別です」
「感じやすい日だったのか」
「……え。えっと。多分、その」
「俺にあれだけ愛されたら、感じやすくもなるってもんか」
もう~~~~~~~~~~。変なことばっかり言ってないで。
「先にシャワー浴びててください。私もあとから行きます」
「わかった」
一臣さんはようやく立ち上がり、すたすたと部屋を出て行った。
ああ。もう。なんだって朝からスケベ親父になっているんだ。
ぐったり。なんか、起き上がれない。疲れてるっていうか、くたくたになっている。マラソンでもしたあとみたいに。
マラソンしているようなものなのかな。もしかして。それも、昨日の夜から。
でも、起きないと。あんまり遅いとまた一臣さんがへそ曲げそう。
どうにか布団から起き上がり、浴衣を着ようとした。でも、ない。
あ。そうか。パウダールームで脱いだまんまだっけ。
裸のまま小走りでパウダールームに行った。一臣さんはすでにシャワーを浴び、露天風呂に入っているようだ。
急いで私もシャワールームでシャワーを浴びた。そして、ガラス張りのシャワールームから、露天風呂のほうに目を移すと、しっかりと一臣さんが露天風呂に入って、私のほうを見ていた。
ひゃあ!丸見えだった?なんか、一臣さんの目、にやついているけど。
うわ。恥ずかしい。
私はすぐにシャワーを止め、タオルで体の前を隠して、そっとドアを開けた。
「なんで、隠すんだか」
一臣さんがそう言って、片眉をあげて私を見ている。
恥ずかしいもん。と口だけ動かして私は言うと、ゆっくりと露天風呂に近づいた。
「早く入れよ。気持ちいいぞ」
「はい」
そっと露天風呂に入った。あ、本当だ。気持ちいい。
そよそよと吹く風も気持ちよかった。それに、渓谷を流れる川のせせらぎ。そして、どこからか聞こえてくる鳥のさえずり。
「ふわ~~~~~~~。気持ちいいですね~~~~~」
そう言いながら、空を見上げた。空は曇っていたけれど、でも、やっぱり気持ちいい。
木々の青、葉っぱが揺れる音。
「ああ。気持ちいいな」
そう言って一臣さんは私に近づくと、私の肩を抱いた。
「きょ、今日は、エッチなことはしないんですよね?」
「してほしいのか?」
「違います。期待したわけじゃ…」
私が慌てて首を振った時、
「あ~~~。気持ちいい~~~!」
という、菊名さんの声が聞こえてきた。
「あ…」
一臣さんと目を思わず合わせて、二人で黙り込んだ。菊名さんも、露天風呂に入ったんだな。
「あいつ、こんな時間に呑気に風呂入ってて、大丈夫なのかよ」
一臣さんはそう呟いた。
「そういえば、今、何時ですか?」
「部屋の時計は、9時近かったぞ」
「え?そんな時間?」
「ああ。多分、7時過ぎくらいに起きて、それから2時間近くお前と甘美な世界に行っていたから」
え?!
もう!なんだって、そういう恥ずかしい表現をするわけ?わざとだよね?
「綱島さ~~ん。お風呂入っています~~~?」
菊名さんの声が聞こえた。そのあと、遠くのほうから「入ってるよ」と言う綱島さんの声も。
「気持ちいいですね!」
「気持ちいいな」
二人でお風呂に入りながら、会話をしているのか。
「あいつら、呑気だな。まだホテル出発しないでもいいのかよ。本当に工場の視察行くのか?まさか、嘘ついて温泉に入りに来たんじゃないだろうな」
いえいえ。人のことは言えません。二日目の視察は午後に一か所。ほとんど温泉目的で、ここに来たんじゃないかっていうのは、一臣さんのほうです。
「一臣様も入っていたりして」
菊名さんのそんなるんるんする声が聞こえてきた。すると、
「一臣様~~~」
と、こっちに向かって呼んでいる声までしてきた。
「やめろって、菊名」
遠くから、綱島さんの焦ったような声も。
「いいじゃない。一臣様~~。お風呂入っていませんか~~~?」
「うるせえやつだな。静かに自然を満喫していたのに、台無しだな」
一臣さんが眉間にしわを寄せ、そう呟いた。
「か・ず・お・み・さま~~~!」
もっと菊名さんは大きな声を出した。
「うるさいぞ!菊名!静かに風呂に入っているんだから、叫ぶな!!!!」
あ、とうとう我慢できなくなったのか、一臣さんがそう叫んでしまった。
「おはようございます!一臣様も入っているんですね!気持ちのいい朝ですね!」
「お前らは早く、工場の視察に行け!」
「まだ、大丈夫です。11時のアポだから!」
菊名さんの声が大きくなった。もしかすると、聞こえやすいようにお風呂から出て、こっちの部屋に近づきながら言っているのかもしれない。
「一臣様もまだ、行かなくていいんですか?」
「うるさい。静かにしろ」
一臣さんはまた、声を大にしてそう言った。
「朝ご飯はもう食べましたか?あとでラウンジでコーヒーでもどうですか?」
「菊名、懲りないやつだな。あいつには、学習能力がないんじゃないのか」
一臣さんは小さな声でぼそっと言うと、はあ、とため息をついた。
そして、
「うるさい。静かにしろ。コーヒーなら部屋で飲む。今、弥生と静かに風呂に入っているんだよ!邪魔するな!!」
と、またとんでもないことを言ってしまった。
う、ひゃ~~~~~~~~~~~~~。私と入っているってばらした!
「上条さんとですか?」
菊名さんがそう聞いてきた。
「そうだ!自然満喫しながら、ゆっくりと入りたいって弥生が言うから入っているんだ。だから、黙れ!静かにしていろ!」
わあ。わあ。わあ。もう、顔から火が出そう。
でも、お風呂でいちゃついているって言われるより、まだ、ましかなあ。
し~~~~~~~~~~~~ん。一気に静かになった。そのあと、ガラガラという、ガラスを開ける音と閉める音が聞こえてきたから、菊名さんは部屋に戻ったのかもしれない。
「ふん。ようやく静かになったな」
「…はい」
もう。あんなこと声張り上げて言わないでよ。
「ふわ~~~~~~~~~~~~。気持ちいいな。もうしばらく、入っていような?弥生」
「…はい」
私は一臣さんの肩にもたれた。
「弥生」
一臣さんが私を優しい目で見た。
「はい」
「お前、寝癖ひどいぞ。あとでちゃんと直せよな」
………。
もうちょっと、ムードあることを言うのかと思ったのに。
確かに、鏡で見たら、すごい寝癖だったけど。でも、それを言ったら一臣さんだって、後頭部、はねまくっている。
でも、いっか。
そんな寝癖すら可愛く見えちゃうんだから。
「私の寝癖、そんなにみっともないですか?」
「ん?」
一臣さんが、一回視線を前に向けたのに、また私のほうを見た。それから、優しい目をすると、
「いいや。可愛いぞ」
とそう言って、チュっと鼻の頭にキスをした。
やっぱり。優しい目で見ている時は、そんなことを思っていてくれている時なんだな。
嬉しい。
ぎゅっと一臣さんの胸に抱き着いた。
「あ、スイッチ入っちまったのか?でも、俺はもう無理だぞ」
「入っていませんから。ただ、ぎゅってしたかっただけです」
そう言うと、一臣さんも肩に回した腕に力を入れ、
「可愛いよな、弥生は」
と言って、私のほっぺにチュっとキスをした。