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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第10章 甘いフィアンセ
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~その2~ 秘書課の新人

 幸せすぎるほどの幸せ。こんなに幸せでいいのかな。

 月曜日の朝、一臣さんの腕の中で目覚め、一臣さんの寝顔を見ながらそんなことを思った。

 

 は~~~あ。麗しい寝顔だなあ。


 今日は、月曜日だっけ。幸せな休日だったな。でも、平日も一臣さんと一緒にいられるから、やっぱり幸せだ。えっと、今日から秘書課に新人が来るんだし、そうしたら私は秘書課に駆り出されることもなくなり、もっと一臣さんと一緒にいられるようになるんだな。


 嬉しい!と思いつつ、一臣さんに抱き着いた。

「ん?」

 あ、思い切り抱きしめちゃったから起きちゃった。

「弥生?おはよう」


「おはようございます」

「ふわ~~~あ、今日もよく寝たな。あれ?目覚ましかけ忘れたのか?俺は」

「まだ、7時前です」

「そうか。じゃあ、もうちょっと抱きしめていられるな」


 そう言って一臣さんは私をぎゅうっと抱きしめた。

 きゅわわん。嬉しい。

「今日から、秘書課に新人が来るんですよね?」

 わくわくしながらそう言うと、

「なんで嬉しいんだ?お前は」

と聞かれてしまった。


「だって、もう私が秘書課に駆り出されることもないって思うと」

「まだまだだろ。新人がすぐに仕事を覚えるわけもないし、お前にはまだ秘書課にいてもらわないとな」

 え。え~~?

「そ、そうなんですか?」

 一気に気持ちが下がった。


「なんだ?秘書課でまたいじめられているのか?」

「え?そんなことないです。ただ、一臣さんと一緒にいる時間が減るんだなって思って」

「ああ、そんなことか」

 え?そんなこと?一臣さんにとってはそんなことなの?


「でも、その分、一緒にいられる時間は濃厚にしてやるぞ?会社でもな」

「は?」

「嬉しいだろ。期待していろ」

 いえ。いえいえいえ。濃厚っていったいどんな?絶対に一臣さんのことだから、エッチなことを今考えているよね。顔、にやついたし。


 いつものように一臣さんは、部屋でコーヒーを飲み、私はダイニングで朝ご飯を食べた。私だけの朝は、和食にしてくれる。今朝も、お味噌汁や卵焼き、焼き鮭、そしてお漬物まで用意されていた。

「なんか、感激」

 我が家の朝ご飯を思い出した。祖母が漬けていたきゅうりの漬物、美味しかったよなあ。


 それから、一臣さんと車に乗り込んだ。会社までの道のり、一臣さんは私の手を握ってきたり、指を絡めてみたり、太ももを撫でたり。これも毎朝の日課のようになっていくのかなあ。


「そういえば、樋口。新人の秘書、3人は決まっていたが、もう一人はどうしたんだ?」

「細川女史が大塚さんをまた秘書課に戻してみてはどうですかと、そう言っていました。どうなさいますか?」

「大塚?ああ、そうだな。仕事も覚えているし、新人いびりさえしなかったら、別にいいけどな」


「細川女史がいるから、大丈夫だと思いますよ」

「新人は確か、男性が町田、あと矢部、それから…。なんか鳥の名前だったよな?アヒル?」

「カモです。鴨居さんですよ」

 樋口さんがクールにそう答えた。


「ああ、カモか」

 また、そんなふうに覚えようとしている。

「男性は覚えやすかったな。細身でマッチみたいだったからな」

 町田でマッチ?マッチだって感じ?ダジャレ?


「じゃあ、矢部さんは?」

「やべ~~って覚えたぞ」

 う~~~~ん。深い意味はないんだろうなあ。

「なんか、やばそうだったろ?気が強そうで」

 あ、一応意味はあったのか。


「そうですか?しっかりとしていそうでしたけど」

「俺はああいうタイプは苦手だ。ちょっと葛西に似たタイプだな。神経質そうだしな」

「じゃあ、鴨居さんは…」

「鳥の名前だったくらいにしか、覚えていないんだ。だから、アヒルだったか、カラスだったかもわからなくなってた」


 ああ、本当に適当だよね。一臣さんって。でも、何人もの人に会っているわけだから、名前を覚えるのも大変なのかもなあ。


 車内は今日も平和。時々一臣さんが欠伸をして、私に寄りかかってきたり、ほっぺをつっついて遊んでみたりしていた。

 樋口さんと等々力さんは、バックミラーで私たちを見ないようにしているのか、見てもスルーしていてくれているのか、とっても静かだった。


 オフィスに着いた。一臣さんはすぐに、

「一応、新人に挨拶に行くから樋口と弥生も来い」

と私たちを引き連れ、14階の秘書課に向かった。


 時刻は9時5分前。

 トントンと樋口さんがノックをして、ドアを開けた。樋口さんの顔を見ると、秘書課のみんなは一気に緊張したようだ。


「失礼します。一臣様が新人の方々に挨拶に来られました」

 そう樋口さんが言うと、一臣様は秘書課の部屋にずんずん大股で入っていった。私もその後ろから、ちょこちょこと続き、秘書課の入り口で樋口さんと静かにたたずんだ。


 秘書課の全員が席から立った。新人の3人は特に緊張しているのか、顔がこわばっている。

「町田、矢部、それから…。ああ、鴨居。今までとはまったく違った部署で、まったく違った仕事を一から覚えないとならないわけだから、大変だと思うけどな。早くに覚えて、早くに一人前の秘書になってくれよな。期待しているからな」


 一臣さんがそう言うと、3人は、

「はい」

と、かちこちに固まったままそう答えた。特に元気に答えたのは鴨居さんだった。緊張しているものの、顔が高揚し、嬉しそうにしているのが見てわかった。


 矢部さんは緊張しながらも、落ち着いて見えた。町田さんが一番、顔色が悪く、変な汗も顔にかいているのがわかる。


「わからないことは、細川女史や、前からいる秘書に聞け。それから残り一人だが、庶務課に行った大塚に戻ってきてもらう。仕事も早いし、お前らも戻ってきてもらったら楽だろ?」

 一臣さんはもともといた秘書にそう聞いた。残っている秘書はほとんどが大塚派の人だから、みんな嬉しそうに頷いた。


「上条には、新人が仕事を覚えるまではここにいてもらう。新人の3人、特に女性二人、上条弥生は仕事も早いし、できるし、いろいろと頼りにしていいぞ」

 一臣さんはそう私を指差して言った。


「はい、よろしくお願いします」

 二人は私に向かってお辞儀をした。

「こちらこそ」

 私もお辞儀をした。


 一臣さんに褒められ、頼りにしてもらえて私は嬉しかった。今も、ちょっと飛び跳ねたいくらいだったが、それだけはどうにか抑えた。


「じゃあ、弥生。秘書課に残って仕事を教えたり、細川女史の補佐をしてあげろよな。俺は副社長と回るところがあるから、もう行くぞ」

 え?もう?まさか今日1日別行動?


「一臣さん、お昼は?」

「ああ。多分副社長と食べると思うから、弥生は適当に食べてくれ」

「はい」

 めちゃくちゃ、寂しい。昨日一昨日と、幸せいっぱいだったから、さらに寂しさ倍増だ。


 でも、一臣さんの仕事がもっと忙しくなったら、ますます私と別行動することになるんだよね。まったく会えない日や、お屋敷に戻れない日もあったりするんだろうか。


 ちょっと暗くなりながら席に着いた。すると、大塚さんが元気にやってきて、

「秘書課に舞い戻ってきました。よろしくお願いします」

と私たちに向かって挨拶をした。


「大塚さんは、前いた時の席についてね」

 細川女史がそう言うと、大塚さんは席に着き、他の秘書は各々の仕事をしに移動を始めたり、パソコンを開いて事務仕事に取り掛かった。


「新人3人はしばらく、事務仕事を覚えて。そのうち、町田さんは湯島さんについて、仕事を覚えてもらうわ」

「はい」

 町田さんは背筋をまっすぐに伸ばしたまま、顔をこわばらせて返事をした。


「江古田さんと上条さんに、鴨居さんと矢部さんは仕事を教わって。大塚さんには悪いけど、常務にお客様が来るから、お茶出しをお願いできるかしら」

「はい」

 大塚さんは、すぐに応接室に向かっていった。


 私と江古田さんは、新人二人に事務仕事を教え始めた。矢部さんの覚えは早かった。さすが、臼井課長が推薦していただけのことはある。テキパキとしているし、パソコンにも慣れている。


 鴨居さんはあまり、パソコンが得意でないようだ。でも、明るく「はい、はい」と元気に答え、やる気だけは感じられた。それに、はきはきしているし、礼儀正しい。ずっと運動部にいたんだっけね。体育会系ってこういう人のことをいうんだろうなあ。


「あ。そこは違いますよ、鴨居さん。違う画面出てきちゃいます」

「え?」

「ああ!そこで、エンター押したらダメなんです」

「ええ?!」


「もう押しちゃったんですか?」

 どうやら、さっそく鴨居さんがドジをしてしまったらしい。

「細川さん、これ、どうしたら」

 江古田さんが慌てて、細川女史を呼んだ。細川女史は、町田さんに他の事務仕事を教えている最中だった。


「江古田さん、大丈夫ですよ。すぐに修正できますから」

 私は鴨居さんのパソコンのマウスを動かし、すぐに修正をした。

「ああ!なるほど。そうすればいいんですね。初めて知った。私のほうが長く秘書課にいるのに。さすが、上条さん」


 江古田さんは感心した。

「すみませんでした。私がミスをしたので」

 鴨居さんは元気よく謝った。

「間違って入力しちゃったら、今のやり方で修正できますから大丈夫ですよ」


「え?でも、今の、どうやるかわからなかった」

「そうですよね。いっぺんには覚えられないと思いますから、また慣れてきたら教えます」

 私がそう言うと、鴨居さんはよろしくお願いしますと、また元気よくそう言った。


 う~~ん。本当に元気だよなあ。声がいつも大きくてハキハキしてて、ぺこっとお辞儀をして、なんとも気持ちがいいと言うか、礼儀正しいと言うか。


 午前中、事務仕事を教えるだけで終わり、私、江古田さん、そしてすでに秘書課の部屋に戻って事務仕事をしていた大塚さんの3人で、ランチをしに行った。


 私たちはまた、前のビルに出向いた。今日は和食屋さんに入り、私は和風ハンバーグ定食を頼んだ。とても美味しそうでテンションが上がった。


 定食が運ばれてくる間、大塚さんが私と江古田さんに、

「どうだった?新人さん」

と聞いてきた。


「矢部さんは、臼井課長が押すくらい、優秀な人だったです。覚えも早いし」

「そうですよね。パソコンも得意のようですし、ブラインドタッチで、打つのも早いし正確だし」

 江古田さんも私に続いてそう言った。


「じゃあ、鴨居さんは?」

 大塚さんが興味津々で聞いてきた。まさか、新人いびりをしようなんて考えていないよね。

「鴨居さんは、はきはきしてて、体育会系です」

「本当にそうですよね。気持ちのいい返事をしていて、とっても元気がいい」

 また、私に続いて江古田さんがそう付け加えた。


「なんだ、つまんない。へまばかりしているようなら、いじめがいもあったのに」

 やっぱりな。

「じゃあ、町田さんは?」

「さあ?ずっと細川さんが教えていたからわからないです」


 私がそう言うと、江古田さんが、

「多分、優秀で期待されているんじゃないですか?細川さんがマンツーマンで教えているくらいだから」

と、そう大塚さんに言った。

「へえ。じゃ、みんな優秀なんだ」

 大塚さんはそう言って、水を飲んだ。


 それからお料理が運ばれ、私たちは「美味しいね」と言いながら食べた。

「え?どの人がそうなの?」

「あの、髪がストレートでボブの人よ」

「ええ?あれが一臣様のフィアンセなの?」


「噂じゃ、仮面フィアンセなんだって」

「外でだけ、仲良く見せているってこと?どう見たって一臣様の好みじゃないし、会社のために仲良さそうに見せているわけか」

 まただ。懲りずにあれこれみんな言ってるよなあ。なんだってそんなに、人のうわさ話が好きなんだろう。それも、本人に丸聞こえなのに。


「言いたい人には言わせとけばいいのよ、上条さん」

 大塚さんが私に向かってそう言った。

「そうですね。あんな噂きっと一時ですよ」

 江古田さんもそう言ってくれた。


「はい。もう気にしないようにします」

 私はにっこりと笑って二人にそう答えた。


「本当は仲いいのにねえ」

「ですよね。仲いいですよね」

 大塚さんの言葉に、江古田さんもうんうんと深く頷いた。


 ランチを終え、私たちは会社に戻った。みんなで14階の秘書課に向かい、部屋に入ろうとすると、中から、大塚派の人たちの、

「ちょっと、こんなのも覚えられないの?」

「さっさと終わらせて。次の仕事があるんだから」

と、かなり意地悪な口調の声が聞こえてきた。


「大塚さん、新人をいびるよう仕向けました?」

 私が小声でそう聞くと、

「まさか。一臣様や細川さんに注意されているんだから、しないわよ」

と大塚さんは、口を尖らせてそう答えた。


「多分、勝手にいじめているんじゃないのかなあ。今までもそういうことみんなしてきていたし」

 ああ。本当に、今までの秘書課ってどんなところなんだって感じだよね。それとも、これが女の世界ってものなのかな。


「どうかしたんですか?」

 わざとらしくそう言いながら、私は部屋に入った。すると、鴨居さんの席の周りに3人、大塚派の人たちが腕組みをしながら立っていた。


 秘書課には新人3人と、大塚派の3人だけ。どうやら、町田さんは我関せずといった感じで、黙々とパソコンを打ち、矢部さんはちょっと鴨居さんを気にかけている様子だった。

 でも、いきなり鴨居さんをかばうようなことはできないのか、何か言いたそうにしているだけだ。


「鴨居さんがどうかしたの?」

 大塚さんがそう聞くと、ちょっと誇らしげに、

「大塚さん、鴨居さん、全然仕事ができないんですよ。初歩的なミスもさっきからしているし、こんなじゃ、いつまでたっても仕事覚えないかも」

と一人の人が答えた。


 なんで誇らしげなのかな。よくわかんないけど。

「鴨居さん、何かわからないことありますか?」

 江古田さんがそう聞いた。

「私の教え方が悪かったのかも」

とすまなそうな顔をしながら。


「いいえ。私の覚えが悪いんです。教えてもらったのに、ミスばっかりしてすみませんでした」

 鴨居さんはぺこりと頭を下げた。なんとも、体育会系らしい気持ちのいい謝り方だ。

「頭を下げりゃいいってもんじゃないの。仕事ができなかったら、意味ないんだからね」

 わあ。また嫌味なことを言い出したよ。


「あの!どうぞ、仕事に戻ってください。鴨居さんと矢部さんのことは、一臣さんから任せられているので、私がフォローします。鴨居さん、何をミスしたんですか?」

 私は必死にそう言った。すると、

「そういえば、あなたたち、午後、要請があったんじゃないの?会議の準備や、接客があったわよね。行かなくてもいいの?」

と大塚さんも3人に言ってくれた。


「はい。じゃあ、そろそろ行ってきます」

 3人はどうやら、大塚さんの言うことには従うようだ。しぶしぶ、秘書課を出て行った。


 矢部さんは、どうやらどんどん仕事をこなしている様子。ちらっと見ると、テキパキとエクセルで表を作成している。

 でも、鴨居さんは午前中に頼んだ仕事の半分も終わっていないようだし、ミスも連続していて、まったく進んでいない状態のようだ。


「矢部さん、いつその表完成できますか?」

「はい。あと10分もあれば」

「じゃあ、それが終わったら、データ入力頼んでもいいですか?」

 本来なら私が引き受けたものだが、矢部さんだったら簡単にこなせそうな仕事だし、きっと早くに終わらせてくれるだろう。


「はい。わかりました」

 矢部さんはそう言うと、またすごい速さでパソコンを打ち出した。


「じゃあ、鴨居さん。まず、ミスをした箇所から直していきましょう」

 私は椅子を鴨居さんの机の横に持ってきて、一緒に見直しをしていくことにした。

「はい。ありがとうございます」

 鴨居さんは元気にそう答えた。頬は高揚し、やる気だけはあるようだ。


 もしかすると、鴨居さんは打たれてもめげない性格かな。あ、運動部で鍛えた精神力かもしれないなあ。

 そして矢部さんは、仕事が早く、その場の空気も読める人かもしれない。今日見ていただけでもわかった。まったく余計なことを言わないし、的確な答え方と、的確な判断をして、さっさと仕事をこなしてしまう。


 二人とも、秘書には向いているタイプかな?多少、大塚派の人にいじめられても、大丈夫なのかもしれない。


 なんて、勝手に思いこみ、鴨居さんは元気でへこたれない性格、矢部さんはクールで仕事をてきぱきとこなせてしまう器用な性格と、私は判断していた。


 だけど、そんなに簡単に人ってわからないものだよね。


 鴨居さんは頑張れる人だし、どうにかフォローをして仕事を覚えていってもらおう。いい秘書が育ったら、きっと一臣さんも嬉しいよね。


 私はまだ、余裕でそんなことを思いつつ、鴨居さんに一生懸命仕事を教えていた。

 



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