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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第9章 仮面フィアンセ?!
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~その16~ ユリカさんと一臣さん

 時間がやけに長く感じている。

 ダイニングにある時計の音が、カチカチと時を刻んでいる。その音が、さらに私の気持ちを不安にさせていく。

 一臣さんとユリカさんの会話がとっても気になる。どんな話をしているの?


「ふう」

 目の前に座っている祐さんが、紅茶を飲んでため息をついた。

「田端様、お口にあいますかどうかわかりませんが、どうぞ」

 そう言って日野さんが、クッキーを持ってきた。


 ダイニングの隅では、さっきから亜美ちゃんとトモちゃんが心配そうに私を見ている。その視線に気づいていながらも、私はずっと一点を見つめたまま固まっていた。


「ありがとう。いただきます」

 祐さんはにこやかにそう答え、クッキーを食べた。

「あら、美味しい。弥生ちゃんも食べない?」

「いいえ」

 一言そう返し、私はまた黙り込んだ。


「弥生ちゃんには悪かったって思っているのよ。今、心の中で私のこと責めているでしょ?」

 クッキーを一口だけ食べて、祐さんがそう話しかけてきた。

「いいえ」

 私は少しだけ顔をあげ、そう答えた。でも、今、笑顔を作ったとしても、ひきつってしまいそうで笑えなかった。


「だけど、私はずっとユリカと一臣君を見ていたし…。ユリカはなんだかんだ言ったって、一臣君のこと好きだったし。一臣君だって、アメリカから帰ってきてから変になっちゃっていたし。ずうっとユリカのことは引きずっていたんだと思うのよ」

 違います。一臣さんはユリカさんのことなんて、なんとも思っていません。心の中で言い返した。


「このまま、弥生ちゃんと結婚したって、一臣君には心残りができちゃうような気がしたの。一度会って、はっきりさせたほうがいいと思ったのよ」

 いいえ。一臣さんはアメリカから帰ってきて、もう終わったんだって言っていました。


「弥生ちゃんとの結婚は、ユリカが現れたからって、ダメになるようなものじゃないと思うわ。だって、上条グループとの縁切れたら、緒方財閥困っちゃうわけでしょ?一臣君はそのへんのこと、わかっているようだしね」

 そう言うと、祐さんは残りのクッキーも食べた。それからまた、紅茶を飲むと、ため息をついた。


「ユリカ、離婚して日本に来て、一臣君に会いたかったと思うの。私の美容院に来て、今、一臣どうしてる?って聞いてきたのよ」

 ドキン。なんで?

「私、婚約するみたいよって、正直に言ったの。そうしたら、ユリカ、顔青くさせてた」

 なんで?


「もう昔みたいに戻れないよねって、悲しそうにそう呟くから、ちゃんと会って話をしたらって、つい言っちゃったの」

 なんで!?


「会ったからって、よりを戻せるわけもないし、会わないって言っていたんだけど、ユリカ、日本でカメラマンとしてやっていきたいっていうから、その辺のことも一臣君に相談してみたらって、ちょっと私けしかけちゃった」

「どうしてそんなこと、けしかけたんですか?弥生様の気持ちがようやく一臣様に届いて、よくやく二人は仲良くなったというのに」


 突然そう言いだしたのは、日野さんだった。クッキーを運んできた後、祐さんの後ろで静かにたたずんでいたが、我慢できなくなった様子で話に割り込んできた。


「そうです。なんだって、一臣様にあんな女性連れてきたりしたんですか?」

 遠くにいたはずの亜美ちゃんも、いつの間にか近づいてきていて、そう言ってきた。

「おやめなさい、あなたたち。お客様に失礼ですよ」

 そう言ったのは、今、ダイニングに来た喜多見さんだ。


「はい、すみません」

 日野さんはすぐに謝ると、祐さんにも深く頭を下げ、キッチンに向かっていった。でも、亜美ちゃんは唇を噛み、なかなか頭を下げずにいた。


「申し訳ありませんでした」

 代わりに喜多見さんが頭を下げた。その時、一臣さんがダイニングに入ってきて、

「どうした?」

と喜多見さんに聞いてきた。


 一臣さんだ!どうしよう。なんだか、涙が出そうで顔をあげられない。


「メイドさんに怒られちゃった。どうして、ユリカを連れてきたりしたんだって」

「……」

 一臣さん、無言だ。もしかして、亜美ちゃんたちのこと、怒りだすのかな。


「ユリカは?」

 祐さんが聞いた。

「今、来る」

 一臣さん、言葉が少ない。声も低い。やっぱり、怒ってる?


「ちゃんと話できた?一臣君」

「なんの?」

 うわ。声、絶対に怒ってる。どうしよう。亜美ちゃんと日野さんは私のために言ってくれたのに。

「あの!」

 私は思わず大きな声でそう言って、一臣さんの顔を見た。


 一臣さんは私の顔を見ると、眉間にしわを寄せた。

「日野さんと亜美ちゃんは悪くないんです。私のせいなんです。私がずうっと暗かったから、二人ともすごく心配して、それで、祐さんにあんなことを。だから、二人のこと怒らないで下さ…」


 最後まで言い終わる前に、一臣さんが私のすぐ隣に来て、私の頬を手で撫でた。

 え?なんで?

「あほ。泣いてるなよ。お前が暗くなることなんか、なんにもないんだからな?」

「え?」


「それに、立川のことも日野のことも怒っていないぞ」

「でも…」

 一臣さん、すごく怖い顔をしていたのに、今はすごく優しい顔になってる。


「一臣、弥生さんを紹介してくれない?」

 そこにユリカさんがやってきた。そして、私のすぐそばまで来ると、

「上条グループのお嬢様でしょ?はじめまして」

と挨拶をしてきた。


「…はじめまして」

 それだけ言って、私は視線をそらしてしまった。


「祐さん。弥生が泣いてた。祐さんが泣かせたんだろ?」

「私?私は何も」

「よけいなことをしただろ?」

 一臣さんはそう低い声で言うと、ユリカさんと私の間に立ちふさがった。


「ユリカ。悪いけど、俺はお前のスポンサーにはなれないぞ。モデル時代のコネ使って、別のスポンサーみつけろよ。じゃなかったら、祐さんに頼め」

「ちょっと、一臣君冷たくない?」


「俺が?」

「そうよ。だいたい、あなたが原因でユリカはモデルだってやめなくちゃならなかったのよ」

「そうだよ。でも、俺は自分でできるだけのことはしたつもりだ。それはユリカだってわかっていたはずだ」

「できることっていうのは、お金を出すこと?」

 祐さんが冷たい口調でそう一臣さんを責めた。


「他の方法はなかったの?なんだって、もっとユリカの心に寄り添うようなことはできなかったのよ。若かったから?それとも、何?」

「心に寄り添う?」

「ユリカが一番必要としていたのは、一臣君の愛情じゃないの?ねえ、ユリカ」

 祐さんのほうが怒りだしてしまった。


「祐さん、もうやめて」

 ユリカさんがそう言っても、祐さんはまだ一臣さんを睨んでいる。こんな祐さん初めて見た。

「それは無理だ。だいたい、ない愛情をどうやって注げるって言うんだ」

「一臣君、それ、どういうつもりで言ってるの?!」

 祐さんはとうとう声を荒げた。


「祐さん!わかってるのよ。一臣はね、最初から私に気なんてなかったの。アメリカに来たのだって、私に手術を受けてくれって言ってきたのだって、全部、罪悪感からなのよ」

 ユリカさんは祐さんに向かってそう言うと、一臣さんの腕を掴んだ。そしてまっすぐと一臣さんに顔を向けた。


「一臣が私に何の気もないことがわかっていたから、私、他の人を選んだの。でも、ダメだった。うまくやっていけると思ったけど、気持ちがどんどんすれ違って」

「俺のせいか?ユリカはカメラマンとして、旦那に負けたくなかったんじゃないのか?」

「え?」


「俺にアメリカで言っただろ?モデルとしてトップになるのは諦めた。でも、カメラマンとしてトップに立ちたいって。ユリカはトップになりたいんだろ?どの世界にいたって、一番になりたいんだろ?」

「……」

「アメリカでカメラマンとしてやっていけなくなって、それで日本に来たんじゃないのか?さっきも言ってただろ?旦那には自分の腕を認めてもらえず悔しかったって」


「そうよ。でも、一臣は認めてくれた。モデルじゃなくてもユリカなら、トップに立てるってアメリカにいた時、そう言ってくれたよね?」

「ああ、言った。ユリカならできるって思っているしな」

「だから、一臣なら認めてくれるし、応援してくれるって思ったの」


「……俺には、背負ってるもんがある。アメリカにいた頃は、緒方財閥のことなんかどうでもよかったし、高校の頃だって、そんなもんから逃げるために遊びまくってたんだ。だけど今は違うんだよ」

「何が違うの?私にはやっぱり、一臣が必要なんだってわかったわ」


「違うだろ?俺じゃない。ユリカが欲しいのは、緒方財閥の御曹司の財産や地位や立場だろ?」

「………違うわ。一臣自身よ」

「そうか…」

 一臣さんは黙り込んだ。


 それから私を一臣さんは見た。その視線に気がつき、私も一臣さんを見た。でも、また涙が出そうになって、すぐに視線を外した。


「じゃあ、そうだな。たとえ話でもするか」

「え?」

「ユリカ、それから祐さん。俺はユリカのモデルとしての命を奪った。だから、その償いとして、金じゃなくて今後の俺の一生で償うことにする。上条グループのご令嬢ではなく、ユリカと結婚する。そうなったら、俺はもうきっと緒方商事の社長にはなれないな。親父に勘当され、この屋敷も出て、緒方商事も追い出され、どっかの町工場で一から働くしかないかもしれないな」


 何?そのたとえ。私と結婚するのをやめて、ユリカさんと結婚するの?

 ダメだ。涙がまた溢れてきた。ボタッとテーブルに涙が落ち、私はあわてて目を閉じだ。


「財産もないし、地位もない。家も車も運転手も何もかも俺は失う。仕事をしてもたいした給料ももらえないかもしれない。下手したらカメラマンのユリカに養ってもらうようになるかもな」

「そんなわけないでしょ。いくらなんでも、弥生ちゃんと結婚しなかったとしても、勘当なんて、そんな」

 祐さんが、慌てたようにそう言った。


「甘いな、祐さん。もう一族の前で弥生と婚約することも言ったんだ。一族は安心したよ。これで緒方財閥も安泰だってな。もし、弥生とは婚約破棄して、ユリカと結婚するって言ったって、親父が許したところで、一族が許すわけないだろ?そんなやつが緒方商事のあとを継ぐなんて、絶対に許されるわけがないんだ」

「上条グループは、弥生ちゃんと一臣君が結婚をしなかったからって、提携を結ぶのをやめたりするの?」


「やめないかもしれないが、今後はどうなるかわからないな。弥生と結婚して子供ができて、その子が緒方商事を継いで…。そうしていったら、上条グループとの縁がずっと続くかもしれないけどな」

「……」

 祐さんも黙り込んだ。でも、一臣さんはまだ話を続けた。


「俺が、ユリカと結婚するとしたら、多分、社長になるのは俺じゃなくて龍二だ。龍二が弥生と結婚して、俺は緒方家から追い出される」

 ええ?私が龍二さんと?

「そんな!」

 悲鳴のような声を上げたのは、亜美ちゃんだ。

「龍二様とだなんて、弥生様がかわいそうです」

 

「立川、これはたとえ話だ。黙って聞いていろ」

 一臣さんがばしっとそう言うと、亜美ちゃんは口をつぐんだ。


「怒った一族は俺に何も残さないかもな。仕事だって、緒方財閥関係には就くこともできないだろうしな」

「……」

「で、ユリカに聞きたい。そんな俺についてこれるのか?金も家も車も地位も何にもない俺だぞ」

「え?」


 私は、ほんのちょっと顔を上げ、ユリカさんと一臣さんを交互に見た。ユリカさんは青ざめた顔で一臣さんを見ていた。


「俺の一生をお前に捧げる。そう言ったら、お前、どうする?俺と暮らしていくか?どこか、小さな汚いアパートでも借りて。そうだな。6畳一間で、トイレもない、風呂もないようなアパートだ。風呂は銭湯で、トイレは共同で、お前もカメラマンとして働いていけるかどうかもわからなくなるかもな。それとも、どっかの誰かにうまく取り入って、スポンサーになってもらって、稼いでくれるか?」


「一臣君、それって、あなたがユリカの紐にでもなるみたいじゃないよ」

「そうならないって保証はないだろ?緒方家から追い出されて、それでもユリカをしっかりと養っていくなんて、そんな浮ついたこと言えないし、約束できないしな」


「私は…。そんな暮らしを望んでいるわけじゃないし、あなたに緒方財閥を捨ててって言っているわけでもないわ」

 ユリカさんがようやく口を開いた。

「じゃあ、どうしろって言うんだ。俺の愛人にでもなるのか?いつも一番じゃないと気が済まないユリカが、2番目になるのか?」


「2番?」

「ああ。そうだろ?俺は弥生と結婚する。ユリカが愛人ってことになると、どうしたって、奥さんである弥生が一番で、ユリカが影の存在になるんだ。そんなのお前のプライドが許さないんじゃないのか?」


「私は…」

 ユリカさんは黙り込んだ。私は聞いていて辛くなる一方で、また下を向いた。

 愛人。2番。いくら結婚して私が奥さんで、私が1番になったとしても、他に愛人がいるっていうだけで、辛くて悲しい思いをしそうだ。


 しばらく誰も口を開かなかった。一臣さんもユリカさんの言葉を待ち、何かを言いたそうにしている祐さんも、結局何も言い出せずにいた。


「私は…」

 ユリカさんが口を開いたけど、それだけ言うとまた黙り込んだ。


「緒方財閥を捨てた俺を、ユリカは受け入れられないのか?」

「……」

「っていうことだろ?俺自身じゃなく、ユリカが欲しいのは、緒方財閥の御曹司っていう名だろ?」

「違うわ」


「条件付きの俺だろ?」

「……」

 一臣さんは今、どんな表情をしているの?声はクールだ。ずっとクールに言っているけど、表情は?気になるけど、見れないよ。


「じゃあ、おんなじ質問を弥生にもしようかな」

 え?

「弥生…」

 一臣さんが私の顔を覗き込んだ。


 うわ。泣き顔を見られちゃう。

「弥生、こっちを向けよ。今からたとえ話だけど、同じことを言うからな。ユリカにしたのと同じ質問もするから、ちゃんと聞いていろよな?」

下を向いている私に、一臣さんがそう言った。


 涙が出そうなのをぐっとこらえ、一臣さんの顔を見た。私は椅子に座っていて、一臣さんが立っているから、私は一臣さんの顔を見上げることになった。

 一臣さんは、穏やかな表情をしていた。そしてしっかりと私の目を見つめ、静かに話を始めた。





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