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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第9章 仮面フィアンセ?!
120/195

~その6~ 「俺のフィアンセは…」

 IDカードをかざし、一臣さんのオフィスに入った。受付には誰もいなかった。

 トントン。部屋をノックしても返事がない。

 あれ?もしかして、まだ帰っていない?それとも、寝てるとか?


「失礼します」

と、そっとドアを開けた。

「いない?」

 奥の部屋も一応のぞいてみた。でも、一臣さんはいなかった。

「なんだ。まだだったんだ」


 勝手に部屋にいていいのかな。

 あ、こんな時に掃除でもしておこうかしら。とはいえ、どこをどう片づけていいものやら。

 

 葛西さんが整頓していたって言っていたよね。勝手に葛西さんにさせていたのかな。勝手に動かしたりしたら、一臣さん、怒りそうなものなのに。スチームアイロンも、葛西さんに頼んでいたわけじゃなく、勝手に葛西さんがしていた感じのことを言っていたし。


 む~~~。お屋敷の部屋は、喜多見さんしか掃除させないんだよね。他のメイドだと勝手にものを動かしちゃうから。

 じゃあ、オフィスは?葛西さんだけが動かしてよかったの?それとも、どこに何を整頓するとか、そういうのを葛西さんと決めたのかな。葛西さんが決めたんだったりして。


「はあ…」

 どこをどう整頓したらいいのかもわからず、ソファに私は座り込んだ。

 デスクの上のファイルは動かしたら怒られそうだ。ソファに置いてある本も、読みかけかもしれない。


 グルッと本棚や棚を見てみた。特に乱れている個所もない。

 隣の部屋のクローゼットの整頓でもしようかな。


 そう思い立ち隣の部屋に行った。クローゼットを開けると、整理整頓されて物がしまってある。

「スリッパも二つ。そういえば、バスローブも二つあるし…」

 気になって洗面台に行くと、コップの中になぜか二つの歯ブラシ。


 え、なんで?

  

 バスタオルも二つ、フェイスタオルも二つ。全部、白い綺麗なものが揃っている。

 多分、一つは一臣さんが使ったもの。

 なんか、すっごく気になる。いったい、もう一つは誰の?


 樋口さん?それとも、葛西さんがここで使ってた?


 ガチャリ…。ドアが開く音がして、誰かが入ってきた。一臣さん?

 慌ててクローゼットを閉めて、隣の部屋に戻った。

「あ、弥生。仕事終わっていたのか?」

「はい。おかえりなさい」


「疲れたぞ」

 そう言うと、一臣さんは私に近づいて来て、ギュッと抱きしめてきた。

「ん?そういえば、なんで、そっちの部屋にいたんだ?トイレか?」


「いいえ。掃除とか、整頓とかしようと思って来たんです。でも、どこも綺麗だったから…」

「ああ。そんなに使わないからな。週末にクリーンスタッフも入ってくれているし」

「クリーン?」

「掃除をしてくれるスタッフだ。15階は他の階と違う特別のスタッフがいるんだ」

「へえ…」


 そうだったんだ。

「弥生」

「はい」

「シャワーでも一緒に浴びて、ベッドで休むか」


「い、いえ。今、私…その…」

「生理だったっけな」

「はい…」

「ああ、そういえば、このトイレ、生理用品は置いてあったか?」


「いいえ。持参しています、ちゃんと」

「そうか。クローゼットにもなかったか?いろんなものを揃えていたと思うんだけどな」

「誰がですか?」

「青山とか、樋口とかが」


「…なんのためにですか?いろんなものがありますけど…。歯ブラシとかも2本…」

 あ。聞いちゃった。つい、気になって聞いてしまった。

「1本使っていいぞ?昼飯食った後でも、ここに泊まる日にでも。あ、この前泊まった時にも使ったんだろ?そこにある歯ブラシ」

「いいえ。歯磨きセットはいつも持参しているので、それを使いました」


「へえ。用意周到だな。いつでも俺と、お泊りできるようにか?」

「違います。お昼ご飯のあと、歯を磨く為です」

「そうか。でも、持参しないでも、そこのを使え。お前のだから」


「え?!そうなんですか?」

「だから、いろんなものを用意させたって言っただろ?」

「いつですか?」

「いつだったかな。お前を俺付きの秘書にするって決めてすぐだったかな。いや、その前にお前、ここに泊まったっけ。だから、もっと前か…」


「……」

 一臣さんはしばらく宙を見て、

「お前がアパート引き払った後かな。ああ、そうだ。秘書課に移動になってすぐだ。俺の部屋にも来ることになるし、カードキーもそれで作ったんだもんな」

と思い出したらしい。


「…私が使うスリッパとか、バスローブとか、バスタオルなんですか?全部二つずつ揃っていたけど」

「他に誰が使うんだ。まさか、樋口か?」

「いえ、えっと」


「…あ」

 一臣さんが片眉をあげた。そして、むすっとした顔をして、

「葛西のかと思ったのか」

と聞いてきた。


「ちょ、ちょっとだけ、そうかなって」

「阿呆。そんなんじゃないって、前にも言ったろ?」

「はい」


 グイッと一臣さんに腕を引っ張られ、また一臣さんの膝の上に座らされた。

「いいよ、弥生は、掃除なんかしないでも」

「え?」

「お前の役割は、掃除とか整頓とかじゃなくて、ここに座っていることだから」


「は?」

「だから、俺の膝の上にいたらそれでいい」

「でも」

「でももくそもない」


 くそって、汚いなあ…。一臣さんの口から、そんな言葉が出て来るとは…。

「こうやって、俺のことを癒してくれたらそれでいい」

「癒し?私、一臣さんのことを癒していますか?」

「ああ。癒されているぞ。こうしてお前のぬくもりを感じているだけで」


 ドキン。

「これからは、俺もお前も忙しくなるんだからな。2人きりでいる時は、俺にひっついてろよ。2人きりでいられる時間だって、そうそうなくなるんだから。この時間、いちゃついていなかったら、もったいないだろ?」

「……はい」


 ギュウ。また一臣さんは後ろから抱きしめてきた。そのたび、キュンって疼いちゃう。疼いちゃっても困るだけなのに…。そうだ。話でもして気を紛らわそう。


「一臣さん、今日も、分刻みで動いていたんですか?」

「いや。そうでもない。会社の中を案内してもらったり、仕事のことを教わったりしたから、一社に1時間はかけていたしな」


「いつ、副社長は大阪に行くんですか?」

「7月だよ」

「え?そんなに早く?来月ですよね」

「ああ。副社長だって、大阪のことをいろいろ知らないとならないわけだし。でも、9月くらいまでは、こっちと大阪を行き来するらしい。その間にも、いろいろと引き継ぐから、あと3ヶ月かな」


「大阪支社はいつ…」

「11月だ」

「そうしたら、11月に一臣さんは副社長に?」

「そういうことだな」


 そうなんだ。あともうちょっとじゃないか。

「そしたら、副社長室に移動するんですか?」

「いいや。この部屋にいるぞ。このオフィスが副社長室になる」

「じゃ、今の副社長室は?」


「しばらくそのままだ。たまに副社長も帰ってくるだろうしな」

 そうか…。

「そして、めでたく12月、俺は結婚するんだ」

「え?!12月ですっけ?」


「ああ。政略結婚だ。親父が決めた相手と結婚するんだ。俺が18の時から、決まってた相手だ」

「はあ」

 それ、私のこと…だよね。まあ、いいか。言わせておこう。


「上条グループの令嬢だ。そこの会社と提携を結んだから、しかたなくその令嬢と結婚するんだ」

 しかたなく?!

「上条グループは一風変わった方針があって、子供を高校入学と共に、家の外に追い出しちまうんだ」

「……そうなんですか」


 もう~~。何が言いたいのかなあ。

「その令嬢も、すごい貧しい暮らしもしてきたし、とにかく見るからにお嬢様にはとても見えない、ごくごく一般的な庶民的な狸みたいなやつなんだ」

「酷いっ。狸って…」


「まあ、いいから聞けよ。そのとんでもないお嬢様は、こともあろうか、俺を初めて見た時から一目ぼれ。ストーカーのごとく、俺を物陰から見つめたり、あとをつけて来たり…」

 むむむ~~~。いったい、どうしてそんなことを言ってるんだろう。怒らせたいのかな。それとも、からかっているのかな。


「そいつは、俺の会社にまで入ってきたんだ。はじめは庶務課。脚立持って蛍光灯の交換をしたり、トイレのつまりも、すっぽんでなおしたり。な?とんでもないだろ?普通考えられるか?いいとこのお嬢様のすることじゃないだろ?」

「そ、そうですね…」

 思わず、顔が引きつったんですけど。


「貧乏暮らしも耐え抜き、自分で大工仕事までしちゃうし、ペンキは塗っちゃうし、服も縫うし、料理もするし。何があってもそのお嬢様は生き抜くだろうな」

「何があっても?」


「なあ、弥生。たとえばだぞ。たとえば、俺が緒方財閥を継げなくなって、屋敷からも追い出され、仕事も失い、財産も名誉も何もかも失っちまったら、どうする?」

「え?どうしたんですか?いきなり」


「たとえ話だよ。俺が緒方財閥から追い出されてしまったら、お前どうする?多分、そのへんの町工場かなんかで働いて、6畳一間の風呂もついていないようなアパートで、質素に、いや、相当貧しく生きていかなきゃならないんだ。そんなふうになったとしたら、お前、さっさと婚約破棄するか?」

「まさか!」


 私は、ぐるんと一臣さんのほうを向いた。そして一臣さんの目を見ながら、

「そうしたら、私も働きます。そうですね。掛け持ちで、スーパーとか、コンビニとかで働いて、残ったお惣菜を分けてもらったり、売れ残りのお弁当をもらってきます」

と話し出した。

「…掛け持ちか。大変だぞ」

 一臣さんは片眉をあげた。


「慣れていますから、大丈夫です。それから、服はリサイクルショップか、あ、フリーマーケットも楽しいですよ。そういうところで買ってきて、ちょこっとリメイクするんです」

「なるほどな」

 一臣さんの口元が緩んだ。


「それから、えっと。おやつとかは、あれがいいですよ。パンの耳をただでパン屋さんからもらってきて、お砂糖まぶして揚げるんです。美味しいんですよ。たまに、大家さんと作って食べてました」

「へえ~~。ただでもらえるのか。すごいな」

 一臣さんは、目を丸くした。


「それから、お風呂は銭湯に一緒に行くんです。腕組んで、石鹸とかタオルを持って。それで、男湯から一臣さんが、こう叫ぶんです。弥生、そろそろ出るぞ~~!それで、私は、は~~い、一臣さん!って答えるんです」

「……俺がそんなことをでかい声で言うのか」

 あ、また片眉あがった。


「はい。そして、お風呂から出たら、やっぱり、フルーツ牛乳を飲まなくちゃ」

「なんだ?それは」

「美味しいんですよ。でも、甘いんです。一臣さんだったら、コーヒー牛乳のほうがいいかな。それで、蓋をぽんって抜いて、片手は腰に当てて、ゴクンゴクンと飲むんです」


「必ずそのポーズをするのか」

 あ、興味があるのかな。

「そうです。見ててください」

 私は一臣さんの膝の上から降りて、肩幅に足を開き、左手は腰に当て、右手で瓶を持つふりをして、ゴクンゴクンと口で言いながら、飲んだふりをした。


「それから…。ぷは~~~~っ!」

 目をギュって閉じ、顔を少し上に向け、満足そうな顔をして私はそう言った。

「ぷは~~~?」


「はい、そうです。ぷは~~~~っ!一気飲みした後にこれを忘れちゃ駄目なんです」

「待て。なんだって、そんなに詳しいんだ。お前のいた下宿先には、風呂がなかったのか?」


「ありました。でも、一つだけなので、男の人たちが入った後って汚くて。だから、大家さんとよく、近くの銭湯に行っていたんです」

「待て待て。お前の部屋には風呂がついてなかったのか?」


 一臣さん、相当びっくりしているのかな?目が丸くなってるけど。

「はい。トイレも共同でしたけど」

「………そ、そうか。じゃあ、俺がさっき言ってた、6畳一間で風呂がないっていう部屋に、お前はまさに住んでいたってことか」


「はいっ。だから、大丈夫です。全然、大丈夫ですから、婚約解消なんかしません。っていうか、そんな暮らし、すっごく楽しそう。そうなっても、いいな~~」

「い、嫌。俺が困る」

「ですよね」


「…ふ」

 一臣さんは一回俯いてから、上目づかいで私を見て、

「あははははは!」

と、突然お腹をおさえて大笑いをした。


「あの?」

 なんでそんなに大笑いをしているのかな。


「腹いて~~。本当にお前は面白いよな。な?弥生。俺のフィアンセは、俺がたとえ緒方財閥から追い出されても、ついてきちゃうようなすごいやつなんだ。おかしいだろ?」

「おかしくはないですけどっ」

 もう。なんでおかしなやつになっちゃうわけ?


 グイ…。とまた、一臣さんが腕を引っ張り、私を膝の上に座らせた。

「俺は、そのフィアンセのことを嫌がっていたんだけどな。でも、今はそいつじゃないと駄目だって思っている。それに、そいつはきっと、一生俺を楽しませてくれる」

「え?」


「いつか、一緒に銭湯行こうな?弥生」

「本当に?行ってくれるんですか?」

「ああ。コーヒー牛乳、飲んだ後にぷは~~~ってやるぞ?」

「じゃあ、子供がいたら、子供も一緒に…。ダメですか?」


「楽しそうだな」

「はいっ。私も家族で行ったことがあります。母と女風呂に入って、男湯から、父が、冬子、弥生、出るぞ~~って叫ぶんです。すっごく楽しかった」

「上条グループの社長が銭湯?温泉じゃなくて?」

「はい。富士山の絵が描いてある、立派な銭湯でした。今は、なくなっちゃいましたけど、家の近くにあったんですよ」


「あはは。やっぱり、すげえよな、上条グループは」

 そう言うと、一臣さんは、私の髪にチュッとキスをして、

「とんでもないお嬢様だろ?俺のフィアンセは」

と耳元でそう言った。


「そ、そうですか?」

「ああ。この俺が惚れまくっているくらい、とんでもないんだ。誰も代わりなんかいないくらい、最高の女なんだぞ」

 最高?

 キュキュン!


「12月に、そいつと結婚する。そんな俺は幸せ者だろ?」

「私もです!」

「ははは。そうだな」

 一臣さんは笑ってから、また私をギュって抱きしめた。


「やばいな」

「はい?」

「なんだかお前のこと、前よりも惚れたかもしれないな」

「え?」


「……。ぷは~~~~。可愛かったし」

「…」

 そこ?そこに惚れたってこと?

「面白い狸だよなあ」


「狸じゃないです!もう~~~~~~~~」

 あはは。って一臣さんはまた笑った。それから膨れている私の頬にキスをして、

「可愛いよな、お前は」

と耳元で囁き、またギュって抱きしめた。


 ああ。むくれたりしているけど、本当はさっきからドキドキだし、うずうずだし。

 でも、我慢なんだよね?今は…。


 ギュウって抱きしめている一臣さんの腕の中で、私はドキドキしながらも、悶々としていた。

 それは、一臣さんには内緒。言ったら、襲ってくるかもしれないから。




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