~その13~ 大きな寂しい部屋
ベッドに横になってみたが、ふわふわのベッドに慣れず、ベッドから出て部屋をグルリと見回した。
壁にかかっている絵、誰の肖像画かなあ。綺麗な女の人だけど、ちょっと怖いなあ。
それにしても広い部屋だ。だけど、テレビもないし、何もないからこの部屋だと暇してしょうがないかもしれないよなあ。
普段は、どこに行ったらいいんだろうか。屋敷の中とか、庭とか、探検に出てみようかなあ。
だけど、迷子になりそうだし。
っていうか、見つかったらまた一臣様に叱られるだけか…。
部屋の中を歩いてみた。バスルームのドアを開けると、ユニットバスだった。本当のホテルみたいだ。でも、ユニットバスって、お風呂にお湯をはってもいいのだろうか。そのへんからしてよくわからない。
お風呂ってここだけかなあ。大浴場とかはないのかしらって、それじゃ本当にホテルになっちゃうよ。
「はあ」
一人でボケてツッコミをするほど、暇だなあ。
早く夕飯ですよって、迎えに来てくれないかな。お腹もすいたなあ。お昼、一応病院で食べたけど、量は少ないし味は薄いしで、もうお腹すいちゃったよ。
「あれ?」
ここのドアはなんだろう。ここも、クローゼットかな。
部屋の右側の壁にあるドアを開けようとした。
「ガチ…」
鍵がかかっていて開けることはできなかった。
「なんで鍵、かかっているのかな。いったいなんのドアかな」
クローゼットのドアよりも重厚な感じだ。開けたらいけないドアなのかな。何か変なものでも入っているとか。
それとも、隣に続くドアかな。この部屋の隣ってなんの部屋かな。
「なんか、やだな~~~」
「カア…カア…」
「ひえ?!」
いきなり外からカラスの鳴き声がして、私は飛び上がってしまった。
「外?」
窓の外を見てみた。でも、もう薄暗くて外はよく見えなかった。
「庭、広いし、屋敷も広いし、部屋も広いし…」
ギロリ…。壁にかかっている女性の肖像画がこっちを睨んだ気がして、
「うわ!」
と私は慌てて、ベッドの中に潜り込んだ。
シ~~~ンとする中、またカラスの鳴き声がした。
「怖い…かも」
今まで一人で暮らしていたけど、アパートは狭かったし、隣との壁も薄くって、いろんな生活音が聞こえてきていたし、1階には幼い子供も住んでいたから、泣き声や、お母さんの怒る声、それから遊んでいる様子なんかも聞こえてきてて、部屋で一人でも怖くなかった。
でも、ここは、カラスの声しか聞こえてこないほど静かだ。
静かすぎるほど、静かだ…。
「テレビもないし、パソコンやゲームもないし、音楽プレイヤーもないし、ど、どうしよう…」
気を紛らすものが何一つとしてない。
っていうか、私のアパートにあった冷蔵庫や洗濯機、テレビはどこに行っちゃったの?まさかそれも全部、処分された?
「せめて、テレビだけでも…。この部屋に持ってきて欲しかった」
けっこう、家電は買うの大変だったのに。まだローンも残っていたものもあったのに…。
「弥生様、夕飯の準備が整いました」
ドアの外から、ノックの音と共に、亜美ちゃんの声が聞こえてきた。
「あ、あ、あ、亜美ちゃん~~~~」
私は声にならない声を出して、慌ててベッドから抜け出し、ドアを開けた。
「どうかなさいましたか?どこか具合でも悪かったとか?!」
「ううん。お腹すいただけ」
「まあ。そうなんですか。では、さっそく食堂に行きましょう。こちらです。案内しますね」
「はい」
ドアを閉め、亜美ちゃんの後ろを歩いた。廊下には明かりが灯っているものの、昼間よりも薄暗く、廊下の肖像画もまたこっちを睨んでいるように見えて怖かった。
「亜美ちゃん。この肖像画は、誰の肖像画なんですか?」
「こちらの肖像画はみんな、緒方財閥の歴代の社長や、副社長の肖像画ですよ」
「……そうなんだ。あ、じゃあ、私の部屋にあったのは?」
「あれは、初代社長の奥様です」
「かなり年季の入っているものなんですか?」
「そうですね。初代というと、明治くらいですか。わたくしも勉強不足でわからないんですが」
「……」
ますます怖くなったかも。はずしてくださいとは言えないしなあ。どうしよう、あの絵…。
廊下を歩き、階段に差し掛かった。エントランスにはシャンデリアの明かりだけが灯され、やっぱり昼間よりも薄暗く、ちょっと怖い雰囲気すら漂っている。
階段を降りると、亜美ちゃんは右に曲がり、ちょっと歩いたところにある大きな扉を開けた。
「どうぞ、こちらです」
うわわ。これまた、映画に出てくるような、奥行の長いテーブルと、立派な家具とシャンデリアと…。
奥行の長いこの部屋は、全体的に落ち着いた濃いブラウンで統一され、窓には紺色に刺繍がほどこされた、ビロードのカーテンがかかっていて、思い切り落ち着いているというか、違う言い方をすると重苦しい雰囲気の漂う部屋というかなんというか。
ここが食堂?いや、ダイニング。でも、長細いテーブルには、2箇所だけにしか夕飯の準備がされていない。
あ、そうか。私と一臣様の分か…。ってことは、もし一臣様がお出かけになっていたら、このやたらと大きな長細いテーブルに私だけが座ることになっていたわけ?
「どうぞ」
執事の国分寺さんが椅子を敷いてくれた。
「ありがとうございます」
私はその席に座った。
それからしばらくすると、一臣様がドアを開け入ってきた。
「休めたか?」
そう聞きながら、一臣様はテーブルについた。
「あ…。いえ」
「なんだ。何していたんだ」
「何も…」
「……何も?」
「…あの…」
私は部屋がやたらと静かで怖いことを、一臣様に話そうとしたが、そこに国分寺さんや、日野さん、喜多見さんがとても静かに食器を運んできたり、グラスにワインを注いだりして、話しかけることができなくなった。
「ワイン…」
お酒、私そんなに強くないんだけどなあ。
「酒、飲めないのか?」
一臣様が聞いてきた。
「いえ。飲めます」
でも、弱いですとは言えず、私は黙って静かに座っていた。
「ああ、そうか。お前頭打ったんだもんな。酒は飲まないほうがいいな。日野、このワインは下げてくれ」
一臣様がそう言うと、日野さんはワイングラスを下げ、お水を持ってきてくれた。
良かった。お酒弱いから、酔っちゃうと眠くなったりしちゃうんだよね…。
テーブルには、フォークやナイフが何本か並んでいる。これって、フランス料理なのかなあ。確か、外側から順番に取っていくんだよね。
っていうか、毎晩まさか、コースのお料理が出てきちゃうのかなあ、緒方家って。
「今日のお料理ですが…」
いきなり、食堂の奥から白い帽子をかぶった人が現れた。ああ、コックさん。
「弥生、コック長の喜多見さんだ」
説明が済んだあと、一臣様が紹介してくれた。
「あ、上条弥生です。よろしくお願いします」
私は慌ててお辞儀をすると、
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。コック長の喜多見です。よろしくお願いします」
と、コック長さんも丁寧にお辞儀をした。
この人が、喜多見さんの旦那さんなんだ。寡黙そうな人だなあ。
喜多見コック長は、特に表情を変えることもなく、すっとその場を立ち去り、食堂の奥のドアを開け、消えていった。
それから、順番にお料理が運ばれてきた。スープ、サラダ、メイン料理、デザート…。やっぱり、コースだった。
美味しかったけど、ものすごく緊張して半分も味わえなかった。それに、私、フォークやナイフを使うのには慣れていない。
だけど、一臣様はなんのためらいもなく食べていた。
当たり前か。きっと、毎日こういうお料理を食べているんだ。
デザートのアイスを食べ終わり、
「ごちそうさま」
と一臣様は早々に席を立った。
私も慌ててアイスを口にいれ、一人ぽっちにならないよう、一臣様の後に続いて席を立ち、
「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」
と、その場で丁寧にお辞儀をした。
その声を聞いたのか、なぜかコック長や、他のコックさんもやってきて、
「弥生様。お口に合いましたでしょうか」
と、唐突に聞いてきた。
「え?はい。美味しかったです。御馳走様でした」
「弥生様は、好き嫌いはおありですか?」
「ありません。何でも食べられます」
「そうですか。何か食べたいものなどありましたら、遠慮なく申し付けください」
「……あの、えっと」
私は一臣様に聞こえないように、ものすごく声を潜め、
「いつも、こんな感じの、コース料理なんですか?」
とコック長に聞いた。
「いえ。今日は特別です。弥生様がおいでになるので、コースでご用意させていただきました」
なんだ。毎日じゃないんだ。ちょっとホッとした。
「リクエストはございますか?」
「え?いえ、あの。和食とか、出てきたりしますか?」
「はい。では明日は和食でご用意させていただきます」
「…お、お願いします」
私はほっと胸をなでおろした。和食ならお箸だし、今日ほど緊張しないで済むかも。
それから、入口の方を見てみると、
「いない」
一臣様はすでにそこにはいなかった。
待っててくれるかと、ほんのちょっと期待したのに…。
私は一人で、食堂を出た。それから薄暗いエントランスから階段を上り、右側に上がっていった。
そして怖い肖像画のある廊下を歩き、歩き、歩き…。
「あれ?どのドアだったっけ?」
どこだかわからないまま、突き当りまで来てしまった。
「何個目のドアだったかな…」
くるりと廊下の方を振り返り、確か端じゃなかったと思いつつ、端から開けてみることにした。
「お、お邪魔します」
一番奥の部屋のドアを開けた。
ひえ!薄暗くて何も見えない。でも、微かにこの部屋には、家具に白い布がかかっているようで、私の部屋じゃないことがわかった。
その次の部屋の扉を開けようと、ドアノブに手を伸ばした。
「ガチ…!」
あ、開かない。鍵がかかっている。もしや、中に誰かいた?だとしたら、開けようとして申し訳ないことをしたかな。
「ごめんなさい」
慌てて謝ったが、中からは何も聞こえてこなかった。
それから次のドアを開けようとしたが、その前にノックをしてみた。
「あの、失礼します」
中から返事もないし、私は思い切ってドアを開けた。
「……あ、なんか、見覚えあるかも」
そこは私の部屋だったようだ。
「えっと、突き当りから3番目のドアだったよね…」
ほっとして私は部屋に入った。部屋の電気は帰ってきた時に怖いから、つけっぱなしで出て行った。でも、正解だ。消していたら、自分の部屋かどうかもわからないところだった。
「は~~~。シャワー浴びようかな」
めっきり疲れてしまい、着替えを持って私はバスルームに入った。
「お湯ためて、ゆっくりと入りたかったなあ」
そんなことをぼそっと言いつつ、シャワーを浴びた。シャワーだけじゃ、寒そうだが仕方がない。
「クシュン!」
やっぱり、シャワーを浴び、バスルームを出たところでくしゃみが出た。
「この部屋、っていうかお屋敷全体が、なんだか肌寒いし。広いからかな…。アパートは6畳ひと間とキッチンだけで、ご飯作ってるだけで部屋全体があったまっていたしなあ」
なんだか、あの狭いアパートが懐かしい。大家さんにも、お隣さんにも何も挨拶できなかった。いきなりいなくなっちゃって、変に思っていないかなあ。
「は~~~」
ダメだ。暗い。もう寝ちゃおうか。
ベッドに入った。フカフカで、体が沈み込む。寝返りを打つだけで、フワンと体が一回沈む。
「ね、寝れそうにない…」
硬い布団が恋しくなった。
そういえば、私の布団は…。枕は?捨てられたのかなあ。
ザワザワザワ…。
いきなり、窓の外から木々のざわめく音が聞こえてきた。それから、窓がガタガタっと音を鳴らした。
「こ、……怖い…」
どうしよう。寝れない。絶対に眠れそうにない。
亜美ちゃんたちの部屋に行きたい。いいな。寮…。きっともっと明るくて、狭くて、人が住んでいるっていうのがありありと感じられて、安心するんだろうな。
私、これからずっとこの部屋で生活するんだ。
なんだか、急に寂しくなってきた。それも、思い切り…。
ガチャガチャ…。
え?
ドックン!!!!何、今の音。
私はこわごわ、布団をかぶりながら顔を上げた。
ガチャ…。
あの、開かなかったドアだ。そこから鍵を開けようとしている音がしている。
「なんで?なな、なんで?」
ドクンドクン。誰が開けようとしているの?
変な人が現れたらどうしよう!!!!
たとえば、肖像画に描かれている誰かとか!
それとか、鎧を着た人とか!
それとか、黒いマントを着たドラキュラとか!!!!
って、どうしても洋館のお屋敷だから、西欧風のお化けが浮かんでくる!!!
きゃ~~~~~~~~~~。誰か~~~~~~~~~~~。
亜美ちゃん、喜多見さん、日野さん、他、もろもろ。とにかく、誰か助けて~~~!!!!
心の中でそう叫びながらも、まったく動けず、私は布団の中に丸まっていた。