~その12~ お屋敷へ!
車に乗っていると、道路の横側に、どこまで行っても永遠に塀なんじゃなかろうかという塀が続き、ようやく塀の終わりに差し掛かると、車は止まり、大きな頑丈そうな門がギギギと開き、私を乗せた車がその門をくぐって入っていった。
ここ?このどこまでも続いていた塀は、一臣様の住むお屋敷の塀だったの?
っていうか、車で門をくぐっても、まだ屋敷は見えてきませんけど。
しばらくすると大きな噴水が見えてきた。噴水の右側にはバラの花が咲き乱れた庭園があり、庭園の中には西欧風のあずまやが見えた。
すごい。凄すぎる。私の想像をはるかに超えている。
だって、喜多見さんが、一臣様と龍二さんが、幼少の頃追いかけっこをしたりしてっていうから、芝生とかがある広いお庭でもある家なのかしら、なんて、勝手な想像をしてしまった。
芝生なんかない。
いや、あずまやの向こうに、芝生の広場みたいなところがあるような気もしなくもない。でも、バラに囲まれていて、ここからだとはっきりとは見えない。
車は噴水の左側を通り、お屋敷の前で止まった。お屋敷っていうかもう、宮殿?なんか、ロミオとジュリエットにでも出てきそうな建物なんですけど…。
車が止まると、お屋敷の中からメイドの服装をした女の人が3人。それから、黒の背広を着た人が一人、現れた。
「お待ちしていました。弥生様」
私が車から降りると声を揃えて、深々とお辞儀をされた。
「あ、上条弥生と申します。よろしくお願いします」
声、震えちゃった。それに、私、足も震えているかも。と思いながらも、私も深々とお辞儀をした。
「こちらの3人は、弥生様付きのメイドです。それから、こちらにいるのは社長の執事の国分寺さんです」
私の隣に立ち、喜多見さんが説明してくれた。
「え?私に3人?!」
「はい」
ええ?!3人も?3人も何をするの?いったい…。
「日野聡子と申します。よろしくお願いします」
最初に挨拶をした人は、20代後半か、しっかりした感じの人だ。髪をひっつめ、黒縁のメガネをかけている。
「立川亜美と申します。よろしくお願いします!」
そして、20代半ばかな?同じくらいの年齢かもっていう女性。髪はショートで栗色。明るく元気な印象だ。
「小平友恵と申します。よろしくお願いします」
最後に挨拶をした人は、まだ10代かも。肌もピチピチだし、ちょっとぽっちゃりとしていて髪を二つにわけ、結んでいる。メイド服がなんとも、メイドカフェをイメージさせるような…。
「お荷物をお持ちします」
日野さんがそう言って、カバンを持った。
「弥生様のお部屋はこちらになります」
立川さんがそう言うと、斜め前を歩き、日野さんは私の後ろ、そのまた斜め後ろあたりに小平さんが続いた。
お屋敷の中は、大きな大きなエントランスがあり、天井は吹き抜けで大きなシャンデリアが下がっている。
エントランスの中央から、幅の広い階段が上に伸びていて、途中踊り場があって、そこからは左右に階段が分かれていた。
立川さんはそこを右に曲がった。そして、階段を上り切ると、そこからまた長い廊下があり、真ん中に絨毯が敷かれていた。
壁には大きな絵画が飾られている。人物画なので、夜中にここを歩いたら、ちょっと怖いかも知れない。
「こちらが一臣様のお部屋です」
廊下を歩いて何個目のドアだろう。立川さんがそう言った。そしてまた、その奥へと立川さんは歩いていき、
「こちらが弥生様のお部屋になります」
と言って、ドアを開けた。
「どうぞ」
立川さんは、ドアを開けてから、私を先に部屋に入れてくれた。
「うわ!」
思わず声が漏れた。まるでお城の中のお姫様の部屋だ。よく、アニメとかで描かれているような。
部屋はかなり奥行があり、絨毯は歩くとふかふかで、とても綺麗な刺繍がほどこされている。
壁にはやはり、絵が飾られ、天井は高く、素敵なシャンデリアが下がっている。
大きめの窓があり、そこから外を眺めるとバルコニーがあった。
「バルコニーに出てみますか?」
と立川さんが、窓を開けた。
「バルコニーに出られるんですか?」
「はい。どうぞ」
私はゆっくりとバルコニーに出た。立川さんもあとからバルコニーに出てきた。
「うわ~。バラの庭園がここから見える。綺麗。それに、あ!芝生もあるんだ」
緑の木々に囲まれた、芝生の広場が見えた。
「お荷物はこちらに置いておきます。何かあったら、立川に言いつけてください。では、わたくしどもはこれで失礼いたします」
「あ、はい。ありがとうございました」
ぺこりと丁寧に日野さんはお辞儀をして、その隣で同じようにお辞儀をしたあと、にっこりと可愛いほほ笑みを浮かべ、小平さんも部屋を出ていった。
部屋には立川さんだけが残った。
「お部屋の説明をさせていただきますね」
立川さんはそう言うと、部屋の入口付近にあったドアを開けた。
「こちらがバスルームです」
「え?部屋にバスルームがあるんですか?ホテルみたい」
そう言うと、立川さんはにこりとほほ笑み、
「それから、こちらがウォークインクローゼットになります」
と、バスルームのドアの隣にあるドアを開いた。
「今朝、弥生様のアパートから届いた荷物が入っています」
「え?」
私はクローゼットの中を見に行った。そして驚いた。
「ここ、普通に部屋だよね…」
クローゼットというより、洋間だ。そこに服を置くスペースがあり、棚がある。
「あ、あれ?これ、私の服ではないんだけど」
なぜか、見たことのないスーツが何着か、あとドレスとも思えるワンピースや、綺麗なブラウス、スカートが並んでいる。
「それは多分、一臣様が揃えたものだと思います」
「え?あ、そういえば、私の服がない?!」
「あ、それも、一臣様が処分したと思います」
「処分?!捨てられたってこと?」
「はい」
うそ。嘘でしょう!久世君のお母様から貰った服すら見当たらないし、私がリサイクルショップで買って、ボタンを付け替えたブラウスとか、布を買って作ったワンピースやスカートもない!
「下着や部屋着などは、こちらのタンスにしまってありますので」
そう言われて、タンスの引き出しを開けた。そこにもまた、見たことのない服が並んでいた。
下着すら、新品ばかり…。
「これもまさか、一臣様が」
「いえ。下着はわたくしと日野で揃えさせていただきました。すみません。もし気に入られないようでしたら、新たに買い直してください。一応、白とピンクとベージュなら、無難かと思いまして、そういった色のものを揃えたのですが」
「ありがとうございます。何から何まで揃えていただいて」
そう言ってぺこりとお辞儀をすると、
「え?と、とんでもございません。これがわたくしどもの仕事ですから。なんでも何なりとお言いつけください」
と、立川さんは慌てふためきながらそう言った。
「あの、大きな部屋ですね。ベッドも大きい。なんか、お城の中のお姫様の部屋みたいですよね。立川さんもこんなお部屋に?」
「え?まさか。わたくしの部屋は、もっと質素な部屋です」
立川さんは首を横に振りながらそう答えた。
「どのくらいの広さですか?」
「2DKです」
「え?一人で?広いですね!」
「あ!違います。私はトモちゃん…いえ、小平さんとシェアしてます」
「…一緒に住んでいるってこと?いいなあ」
「は?」
「トモちゃんって呼んでいるんですか?私もそう呼んでもかまいませんか?立川さんはもしかして、亜美ちゃんって呼ばれてるんですか?」
「はい…」
「じゃあ、私もそう呼んでもいいですか?今、亜美ちゃんっておいくつですか?」
「私は24歳ですが」
「同じ年ですね!嬉しい!」
そう言って喜ぶと、亜美ちゃんは目を丸くした。
「こっちこっち。立ち話もなんだから、この椅子に腰掛けて話しませんか。あ、椅子、一つしかないか。じゃ、亜美ちゃん、ベッドに座って話しましょう!」
「え?」
「私付きのメイドさんなんですよね?じゃあ、お願いがあります。同じ年なんだし、堅苦しいのは無しにしましょう」
「そういうわけには…。一臣様や奥様に叱られますから」
「あ。一臣様のお母様って、そういうのを嫌うって喜多見さんも言っていました。じゃあ、みんながいる前では、ちゃんと振舞います。でないと私、窮屈でおかしくなりそうで…」
そう言ってから私は、ベッドにドスンと座ってみた。
「うわ!ふかふか。沈み込んじゃう!楽しい。ほら、亜美ちゃんも座ってみてください!」
「は、はい」
亜美ちゃんは静かに隣に座った。
「すごいですよね~~。このベッドって、サイズは何かな。ダブルベッドかな。私、ベッドで寝るの初めてだから、緊張しちゃうな」
「え?で、では今まではお布団ですか?」
「はい。アパートでもそうだったし。あ!高校の寮は、ベッドでした。それも2段ベッド。もっと固くって、背中とかたまに痛くなっちゃうような。でも、同室の子と仲良かったし、すっごく楽しかったです。いいなあ、亜美ちゃん、トモちゃんとお部屋シェアしてて。楽しそう…」
そう言ってから、私はそのままベッドにゴロンと横になった。
「今度遊びに行ってもいいかなあ」
「それもダメです。怒られます」
「こっそりと…」
「…では、喜多見さんに聞いてみます」
「ぜひ!」
私は仰向けになったまま、天井を見上げた。ベッドは天蓋付きで、薄い真っ白なレースのカーテンで囲まれている。
「ほんと、お姫様の部屋ですよねえ」
私はまたぼそっとそう言った。
「ですが、弥生様も上条家のご令嬢ですよね?ご実家も素敵なお屋敷なのではないんですか?」
「うちですか?」
私はまた起き上がり、亜美ちゃんのすぐ横に座ると、
「うちは、典型的な和風の家だったんです」
とそう答えた。
「和風というと、弥生様のお部屋もですか?」
「はい。だから、お布団でした。私の部屋は和室だったから」
「…和室だったんですか」
「兄たちは畳をフローリングにしちゃって、ベッドで生活していたけど、私は畳が好きだったので。匂いとか、すぐにゴロンとできるところとか」
「…和風の家も立派なお屋敷だったのではないんですか?」
「お屋敷と呼べるかどうか。一臣様のお屋敷に比べたら、小さなものです。庭もこんなに広くないし、コックさんとお手伝いさんはいたけど、敷地内に一緒に住んでいたわけでもないし」
「…ここが凄すぎるんですよね。きっと…。弥生様のご実家はどんな感じなんですか?」
「うちは庭も和風で池があって、鯉が泳いでて、あの、カポーンってなるのが置いてあって。それから灯篭とかがあって」
「純和風なんですね」
「おじいさまが建てた家なんです。おじいさまは日本男児というか、日本の文化や伝統を大切にする人だったから」
「へえ…」
亜美ちゃんは、私の話に興味を持ったのか、じっとこっちを見て話を聞き始めた。
「だから、私や兄たちは子供の頃から武術を習っていました。敷地内に格技場もあったし」
「格技?」
「剣道や合気道をそこで習っていたんです。おじいさまやお父様から習っていました。今でもおじいさまはそこで、子供たちに剣道を教えています」
「すごいですね。弥生様も習っていたんですか?」
「はい!」
「へ~~~~!じゃあ、お強いんですね」
「いいえ、私が一番弱いですよ。兄と弟は本当に強いけど」
「何人兄弟なんですか?」
「4人。兄が二人と弟が一人」
「4人兄弟?羨ましいです。私、一人っ子なので」
「え?じゃあ、ご両親、別々に暮らしてて寂しがっているのでは?」
「いいえ。私がいなくっても、夫婦で仲良く楽しく暮らしています。あ、犬も2匹飼っているし、のんびりと暮らしているみたいですよ」
「犬ですか~~。いいな、私も飼いたかったな~~~~」
そんな話で盛り上がり、外が薄暗くなってきて、ドアをノックする音がした。
「弥生、いるのか?」
「あ!!!!一臣様がお帰りになった。大変!」
「え?なんで?」
亜美ちゃんの言葉に、私まで緊張が走った。
「こんな時間まで、弥生様のお部屋におじゃましていたなんて、叱られます」
「大丈夫です。私がたくさん教えて欲しいことがあって引き止めたって言うから」
そう言いながら、私は部屋のドアを開けた。
「どうだ、具合は」
開けると、突然そう言いながら、一臣様は私の部屋に入ってきた。
「あれ?」
そして、肩をすぼめ、小さくなっている亜美ちゃんを一臣様は見つけた。
「あの、一臣様、これは、その…。私が亜美…じゃなくって、立川さんを引き止めて話し込んじゃったので、立川さんは悪くないんです」
「……」
そう言っても、一臣様はジトっと亜美ちゃんを睨んでいる。
「あ、あ、あの。この部屋大きかったし、一人でいるには寂しすぎて!」
「…お前、頭を打って入院までしていたんだろう?ちゃんと部屋で療養していろって言ったよな?」
「はい」
「ベラベラ、メイドと話し込んだりしないで、寝ていないとダメだろうが!」
うわ。怒られた!
「お前もだ。立川っていったか?弥生が頭を打ったのは知っていたよな?なんで部屋でちゃんと休ませるようにしないんだ。それは、喜多見さんにも言っておいたはずだろ?聞いていないのか?」
ああ、亜美ちゃんまで巻き添え食ってる!
「だから、私が…」
「申し訳ありませんでした!喜多見さんからはちゃんと聞いております。私が無責任な行動をいたしました!」
亜美ちゃんはそう言って、ぺっこりと深く頭を下げた。それも、一臣様が声をかけるまで、ずうっと頭を下げたままだった。
もしかして、一臣様って思い切り怖がられてる?
もしかして、一臣様って、メイドたちにも怖い?
「まあ、いい。これからは気をつけてくれ。確か、立川、日野、小平が弥生の身の回りの世話をするんだよな?」
「はい」
「こいつはかなり変わっているからな。そのへんのお嬢様だと思って接していると、大変だぞ」
「は?」
「だから、こいつのペースにハマったりすると、大変なことになるから、いつものようにちゃんとお前たちは自分のペースで仕事をしろよな」
「はい」
亜美ちゃんはまた深々と頭を下げ、部屋を出ていった。
そうか。一臣様、お見通しなんだ。私が亜美ちゃんを引き止めたことも、ちゃんと。
「弥生」
「はい」
怖い顔。怒られる…のかも。
「わかっているな?お前のせいで、使用人が俺に怒られることになるんだぞ」
「う、はい…」
「身勝手な行動は慎めよな。俺ならまだしも、おふくろにバレてみろ。クビだぞ」
「え?フィアンセ、クビですか?」
「お前じゃない。立川やお前に付いているメイドがクビだ」
嘘!
「目を丸くして驚いているんじゃない。それが嫌なら、自分の行動に責任持てよな。お前に付いているメイドを守ってやるくらいのことをちゃんとしろよな」
「………」
「なんだ、今度は。なんだって、目を潤ませた。そんなに俺はきつく今、言った覚えはないぞ」
「一臣様も、一臣様の側近の人たちを守っているんですね?!」
「え?!」
「だから、一臣様の側近の方々は、あったかくって優しい人ばかりなんですね?」
「何をいきなり、訳のわかんないことを」
「すご~~い信頼関係なんですね!きっと、みんなそれをわかっていて、一臣様のことを慕っているんですね!!!」
私は思い切り感動して、興奮して、鼻息が荒くなるほどだった。
「鼻息荒いな。気持ち悪いやつだ」
う…。気持ち悪がられた…。
「すみません」
「………本当に変な奴だな」
「え?」
「変なところに目を付ける奴だな」
「そうですか?でも、感じていたんです。樋口さんも、喜多見さんも、等々力さんもすごく暖かくて優しい方で、一臣様の周りの方はみんな、素敵な方ばかりだなあって」
「………やっぱり、変な奴だ」
一臣様はそう言うと、部屋の奥へと入っていき、バルコニーに出る窓が開いているのに気がついた。
「ここ、虫が入ってくるぞ」
「え?!虫は嫌いです!」
そう言うと、一臣様は窓を閉め、
「屋敷はどうだ?気に入ったか?」
と聞いてきた。
「…はい。でも、この部屋も大きすぎて落ち着かないっていうか。慣れるまで時間がかかりそうです」
正直に答えると、一臣様は笑った。
「もうすぐ夕飯だ。誰かが迎えに来るから、それまで休んでいるといい。飯は食えそうか?」
「はい。お腹すいていますから、ばっちり食べられます」
「そうか。だったら良かった」
「一臣様も、一緒に夕飯食べられますか?」
「俺か?」
一臣様は黙って天井を見つめたあと、
「そうだな。これからどこかに食いに行こうかと思っていたんだが、一緒に屋敷で食べてもいいかな」
とこっちを見てそう答えた。
「お出かけのご予定があったんですか?」
「ああ、また美味しいところに連れて行けと、上野に言われていたんだが…」
上野さん?ってあの、すごく可愛らしい人。金曜も一臣様と一緒にいた人だよね。
「俺も、もう今日はゆっくりしたいし、夕飯まで部屋で休むとするよ」
一臣様はそう言うと、部屋を出ていった。
そうか。上野さんとのデートの予定だったんだ。
「はあ…」
私はベッドにまた横になり、重いため息をついた。久世君は、一臣様は遊びで付き合っているって言ったけど、それ、本当なのかな…。