~その4~ 本当にクール?
屋敷に着き、
「喜多見さん、夕飯早めに頼む」
と車から降りると一臣さんはそれだけを告げ、私の手を引っ張りとっとと自分の部屋に向かった。
亜美ちゃんたちが、
「おかえりなさいませ」
と言っても無視。私まで小走りで走らないとならなくなった。
そして部屋に入るといきなり、熱いキスをしてきた。
腰、砕ける…。
ヘナヘナ…。その場に座り込みそうになった私の腰を抱き、部屋の奥まで行くと、一臣さんは私をソファに座らせた。
ああ、本当に、強引だよね、いつもながら。
女の人には、淡白だったとか、クールだったとか、いまだに信じられない。他の人にもスケベなことしたり、言ったりしていたんじゃないの?本当は。
「一臣さん」
クローゼットで着替えをしてきた一臣さんに、私は唐突に質問したくなって聞いてみた。
「なんだ?」
「本当に一臣さんって今まで、淡白だったんですか?」
「…なんでそんなことを聞いてくるんだ」
「そう思えなくって。実は女好きだったとか」
「なんだと?」
ひょえ。怒った?
「だだだって、いっつもスケベなことをしたり、言ったりしているから」
「お前にか?」
「はい」
「ふ~~~ん。それで、他の女にもそうだったんじゃないかって、疑っているのか」
「……はい」
静かに私は頷いた。するとまた一臣さんは、
「ふ~~~ん」
と言いながら、片眉をあげた。あ、ちょっと今の顔、何かを企んでいる感じだった。
「じゃあ、今日はそうしてみるか」
「え?何がですか?」
「他の女と接していた時みたいにしてやるよ。それでお前も納得できるだろ?」
「え?」
淡白でクールな一臣さんになるの?
それ、ちょっと嫌かも。前にもそっけなくされたけど、すごく寂しくなった。
「そ、それは、あの、ちょっと」
私が慌てると、一臣さんはふんと鼻で笑った。
「なんだかんだ言ったって、お前は嫌がっていないんだろ?俺に迫られるのも、抱かれるのも」
「え?」
「逆に俺が何もしないと、寂しくなるんだろ?ほっておくと、びーびー泣き出すんだろ?」
ギクリ。その通りかも。
「でも、一回経験してみろよ。俺がどれだけ冷たく女と接してきたか」
「嫌です」
「まず、こうやって二人で同じ部屋にいても、一人で酒を飲むことが多い。たとえば、女がベッドにいたとしてもだ」
そう言って、私をソファから立たせて、ベッドに連れて行った。もう、嫌だって言ったのに聞かないんだから。
「ここに座ってろ」
と私をベッドに座らせ、一臣さんは冷蔵庫を開け、水を取り出し、それを持ってソファに座った。
「これが酒だとして。俺は一人でソファでくつろぐ。女が俺を呼んでも、無視して」
無視?
「俺の名前呼んでみろよ」
「一臣さん」
一臣さんはペットボトルを開けて、水をゴクンと飲んだ。まったく私のほうなんて向こうともしないで。
「一臣さん」
「うるさいな。なんだよ」
うわ。怖い口調。
「いいえ」
私は黙り込んだ。今のも演技だよね?時々わからなくなるよ。
「そうだな。ホテルに行ったとしたら、さっさとシャワーを浴びさせて、俺も浴びて、さっさと終わらせて、また俺は一人でとっととシャワー浴びて、とっとと帰っていたな」
「は?」
「シャワー、さっさと浴びて来いよ」
「え?今ですか?」
今の口調も怖い。声は低いし、抑揚がまったくない。顔まで無表情だ。
「まあ、こんな感じで言って、女が浴びに行ったら、その間は新聞見てるか、テレビでも見て、女が出てきたら、何も言わず俺が浴びに行く」
「はあ…」
声の質変わった。顔の表情もガラッと変わった。俳優になれるかもなあ、一臣さんは。
でも、さっきは本当に冷たい口調でびっくりしちゃった。
「で、出てくるだろ?」
「はい」
一臣さんはソファから立ち上がり、ベッドまで来た。
「すでにバスローブとかになっているから、それを脱がせて、ベッドに寝かせて」
そう言って、私の上に覆いかぶさってきた。
「で、こんなキスをして」
そう言って、唇に冷たく唇を重ねた。本当に重ねただけ。すぐに唇を離すと、両腕を掴まれ、一臣さんはほんのちょっと胸に顔をうずめた。
でもすぐに顔をあげ、
「適当にキスして、さっさと終わらせる」
と、そう言いながら私の顔をじっと見た。
「はあ…」
「まあ、時間で言ったら、30分くらいか?」
え?
「いや、そんなに時間かかったこともないかな」
そ、そうなんだ。
「やばい。抱きたくなってきた」
「は!?」
何を唐突に…って、目がなんだか熱を帯びちゃってない?さっきの無表情の目とは、まったく違っちゃってる。
うわ!思い切りキスしてきた。さっきの重ねるだけのキスじゃない。舌まで入れてきた!きゃ~~~!
唇を離すと、一臣さんは私の顔をまたじっと見て、
「夕飯、あとでもいいか?今、抱きたいんだけどな」
と言ってきた。
「え?ダメです。そんな…」
ぐ~~ぎゅるる~~~。
「今の、お前の腹だよな?」
「は、はい」
「腹減ってるんだな?思い切り」
「ごめんなさい」
なんだって、このタイミングで鳴るのかな、私のお腹は。
「しかたない。夕飯のあとにするか」
一臣さんはそう言って、私の上からどいた。
「お前も着替えて来いよ。そろそろ呼びに来るぞ」
「は、はいっ」
私はベッドから起き、一目散に自分の部屋に戻った。でないとまた、一臣さんがその気になられても困る。
それにしても、冷たい一臣さんを実演してくれたけど、確かにキスも「それだけ?」って感じだし、唇のぬくもりすら違って感じた。
そのあとの、濃厚なキスは、溶けちゃうくらい熱かったのに。ああも、違うんだな。
あ、一番初めにキスされた時のことを思い出しちゃった。エレベーターホールで、冷たいキスされたっけ。感情も何もこめられていない、事務的とも思われるようなキス。
ただ、唇を重ねるだけ。ううん。くっつけるだけって言ったほうがいいかな。優しさも何もなかった。
思い返してみると、葛西さんにキスをされていた時の一臣さんって、顔は真顔だし、目は私を見つけて、私のほうを見ていたし、ずっとクールだったよな。
あんな感じで、女の人とすっごくクールにキスをしていたのか。
上野さんにも?他にもしつこく言い寄ってきていた人いたよね。そういう人って、あんなクールでそっけない一臣さんでもよかったのかな。
あ、ユリカさんは、クールな一臣さんがいいって言っていたっけ。
私は嫌だな。一臣さんが言うように、そっけない一臣さんだったら、寂しくてびーびー泣いていそうだ。
クローゼットを開け、ちょっと悩んだ。でも、思い切って履いてみた。ひらひらの膝丈より上のスカート。
上はサマーセーター。そして、ストッキングを脱ぎ、生足になってみた。今日はちょっと蒸し暑いくらいだし、このくらいでも十分だ。
大胆かな。一臣さんを刺激しちゃうかな。でも、家にいる時くらい、こんな恰好してみてもいいよね。
このスカートは初めて履くけど、一臣さん、どんな反応するかな。
ドキドキしながら、一臣さんの部屋に戻った。すると、ソファに座って本を読んでいる一臣さんは、私を見るなり、立ち上がって私のほうにやってきた。
「生足か?」
「はい…」
いきなり、そんな質問をしてくるとは思わなかった。
うわ!それも、太もも撫でられた!
「やっぱり、生足のほうがいいよなあ。撫でがいがある」
なんつうことを言うの?やっぱり、こんなスカートやめたらよかったかな。
「やばいな。襲いたくなってきたぞ」
「ダメです」
「お前、わざとこういう格好して、俺をじらして遊んでいるだろ?」
「そ、そんな趣味の悪いことしません」
「じゃあ、なんだってそんなスカート履いてきたんだよ」
「一臣さんが喜ぶかと思って」
ひょえ?私、なんつうこと言っちゃった?
「俺を喜ばせようとしたのか?」
「……」
ひえ~~~~~。なんて言ったらいいの?
「そうか」
一臣さんは満足げな顔をして、私を抱きしめてきた。
「お前、やっぱりこういう格好も可愛いよな」
「え?」
「スーツもそそられるんだけどな。たまにオフィスにいる時、襲いたくなるけど」
ええ?!うそ!
「こういう可愛い格好も、そそられるよなあ」
ぎゃあ。またスケベ発言。
「でも、一番は着物だよなあ」
「え?」
「裾よけ1枚。あれは鼻血が出そうになったぞ」
もう~~。こういう発言をするから、淡白だったと思えなくなるんじゃないか。
「じゃあ、他の女性が裾よけ履いてたら、やっぱり欲情するんですか?」
思わず、そんな質問を投げかけてみたくなる。あ、でも。欲情するって言われたら困るし、聞かなかったらよかったかな。
一臣さんは私の顔を見ると、
「弥生がいい」
と呟いた。
「は?」
「俺以外の男が、Yシャツのボタン外して、色っぽい鎖骨見えてたら、お前、襲われたくなるのか?」
はあ?
「一臣さん以外の人の鎖骨見ても、きっと色っぽいなんて思いません」
「じゃあ、襲われたくならないのか?他のやつに」
「当たり前です!一臣さんだけです。襲ってもらいたいのなんて」
ん?今、私、なんかとんでもないこと言っちゃった?
「だろ?俺だけには襲われたいんだろ?」
ぎゃあ。私、そんなこと言っちゃってた?
「だから、俺だって、お前だけなんだよ。何度もそう言ってるだろ」
「は、はい」
自分で言ってしまったことに、穴があったら入りたいくらいの心境になって、恥ずかしさでいっぱいになった。襲ってほしいだなんて、とんでもないことを言ったよ、私。
その時、亜美ちゃんが夕飯の準備ができましたと、呼びに来た。私は真っ赤な顔をしたまま、一臣さんに手を引っ張られ、ダイニングに行った。
「ほら、弥生。さっさと食え」
また、そうやって、私をせかす。なんだか、胸がまだドキドキしていて、そんなに早くに食べられないのに。
「一臣様、ご招待状が届いております」
急いで食べだした一臣さんのところに、国分寺さんが封筒を持ってやってきた。
「なんの招待状だ?」
「上条卯月様の披露宴の招待状です」
「卯月氏の?俺にか?」
え?卯月お兄様の?
一臣さんは、いったん、食べるのをやめて封を開けた。
「ああ、俺にも出席してほしいと書いてある」
「今週末のですよね?」
「俺に気を使って、席を設けてくれたんだろうな」
「一臣さん、その日、忙しくないんですか?」
「土曜だろ。暇だぞ。お前もいないし、何をして過ごそうかと思っていたところだ。ペットがいないと暇なんだよな。からかう相手もいないし」
う。そのペットっていうのが私だよね?
「国分寺、出席すると卯月氏に連絡を入れておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
国分寺さんは、招待状をまた手にしてキッチンに戻って行った。
それにしても、国分寺さんって社長の執事だよね。でも、ほとんど、屋敷の中で一臣さんの世話をしている気がするなあ。もう、一臣さんの執事みたいなもんだよね。
「あの…。一臣さんは何を着ていくんですか?」
「お前は?着物か?」
「はい」
「そうか。俺は普通に冠婚葬祭用のスーツだ」
あ、そうか。黒のスーツか。それに白いネクタイだよね。でも、きっと一臣さんのことだから、似合うよね!
わくわく。
「また、お前、着物着るんだな」
にやり。一臣さんが意味ありげに微笑んだ。あ、今の、スケベな顔になってた。絶対にすけべなこと考えたよね。
「あの、変なこと聞いてもいいですか?」
「嫌だ」
だよね。失敗した。変な質問は受け付けないんだよね。
「じゃあ、素朴な質問です」
「…どうせ、くだらない質問だろ?なんだよ」
「男の人ってみんな、スケベなんですか?」
ぶふっ!一臣さんは食べていたものを、のどに詰まらせそうになり、慌てて水を飲んだ。でも、そのあと、むせてしまったようで、ゴホンゴホンと咳き込むと、
「く、くだらない質問をするな」
と、怒りだした。
ああ、くだらない質問だったのか。
「でも、男だけじゃないだろ?」
「え?私もってことですか?」
「ああ」
わあ。変なことを聞いてしまった。私は黙り込み、もくもくとそのあとご飯を食べた。
「まあ、一般男子はみんなすけべだろ?俺は違うと思い込んでいたが、やっぱりすけべだったしな」
一臣さんはそう冷静に言うと、最後の一口を食べ、水を飲み、
「早く食えよ、弥生」
と、また私をせかした。
あ~~~。自分ですけべだって認めちゃってるし、私のことまでスケベだって言い出すし、困った人だ。でもきっと、私は心のどこかで、自分だけが特別だってことを喜んでいるんだよね。