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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第9章 仮面フィアンセ?!
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~その7~ ブザーと鐘

 一臣さんと帰る準備を済ませ、部屋を出た。受付にはまだ樋口さんがいて、何やらパソコンで仕事をしていた。

「あ、もう帰りますか。今、すぐに終わらせます」

「ゆっくりでいいぞ。それから車は正面玄関に回すよう等々力に言ってくれ」

 一臣さんは樋口さんにそう言って、私の腰に手を回すと一臣さんのオフィスを出た。


「正面玄関って?」

 なんでかな。役員専用出口からは出ないのかな。

「今、ちょうどみんなが帰る時間だろ。弥生と仲がいいところを見せつけないとな」

「それが目的で、わざわざ正面玄関に出るようにしたんですか?」


「もちろんだ」

「でも…」

 私は大塚さんが言っていたことを思い出した。


 エレベーターが来たので、それに乗り込むと、

「でも、なんだ?」

と一臣さんが聞いてきた。


「大塚さんが言っていたんです。フィアンセを嫌がっていたのに、あんなに仲よさそうなところを見せて、出来過ぎだって、そんなことを言っている人がいるって」

「出来過ぎ?どういうことだ?」

「…仲のいい演技でもしているんじゃないかって」


「仲のいい演技?俺と弥生がか?」

「はい…」

「なるほどな。まあ、確かに、俺がフィアンセであるお前を嫌がっていたことを、知っているやつも多いだろうしなあ…。誕生日パーティに来ていた連中だって、そう思っているだろうし、そんな噂が流れてもしょうがないかもな」


「じゃあ、どうしたらいいんでしょうか。仲良くしても演技だって思われたら…」

「う~~ん」

 一臣さんは唸りだした。


 すると、エレベーターが10階で止まり、ドアが開いた。中に一臣さんがいて、それも私の背中に腕なんか回していたからか、エレベーターを待っていた人は、乗るのをかなり躊躇しているようだ。

「乗るのか?乗らないのか?」


 私が開けるボタンを押していると、一臣さんがその社員にぶっきらぼうに聞いた。まだ、20代だろうか、新しそうなスーツを着た男性社員だ。

「あ、の、乗ります」

 あれ?乗らないかと思ったのに、乗るんだなあ。


 ドアが閉まると、その人はエレベーターの隅に行き、息まで潜め、すっかり気配を消そうとしているようだった。


 8階でまたエレベーターが止まった。待っていたのは若いOLと、男の人。

「あ…」

と、2人が同時に一臣さんを見て驚いていたが、黙って乗って来た。


 やっぱり、一臣さんってみんなに顔を知られているし、怖がられているのかな。


 先に乗っていた人は、また社員が乗って来てくれたからか、ほっと安心の溜息をついたのがわかった。

 そのあとも、何人かの社員が乗ってきたが、一臣さんを見て、みんな一瞬固まっていた。


 し~~んと静まり返っているエレベーターがようやく一階に着くと、一臣さんと私を先に降ろしてくれて、私たちが降りるとみんな、一臣さんに会釈をしてから、足早に逃げるようにエントランスに向かって歩いて行った。


 でも、

「びびった~~。一臣氏が乗っているとは…」

「一緒にいたのって、婚約者の人でしょ?」

「ああ、噂のね」

というこそこそ話す声が、しっかりと聞こえてきてしまっていた。


 受付嬢も一臣さんが受付の前に来ると、すくっと立ち上がり、綺麗なお辞儀をし、

「お疲れ様でした」

と挨拶をした。

「ああ」

 一臣さんは一言だけ言うと、私の背中に回した腕に力を入れ、正面玄関に向かった。


 その時も、受付嬢の、

「あの人、フィアンセなんでしょ?」

「上条グループの令嬢だって。見えないわよね」

というひそひそ話す声がしっかりと聞こえて来ていた。


 みんな、聞えていないとでも思っているのかな。けっこう聞こえてきているもんだよね。

「弥生」

「え?」

「樋口がまだ来ていないから、ロビーで待っているか」


「え?ロビーでですか?」

「ああ。それか、前のカフェでお茶でもするか?」

 一臣さんとカフェでお茶?なんか、イメージつかない。

「カフェでお茶なんて、デートみたいですね」


「それだけでも、お前、嬉しいのか?」

「はい」

「そうか。じゃあ、行くか」

 一臣さんはそう言うと、私の背中に手を回したまま歩き出した。そしてビルを出て、道路を渡り、前のビルのカフェに二人で入った。


 カフェでコーヒーを頼み、一臣さんは私の分のコーヒーも持って、席に着いた。

 なんだか、すっごく新鮮だ。カフェでコーヒーを飲む一臣さんなんて。


「ああ、樋口か?まだ15階か?」

 一臣さんは席に着くと、携帯を取り出して樋口さんに電話した。

「いいぞ、慌てなくて。今、弥生と前のビルのカフェにいるから。ああ…。一階に着いたら、電話してくれ」

 そう言って一臣さんは、電話を切った。


「おい。砂糖そんなに入れるのか」

「え?はい。一つだけじゃ足りなくて」

「まったく。そんなだから太るんだぞ。早めに運動始めないと、結婚式までにぶくぶく太ったら、ドレス着れなくなるぞ」


 グッサリ。

「わかってます。ちゃんとダイエットします。運動もします」

 あ~あ。せっかくのデート気分が、ちょっとテンション下がった。一臣さんはやっぱりどこでも、嫌味や意地悪を言うんだなあ…。


 そんな会話をしているのを、しっかりと周りの人に聞かれていたらしい。一臣さんとカフェに入った瞬間は、カフェがざわついたが、そのあとはみんな、耳をダンボにでもしているようで、し~んとなっている。

 多分、緒方商事の社員もたくさんここにいるんだろうな。


「まあ、式のドレスはお前に合せて作るんだろうから、大丈夫って言えば大丈夫なんだけどな」

「あ、そうなんですか?既成のドレスじゃなくて?」

「オーダーメイドだ。誰がいい?お前の好きなデザイナーに作らせるぞ」


 え、そうなの?ちょっとテンションあがってきた。

「知っているデザイナーって言ったら…。あ、ジョージ・クゼくらいかな」

「それは却下だ」

「え?」 

 いきなり却下って…。


「久世の父親だろ?久世とつながりを持つのは嫌だからな」

「……」

 ああ、またテンション下がった。


 一臣さんは、むすっとした顔をしてコーヒーを飲んだ。それからも、口はへの字のまま、怒ったのか黙り込んでしまった。

 やばいことを言っちゃったのかな。久世君の名前を出したわけじゃないけど、お父さんの方でも駄目だったのか。


 一臣さんのテンションまで、下がっちゃったかな。どうしよう。話題を変えて、盛り上げる?でも、どんな話題がいいのやら。


「そろそろ樋口が降りてくる頃だな。その前にトイレに行っておくから、お前、ここで待ってろ」

「あ、はい」

 一臣さんは、まだへそを曲げていたのか、ぶっきらぼうな言い方をしてお店を出て行った。

 あ、お店にはトイレがないのか。そうか。ビルのトイレまで行かないとならないんだな。


 そんなことを思いつつ、ぼけ~~っとしていると、私のすぐ横に女の人が立ち、上から私を見降ろしていることに気が付いた。

「?」

 知っている人かもと思い、顔を見るとまったく知らない人だ。


「ねえ、あなたが一臣様のフィアンセでしょ?」

「え?はい」

 誰?またもや、めちゃくちゃ綺麗な人が現れちゃった。長い黒髪、スレンダーな体つき。もろ、一臣さんのタイプかも。目鼻立ちがくっきりしている、ちょっと日本人離れしている顔立ち。


「仲良さそうに見せてても、やっぱりわかっちゃうものよね。一臣様があなたのこと、嫌っているって」

「え?」

「今の見ててまるわかり。一臣様、途中からすごく嫌そうな表情していたじゃない」


 あ、へそ曲げちゃった顔のことかな。クゼって名前を出したからなんだろうけど。

「あなたと婚約なんか、一臣様はしたくなかったって知ってる?あなたと結婚しても、私と付き合っていこうかなって、そう言っていたのよ」

 その女の人は、髪をかきあげながら私の顔に顔を近づけ、周りの人には聞こえないくらいの小声でそう言った。


「いったん、手は切ったように見せて、そのあと、また私のもとにきっと戻ってくるわ」

 何が言いたいんだ、この人は。

「あなたなんか、一臣様が相手にするわけないものね。まあ、せいぜい、結婚式までは一臣様に仲いい演技でもしてもらって、いい気になっているのね。それも、式までよ」


 だから、何が言いたいんだ、この人は。

「跡継ぎを産むために、一臣様に抱かれるかもしれないけど、抱かれたからっていい気にならないほうがいいわよ。子供作るだけの為なんだから」

 ム…。なんか、だんだんむかついてきちゃった。これって、私をいじめているのかな。それとも、何?


「おい」

 そこに一臣さんが戻ってきた。

「あ、一臣様、久しぶり」

 女の人は、表情を一瞬で変えて、一臣さんに明るくそう言った。


「弥生になんのようだ?」

「弥生さん?この方、弥生さんって言うの?」

「知ってて話しかけたんだろ?」

「それより、一臣様、私にまで嘘ついたり、芝居したりしないでもいいのよ。いろいろと大変な事情があることもわかっているから」


「なんのことだ?」

「フィアンセのことよ」

 女の人は、一臣さんの耳元でそう囁いた。


「弥生。樋口がビルの前で待っている。行くぞ」

「あ、はい」

 私は慌てて席を立った。なぜか一臣さんは、女の人を無視して私の腕を掴み、つかつかとカフェを出て行った。


 そのあとも、黙ったまま横断歩道を渡り、樋口さんのもとに行くと、

「帰るぞ」

と一言言って、正面玄関の前に停まっていた車にさっさと乗りこんだ。


 私も慌てて後部座席に乗った。樋口さんも助手席に乗り込み、等々力さんが車を発進させた。

「遅くなって申し訳ありませんでした」

 樋口さんがそう言うと、一臣さんはむすっとしたまま、

「ああ」

と一言答えた。


 やっぱり、怒ってる?久世君のこと?あの女の人のこと?

「樋口、稲毛が弥生にちょっかいをかけてきたぞ。あの女、まだ本社にいたのか」

「稲毛さんですか?確か、静岡支店に転勤になったと聞いていましたが」

「俺がちょっと弥生から離れたら、弥生に話しかけていた。弥生、どうせ、嫌味か何か言われたんだろう?それとも、嫌がらせでもされたか?」


「いえ。ちょっとわけのわからないことを言っていました…けど」

「どんなことだ?」

「あの…。一臣さんは私を嫌がってて、演技しているだけなんだとか、結婚したらまた、自分のもとに戻ってくるみたいなことを」


「やっぱりな。は~~~~あ。しつこいよな、あの女も。上野と稲毛はしつこかったんだ」

「緒方商事の人ですよね?」

「ああ。システム課にいた人間だ。正式に婚約発表がある前に、付き合っている女全員と別れると、みんなに言ったんだ。で、それでもしつこく言い寄ってきたのが、上野と稲毛だ」


 女全員って、何人いたのかな。ちょっと気になる。でも、聞くのが怖いから聞かないでおこう。

「上野は出向させて、稲毛は静岡支店に転勤にさせたんだけどな。なんで、まだ本社にいるんだ?あいつは」

「調べてみます」

 樋口さんはクールにそう言った。


「弥生、気にするなよ。何を言われたとしても、でっちあげだからな?」

「でっちあげ?」

「俺は稲毛のもとに戻ろうなんて思っていないし、とっとと手を切って、それっきりにするつもりでいるんだからな?」

「はい」


 だけど、綺麗な人だった。

「綺麗な…人でしたね」

「稲毛か?」

「どの人も美人ですね」


「…まあな。より好みはしていたって言えばしていたけどな」

 そうなんだ。

「ただ、みんな性格に難ありだろ?」

「え?」


「本気で好きになったりしないような女ばかりだ。そういう女としか付き合わなかったし」

「付き合ってみたら、実はいい子だったとか、可愛い子だったとか、そういうのってなかったんですか?」

「ない」

 また即答だったな~。


「それに、相手が本気になりそうだなって感じたら、付き合わなかった」

「そういうのってわかるんですか?」

「ああ。ぴんとくる。こいつは駄目だって、そうブザーみたいなのが頭で鳴るんだ」

 へえ。センサーがついているのか。


「一臣さんが本気になりそうだなって、そう感じるセンサーはなかったんですか?」

「俺が?ないな。本気になりそうだなんて感じたことは一度も…」

 そう言ってから、一臣さんは私から視線を外し、宙を見た。そして、あっという顔をした。


「あったんですか?」

「いや…」

 一臣さんはまた私を見た。それもじっと私を見ている。

「あの?」


「……なんでもない」

 そう言うと一臣さんは、窓の外を見て黙り込んだ。


 なに?なんかすっごく気になるよ。もしかして今までに、本気になりそうだった子がいたの?

 ううん。もしいたとしても、もう過去の話だよね。今は関係ないんだもんね。

 でも、なんで、顔をそむけて窓の外を見てるの?


 こんなことでも、私は気になってしまう。まだまだ、自分に自信が持てないよ。それも、一臣さんが付き合っていた人たちって、みんな綺麗な人だし。

 

 車内はやけに静かだった。等々力さんも樋口さんも何も話さず、静かなままお屋敷に車は到着した。

 手だけは、一臣さんは繋いでいてくれた。その手まで離されていたら、きっと私は今頃、落ち込んで地の底にいたかもしれない。


「おかえりなさいませ」

 国分寺さんがドアを開けてくれた。

「ただいま…です」

 国分寺さんの横には喜多見さん、そしてお屋敷からは亜美ちゃんとトモちゃんがすっ飛んできた。


「おかえりなさいませ」

 2人ともすごく元気だ。

「ただいまです」

 そう言って、私はお屋敷に向かって颯爽と歩いている一臣さんの後を追った。


「弥生様、どこか具合でも悪いんですか?」

 亜美ちゃんが聞いてきた。

「いえ。元気です」

「そうですか。ちょっと顔色が悪く見えたんですけど、気のせいですね」


 そうか。暗くなっていたからかもしれないな。

 私は思い切り作り笑いをして、

「全然元気ですから、心配しないで、亜美ちゃん」

とそう答えた。


 一臣さんが階段の下で私を待っていてくれたようだ。私が一臣さんのところに行くと、私の腰に腕を回して階段を上りだした。

「また、お腹でも痛むのか?弥生」

「いえ。大丈夫です」


「そうか。だったらいいが」

 心配してくれたんだ。いけない。暗くなっていないで、明るくしないと。

 でも、なかなか気持ちはすぐにあがらない。


 一臣さんの部屋に、一臣さんと一緒に入った。一臣さんは、すぐに上着を脱いで、ネクタイも外した。

「風呂、先に入ってくるか?弥生」

「あとでもいいです。一臣さんもお疲れですよね?」

「俺は、そんなに疲れていないから大丈夫だ。それより弥生、本当にどこも具合が悪いところはないんだな?」


「はい」

「なんだか、元気がないように俺にも見えるけど…」

「大丈夫です」

 必死に笑ってそう言った。


「そのわりには、ほっぺたがひきつっているぞ」

 う。ばれてる。それに、そのほっぺを一臣さんは指でつついてきた。

 亜美ちゃんにはばれなくても、一臣さんにはばれちゃうんだな。


「弥生…」

 一臣さんが、ほっぺをつつくのをやめて、ぎゅっと抱きしめてきた。

「稲毛のこと気にしているのか?」


「え?いいえ」

「本当に?何か他にも言われたんじゃないのか?」

「嫌味っぽいことは言われましたけど、でも、それは特に気になっていません」

「じゃあ、他に気になることがあるってことか?」


 あ。また私、自分でばらしたかも。

「こっちに来い」

 そう言われ、一臣さんはソファに腰かけ、隣に私を座らせた。


「お前は時々勝手に落ち込むからな…。言ってみろ。何が気になっているんだ?」

「一臣さんが…、静かだったから」

「どこで?」

「車で…」


「ああ。あれは…、思い出していたんだ」

「もしかして、一臣さんが本気で好きになりそうになった人のことですか?」

 あ。また聞きたくもないのに聞いちゃった。

 ううん。やっぱり、気になるからちゃんと聞かないと…。


「そうだ」

 わあ。はっきりと答えられると、落ち込んじゃう。そんな人がいたっていうだけでも、すごく落ち込んでしまう。

「俺のタイプとは全然違うんだけどな…」

「黒髪ロングで、スレンダーな人じゃないってことですか?」

「ああ」


 そうなんだ。やっぱり、その先は聞きたくないかも。

「いつも、相手が俺に本気だったら、ブザーみたいなのが鳴るんだ。こいつには近づかないほうがいいってぴんとくる。でも、その子に会った時は別の音が頭の中で鳴った」

「え?別の?」


「ああ。ブザーって言うより、鐘みたいな、当たりくじでも引いた時みたいな音だ」

 は?

「ブブー!じゃなくて、カランカランみたいな音だった」

 カランカラン。大当たりっていうあの音?

 





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