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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第9章 仮面フィアンセ?!
123/195

~その9~ 「俺にはもったいない」

 私は一臣さんにノートパソコンを持参していいかを聞き、会議室まで持って行った。

 

 会議室に入ると、すでに日吉さん、菊名さん、綱島さんがいた。そして後ろから、わらわらと他のメンバーも慌ててやってきた。

「全員これで揃ったな?」

「はい」


 一臣さんは、すぐに椅子に座った。私もその横に座り、日吉さんがお茶を淹れて配ってくれた。

「ああ、サンキュ」

 一臣さんって、こういう時、ちゃんとお礼を言う人だったっけ?それとも、変わったのかな。


「さてと…。午後も俺はいろいろと仕事がつまってて、悪いんだがさっさとミーティングを済ませるぞ。まず、報告からだ」

 一臣さんがそう言うと、みんな顔をこわばらせながら、各自の視察に行った先の報告をした。前とは違い、かなり具体的だった。


 一臣さんもこの前と違って、いろんな質問をしてみたり、時々自分の意見も言ってみたりしていた。

 そのうち、こわばっていたみんなの表情が変わってきて、目が輝きだし、特に一臣さんがやたらと興味を示し、

「ああ、その案、いけるんじゃないか」

なんて、肯定すると、言われたメンバーは明らかに嬉しそうな顔をした。


 だけど、

「おい。俺に認めてもらう仕事をするわけじゃなく、あくまでも、工場や子会社のためにどうしたらいいかっていうことを考えて仕事をしろよな」

と、一臣さんは指摘していた。


 そしてみんなの報告が終わると、

「綱島、どう思った?」

とリーダーに聞いた。綱島さんは、率直な感想と、今後どう動いていったらいいかを的確に答えた。


「そうか。じゃあ、菊名にも聞いてみようかな。どう思った?何か意見でもあるか?」

 え?菊名さん?

 菊名さんは自分にふってもらえたからか、嬉しそうに顔を高揚させ、てきぱきと答えた。


「なるほどな…。でもそれって、なんか抜けてると思わないか?」

「え?抜けてる?」

「ああ。綱島も菊名も抜けてる部分がある」

「どこがですか?」


 菊名さんは、身を乗り出して一臣さんに聞いた。

「じゃあ、弥生。お前はどう感じた?素直に思ったまま、言っていいぞ」

 え?私にも聞くの?


「えっと。いいんですか?素直に思ったこと言ってしまって」

「ああ。どんどん言っていいぞ。お前だってメンバーの一員なんだからな」

「はい。わかりました。みなさんの報告を聞きながら、予算を考えてみたり、どれだけの利益があがれば、黒字経営になるのか、そんなことを考えてみました」


 私は、パソコンをプロジェクターにつなぎ、エクセルで作った表などをみんなに見せた。

「はじめに反町たんまちさんが報告してくれたものですが、ここまでのことをしないと、黒字には持ってこれません。ちょっと利益が出たっていうくらいじゃ、この工場は建て直すことができません。それから、次、菊名さんの行った子会社ですが」


 そんな感じで、みんなの視察に行った先が、どれだけの売り上げが出たらいいかを計算したり、表にしてみたものを、スクリーンに映し出した。


「それで弥生。どの辺のコストが抑えられそうか?」

「そうですね。機械をそろえるのは、緒方財閥の企業からそろえられたら、抑えられるかと…」

「すごいですね。何だってこんなに早く、こんな計算ができるんですか?」

 綱島さんが私に聞いてきた。


「弥生は経理を1年していたし、大学も経済学部だしな…」

「はい…」

 みんなは、黙ってスクリーンに映った表を見ている。

「ぼけっとしていないで、何かにこれを書き写せ。どこから動いたらいいか、具体的にもっと見えてくるんじゃないか?なあ?菊名」


「………はい」

「これでも、弥生は役立たずか?菊名」

「い、いいえ。この前はすみませんでした」

 一臣さん、今、思い切り意地悪な顔をしたなあ。この前の菊名さんの言葉、相当根に持っているかも。私よりももしかしたら、頭に来ていたのかもしれないなあ。


「来週は、俺と弥生は遠出する。そろそろみんなも、遠くの工場や子会社にも視察に行ってくれ。どこに行くかは悪いが、綱島がみんなと決めてくれ。あ、俺と弥生はこことここに行ってくるからな」

 一臣さんはそう言って、紙に行く場所を記して綱島さんに渡すと、

「12時だな。午後から出かけないとならないから、俺と弥生はもう失礼するぞ」

と席を立ち、私を連れて会議室を出た。


「弥生、弁当食うぞ」

「はい」

「どこで食う?部屋でいいか」

「はい」

「ん?元気ないのか?」


 一臣さんは私の背中に腕を回し、私を引き寄せてそう聞いてきた。

「いいえ。大丈夫です。ただ、いろいろと一気に計算したりして脳みそが疲れただけで」

「ははは。お前ってやっぱりすごいよな。横でいったい何をパソコンでしているのかと思ったぞ」


「見ていたんですか?」

「ああ。いつ言い出すかと思っていたんだけどな。いっこうにお前、なんにも意見を言わないし」

「すみません。どこで言い出したらいいかもわからなくて」

「いいさ。ああやって、いつも俺がふってやるから」


 なんだか、やっぱり私は一臣さんに甘えている気がするなあ。


 エレベーターホールにはやっぱり、お昼だからか何人もの人がいた。でも、私と一臣さんの周りはスペースが空いていた。

 エレベーターに乗っても、私と一臣さんの周りには隙間が空く。それに、しんと静まり返っている。


 ほとんどの人が6階で降りた。カフェに行くんだろうな。降りるとやっぱり、

「一臣さんのフィアンセ初めて見た」

「でも、仮面フィアンセっていう噂だよ。今もべったりくっついて、仲よさそうに見せてたけどさ」

という声が、降りて行った社員から聞こえてきた。


 14階に着いた。エレベーターはもう誰も乗っていなかった。それから、一臣さんはカードキーを差し、15階にエレベーターは上って行った。

「仮面フィアンセか」

 ぽつりと一臣さんはそう呟いた。顔を見るとなんだか沈んだ顔をしている。


 でも、腕はしっかりと私の腰に回したまま。って、なんかお尻に手が下がってきていない?それも、お尻をスカートの上から撫でていない?


「あの?手、なんでお尻に…」

「なんでって、撫でたいからだ。他に理由があると思うか?」

 何それ!もう、なんだってこうもスケベなんだろう。


「抱きたいなあ。まだ、生理中だよな?お前」

「はい、まだです」

 もう~~~~。なんか、しおらしくなっているかと思ったら、エッチなだけじゃないよ。もしや、そんなことを考えてて顔が沈んでいたの?


 エレベーターを降りてからも、一臣さんは私を抱えるようにしてオフィスに入り、

「樋口、今日は愛妻弁当があるから、弥生と部屋で食うぞ。お前も適当にどこかで昼飯食えよな」

と一言そう言って、さっさと私を引きつれ部屋に入ってしまった。


 ああ。樋口さん、ちょっと口元揺るんでた。愛妻弁当だなんて一臣さんが言ったからかなあ。


「弥生、しっぶ~~いお茶淹れてくれ」

「はい」

 一臣さんは上着を脱ぎ、どかっとソファに座った。そして、ネクタイも緩め、

「腹減った」

と言って、じっと私がお茶を淹れるのと、お弁当を広げるのを待っていた。


 なんだか、餌を待っている犬みたいで可愛いかも。

「はい、お茶です。お弁当今、冷蔵庫から出しますね」

「ああ」

 お弁当を出してきて、テーブルに広げ、一臣さんと一緒に食べだした。


「うまい。お前って料理上手だよな」

「嬉しいです、そう言ってもらえると!」

「お前ってさあ、仕事もできるし、なんでもできるよな」

「そ、そうですか?」

 なんだか照れる。


「……なあ」

「はい?」

「大学での勉強も、料理ができるようになったのも、他にもいろんなことを覚えたのも、俺のためなのか?」

「はいっ。一臣さんのお役に立てたらと思って、頑張りました」


「すげえな。お前ってさ」

「そうですか?」

 何がすごいんだろう。わかんないけど。

「………」


 一臣さんが、卵焼きを食べながら私をじっと見ている。

「えっと。卵焼き、変な味だったとかですか?」

「いや、うまいぞ」

「良かった」


「俺にはもったいないくらいだよなあって、つくづく思っていたんだ」

「は?」

「俺のためにそこまで頑張ってくれたって言っていたけど、それだけの価値が俺にはあるのかなって、ふと思ったんだ」


「あります!大ありです!!!一臣さんだから頑張れたんです」

「それは、お前が勝手に作り出した妄想の中の一臣だろ?ありのままの俺のことは知らなかっただろ?」

「それはそうですけど。でも、今も私には一臣さんは最高の人です」


「そ、そうか?」

「はいっ!」

「ぷ…。そんなに思い切り頷くなよ。本当に可愛いやつだな、お前って」


 まさか、俺にはもったいないだなんて言われるとは思ってもみなかった。みょうちくりんのへんてこりんで、こんなやつ好きになるなんて、変態だけだって言われていたのに。


「トミーや、久世のやつとはもう、お前を会わせたくないな」

「え?」

「特に久世。お前の作った弁当も食べたんだろ?」

「はい」

 なんで知っているのかな。あ、誰かが一臣さんに報告したのか。


「お前の料理がうまいことも知っているわけだし…。お前の素の顔も知っているし、お前の健気なところとか、そういうのも知っているしな」

「……」

 どうしたのかな、いきなり。


「だから、絶対に会わせたくない。あいつ、アメリカ行くんだよな?」

「はい。留学するって言っていました」

「ほっとした。お前の周りをうろうろされたくはないからな」

 嫉妬なの?でも、私、久世君のことはいい人だとは思うけど、それ以上は何も思っていないのにな。


「もし、弥生がどうしてもジョージ・クゼのデザインしたドレスがいいって言うなら、作ってもらうぞ。だけど、久世だけには会うなよな?」

「私、そんなにジョージ・クゼにこだわっていません。他にわからなかったから言っただけで」


「そうか。でも、正直言うと、久世の母親がやってるブティックでもらったっていう服、お前に似合っていたぞ」

「え?そうですか?」

「悔しいけどな。久世からのプレゼントだと思うと悔しくて、全部樋口に捨てさせちゃったけどな」

「久世君からのプレゼントって言うわけじゃ…」


「久世からだよ。久世がお金出したんだろ」

「え?そ、そうなんですか?私、いろんなものもらっちゃいましたけど」

「それだけ、お前のことを気に入っていたんだろ」

「こんなへんてこりんな私をですか?私、だって、変な化粧もしていたし」


「素は可愛いって見抜いたか…。髪を切ったり、化粧を変えたら、お前が可愛くなったから、惚れちまったか…。久世に聞かないとわからないけど、あいつ、かなり本気だったみたいだしな」

「本気?」

「お前がぶっ倒れた時、俺に言ったんだ。俺とお前が結婚しても、幸せになんてなれない。俺が幸せにする…みたいなことをさ」


「……」

「あの時、頭に来た。こいつには渡さないって、どっかで思った」

「え?」

「あの頃から俺は、久世に嫉妬していたんだ。弥生に惚れていたんだよな…」


 ドキドキ。なんだか、こういう打ち明け話、一臣さんってよくしてくれるけど、聞くたび心臓がドキドキしちゃう。嬉しいけど、恥ずかしいみたいな。変な感覚になる。


「ジョージ・クゼは大人のエレガントな服をデザインしていただろ?確か、ウエディングドレスもデザインしていたはずだけど、大人っぽいドレスだったと思うぞ」

「大人っぽいのは私、似合わないかも」


「そうだろうな。だけど、ジョリ・クゼっていう新しいブランドも立ち上げたし、それは可愛いイメージの服だろ?お前にも似合っていた。ああいうのもデザインできるんだから、お前に似合う可愛いドレスもデザインしてくれるんじゃないのか?世界でも活躍しているデザイナーだし、腕は一流だろうからな」

「そんな人が、私のドレス、作ってくれるんですか?」


「お前、緒方財閥、なめてるのか?」

「え?」

「緒方財閥の御曹司の嫁だぞ?断るわけがないだろう。話題にもなるだろうしな」

「ごめんなさい。そうですよね」


 そうだった。「私」じゃなくて、「緒方財閥の御曹司の嫁」であり「上条グループのご令嬢」だったんだ。みんなが見ているのは、私ではなくて、肩書なんだ。


「可愛いだろうな」

「え?」

「純白のドレスを着たお前。でも、白無垢も似合いそうだな。お前、着物似合うし。どっちも着ろよ?」

「はい」


 ドキドキ。結婚式の話も、ドキドキしてしまう。

「明日は、指輪、見に行くからな」

「はひっ」

「はひ?緊張しているのか?」


「はい。ごめんなさい。全部が全部、他人事のようです。一臣さんと結婚式を挙げるだなんて」

「なんだよ、それは。お前は俺のフィアンセだろ?もうその自覚はあるんだろ?」

「ありません。それに、みんなに仮面フィアンセって言われているし」

 自分で言ってて、ちょっと落ち込んできたかも。


「あ~~~。思い出した。あれはどうやったら、くつがえせるんだろうな」

 面倒くさがりだから、ま、いっかってまた一臣さん、言うかな。

「う~~~~~ん」

 あ、唸りだした。


「何かいい案、樋口にも考えさせるか」

 人任せ?

「仲いいところを見せるつけるのも、どうやら逆効果だったみたいだしな」

 一臣さんはそう言うと、お茶をすすり、

「苦いな。目が覚めたぞ」

とにっこりと微笑んだ。


 ま、いっかって言わないんだ。面倒くさくなっていないのかな、もしかして。

「あの…。面倒じゃないんですか?噂をくつがえさせるの」

「まさか。お前とのことは、面倒だなんて思ったことはないぞ」

 キュキュン!


 嬉しい。

「ああ、だからさ。目を潤ませて俺を見るなよ。可愛いから襲いたくなるんだって…。本当にお前はすぐに、感激して目をうるうるさせるんだな」

「ごめんなさい」


「可愛いからいいけどな」

 そう言うと、一臣さんはくすっと笑って、お弁当を「うまい」と言いながらたいらげてくれた。


 私にはだんだんと、噂なんてどうでもよくなってきてしまった。

 だけど、多分、私たちの問題だけじゃなくて、緒方商事にかかわってくることなんだよね。ううん、緒方財閥にだって。


 兄も、父も、私と一臣さんが本当に仲がいいのを知っているから、変な噂が流れても、真に受けたりしないだろうけど、他の上条グループの人も、緒方財閥の人も、それに、ライバル社の人たちはどう受け取るかわからないんだ。


 そう思うと不安な気持ちがやってくる。でも、一臣さんと一緒にいると、安心していられる。

 きっと、大丈夫だって。


 渋いお茶を飲んだ一臣さんは、上着を着ると、ネクタイもきゅきゅっと締め直し、

「じゃあ、行ってくるからな。お前はまた秘書課で事務の手伝いしていろよな」

と言って私にキスをすると、部屋を出て行き、樋口さんと一緒に颯爽とオフィスも出て行ってしまった。


 また、数時間、離れるんだな。ちょっと寂しい。

 でも、一臣さんとまた会えることを待ちわびながら、今日も秘書課で仕事をしてこよう。

 私も、歯を磨き、化粧を直して気持ちを入れ替え、14階に下りて行った。


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