~その12~ デートの準備
翌朝、また一臣さんは走りに行った。私はその間に顔を洗い、着替えをしてダイニングに行き、朝食を食べることにした。
「おはようございます」
亜美ちゃん、日野さんが朝食を用意し始めてくれた。
「あ、今朝は和食ですか?」
「はい。和食を用意させていただきました」
わあい。嬉しいな。日本人の朝ご飯!って感じの朝食が、テーブルの上に並んだ。
「いただきます」
私は元気に朝ご飯を食べ、お茶をすすり、
「ごちそうさまでした」
と、元気に手を合わせてそう言った。
コック長がキッチンから顔を出したので、
「あ!和食の朝ご飯、ありがとうございました。美味しかったです!」
と元気にそう言うと、
「お気に召していただいたんですね、よかったです」
と、コック長は静かに微笑んだ。
「今日は一臣様とお出かけなんですよね?お昼は外で済まされるとか…」
そうコック長が話を続けると、なぜか、後ろから亜美ちゃんとトモちゃんが、
「デートなんですか?素敵~!」
とうっとりとした声をあげた。
「え。はい。デートというか、お買い物に行ってきます」
「まあ!何をお召しになるんですか?わたくし、デートの準備手伝いましょうか?」
亜美ちゃんがそう申し出てくれた。でも、
「デートってやっぱり、ちゃんとかしこまった格好をしていかないと駄目なんでしょうか」
と、私はまったくデートの経験もないから、逆に聞いてしまった。
「それは…。どうでしょう。行く場所にもよると思いますが」
そう教えてくれたのは日野さんだ。
「行く場所?買い物なんですけど。あ、お昼はレストランを予約したようでした」
「そうですか。では、一臣様に直接聞かれてみますか?場違いな恰好をしていたら、怒りそうですもんねえ」
え。そうなの?怒られちゃう?
「そうですよね。わたくしが勝手にデートの準備を手伝って、一臣様が怒ったりしたら大変ですね」
亜美ちゃんが顔を引きつらせてそう言うので、私までちょっと緊張してしまった。
わくわくの楽しいデートだ。昨日の夜からずっと私はわくわくしている。それなのに、しょっぱなから怒られたくはないし。
部屋に戻り、一臣さんの部屋につながるドアをノックした。
「入っていいぞ」
一臣さんの声が聞こえて、私は部屋に入った。
「朝飯食って来たか?」
「はい。一臣さん、コーヒーは?」
「これから飲む」
シャワーを浴びたばかりなのか、一臣さんはバスローブ姿。ちょっと胸がはだけていて、それを見ているだけでもドキッとしてしまう。
「あの、相談があるんです」
「ん?なんのだ?」
「今日着ていく服…」
「お前がか?」
「はい。デートしたことないので、わからなくって」
素直にそう言った。すると一臣さんはくすっと笑い、
「どうしたい?おしゃれして行きたいか?」
と優しく聞いてきた。
あれ?緊張が一瞬にして溶けた。一臣さんの笑顔も声も、いつにもまして優しい。
「えっと。レストランはどういうレストランなんでしょうか」
「そんなにかしこまったところでもないぞ。お前、スペイン料理は好きか?」
「スペイン?っていうと?」
「パエリアがうまい店だ」
「パエリア?!」
「あはは。目、輝いたな。パエリア好きか?」
「はい!でも、一回兄に連れて行ってもらったお店で食べただけなんです。その時すごく美味しくて感動して」
「そうか。じゃあ、楽しみにしていろ。今日行く店のパエリアは絶品だ」
きゃ~~。嬉しい!
「本当にお前は花より団子だな」
「…ご、ごめんなさい」
「いや。連れて行き甲斐があるってもんだ。せっかくうまい店に連れて行ったのに、ほとんど食べないで残すようなやつもいたが、そういうやつは2度と一緒に食事をしたいと思わないからな」
「……じゃあ、上野さんはよく食べたんですか?」
「上野?」
「美味しいお店に連れて行ってあげたんですよね?」
「ああ。そうだな。あいつは喜んでいたな。でも、お前ほど食わなかったけどな」
そ、そうなんだ。私ってそんなに食べるんだ。
「なんだよ。今さら上野の名前なんか出して。まだ、気になっているのか?」
「いいえ…」
「ほら、お前が着て行く服選んでやるから、お前の部屋に行くぞ」
そう言って一臣さんは私の手を引き、私の部屋に行った。
クローゼットを開けると、一臣さんは腕を組み、
「そうだな。会社には着ていけそうもないような服がいいな」
と言って、可愛いデザインのワンピースを手にした。7分袖で、短めの丈。ばっちり膝は見えちゃうだろう。ううん、太ももも見えちゃうかもしれない。
上から下までストンとしたデザイン。切り替えは胸のあたりで、ウエストのくびれがないのもわからないようなシルエットのものだ。紺地に白のドット柄。背中にリボンもついていて可愛いデザインだけど、紺地だから落ち着いて見える。
「着てみろよ」
そう言われ、私は一臣さんをクローゼットから追い出そうとした。でも、
「なんだよ、いいだろ?俺がここにいたって」
と言われてしまった。
「嫌です。下着姿なんて恥ずかしいし、出て行ってください」
「下着姿が見たいのに」
「いいから、出て行ってください!」
ぐいぐい押してどうにか追い出した。本当にあのスケベなところは、一生治らないんじゃないかと思ってしまうくらいスケベだよなあ。
それから、急いでそのワンピースに着替えた。でないと途中でまた、一臣さんが侵入してくるかもしれないし。
クローゼットは広いから十分着替えもできる。でも、鏡がない。こんな可愛らしい服が似合うのかどうか疑問に思い、恥ずかしがりながら私はクローゼットのドアを開けた。
ドアの真ん前で一臣さんは、仁王立ちで待っていた。
うわ。まさか、追いだしたこと怒ってる?
恐々一臣さんの顏を見てみた。すると一臣さんは、満足げな顔をして私を見ていた。
「うん。可愛いぞ」
「え?本当ですか?似合ってますか?」
「ああ。似合ってる。俺が選んだ服だ。似合わないわけがないだろう」
「……」
そうか。この服も一臣さんが選んだんだ。
「ほら、鏡で見てみろよ」
そう言われ、私は部屋にある姿見で自分の姿を映してみた。
「本当だ。ちょっとお嬢様っぽく見える」
「ははは。そうだな。そういうワンピースを着ると、大人しいお嬢様にも見えないでもないな」
笑われた。今の褒め言葉なのかなあ。
「靴は白のパンプス。カバンは…やっぱり白かな。夏っぽいバッグだけど、もう夏って言っていいような陽気だし、これでいいんじゃないか」
「はい」
わあ。カバンも靴も可愛い。
「それから…」
一臣さんはクローゼットにまた入って行くと、タンスの一番上の小さめの引き出しを開けた。そこにはアクセサリー類がはいっているが、今までほとんどつけたことがなかった。
どうもアクセサリーは私には似合わないような気がして、手に取ってみることすらなかったのだ。
「お前には、こういう繊細なネックレスのほうが合うと思うんだ。あまり目立たないような可愛いやつ」
一臣さんはそう言うと、細いチェーンのネックレスを手にして、私につけてくれた。
ドキン。ネックレスをつける時、首に手が触れた。それだけでドキッてしちゃった。
「こっち向いてみろ」
「はい」
「ああ。やっぱりな。似合ってるぞ」
私はそう言われ、鏡を見に行った。
「可愛いネックレス…」
小さめのダイヤがちりばめられた、ハートの形をしたペンダント。繊細で本当に可愛いペンダントだ。
「揃いのイヤリングもあったはずだ」
そう言ってまた一臣さんはクローゼットに入りに行き、イヤリングを持ってきた。
それも一臣さんがつけてくれた。
わあ!髪をかきあげられただけでも、ドキドキする!
「な?似合うだろ?」
私は鏡を見た。こんな私でも可愛いアクセサリー似合うんだ。びっくり!
「なんで一臣さんは、私に似合う服やアクセサリーがわかるんですか?」
「さあ?」
さあ?!自分でもわかっていないってこと?
「今までも、女性にこういうもの買ってあげたりしたんですか?」
「ああ」
あるんだ。また「ない」と言うのかと思って軽く聞いてしまった。ちょっとショックだ。
「たいていが、相手の方からねだられた。こういうのを買ってだの、店まで連れて行かれ、これが欲しいだの言って来る」
「それで買ってあげていたんですか?」
「高いのは買わないぞ。そこまで思い入れがある女性なんかと付き合ったこともないしな」
でも、買ってあげてたってことだよね。だいたい、高いの基準すら私にはわからない。何千円の単位じゃないよね。やっぱり一万は超えるんだろうなあ。いやいや、何万もするものを買ってあげていたりして。
このネックレスだって、いくらぐらいしたんだろう。ダイヤモンドは本物だよね。まさか、一臣さんがイミテーションなんて買うとは思えないし。
もしやこれ、すごいブランドのネックレスだったりして。そういうのに疎いからまったくわからないけど。
「ただ、これはこいつに絶対に似合わないだろうっていうものは、買ってやらない。俺が選んだものを買う。どこかで俺に買ってもらったと自慢でもして、一臣様ってなんてセンスないんだと思われたくはないからな」
「じゃあ、その女性に似合っているものを選んであげていたんですか?」
「ああ」
そうなんだ。私にだけじゃないんだ。
「そういうことをしていたから、目が肥えたのかもなあ。お前に似合いそうなのもピンと来て買い揃えておいたんだ」
そうか。だから、一臣さん、女性のものなのでもセンスあるんだ。
「夏の服も俺が選んでやるぞ。なんなら、下着も買うか?俺はあれがいいと思うんだ」
「あれ?」
まさか、またとんでもないパンティのことを言いだすんじゃないよね。
「ガーターベルト」
「……ガーターベルトってなんですか?」
「知らないのか?」
「はい」
「そうか。知らないのか。…まあ、いっか」
え?また「まあ、いっか」で済まされちゃった。
「あ。でも下着は一緒に買ったりしませんから。一臣さん、女性の下着売り場なんて恥ずかしいでしょ?!」
「いや、別に」
え?っていうことはまさか、今までも女性と一緒に買いに行ってた…とか?!
「行ったことはないが、なんで恥ずかしいんだ?」
え?!
なんか、一臣さんの神経って計り知れない。恥ずかしいこととかもしやないのかな。
「まあ、いいけどな。そのうち青山にでも揃えてもらうか」
「その、ガーターベルトですか?」
「ああ」
「ど、どんなものか知りませんけど、私にはいりません」
「なんでだよ」
だって、一臣さんのことだから、かなりエッチな下着なんだよね。絶対に私には似合いそうもないもん。色っぽくないし。
「ふん。まあ、いいか」
そう言って一臣さんは私を抱き寄せた。そして、すす~~っと私の太ももを撫でてきた。
「ひゃあ」
なんだって、こういうことをいきなりしてくるんだ。
「ストッキングは履くなよな。生足でいいからな?今日は」
「え?!なんでですか!?」
「生足、撫でていたいからだ。他に理由なんかあるわけがないだろ」
「………」
やっぱり、スケベだ!
「でも、ストッキング履かないとパンプス履けません」
「じゃあ、サンダルでも履け。白のサンダルがあるだろ?」
「駄目です!」
「なんでサンダルじゃ駄目なんだ」
「違います。撫でるのが駄目ですって言ったんです。あ!」
ぎゃあ!スカートの中に手、入れてきた!!
「駄目!」
「だよな…。まだ駄目なんだもんな、お前」
「そうです!」
「だから、せめて太ももだけでも触らせろよな?」
どういう理由よ~~~!こっちだって、疼いちゃって大変なのに。
「弥生、こっち向け。まだ口紅は塗ってないんだろ?」
くいっと顎を持ち上げられ、キスを一臣さんはしてきた。そして私の髪を片手で撫でる。もう片方の手は、相変わらず私の太ももを撫でている。
わ~~~~~~~~~!大人のキス!駄目だ。足がガクガクだ。思わず私も一臣さんに抱きついた。
ふわふわ。もう体が宙を浮いている。
ほわわん。唇を離されても、私はなかなか一臣さんに抱きついた手を離せないでいた。
「なんだ?もう一回キスしてほしいのか?」
「違います。離したら、へなへなと座り込みそうで」
「また腰抜かしたか…」
「……」
私は何も答えず、さらにぎゅっと一臣さんに抱きついた。バスローブがはだけているから、直接一臣さんの胸に顔を当ててしまった。
一臣さんのコロン…。一臣さんのぬくもり…。夢心地だ~~。
「弥生、いつまでも抱きついていると、押し倒すぞ。いいのか?」
「駄目です」
私は慌てて一臣さんから離れた。
「俺も着替えてくるから」
そう言って一臣さんは私をその場に残し、自分の部屋に戻って行った。
私はへなへなとそこに座り込むことはなかったものの、ベッドまで行って、座り込んだ。
はあ。なんだって一臣さんのキスはあんなに気持ちいいんだろう。まだ、胸がドキドキしてて、気持ちはほわほわしている。
一臣さんとこれからデートだ。
生足で行くか、ストッキングを意地でも履いて行くかを一瞬迷った。だけど、やっぱり、一臣さんのリクエストに応えて生足で行こう。でないとへそ曲げそうだし。
それに…。
ああ、ほんと言うと私、一臣さんに太もも撫でられるの嫌じゃないんだ。やっぱり、私もスケベなんだよね…。
ほわほわした気持ちのまま私はベッドに座っていた。一臣さんが呼びに来るまで。