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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第9章 仮面フィアンセ?!
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~その4~ ミーティング

 10時になり、一臣さんと4階の会議室に移動した。また、あの怖い菊名さんとご対面だ。ちょっと憂鬱になりながら会議室に入ると、すでに菊名さんも日吉さんもその場にいた。


「他の奴らは?」

 一臣さんが聞いた。

「今すぐに来ますので、お待ちください。お茶かコーヒーを淹れますが、どちらがよろしいですか?」

 日吉さんがにこやかに一臣さんに聞いた。


「ああ、いい。今さっきまで客が来ていて、そこでもお茶を飲んできたから。弥生もいらないだろ?」

「はい」

「……上条さんのことはなぜ、名前で呼ばれているんですか?秘書の方は皆さん、そうやって呼ぶんですか?」

 菊名さんが、怪訝そうに一臣さんに聞いた。


「弥生は特別だ。なんだ。綱島に聞いていないのか?」

「何をですか?」

「こいつは…」

 一臣さんが私の正体をばらそうとした時、

「遅れてすみません」

と、綱島さんを先頭に、プロジェクトメンバーがぞろぞろと会議室に入ってきた。


「すみませんでした」

 綱島さんが、会議室のドアを閉め、もう一回ぺっこりとお辞儀をした。

「ああ、別にいい。営業なんだから、いろいろと忙しかったんだろ?」

 一臣さんは特に怒りもせず、そう言った。そして、

「それよりさっさと席についてくれ。さっさとミーティングを始めるぞ」

と、まだ立ったままでいるみんなを席に座らせた。


「はい」

 全員が席に着くと、

「では、さっそくミーティングを始めたいと思います。今日は、今まで視察に行った工場の報告と、これからの展開について話しあいたいと思っています」

 綱島さんが真剣な顔になり、ミーティングを始めた。


 一臣さんはずっと静かに聞いているだけ。時々メモを取ったり、

「ああ、今のところをもう一度説明を頼む」

とか、

「もう少し具体的に言ってくれ」

とか言うものの、特に意見を言うわけでもなく聞いていた。


 一臣さんが視察に行った工場は、綱島さんが報告をした。


「え?その企画、通るんですか?企画の提案者は他の会社で今働いているんですよね」

 強気でそう聞いてきたのは、菊名さんだ。


「ああ。そいつの上司っていうのが、弥生のお兄さんだから、説得してくれている。一度綱島とも会って話をすると言ってきているんだろ?」

 綱島さんではなく、一臣さんが質問に答えた。

「はい。かなり具体的にこの企画は進んでいます」


「そうか。他の工場は、まったく具体案が出ていないんだな。さっきから、仮定の話ばかりで、中途半端な報告ばかりだ。俺は、夢だの希望だのを聞きたかったわけじゃない。こうしたらきっとよくなると思います。じゃなくて、具体的に案を出して、それがちゃんと稼働できるかどうかを報告しろよ」


 一臣さんはかなりきつい口調でそう言うと、ふうっと溜息を吐き、

「あのなあ。俺はなんとか早くに今の状況を改善したいんだ。俺が行った工場だって、ギリギリで動いている工場で、工場長も従業員もいつ閉鎖に追い込まれるか、不安の中働いているんだ。閉鎖になってからじゃ遅いんだよ。俺らがのんびり構えているうちに、工場閉鎖や、子会社が潰れることになってみろ。どれだけの人や家族が、安定した暮らしも何もかも失うと思う?」


「はい」

「工場見て、そういう危機感って感じなかったのか?そこで働く人たちの身になってみたのか?俺らとはまったく無関係の人間だから、どうでもいいとそう思ったのか?」

 し~~~ん。みんな、静まり返ってしまった。


「まあ、そうだろうな。みんな若いし、既婚者もこの中では綱島くらいか。家族を養っていく大変さとか、わかんないよな」

 一臣さんは、眉をひそめてそう言うと、みんなのことを黙って見た。


「お言葉を返すようですが、まだ、一臣様も独身で、立場は一緒かと」

 わあ。菊名さん、他のみんなが黙り込んで俯いている中、そんなこと言っちゃった。怖いもの知らずだな。

「お前、俺の立場、本当にわかっているのか」

「え?」


「ああ、そうだよな。わかるわけないよな。悪かったな。お前らのほうがずうっと、責任もなけりゃ、抱えるものもないもんな。気楽なもんだよな」

「そんなことはないです。将来のこととか、自分の身を守ることとか、いろいろと考えているし」

 また、菊名さんがそう答えた。


「…俺は、会社全員、いや、緒方財閥に関わる人全員を背負っているからな。お前たちとは立場が全く違うし、今にも潰れそうな会社を黙って見ているわけにもいかないんだよ。だけど、お前たちには関係のないことだな。悪かったな。わかれって言う方が無理があるんだな」

 し~~~ん。また、静かになった。


 菊名さんも黙り込んだ。

「でも、僕も妻と子供がいて、彼らの気持ちがわからないわけではないです。もし、自分が明日、仕事がなくなるかもしれないとか、路頭に迷うことになるかもしれないとか、そんなことを考えたら、他人事とは思えないし、どうにかしたいと思います」


 そう言ったのは、綱島さんだ。

「みんなも、他人事じゃないはずですよ。これから先、家族も持つだろうし、独り身だからって気楽でいられるわけでもないんですし」

 そう綱島さんが続けた。


「若いやつらでこのチームを組んだのは、フットワークが軽いと思ったからだ。どこにでもすぐに動けて、いろんな案もどんどん出してくれると思ったんだがな。思い違いをしたかな。家族や背負っているものがある人が、このプロジェクトには向いていたのかもな」

 一臣さんは、そこまで静かに言うと、ぐっと声を低め、クールに話を続けた。


「でもまだ、プロジェクトを開始したばかりだな」

「はい」

 そのあとの言葉は、励ましの言葉かとみんな期待したのかもしれない。でも、こんなに低い声で、無表情でそんな話を一臣さんがするわけもない。


「チームのメンバーを、綱島以外全員変えることも可能なわけだ。どうする?こんな小学生程度の報告をするやつらと、これからも組んでいけるのか?綱島」

「え、それは…」

 綱島さんの顔も引きつったが、他のメンバーの顔色のほうが一気に青ざめた。


「もう一度チャンスを下さい。がんばりますから」

 そうメンバーが口々に言って、一臣さんに頭を下げた。

「……どうする?綱島。リーダーが決めてくれ」

「はい。このメンバーで頑張りたいと思います」


「…そうか。わかった。じゃあ、来週行く工場の割り振り、それから今まで行った工場の具体案、明日またミーティングを開くからちゃんと報告しろよな」

 一臣さんはそう言うと、席を立ち、

「弥生、行くぞ」

と言ってとっとと会議室を出て行った。


「はい」

 私も慌てて後に続いた。そしてエレベーターホールで待っていると、そこに菊名さんが走ってやってきた。

「一臣様、お待ちください」


「なんだ?」

「来週は一緒に視察に行かせてください」

「なんでだ?俺は弥生と行くから、他の奴と行く気はないぞ」

「どうしてですか?いろいろと一緒に行って、学びたいんです」

「何をだ?」


「で、ですから」

「俺と一緒に行ったところで何も学べないぞ。教えることもないしな」

「……ですが、一臣様が視察に行った工場の報告、すばらしかったので」

「報告をしたのは綱島だろ」


「はっきりと申し上げます。上条さんより私が行った方が、役に立ちます」

「……え?」

 一臣さんの眉間にしわが寄った。それに、今の言葉は私もさっくりと傷ついた。


「お前が行った方が何で役に立つんだ」

「上条さんはただ、一緒について行ってるだけですよね?それこそ、工場の人たちのことまで考えているわけでもないし、背負っているものもないし、家族もいないですよね」


「はあ?何が言いたいんだ。弥生がまったく役に立っていないとでも言いたいのか、お前は」

「はい。そうです。どうして上条さんをお供につけているのかがわかりません。一臣様の秘書は樋口さんですよね?上条さんは単なる…、お人形みたいなものかと。確かに、この企画を提案した人だとは思いますが、それだけですよね」


 お人形?

 私の顔も引きつったけど、一臣さんのこめかみのほうが、もっとひくひくしている。ああ、相当今怒っているんだな。


「緒方鉄工所の工場長の腕を、一番に見抜いて俺に報告したのは弥生だ。川崎の工場の企画書のことを俺に言って来たのも弥生だし、その企画を発案したやつに連絡が取れるようにしてくれたのも弥生だ。それも、すぐその場で弥生は動く」

「え?」


「それだけじゃない。工場内を一気に明るくしたり、人に元気を与えることもできる。弥生は俺よりもずっと、緒方財閥で働く人間、その家族のことを考えているんだ。どうしたら、工場が潰れないで済むか、リストラされないで済むか、そういう思いから出来上がったプロジェクトなんだよ。弥生のそういう思いが創らせたんだ」

「……」


「なんにもわかってないくせに、わかったようなことを言うな。弥生は俺にも、この会社にも、緒方財閥にも必要な人間なんだ」

「で、ですが…」

「まだ、なんか文句あるのか」

 一臣さん、怖い。顏、本気で怒ってる。

 

 でも、私のことをそんなふうに認めてくれていたのはすごく嬉しい。


 エレベーターホールは、ちょうど12時になって、人がどんどんやってきていた。だが、一臣さんがいるからか、私たちの周りには空間が空き、みんな遠巻きにして私たちを見ていた。


「ああ、そうだったな。お前、知らないんだよな。弥生は上条グループの令嬢で、俺のフィアンセで、未来の社長夫人だってこと」

 え。

 今の、周りにいたみんなも聞いていたよ。


 それに、今の言葉を聞いて、菊名さんが目をまん丸くして私を見て、言葉すら失っている。

「今度弥生のことを、役立たずみたいに言ってみろ。お前、即クビだ。わかったな」

 うわあ。捨て台詞が怖いよ。


「弥生、行くぞ」

 一臣さんはそう言うと、今来たエレベーターに乗り込んだ。なぜか、そのエレベーターには、誰も乗ってこようとはしなかった。


 そしてドアが閉じる瞬間、

「今の聞いた?」

「あの子、一臣氏のフィアンセだって!」

と言う声が、どっと沸き上がった。


 チン…。

 エレベーターは一階に着いた。エレベーターに上の階から乗っていた人も、ずっと黙り込んでいたが、一階で降りると、私のことを見たり、ひそひそと話をしたりして、そしてみんな散って行った。


「あの…」

「なんだ」

 一臣さんは例のごとく、私の背中に腕を回している。


「ば、ばれちゃいましたよね。いろんな人に」

「ああ。いいんじゃないのか?樋口にも、拡散するように言っておいたし。そろそろ、お前が俺のフィアンセだって噂、会社中に流れるんじゃないか」


「…い、いいんですか?」

「なんで、悪いことがあるんだよ。アホ」

 そう言うと、私の背中に回していた腕に力を入れ、一臣さんは歩き出した。


「何食べたい?あ、この前、等々力に教えてもらった寿司屋に行くか?」

「はい」

「よし。もしかすると、等々力がいるかもしれないが、まあ、いいか。いたら一緒に食うか」

「はいっ!」

「なんだよ、嬉しそうだな」


「え…。ごめんなさい。でも、等々力さん、とても優しくて暖かい人だから」

「ふん。お前にとっては、運転手もメイドもコックも、みんな一緒なんだな」

「え?」

「従業員でも、社長でも変わらないんだろ?お前の中では上とか下とかないんだろうな」


「上?下?」

「人間を差別したり、区別していないんだろうなって思ってさ」

「それはもちろんです。どうして差別したり、区別したりするんですか?」

「ははは。やっぱりな。そういうところがお前の良さだよな」


「そうですか?」

「ああ。そういうところがお前のすごいところだ。俺が惚れてるところだな」

 わあ。嬉しいけど、照れくさい。


 だけど、褒められている気がしない。だって、私の中ではそれが普通だし、当たり前だから。

 

 お寿司屋さんに入った。でも、等々力さんはいなかった。

「残念だったな、等々力がいなくて」

「え、いえ。別に残念なわけじゃ」

 残念そうに見えたとか?


 カウンターに座り、一臣さんは、さっそく注文をした。

「弥生も欲しいものをにぎってもらえ」

「あ、はい。じゃあ、えっと」

 そう言われても、こんな立派なお寿司屋さん、そうそう来ないし、何を頼んでいいのかすらわからない。


「お、お勧めのものを」

 そう言うと、カウンターの向こう側で板前さんが、

「そうですね。お勧めと言うと」

と、元気よく話しだした。


「では、それで」

 よくわかりもしないのに、私はそう言ってにぎってもらった。だけど、さすがお勧め。とっても美味しかった。もし、私だけで来るとしたら、絶対にこんなこと言えない。だって、いくらするかわからないお勧めのものなんて、恐怖だもん。


 回転寿司なら、お皿の色で一発でわかるのに。

 でも、今日は隣に一臣さんがいるし。なにしろ、ブラックカードだし。

 なんて、そんなことを思うのは申し訳ないか。


「俺にもそれ、にぎってくれ。すごく上手そうにこいつが食うから、食べたくなった」

「へいっ!」

 また、板前さんが元気にそう答えた。


「おふくろが一緒に、串揚げ屋に行きたいって誘って来たんだろ?」

「はい」

「そこは、多分おふくろの実家の屋敷にいたコック長がやっている店だ」

「え?すごいですね。お店を構えちゃったなんて」


「ああ。おふくろの実家で、お店を出す面倒は見たんだそうだ。なにしろ、もう屋敷で雇えなくなったからな」

「なぜですか?」

「おふくろの実家だった会社、今は緒方財閥に吸収されてるだろ?屋敷もそこで働く連中も手放したんだよ。従業員は緒方財閥の屋敷で雇われたものもいれば、田舎に帰ったものもいれば、さまざまだが、コック長はおふくろの父親が店を面倒見てやったらしい」


「そこが、串揚げ屋さん」

「ああ。もう20年以上も前の話だ」

「そうなんですか…」

 じゃあ、自分が住んでいた家が、今はもうないっていうことだよね。なんだか、寂しい。


「おふくろの親御さんは、それなりに余生をのんびりしているらしいけどな」

「お二人で?」

「いや。一人くらい、お手伝いさんがいるって聞いたぞ」

 そうなんだ。


「おふくろは、そのもとコック長にお前を会わせたかったんだろ」

「え?どうしてですか?」

「そりゃ、コック長の見ている前で美味しく食べてくれると思ったからじゃないのか。料理人からしてみたら、美味しく食べてくれたら嬉しいだろ?」


 そんなに私って、美味しそうに食べているのかなあ。

「俺は連れて行ってもらったことがないけどな」

「え?そうなんですか?」


「ああ。おふくろも、あんまりその店に出入りしているっていうことは、人に話そうともしない。なにしろ、プライドが変にあって、庶民的なところに行くのも秘密にするし、従業員と仲良くするのも避けているしな。もとコック長のことをいまだに、心配したり援助したりしていると知られたくないんだろ」

「なぜですか?それって、とっても素敵なことだと思いますけど」


「ああ。だから、お前とちょっと考え方が違うんだよ。でも、そのうちお前に感化されるんじゃないのか?すでに、感化されてるか。ははは。お前のことをその串揚げ屋に連れて行こうとしているんだもんな」

「……はあ」

 よくわからない。プライドっていったいなんのプライドなんだか。


「やっぱり、お前は面白いよな」

 一臣さんはそう言って、くすっと笑った。そして美味しそうにお寿司を食べた。


「うまいな」

「はい」

 こうやって、お寿司屋さんのカウンターに2人並んで、お寿司を食べる。それだけで、幸せかも。


 それから、一臣さんは板前さんと何やら話をしだし、あははと楽しそうに笑った。

 こんなふうに人と話をして笑っている一臣さんも珍しいかも。


 でも、その笑顔はとっても素敵。

 うっとり。


「こら。俺に見惚れていないで食えよ。次は何をにぎってもらうんだ。何がいい?」

「え?あ」

 わあ。カウンターにいた人にも、板前さんにまで笑われた。


「じゃあ、いくら…。あ、うに。やっぱり、いくら」

「いくらとうにだな?」

「え?両方ともいいんですかっ?」

「いいぞ。なんで駄目なんだ?」


「嬉しい。でも、そんな贅沢いいんですか?」

「あはは。だからお前、貧乏性が身につきすぎだって。面白いよなあ」

 そう言ってまた、一臣さんは笑っていた。

 

 


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