~その14~ 一臣様の部屋で
ひや~~~~~。ひや~~~~~。声にならない叫び…。
ガチャリ…。
う、今のってドアの開いた音?
ミシ…。
今のは床が軋む音。誰か、この部屋に入ってきてる?
ギャ~~~~~~~!誰か!!!!
私は布団を思い切りかぶり、小さくなって震えた。こっちに来ないで。私に気がつかないで。と思いながら。
「おい」
ひえ?!声かけてきた?って、あれ?
「何してるんだよ。おい…」
この声、一臣様の声?
ガバッ!私は布団を思い切りはぎ、声のする方を見た。
「か、か、か…」
一臣様だ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
ガバ~~~ッ!!!!
「ふ、ふえ~~~~~ん」
一臣様の胸に思い切り抱きつき、声にならない声で泣き出した。っていうのに気がついたのは、我に返ってからだった。
一臣様は抱きつかれて驚きもせず、なぜか私の背中を優しく抱いていてくれた。そして私が泣き止むと、背中をぽんぽんと優しく叩き、
「落ち着いたか?」
とこれまた優しい声で聞いてきた。
一臣様が、いつもの一臣様じゃない…。なんで?!まさか、別人?!
もしや、替え玉。双子。隠されたもうひとつの人格。え?多重人格?
「なんで、布団に丸まって泣いていたんだ」
「……」
そっと顔を上げて一臣様の顔を見てみた。やっぱり、一臣様だ。
「こ、怖くて」
「なんか幽霊でも見たか?」
「みみみ、見てません。って、まさか、出るんですか?!」
「ああ、この部屋の隣はな、あかずの間と言って、昔から思惑つきの部屋なんだ。その部屋から夜な夜な女の人の悲鳴が聞こえてくるとかこないとか、ヒタヒタと夜中、廊下を歩く足音が聞こえてくるとかこないとか…」
「………」
怖くてギューっと一臣様に抱きついた。が、あれ?こないとかって今言った?と気がつき、もう一回一臣様の顔を見てみた。
「ハハハ。本気にしたのか?隣が今、鍵がかかっているのは、部屋を改装しているからだ。改装中で、人が勝手に入ると危ないからな」
「…え?」
「幽霊なんか、この屋敷で見たことないよ。そんなの信じてもいないしな」
「……」
あ、なんか、この口調とか、ちょっと憎らしそうな感じの目つきとか、いつもの一臣様だ。
私は、一臣様から離れて、ベッドの上に座り直した。
「す、すみませんでした。抱きついたりして」
自分の行動を思い返し、思い切り恥ずかしくなって頭を下げ謝った。
「お前の弱点か?確かさっき、虫もダメだって言ってたよな。お化けもダメなのか?」
「はい。ダメです」
「……ふん。お前は怖いもの知らずかと思ったけどな。普通の女の子とは違って…」
う。どういうことだ。それ。って、いつもの憎まれ口を言う一臣様に戻ってる。
「この部屋、広いし、暗いし、寒いし、肖像画怖いし、風の音が不気味だし、それに、やたら静かだし…。ちょっと眠れそうもなくて…」
「広すぎるのか?いっつも、6畳のせまっくるしい部屋にいたんだもんな。そりゃこの部屋は、広すぎるだろうな」
「………はい」
言うこと全部が、イヤミっぽいんだよなあ。でも、これがいつもの一臣様なんだもんなあ。変に優しくて、さっきは逆に驚いちゃったけど。
「あれ?そういえば、あのドアから入ってきたんですよね?」
いきなり思いだし、そう一臣様に聞いた。
「ああ、そうだ」
「そこにも入口があったんですか?」
「…あのドアは、俺の部屋につながっているドアだ」
「え?!と、隣って、一臣様の部屋?!」
「…説明を受けなかったのか?」
「はい」
目を丸くしてびっくりしていると、一臣様が私の腕を引っ張り、そのドアのところまで連れて行かれた。
「この部屋を改装する時、勝手に付けられたドアだ。隣には俺の奥さんになる人が住むっていう仮定でな…」
「え?」
「つまり、奥さんと部屋を行き来できるようにと、ここに扉をつけたんだ。俺は納得していなかったけど、まだ中学の頃に付けられて、反対もできなかった」
「……」
「絶対に開けないつもりで、鍵を掛けてそのままにしておいた。ちょっと鍵が錆び付いていたな。それで、開きづらくなってた」
「え?じゃあなんで、開けたんですか?」
「そりゃ、お前の部屋に行き来が簡単に出来るようにだ」
え?え?え?え?
目を点にして一臣様を見ていると、
「一回廊下に出てからだと、面倒くさいだろうが」
と言われてしまった。
え?どういうこと?ますます、わかんない。
「ほら。こっちに来い。怖くて一人だと眠れないんだろ」
え!?
一臣様は私の腕を引っ張り、一臣様の部屋に私を入れてしまった。
バタン…。ドアを閉めると、一臣様は部屋の中にとっとと入っていって、椅子にどかっと腰掛けた。
「俺はまだ、仕事が残っているから、お前、先に寝てていいぞ」
寝ててって、どこで?
キョロキョロと部屋を見回してみた。私の部屋とはまったく違う作りだ。もっとモダンというか、現代的というか…。(あ、同じことか)
色調は濃いブラウンで一緒なんだけど、照明器具が違うからか、私の部屋よりもずっと明るい。天井を見ると、シャンデリアではなく、まあるい天井にはめ込まれる蛍光灯が明るく灯っていた。
それから、ベッドは多分サイズは一緒でダブルサイズ。でも、天蓋付きのベッドではなく、横にサイドテーブルが置いてあり、そこにお酒の瓶とグラスが置いてあった。
それに、壁に大きな薄型テレビが埋め込まれているし、一臣様の座っているデスクには、大きな画面のパソコンが置いてあり、それを見ながら一臣様は仕事をしている。
それから、シックな作りの棚には、DVDプレイヤーや、音楽プレイヤーが並んで置いてあり、大きなスピーカーも取り付けられてあった。
グルッと反対側を見ると、重々しい感じのサイドボードがあり、その中にもお酒の瓶が幾つか並んでいる。
その横には大きな本棚。そこにも本がズラリと並んでいる。
「風呂には入ったのか?」
呆然としながら立ちすくんでいる私に、一臣様が聞いてきた。
「え?はい。シャワー浴びました」
「シャワーだけ?風呂は?」
「入ってないです。ユニットバスだったので」
「ああ、お前の部屋はユニットバスか。だったら、俺の部屋の風呂に入るか?」
「え?ユニットバスではないんですか?」
「違うぞ。改装した時に、バスルームも変えたんだ。シャワールームとは別にバスタブがあって、ジャグジーになっている。お湯をはってあるから、入ってきたらどうだ。あったまるぞ」
「………」
「弥生?」
背中を向けたまま、そう話をしていた一臣様が、私が黙っていると後ろを向いて私の顔を見た。
「えっと。えっと。あの…」
もしや、もしかして、そのあとは、えっと?まさかと思うけど…。でも、どうやって聞いたらいいんだか…。
「ああ。頭打ったばかりだもんなあ。風呂に入らない方がかえっていいかもな。じゃあ、とっとと寝ろ」
「……」
一臣様はそれだけ言うと、クルッとまた前を向き、パソコンで仕事を始めた。
「はい。おやすみなさい」
私は一臣様の邪魔をしないよう、静かにそう言って静かに移動して、静かにベッドに潜り込んだ。
一臣様のベッドは私のベッドよりは、ふかふか度が弱い。大きめの枕が、並んで置いてあり、シーツからも布団からも、普段一臣様がつけているコロンの匂いがした。
うわ~~~~~~~~~~。気がおかしくなってきそう。なんて、一臣様に言ったらまた、気持ち悪いって言われるだろうから黙っておくけど。
でも、まるで、一臣様に抱かれているみたいな、変な気になってくる。
って、待って。
あれ?先に寝てろって言ったけど、一臣様もこのベッドで一緒に寝るってことだよね?
う、うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!一緒に寝るの?!
「あ、あ、あ、あの、あの、あの?」
「うるさいな。今度は何だ」
「か、一臣様は、どこでお休みになられるんですか?」
「は?そこに決まってるだろう」
「………」
「何を真っ赤になってる。変な気は起こすなよ。寝ている間に俺を襲ってきたりしたら、ただちに部屋に戻すからな」
「え?」
お、襲うって、私が!?
「一人じゃ怖いから寝れないだろうと思って、こっちに連れてきたんだ。添い寝して欲しかったら、黙って大人しく寝ろ!」
「は、はい」
私は一気に布団に潜り込んだ。
添い寝…。
あの一臣様が、添い寝。
私が怖がっているから、添い寝をしてくれるって言ったのかな?もしかして。
どひゃ!
なんだか、一臣様の印象がまたどんどん違ってきた。
もしかして、もしかすると、口は悪いけど、根はすごく優しい…とか?
もしかして、俺様な口のきき方をしているだけで、けっこう周りの人を気遣っている…とか?
亜美ちゃんのことだって、叱っていたけど、私に後で、
「お前の軽はずみな行動のせいで、メイドが怒られることになるんだ」
と、ちゃんと説明してくれた。
それに、亜美ちゃんが謝ったら、すぐに許してた。
そう…っと布団から顔を出して一臣様を見てみた。ここからだと、一臣様の横顔が見える。
メガネかけてる。パソコン用にかけているのかな。でも、すごく似合っていてかっこいい。
じっとパソコンの画面を真剣に見ている姿は、惚れ惚れしちゃうくらいにかっこよくて麗しい。
「うるさい」
「え?」
なな、なんで?まさか、私今、何か独り言でも言っちゃってた?
「視線がうるさい。こっちを見ていないで、さっさと寝ろ」
「あ…」
見ていたの、バレちゃったのか。
私はまた、布団に顔の半分位うもれ、目を閉じた。
ああ、一臣様のコロンの匂いだ~~~~~~~。ドキドキドキ。これはこれで、眠れないかもしれない。
とか思っていたのに、私は知らない間に寝ていたようだ。
ドスン!
胸に重い何かが乗っかってきて目が覚めた。
「重い…。何?」
腕?え?誰の?!誰の?!!!なんで、腕が?!!!まさか、幽霊…!!!と思いながら、目を開けると、そこには見知らぬ天井があって、横からはスースーという寝息が聞こえてきた。
「あ…」
横を見ると、一臣様がこっちを向いて、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。そして、一臣様の腕が私の胸の上にあった。
寝返りをうって、それできっと、私の胸の上に腕を乗っけてきたんだろうなあ。
ドキン。
寝顔、2度目。今日は、Yシャツじゃない。白のシルクっぽいパジャマ着ている。
パジャマで眠るんだ…。
腕、重い。でも、なんだかどけるのも勿体無い。
じ~~っと一臣様の顔を見てみた。整った顔立ちしているなあ。
「はあ…」
なぜか、ため息が出た。一臣様が麗しいからかな。
ああ、大学にいた頃は、遠目からしか見れない遠い存在だったのに、今はこんなにも近い。
なんだか、信じられないなあ。
あの頃、近づいたらいい香りがしてきそうだって思っていたけど、本当にいい香りがする。
大人の男の人がつけるコロンなんだろか。この香りをかいだだけで、胸が思い切りときめいてしまう。
ドキドキ。今、何時かな。もう眠れそうもないな。外明るいのかな。カーテンが閉まっていて、まったくわからない。
一臣様は何時に起きるのかな。
あ!まさか、誰かが起こしに来たりするのかな。そうしたら、私がここで一緒に寝ているのがバレちゃう!それって、大変なんじゃないのかな。だって、まだ婚約発表前だし。
そうっと、一臣様の腕を持ち上げた。重い…。でも、一臣様が寝返りを打ち、私は一臣様のベッドから抜け出すことができた。
一臣様の顔をもう一回見て、胸が思い切りキュンとしてしまい、そうっとおでこにキスをした。
うわ。うわわわ。やってしまった!一臣様に知られたら、思い切り怒られる。
そうっと、足音も立てないようにして、私は自分の部屋に戻った。
そうか。こういう時、一回廊下に出るとなると、誰に出くわすかもわからないし、部屋の中から隣の部屋に行けるのって、便利なんだな。
なんて、変に納得しながら、私は自分の部屋のベッドに寝転がった。
「はあ…」
一臣様のベッドのほうが、全然眠りやすかったし、すごくあったかかった。ああ、そっか。あれって、一臣様のぬくもりか。安心して朝まで眠れちゃったけど、一臣様のぬくもりがあったからかもなあ。
キュワン…。
一臣様の寝顔を思い出し、私はベッドにうつ伏せ、枕に顔をうずめ、足をじたばたして喜んでいた。
今日から、一臣様と一緒に暮らせるんだ。
大きすぎて、寂しいと思っていたこの屋敷も、一気にバラ色に見えてきた。
すぐ隣には一臣様のお部屋。それも、ドア一つですぐに一臣様の部屋に行けちゃう。どこでもドアより、私には最高のドアだ。
ここで、新しい生活が始まるんだなあ…。
ベッドから出て、バルコニーに出てみた。朝もやのかかる中、バラが綺麗に咲き乱れ、バラの香りが漂ってきた。
さあ、どんなことが待ち受けているのか。でも、今のところ、私は元気です、お父様。
「頑張るぞ~~~!お~~~!!!」
バルコニーで元気にそう言って、ガッツポーズを作り、それから私は朝の空気を、胸いっぱいに吸いこんだ。