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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第9章 仮面フィアンセ?!
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~その15~ 突然の訪問客

「弥生、そういえば、ジーンズも欲しいんじゃなかったか?」

 私を見つめながら、ほほ杖をついた一臣さんが聞いてきた。風が吹くと一臣さんの前髪が揺れた。そんな一臣さんを私はずっとうっとりとしながら見ていた。

「え?」

「だから、ジーンズ、買わないでもいいのか?」


「いえ。それはまた今度で」

「そうか。じゃあ、またデートに来ような?」

「はい」

 嬉しい!


「お前って、なんでそんなに全部顔に出るんだよ」

「え?」

「今、半端ないくらい嬉しそうな顔をしたぞ。俺とのデートがそんなに嬉しいのか?」

「はい」

 顔が熱くなるのを感じながら頷くと、一臣さんがはははと声をあげて笑った。


「可愛いよなあ、お前って」

 うわ。また言われた。


「じゃあ、そろそろ帰るか?夕飯は屋敷で食べるんだろ?」

「はい」

「リクエストあれば、今、電話でコック長に言っておくぞ」

「じゃあ、飲茶!」


「ははは。お前ってわかりやすいよなあ。今、目がきらきらしたぞ」

 また一臣さんは笑って、携帯をポケットから取り出した。そして、コック長に電話をし、

「今夜は弥生が飲茶にしてくれっていうから、頼んだぞ」

と一言言い、さっさと電話を切ってしまった。


「じゃあ、帰るとするか」

 そう言うと一臣さんは、今度は等々力さんに連絡を入れた。それから私をひきつれ、ビルの正面玄関にむかって歩き出した。すると、後ろから、

「弥生?」

と声をかけられた。


 この声?私はあわてて振り返った。あ、やっぱり!

「卯月お兄様」

「やっぱり弥生だ。あ、一臣氏とデート?」

 卯月お兄様の隣には、フィアンセの雅子さんがいた。


「卯月お兄様もデート?」

「雅子と新居に置く家具や雑貨を見に来たんだよ」

「こんにちは、弥生さん」

「こんにちは。もうすぐですね、結婚式」


 雅子さんは嬉しそうに頬を染めた。兄もその隣で嬉しそうだ。

「ああ、そうだった。雅子は一臣氏に会うのは初めてだよね?紹介する。弥生の婚約者の緒方一臣氏だ」

「はじめまして、わたくし、鵠沼雅子と申します」

 

 雅子さんがそう言うと、一臣さんは丁寧にお辞儀をして、

「緒方一臣です」

と一言だけそう言った。


「結婚式は来週ですね」

 一臣さんは兄のほうを向き、また穏やかにそう言うと、兄は微笑みながら、

「いろいろと準備が忙しくてね。一臣君は弥生との結婚はいつだったっけ?」

と聞き返した。


「12月です」

「そうか。じゃあまだ、そんなに準備もしないでもいいのかな。あ、そうか。あのお屋敷に弥生も住むわけだし、新居の準備はしないでもいいのか」

「はい」


 一臣さん、本当に口数少ないなあ。如月お兄様と会話をする時なんて、ちょっと睨みを利かしながら挑戦的な態度なのに、卯月お兄様とだと変わるんだ。


「結婚したら、弥生は一臣君と一緒の部屋に住むことになるのかな?それとも…」

「別ですよ。弥生には弥生の部屋があります。僕の隣の部屋なんですが」

「え?じゃあ、寝室も別なんですか?」

 雅子さんが、控えめにそう一臣さんに聞いた。


「…はい」

 あれれ?もう一緒の部屋で寝ているのに、言わないんだ。

「そうなのか。なんだかそれは寂しいね、弥生」

 うわあ。卯月お兄様にそう言われても、なんて答えていいのやら。


「弥生の部屋にも、ベッドもあるし、風呂もあるんですが、弥生は大きな部屋で一人で寝るのが怖いらしく、屋敷に住むようになってから、ずっと僕の部屋で寝ていますけどね」

 うわ!やっぱり、ばらした!


「え?」

 ほら。卯月お兄様が目を丸くした。

「それは、その、あの」

 私はあたふたしながら、言い訳を考えた。でも、出てこない。


「弥生は怖がりですね」

 一臣さんはまた、言葉少なにそう言うと私を見た。私を見られても、何をどう言ったらいいのか。

「弥生が怖がり?でも、ずっと一人暮らしもしていたのに」

 卯月お兄様が不思議がって私に聞いてきた。


「お屋敷は本当に広くて静かなんです。あんまり静かだから、ちょっと怖くって」

「そうか。でも、一臣君と一緒なら安心なんだね?弥生」

「はい」

 うわ。なんだか、恥ずかしいな、こういう話って。


「これから雅子と食事もしていくんだ。弥生と一臣君も一緒にどうかな」

「せっかくの誘いを断って申し訳ないが、屋敷で夕飯を用意してくれているので帰ります。今日は弥生が飲茶をリクエストしたんで」

 一臣さんは、丁寧にそう言って断った。


「そうか。残念だが、お屋敷の料理を弥生は気に入っているのかな?」

「はい。とっても美味しいんです」

「そうか…」

「卯月お兄様と雅子さんも、ぜひ今度お屋敷に来てください」


「如月兄さんが泊りに行ったんだってね?」

「はい」

「じゃあ、いつか僕たちもお邪魔させてもらおうか。ね?雅子」

「ええ。じゃあ、弥生さん、またね?」


「はい。結婚式で!」

 私が元気にそう答えると、雅子さんは優しく微笑み、卯月お兄様と幸せそうに寄り添いながら歩いて行った。


「へ~~~~」

 私がそんな二人の後姿を見ていると、隣で一臣さんが感心しているような声を上げた。

「どうしたんですか?」

「卯月氏の婚約者は、随分としおらしいお嬢様なんだと思って感心して見ていたんだ」

「私とは大違いだって思いながらですか?」


「ああ。なんでわかったんだ?」

 もう~~。どうせ、そんなことだろうと思ったよ。

「あれは演技か?それとも、地か?」

「え?」


「雅子さんはいつもあんなに、おしとやかでしおらしいのか?」

「地です。それにとっても優しいんです」

「へ~~~~~!」

 なんなんだ。その「へ~」は。


 一臣さんは私の背中に腕を回し、エントランスに向かって歩き出した。

「俺には無理だな」

「何がですか?」

「ああいうおしとやかなお嬢様は」


「だから、何が無理なんですか?」

「苦手なんだよ。どう話していいかもわからないし、扱い方がよくわからん」

「苦手?と言いつつ、気になっていたりするんですか?」


 そう聞くと、一臣さんは私の顔を覗き込んだ。

「はい?」

「お前、まさか俺があの雅子さんを気に入ったと思ったのか?」

「い、いいえ。でも、なんか気にしている感じだから」


「ほんのちょっとお前と比べていただけだ。たとえば、お前があんなおしとやかな女性だったら、どうしていただろうって」

「え?」

「う~~~~ん」


 悩みだしたぞ。たまにこうやって、一臣さんって唸るよね。

「ダメだ。一緒に食事したり、こうやって買い物したり、エッチしているところも想像してみようとしたが、無理だな」

 なんだって、そんなことまで想像しようとしているんだ。


「楽しくなさそうだな。やっぱり、お前といるほうが楽しそうだ」

「え?」

「お前だから飽きないし、お前だから俺はこんなに毎日が楽しいんだろうな」

 うきゃ~~~。それ、ものすごく嬉しい!


「わ、わ、わ、私もですっ」

「あはは。だから、声がでかいって。それに、目を潤ませるなよ」

 一臣さんは嬉しそうに笑って、それから私の顔をまた覗き込んだ。

「そういうところが可愛いし、気に入ってる。やっぱり、俺にはお前なんだよな」

「私もです」


「お前も俺だけか?」

「はい」

「そうか」

 一臣さんは満足げな顔をして、腰に回した腕に力を入れ、歩き出した。

 

 ビルを出ると、等々力さんの車はすでに止まっていた。

「待たせたな」

「いいえ」

 等々力さんはにこやかな顔をして、後部座席のドアを開け、私と一臣さんが乗り込むと、静かにドアを閉めた。


 運転席に乗り込むと、すぐに車を発進させ、

「デートはいかがでしたか?弥生様」

と私に等々力さんが聞いてきた。


「楽しかったです!」

 そう喜びながら答えると、

「そうですか」

と等々力さんは優しい声で答え、次に一臣さんに同じ質問をした。


「ん?」

 一臣さんはすぐには答えず、ちょっと間をあけてから、

「そんなこと聞いてくるな。今の弥生の反応で察しただろ?」

とそうちょっと照れながら答えた。


「楽しかったんですね」

 等々力さんがそうバックミラー越しに、一臣さんを見ながら言った。一臣さんは、バックミラーを見ず、

「今までのはなんだったんだろうな」

と唐突にそんなことを言い出した。


「は?」

「今までのはきっと、デートって言わないんだろうな。単なる付き合いか…、いや、なんだろうな」

「今までのというと、今までの女性とのお付き合いのことですか?」

 等々力さんがはっきりと、そう一臣さんに聞いてきた。


「ああ、そうだ。お前だって車を出すこともあったんだから、知っているだろ?その頃の俺は、こんなじゃなかっただろ?」

「そうですね。まったく違いましたね」

 え?まったく違った?


「楽しそうには見えなかっただろ?」

「そうですね。正直に申し上げて、楽しそうには見えませんでしたね」

「だよな」

 一臣さんはそう呟くと、私の指に指を絡ませた。


「弥生、楽しみだな」

「え?」

「温泉だよ。もうすぐだろ?」

「あ、そうだった!」


「きっとうまいものも食えるぞ」

 もう。私をやっぱりただの食いしん坊だと思ってるよね。

「それに、露天風呂もあるし」

「はい」


「……うん。楽しみだな」

 そう言った一臣さんは俯きながら、思い切りにやついた。何を楽しみにしているのかは、なんとなく察しがついた。スケベな一臣さんのことだからなあ。


 そのあとも一臣さんは、ご機嫌だった。楽しそうに等々力さんに話しかけたり、私にも可愛い笑顔を向けてくれたり、時々私の太ももを撫でたりしていた。


 ドキン。太もも、撫でられると胸が疼く。

 ああ、私ったら、欲求不満なんじゃないの?まさか。


 そうしてお屋敷に着いた。ニコニコ顔のまま一臣さんは車から降り、すぐに私の腰に腕を回し、べったりとくっついたまま、屋敷に入った。

 国分寺さんと喜多見さんがすぐに玄関に現れ、そのあとに亜美ちゃんとトモちゃんも元気に走ってやってきた。


「おかえりなさいませ!」

 亜美ちゃんはニコニコしながら、

「デート、楽しかったですか?」

と私に聞いてきた。私は思い切り、「はい」と頷いた。


「よかったですね」

「どちらに行っていたんですか?」

 トモちゃんが目を輝かせながら私に聞いてきた。私は半分宙に浮くような気持ちになりながら、

「えっと、まずはティファニーで」

と説明をしようとした。


 でも、一臣さんに喜多見さんがまじめな顔をして、

「お客様が応接間にお見えですよ、おぼっちゃま」

と言っているのが聞こえてきて、浮いていた足がようやく地に着いたように感じた。

「客?誰だ?」


「田端様と、竹橋様です」

「竹橋?」

 一臣さんは首をひねり、

「田端は祐さんだよな」

と呟くと、私の腰に手を回したまま、応接間に歩き出した。


 私も連れて行くの?祐さんがなんで、お屋敷まで来たのかな。それに、竹橋さんって誰なのかな。一臣さんも知らない人?

 

「おぼっちゃまと弥生様のお茶もお持ちしましょうか?」

 応接間に入る前に、喜多見さんが聞いてきた。

「そうだな。頼む」

「はい」


 喜多見さんはそのまま、ダイニングに向かった。応接間のドアは国分寺さんが開けてくれて、

「お待たせしました」

と中にいる人に深くお辞儀をした。


 一臣さんは私をひきつれ、応接間の中に入った。すると、ソファに座っていた祐さんが立ち上がり、その隣に座っていた女性も立ち上がった。


 竹橋さんって女の人だったんだ。それも、すっごく綺麗な。今まで会った誰よりも美人で、背も高くスレンダーだ。そして見事な黒髪だ。


 もしかして、この人がユリカさん?

「ユリカ?」

 隣で一臣さんがぼそっと言った。

 ああ、やっぱり!


「一臣、久しぶりね」

 ユリカさんはそう言って、懐かしそうに一臣さんを見た。一臣さんはなぜか、私の腰に回していた腕を離して、すたすたとユリカさんの前まで黙ったまま、歩き出した。


 私は?どうしたらいいの?それに、ユリカさんがやってきちゃったよ。どうしよう。

 一臣さんの顔を見た。目を細め、ユリカさんを見ている。ユリカさんは、とっても懐かしそうに、嬉しそうに一臣さんを見ている。そして、祐さんは二人を交互に見た後、私のほうに目を向けた。


「ユリカ。一臣君と二人で話がしたいでしょ?私、弥生ちゃんと席を外しているわ」

 祐さんはそう言うと、私のところにきて、

「外、出ていましょう」

と小声でささやき、私の腕を引っ張った。


 一臣さん!私は一臣さんを振り返って見た。一臣さんは私のほうを見ることもなく、ずっとユリカさんを見ている。

 なんで?私、ここにいたらダメなの?二人きりで話がしたいの?


 どうして、ユリカさん、一臣さんに会いに来たりしたの?

 一気に不安が押し寄せた。でも、祐さんに引っ張られ、私は応接間から出ていくしかなかった。


 バタン。応接間のドアを祐さんが閉めると、

「私たちはダイニングにでも行って、お茶しましょうか?」

と私に言い、また私の腕を掴み、どんどんと歩き出した。


「あら。弥生様?」

 そこに喜多見さんがお茶を二つお盆に乗せ、やってきた。

「あ、弥生ちゃんと私はダイニングでお茶をするから。そっちに運んでくれる?」

「はい…」

 喜多見さんは怪訝そうな顔をして、一回相槌を打ったが、

「弥生様、よろしいんですか?」

と私に聞いてきた。


「よろしいもなにも、今、ユリカと一臣君が二人きりで話をしているの。そこに邪魔しちゃ悪いじゃない?ね?弥生ちゃん」

「……」

 なんで?祐さん。なんで二人の邪魔したら悪いの?私がお邪魔虫なの?


 そんな思いがどっと沸いてきた。でも、何も言えなかった。喜多見さんも何も言わず、そのまま応接間の中に入って行った。


 祐さん、どういうつもりなのかな。それに、ユリカさんもなんの用事があったのかな。それに、一臣さんも、私のことなんか、忘れているかのようにユリカさんだけを見ていた。どうして?


 一気に不安はうずまき、さっきまでの幸せな気持ちはどこかに消えて行った。


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